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おしゃべりな先生の話

 事件が発生した翌週の専門学校は、表面的には日常を取り戻したかのようやった。先週は警察関係者がよう出入りしてたけど、今はそれも落ち着いてきてる。

 一方、報道機関の関係者はまだいる。さすがにテレビ中継されるということはなくなったけど、たまに往来する学校関係者に話を聞こうとする記者はいるらしい。幸い俺は今週に入ってから記者と会ったことはないが、周囲から話しかけられたということをちらほらと聞く。

 しかし、今の俺はそんな直接自分に関係ない話よりも、もっと身近で重要なことに悩んでた。授業が終わって教員室へと戻る途中、難しい顔をして廊下を歩く。


 「う~ん、どうしたもんかな」


 ぶっちゃけると、家から弁当を持ってくるのを忘れてしもたんや。俺が作った昨日の晩ご飯の残りをお雪さんに詰めてもらったやつなんやけど、慌ててたわけでもないのに鞄へ入れるのをきれいさっぱり忘れてた。

 子供と違うんやから、それなら買えばええんやろうけど、出費を抑えようと努力してる身としては随分損をするような感じがして抵抗があるんや。

 ずっと昼ご飯を買おうか昼抜きにしようか迷ってた。買うと損するし、昼抜きは晩ご飯まで持ちそうにない。


 「水一本だけで済ませるか。けど、腹持ちなんてせんやろうしなぁ」


 校内の自動販売機やと水のペットボトルは一本百円や。量も申し分ないんやけど、経験上夕方まで絶対に持たんことがわかってる。

 結局のところ決断できないまま教員室の前まで戻ってきた。俺はなおも難しい顔をしたまま扉を開けて中へと入る。


 「あ、義隆!」

 「おお、やっと戻ってきよったか!」


 扉を閉めて前を見たところで、声をかけてきた美尾ちゃんとお銀ちゃんの姿を俺は呆然と眺めた。うちに居候してる妖孤と座敷童の二人が、いままで学校に来たことはない。この学校のことを話したことはあるものの、今までやってくる理由がなかったからや。それやのに、今は目の前におる。


 「え、なんで二人がここにおるん?」

 「お弁当持ってきたんやで」

 「昼飯を忘れるとは抜けておるの」


 そうゆうたら、お雪さんは今日バイトやったっけ。だから二人がわざわざ届けに来てくれたんか。

 それにしても目立つなぁ。どちらも人目を引くほどの美少女なんやけど、特に美尾ちゃんは着物姿やから余計や。更にゆうと、大人ばかりの教員室に見た目が小学生の二人が入ってくると浮いてしもてしょうがない。


 「あ、ありがとう。それじゃありがたくもらっとくから、気をつけて帰るんやで」

 「どうせなら食べ終わるまで待つぞ。空になった弁当箱をそのまま持って帰るんじゃ」

 「おうちに帰ったら、うちらがそれ洗うんや」

 「二人はお昼ご飯どうするんや?」

 「少し早めに食べたぞ」

 「三時のおやつがあるからなんとかなるって、お銀ちゃんがゆうてたし、大丈夫や」


 なるほどね。その辺はきちんと考えてるんか。

 特に断る理由もなかった俺は、空いてる席に三人で座った。周囲の視線が気になってしゃーないけど、この際無視や。

 結局、この日の昼休みはぎりぎりまで二人と一緒にいた。周囲の先生が俺に質問しにくくするためや。そして、食べ終わって空になった弁当箱を二人に渡して帰らせたあと、すぐに次の授業の用意を持ってそのまま教室まで移動した。どうせ後日色々と尋ねられることは避けられんけど、本人らがいるといないとでは大違いやからなぁ。




 「あらぁ、御前先生、こんにちはぁ」


 翌日の昼休み、何人かの先生がばらばらに昼ご飯を食べている教員室で、俺は再び仁科先生に捕まった。まっすぐこちらに向かってきたかと思うと、迷わず正面に座られてしまう。


 「先生、昨日はお子さんがお弁当を持ってきてくれたそうですねぇ」


 その言葉を聞いて、俺は内心突っ伏した。美尾ちゃんとお銀ちゃんの話が伝わってるだけやなくて、俺の子供になってるんか。おかしい、質問されたらちゃんと親戚の子やって説明してたはずやのに。


