自供と証言と些細な疑問
事件から二週間が経過した。山下先生が佐竹先生に殺されたことは、教員の間ではあまり話題にならんようになってきた。どうにも話しにくい内容ということもあるけど、犯人が捕まっている上に動機もはっきりとしているので、推測することがほとんどないからや。
ということで、みんな思うところはあるものの、教員室は事件前とほぼ同じような雰囲気に戻ってた。
そんなとある昼休み、俺は正面に仁科先生、両脇に美尾ちゃんとお銀ちゃんという配置で座ってる。
「義隆、今日は弁当やのうてペットボトルを忘れるなんてなぁ」
「最近物忘れが激しくないかの?」
そう、困ったことに俺は今朝、水筒代わりのペットボトルを忘れて学校へ来てしもた。飲み物代を浮かせるために五百ミリリットルのペットボトルいっぱいにお茶を入れてるんやけど、普段なら忘れることなんてないのになぁ。
「でも、御前先生がペットボトルを忘れてくれたおかげで、私は美尾ちゃんと御銀ちゃんに会えたんだから、ラッキーよねぇ」
一応、仁科先生には二人のことを既に紹介してある。もちろん、人間の名前である伏水美尾と東岩御銀でや。そして仁科先生は嬉しそうに我が家のことを色々と二人に質問しはる。お銀ちゃんはある程度質問を躱してくれるやろうけど、美尾ちゃんがどうなんかが不安でしょうがなかった。
けど、意外なことに美尾ちゃんはのらりくらりと答えて家の中のことはあんまり話さへん。どこまで意識してるんかわからんけど、これなら大丈夫やろう。
「しっかりとしたお子さん達ですわねぇ」
にこやかに俺へと声をかけてくる仁科先生のその言葉は、素直に喜んでええもんなんやろうか。こっちも曖昧に返事をしておいた。
「そうそう、御前先生、あれから更に色々とあの事件のことを聞いたんですよぉ。佐竹先生の自供や佐竹君の証言なんかなんですけどぉ」
「事件ってなんやの?」
「もしかして、この学校で二週間前に起きたやつかの?」
美尾ちゃんとお銀ちゃんが食いついてきたことに機嫌を良くした仁科先生は、嬉しそうにことのあらましを二人に説明する。俺としては部外者、しかも見た目は小学生くらいの子供にそんなことを話すのはどうかと思ったけど、既に遅かった。二人の中身は俺よりも年上ってゆうことを知ってたから止め損ねたってゆうのもある。
それからしばらくの間は、仁科先生があらましを説明するためにしゃべり続けた。俺は美尾ちゃんから受け取ったペットボトルのお茶でたまに口をしめらせつつ弁当を食べる。
「わかったかしらぁ?」
「うん、わかったで」
「仁科先生は説明が上手じゃの」
「まぁ、嬉しいわぁ」
お銀ちゃんに褒められて仁科先生が喜ぶ。
ちなみに、お銀ちゃんの変わった口調は時代劇の影響ということにしてある。実の祖父母が大好きで一緒に見ているうちにまねをするようになったという設定や。そのおかげで、最初は誰しも珍しがるがすぐに誰も気にせずお銀ちゃんと話をするようになってくれた。
それはともかく、今の仁科先生の説明で美尾ちゃんとお銀ちゃんも事件のあらましを理解したようや。
「それじゃみんなお話を理解したところで、続きを話しましょうかぁ」
「先生の自供と学生の証言じゃったな」
「最初は佐竹先生の自供からなんですけど、たまたま三階の廊下を歩いていたら、口論する声が聞こえたので階段に寄ったそうですぅ。すると、三階と四階の間にある踊り場で、山下先生と佐竹君がつかみ合って口論していたそうなんですよぉ。それで、これを引き離そうとしたところ、誤って山下先生を階下に突き落としてしまったらしいですねぇ」
「その山下先生は階段から落ちて死んでしもたん?」
「ええそうよぉ。首の骨を折っちゃったのよぉ」
「それはまた、不幸なことじゃのう」
美尾ちゃんもお銀ちゃんも眉をひそめる。いくら嫌われてる先生やからとゆうても、実際に死なれると嫌な気分になるもんな。
「次は佐竹君の証言ねぇ。佐竹君は最初、三階と四階の間にある踊り場で山下先生に引き留められて、授業態度について色々と注意を受けていたらしいのぉ。でも、彼はとてもおとなしい学生だから言いがかりばっかりだったらしくて、ついに我慢できなくなった佐竹君が言い返したそうよぉ」
「そこから口論が始まったわけじゃな」
「そうなのよぉ。それでついにお互いの胸倉をつかみ合うほどにまでなったときに、ちょうど佐竹先生が間に割って入って引き離そうとしたそうねぇ。で、そのときの弾みで山下先生は階段から落ちて亡くなられたそうよぉ」
「不幸じゃなぁ」
「まったくよねぇ、御銀ちゃん。それでその直後に木下さんがやってきて、色々と手配してくださったってことらしいわぁ」
「その間、佐竹先生と佐竹君はどうしてたんですか?」
「どちらもずっと現場にいたらしいわよぉ。もっとも、佐竹先生の場合は犯人なんですから、その場にいてもらわないと困りますけどねぇ。他の先生や事務の方が駆けつけてきた後は、二人とも事務所に行ったそうですけどぉ」
なるほど、そうやったんか。あんまり興味なかったとはいえ、やっぱり聞いたらすっきりするもんやな。お銀ちゃんは腕を組んで神妙にうなずいてる。一方の美尾ちゃんは、あれ、こっちは難しい顔をして悩んでんな。
「美尾ちゃん、どうかしたんか?」
「え、あ、う~ん。なぁんかな~」
「美尾、今の話におかしな点があったのか?」
「あら、もしそうなら私も教えてほしいわぁ」
三人から意見を求められるも、美尾ちゃんは相変わらず難しい顔をしたままやな。一体何がそんなに気になるんやろう?
