第28話:安房の黒潮を統べ、江戸湾の門戸を国営化せよ
1:館山湾に迫る、鉄の障壁
「――信長様は、江戸の大都市計画のために、我ら安房の水路を丸ごと国営化せよと仰せか」
西暦一五七〇年代半ば、天正の初頭。安房国・館山城。
房総の海を支配する里見義頼は、安土の新政庁から送り届けられた一通の公文書を前に、苦渋の表情を浮かべていた。
朝廷を動かして「宮家創設(不滅の皇統計画)」という圧倒的な福利厚生を万全に敷き、名実ともに日の本の絶対大義そのものとなった惣追捕使・信長様。新政庁が進める江戸の開発、すなわち利根川の流れを変えて不毛の沼地を日の本一の経済都市へと生まれ変わらせる大計画を完遂するためには、江戸湾の門戸である房総半島の里見水軍を織田の近代システムへ強制統合することが、寸分の狂いもない国家計算として絶対に必要であった。
「義頼様、独自の海運や『闇の流通網(抜け荷の裏路)』に固執しようにも、すでに三好水軍と九鬼水軍の新型鉄甲船(無数の櫂と薄い鉄板を貼った大型木造船)が房総の海路を完璧に封鎖しております! 領内は大物価高騰に見舞われ、戦う前に我らの物流を完全に断たれております!」
水軍衆の青ざめた報告に、義頼は強く拳を握りしめた。
2:東国沿岸開発局の設置と、過労なき就職
「大義に従う者は近代官僚として活かし、拒む者は合法的に秒速で解体する。二肢に一つだ」
安房の陣所。最終宣告を突きつけたのは、東国開発総督に内定している徳川家康、および『東国開発総局長』として手厚い固定給で強制雇用されたばかりの北条氏政であった。
氏政は、北条代々の『民のための政』の知恵を活かし、里見の長たちへ向けて算盤の帳簿を広げた。
「義頼殿。信長様は、貴殿らの卓越した操船の才を高く評価し、織田海軍省の傘下にて東の海網を統べる『東国沿岸開発局長』という重きお役目を用意されておる。戦の恐怖もなく、民には国営寺子屋や産院の手厚い福祉が与えられ、高額な固定給が支給されるのだ。これほど過労なき無理のない職場がどこにあろうか」
さらに、すでに国営森林開発総局長となった飛騨の姉小路頼綱殿の木材を用い、江戸湾の入り口を完璧に統制した上で進める『江戸大都市計画図(利根川東遷など)』の圧倒的な規模の差を提示され、里見義頼は天を仰いだ。
「民のため、そして房総の血を過労で殺さぬため……この職、謹んでお受けいたす」
里見家が誇る強固な独自の海軍力はここに解体され、新政庁の巨大な国営システムへと美しく組み込まれていった。これにより、江戸湾の入り口にあたる房総半島の全域は完璧に掌握され、江戸の大都市計画を進めるための足固めは、寸分の狂いもない完璧な形で完了したのである。
3:絶対覇王の仮面と、房総からの冷や汗
「惣追捕使様、安房の女性たちを国営産院や職務支援の網で救い上げる手筈、万全に整いました!」
安土の新政庁、その最上階。
物見櫓に報告へ現れた女性躍進政府の副総裁・井伊直虎は、里見領の無血開城によって新たな女性官僚候補や職人たちが手厚く救済されたことに、目を輝かせて深く感動していた。
「流石は上様、神仏のごとき先見の明にございます! 房総の海を拓くだけでなく、現地の民の暮らしまでこれほど健全に構築されるとは、真の民のための政にございますな!」
直虎の曇りのない絶賛の声。その横には、最強の恩恵(福利厚生)で完全ホワイト化された奥御殿から、正室の帰蝶、永高内親王様、そして誾千代が並んで余を見つめていた。
内親王様は「信長様、房総の民にもこれほど手厚いお慈悲を与えられるとは、やはり真の聖人であらせられますね」と純真な瞳を輝かせて微笑まれている。しかし、帰蝶の笑顔の奥にある眼光は相変わらず絶対零度であった。
「上様、房総の掌握、実に見事な大開発にございます。これでまた安房や上総の美しい名産や美女たちが国営官僚として安土へ大量に就職してまいりますね。……宮家をどんどん増やして内親王さまをお迎えしたばかりでありながら、まさか、他に『下心』があってのことではございませぬよね?」
帰蝶の、全てを見透かすような冷ややかな視線が余を射抜く。誾千代は「惣追捕使様! この誾千代、新参の房総水軍衆の算盤の監視、完璧に果たす所存!」と男勝りに胸を張る。
(……いやいやいや! 余はただ『江戸の大工事の邪魔になるから、海の利権を少し国営物流に譲ってくれ』って軽く使者を送っただけなのに! なんで二兵衛は新型鉄甲船で東国の海を百パーセント封鎖して里見をハメ殺してんの!? 直虎殿と内親王さまは純粋に感動してくれてるが、帰蝶殿の眼光と誾千代の気配が容赦なさすぎて内心ガチで動揺と冷や汗が止まらんわ!)
覇王の仮面をガチガチに固定しながら、余の背中には寸分の狂いもない量の冷や汗が流れていた。
「ふん、房総の海運を東国の大開発に転用する。すべては余の計算の内よ……」
余は震える手で茶を飲み、威厳たっぷりに言い放った。江戸湾の門戸の足固めは完璧に整ったが、余の胃の寿命だけは、到底持続可能とは思えぬ領域へ達しつつあった。
(第29話:坂東の川網を統べ、東国の喉元を国営化せよへ続く)