 「いや、あのですね。私の子供やなくて、親戚の子を預かってるだけなんですよ」

 「まぁ、随分とかわいらしいお子さん二人だって聞いてましたけど、親戚だったんですかぁ」


 そうなんですよ。かわいらしいってゆう理由をもって実子って決めるのはダメです。何の根拠もないやん。

 「それは残念ですねぇ」という仁科先生のつぶやきに内心で突っ込みを入れながら、俺は弁当の唐揚げを口に入れた。

 仁科先生は、横の椅子に置いた鞄の中から自分の弁当箱を取り出す。そして、蓋を開けて箸を取り出したところで、俺の弁当の中身に視線を向けてきた。


 「御前先生のお弁当、おいしそうですねぇ。ご自分で作られたんですかぁ」

 「え、ええ、まぁ」


 曖昧な返事を俺は返した。今食べている弁当の中身は、昨日の晩ご飯の残りを詰めた物や。それを作ったんは俺なんやけど、基本的に弁当箱に詰めてくれるんはお雪さんがやってくれる。さて、これを聞いたらみんながどんな反応を示すかやな。一応、ぎりぎり嘘はゆうとらんはずやけど、不安やからこの辺の事情は黙っとく。


 「あのお子さんたちに作ってもらったんじゃないですよねぇ」

 「だから、親戚の子ですってば」


 あぁもう、困った人やなぁ。

 仁科先生の表情を見たらわざと間違えてるんは明白や。そんな願望を事実と認めろってゆわれても無理や。

 その後しばらくは美尾ちゃんとお銀ちゃんの話が続く。根掘り葉掘り聞こうとするのをできるだけ避けようとするんは大変やった。噂話を聞いてる分にはええんやけど、こう当事者として徹底的に聞かれるのはたまらんなぁ。

 俺としては結構長い間質問されているように思ったんやけど、教員室に立てかけてある時計を見ると十分も経ってなかった。

 もう充分と思ったのかそれともこれ以上は無理と悟ったのかはわからんけど、仁科先生は話題を変えてきはった。


 「そうそう、御前先生ぇ。先生の授業を受けている学生に佐竹君はいますかぁ?」

 「え、佐竹君って、佐竹昭彦君のことですか?」

 「ええそうですよぉ。最近元気がないじゃないですかぁ。私の授業でも落ち込んで見えますから、他でも気になってぇ」

 「私の授業も一つ受けてますけど、確かに以前よりは元気がありませんね」


 そのときの様子を思い出しながら俺はしゃべる。自分の親戚が殺人犯になったんやから、そりゃ落ち込みもするやろう。

 今回の事件のせいで学業にできるだけ支障が出ないようにと学校も配慮してる。佐竹君が受けてる授業の担当教員は、できるだけ配慮するようにというメールも届いてた。できることなんてほとんどないんやけど、まぁ慎重に扱えってゆうことやな。

 そういう事情もあって、仁科先生が気にかけるのも無理はない。この人の場合は、興味本位ってゆうのももちろんあるやろうけど。


 「先生のところでも元気がありませんかぁ。仕方ないですよねぇ。私達もできることがあれば何とかしたいですけど、難しいですからねぇ」

 「身近な人が捕まってしもたからなぁ」

 「そうですねぇ。あ、それでその佐竹先生と事件当時のことが大体わかってきたんですけど、聞きますぅ?」


 なんでそんなこと知ってんねん。一体どうやって調べたんや。俺は驚きあきれつつも、興味があったからうなずく。


 「事件が起きたのは先週の火曜日で、午後五時十五分頃だって聞いてますぅ」

 「火曜日やから、授業はもう全部終わってますよね」


 四限目の授業が午後四時四十分に終わるんやけど、火曜日はそれで全ての授業が終わる。そやから、犯行時間まで残ってる学生はあまりおらん。ついでにゆうと非常勤講師も大半が帰ってる。俺が火曜日の犯行時間に教員室にいたのは、たまたま雑用があったからや。


 「犯行現場は、三階と四階の間にある階段の踊り場だそうですよぉ」


 この専門学校は全部で五階建てで、建物内にエレベーターと階段がある。そして、どちらでも一階から五階へと行くことができる。階段は各階の廊下とつながっていて、防火扉は普段から開けっ放しやね。ただし、見通しは悪い。それと、しゃべると声が反響して結構うるさいなぁ。