「なんかもやもやするけど、ようわからんねん」
「ま、気づいたら話せばよかろう」
「そのときは私にも教えてくださいねぇ」
結局のところ、美尾ちゃんは疑問を形にできないままやった。
その後はまた色々と話題が移っていったけど、昼休みの残り時間が十分になったところで、仁科先生が席を立たはった。
「それじゃ皆さん、私、この後授業がありますから失礼しますねぇ」
「ああ、はい。それじゃまた」
「またな~」
「また会おう、仁科先生」
俺に続いて美尾ちゃんとお銀ちゃんも挨拶をした。その声を受けて仁科先生は教員室を出ていかはった。
「さて、それじゃ俺も行こっかな」
「弁当箱も受け取ったことじゃし、わしらも帰るとしようか」
「うん……あ、そうか、わかった!」
お銀ちゃんに空になった弁当箱を渡したところで、顰めてた眉を元に戻した美尾ちゃんが小さく叫んだ。そういえば、ずっと何か考えていたみたいやったな。
「なぁ、義隆。さっきの仁科先生が話してた事件のことなんやけどな、佐竹先生の声って誰も聞いてへんの?」
「佐竹先生の? どうゆうことなん、美尾ちゃん」
「ほら、山下先生と佐竹君ってゆう人がつかみ合いの喧嘩してて、佐竹先生がそれを止めようとしたんやろ? そのとき、佐竹先生の声は誰も聞いてへんのかなぁって」
「そうか、喧嘩してる二人の声が周囲に聞かれとるんじゃから、割って入った者の声も聞かれとるはずじゃな」
大声で喧嘩してる二人を止めようとするんやったら、普通は最初に声を出して二人の気を引こうとするよな。そうなると誰かがその声を聞いてても不思議やない。
「まさか無言で喧嘩を止めに入るなんてことはないやろうし、少なくとも佐竹先生が加わってから山下先生が死ぬまでの間は、周囲に三人分の声が聞こえてるはず」
「そやろ? でも、仁科先生の話やと山下先生と佐竹君の声のことばっかりやん」
「たまたま佐竹先生の声のことだけ抜けておるとは考えられんかの?」
「あれだけ他のことはしゃべるのに、佐竹先生の声のことだけきれいに抜けるってことは考えにくいなぁ」
聞いたことを全て話そうとする仁科先生の性格から考えて、情報の出し惜しみをしてるとは考えにくい。忘れてる可能性はあるかもしれんけど、ああいった噂話のことになると記憶力抜群になる人やからなぁ。
「義隆、あとで仁科先生に確認してみたら?」
「うーん、そうやなぁ」
今日はもう仁科先生と会う機会はないから後日ということになるけど、逆に仁科先生から色々と質問攻めにあいそうで怖いなぁ。
「誰か、そのときの様子を知ってそうな知り合いはおらんのか?」
「知り合い……あ、いる」
小説同好会の坂本君と関本さんなら、そのときの様子をまだ覚えてるかもしれん。確か事件前後のことを証言してたって仁科先生がゆうてたもんな。
「それやったら、その人に聞いたらええんとちがう?」
「そうやな。今日の放課後にでも聞いてみるわ」
「結果報告を楽しみにしておるぞ。それと、まだ時間はいいのか?」
お銀ちゃんの言葉につられて時計を見ると、もうすぐ授業が始まる時間やった。うわ、まずい!
「あかん、遅刻する! それじゃ、二人とも気をつけて帰るんやで!」
「ほななぁ~」
「途中でこけたりせんようにな、義隆」
俺は美尾ちゃんとお銀ちゃんの言葉を背に受けながら、慌てて教員室を出た。




