016 殺し屋。
〇ある路地裏〇
リガーと呼ばれる暗殺者は、《影移動》というスキルを有していた。これは影の中を移動できる能力であり、暗殺稼業にとって相性の良いスキルといえる。
さらにリガーは《影移動》を進化させ、ユニークスキル《影化》へと至らせた。
これは自らを影とすることができる優れものだ。
いまもリガーは標的の影の中に潜み、その時が来るのを待った。
標的である判事がひとめのない場所まで行くときを。
この判事は、ある有力者の裁判で買収に応じなかった。いま、その時の判断ミスを悔いることになるのだ。
判事は仲間と夜遅くまで飲んでいたが、ようやく帰路についた。
自宅が近いこともあってか、馬車を呼ばず徒歩で。夜風に当たって、酔いを醒まそうという考えもあるのだろう。
ある路地に達したとき、リガーは影から飛び出た。
リガーの好みは、標的の前へと回ってから、影より出ることだ。
なんのためか?
標的の表情を観賞するためだ。
今回の判事も、まずは口をあんぐりと開ける。
やがてリガーが何者か知り、驚きは恐怖へと移る。
そして自分が死ぬことを理解する。
満足したリガーは、判事の心臓へと短剣を突き刺した。
死体を残し、リガーはその場を去る。
拠点に戻ると、密書が届いていた。
新たな仕事の依頼だ。
ロガ山の麓にある修道院──用心棒気取りの男の排除。
「面白い」
〇ロガ修道院〇
悪魔を見て気絶したジェーンも、その夜には目覚めた。クロエは情報収集で不在だが、ラークは紹介しておく。
「悪魔を使役する召喚士だ。君としては受け入れがたいかもしれないが、力になってくれるから」
「わたしこそ、お恥ずかしいです。せっかく助けるため来てくださったのに、失神するなど」
「いや、あれは全面的にクロエが悪い」
普通に現れるならともかく、悪魔召喚しての爆発で登場とは。
クロエが吹き飛ばした客間には、いまも瓦礫が溢れている。クロエへの報酬を修理代に回しても、まだ足りないだろう。
ジェーンは修理代の提供を断っているが、そうもいかない。
(クロエは、お金はたっぷりあるんだ。アイツから全額、補償させよう)
夕食の席には、孤児たちもいた。
ラークをバメル男爵の配下と間違え、斧で攻撃して来た少年も。名前はロムといって、孤児たちのリーダーのようだ。
「仲間たちはオレが守ってやるぜ」と、頼もしい発言。
それに対して、ラークは言った。
「実力が見合ってない。返り討ちにあうだけだから、下手なことはしないことだ」
アリアがフォークで突いてくる。
「お師匠様。辛辣すぎるわよ。まだ子供なんだから、戦力にならないのは仕方ないでしょ」
アリアもなかなかに辛辣だった。
ロムはすっかり臍を曲げてしまった。
ロムの年齢のころ、ラークはすでに指折りの暗殺者だった。そのことがあるからか、どうしても『実力が見合ってない』と批評してしまうのだ。
当分、ラークたちは修道院の空いている部屋で泊まることになった。ただし一部屋しかないというので、ラークとアリアは同室。
「お師匠様。弟子であるあたしが、床で寝るわね。お師匠様はベッドを使って」
「了解」
ラークがベッドに寝転がると、アリアが隣に転がり込んできた。
「そこは、『女の子を床で寝かせるわけにはいかない』と、紳士的な態度を取るとこじゃないの?」
「バカ。野営には慣れているだろ。それに暗殺者たるもの、どんな環境でも眠れないといけない。ただし熟睡してもダメだぞ。寝込みを襲われても対処できるよう、半覚醒で眠ることだ」
数分後、隣から寝息が聞こえたので、ラークは見やった。
アリアが熟睡している。これだと寝込みを襲われたら、一たまりもなさそうだ。
(一流の暗殺者までの道のりは長いな)
ちなみに、だいたいAランクに至れば、一流といえる。S~SSランクで超一流。SSSランクともなれば、その職業でのレジェンドであり、100年に一人の逸材だ。
瞬間、ラークは猛烈な殺意を感じ取った。
視線を向けると、《空間転移》してきたクロエが立っている。
「ダーリン。一体、そこの娘と何をしていますの?」
そこの娘とは、アリアのことだ。何をしているかと問われれば──
「寝ている」
「浮気は許しませんわ!」
上位悪魔ベヒモスが召喚される。
またこの悪魔に修道院を破壊されたら、修理代どころではなくなる。
ラークは《時間緩慢》を発動。
時間の流れを緩慢にしたところで、ベヒモスに肉薄。
精神体に効率よくダメージを与えるには、異なる次元のエネルギーが必要だ。
ラークは、《存在しない剣(π)》スキルを発動。異次元エネルギーの刃で、ベヒモスを叩き斬る。
といっても、悪魔を殺すことはできないが。
とりあえず、これで召喚を強制キャンセルできる。修道院への破壊行動を阻止できたわけだ。
「落ち着け、クロエ。アリアとのことで、やましいことはない」
クロエは潤んだ瞳で、ラークを見ていた。頬も赤らめている。
「上位悪魔ベヒモスを一撃で仕留めるなんて、さすがわたくしのダーリンです。惚れなおしましたわ!」
「……それは嬉しい」
とりあえず、クロエの機嫌は直ったようだ。
(女心はわからん)