 「それで、佐竹先生が山下先生を口論の末に突き落としてしもたんですよね」

 「ええ、佐竹君の目の前でねぇ」


 そうか、確か山下先生が佐竹君を説教してたんがことの始まりやったっけ。


 「元々山下先生は私達非常勤を馬鹿にしてましたけど、中でも佐竹先生に対しては酷かったですからねぇ」

 「大学での仕事を探してたのが気に入らなかったって聞いてますけど、ほんまなんですか?」

 「そんなこと言われたら、私達なんて生活できないですよねぇ」


 普通、非常勤講師は複数の学校で授業を担当していることが多い。これはひとつの学校だけでは生活費を賄えるほど授業を担当できんからや。

 佐竹先生も同様で、もう少し授業数を増やそうと色々がんばってるって聞いたことがある。山下先生はどういうわけかそれが気に入らんかったらしい。佐竹先生の近くを通り過ぎるたびに嫌みをゆう様子は見てて気分が悪かった。


 「更に山下先生は、佐竹先生の親戚ってゆうだけで佐竹君にもつっかかってましたよね」

 「あれはかわいそうでしたよねぇ」


 ここまでの話は大体知ってることばかりやな。仁科先生はこれ以上のことを知ってはるんやろか。


 「それで、ここからが本題なんですぅ。えっとですね、まず実際に佐竹先生が山下先生を突き落としたところを見たのは、佐竹君だけなんですよぉ。それで、二人以外で山下先生が亡くなってるところを最初に見たのは、木下さんなんですって」

 「木下さんって、あの事務の人ですか?」


 確か、木下晴美っていう名前やったっけ。たまに書類のやりとりをするときに話をするだけやな。ほとんど印象がない。


 「そうそう、その木下さん! なんでも、たまたま近くを通りかかったときに鉢合わせしたそうなのよぉ。災難よねぇ」

 「木下さんはその後どうされたんですか?」

 「事務室に駆け込んだらしいわよぉ。泣きそうになりながらも、救急車や警察の手配は木下さんがしたらしいから気丈よねぇ」


 しきりに感心している仁科先生に相槌を打ちながら当時のことを思い出す。教員室に事務のおっちゃんが来たのはその後か。あれは驚いたなぁ。


 「事件に関係のある人って、他にもいるんですか?」

 「間接的に関係のある人なら、何人かいるんですよぉ。警察の調べでは、例えば、二回生の中村花枝さんっていう学生がいるんですけど、帰宅するために三階の階段近くの廊下を通りかかったときに、佐竹君を責める山下先生らしき声を聞いたそうですよぉ。かなり声が周囲に反響していたそうなんですよねぇ」


 警察の事情聴取の内容なんやろうか。初めて名前を聞く学生の証言を楽しそうに話さはる。どうやって聞き出したんやろう。


 「それって、犯行の前ですよね? 佐竹先生は既にいやはったんですか?」

 「エレベーターを使うつもりだったんで、直接階段の様子は見ていないそうなんですぅ。一七時以降なのは間違いないそうですけど、佐竹先生の声は聞こえなかったそうですよぉ」

 「へぇ、声だけなんですか」

 「他にも声だけの証言はあるんですよぉ。えっと、三回生の坂本君と二回生の関本さんの話になるんですけど、二人によると、四階の階段近くの教室で、事件前に山下先生と佐竹君らしき人物が口論する声を聞いたそうなんですぅ。これが午後五時十分くらいだそうですよぉ」

 「坂本と関本って、坂本泰治と関本康子ですか!?」


 俺が目をむいて驚くと嬉しそうに仁科先生はうなずいてくれた。どちらも小説同好会のメンバーやん。俺もよう出向いてるから二人のことは知ってる。坂本君はライトノベルが好きで、関本さんは恋愛小説が好きなんや。もちろん二人とも小説を書いてはネットで公開してる。そっかぁ、あの二人も無関係やないんかぁ。


 「それで、事件発生後に誰かが現場へやってくる足音を聞いたそうなんですぅ」

 「事件後ですか?」

 「ええぇ。きっと木下さんなんでしょうねぇ」

 「木下さん、いきなり死体を見たんでしたっけ。驚いたやろうなぁ」


 佐竹先生もたまたま通りかかって、見過ごせへんから佐竹君をかばったんやろうな。不運やなぁ。不幸なことが重なると、こうなるんか。


 「まったくですわねぇ。私でしたらきっと腰を抜かして動けませんでしたよぉ」

 「いや、怖いですね」


 俺としては、こんな情報を手に入れた仁科先生も別の意味で怖い。


 「あらいやだ、しゃべりすぎたみたいですぅ。お昼の時間が……」

 「え? うわっ」


 教員室にある時計を見ると、昼休みは残り五分しかなかった。しまった、まだご飯を食べきってない!

 どちらも昼一の授業がある身としては急ぐ必要がある。俺と仁科先生は慌てて弁当を平らげると、道具一式を脇に抱えてそれぞれの教室へと向かった。

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