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九つの塔。救世の勇者。おまけに悪役面おじさん。  作者: 嶋野夕陽


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 ギレントに頼んでそれなりのポーションを手に入れたハンナは、怪我をした足に使用して、日常歩行に支障が出ない程度に回復させた。テルマに妙な気を遣わせないために大枚をはたいた結果はうまくいったようだった。

 手足の不調を悟られぬまま半月ほどが過ぎたある夜。

 テルマは覚悟を決めた顔をしてハンナに「話があるの」と切り出してきた。

 もはやどんな選択をしたところで、ハンナは受け入れるつもりだった。


「私、探索者にはならない」


 テルマの選択は、意外なことに探索者になることを諦めるということだった。

 長くハンナが望んできた結果であるのに、なぜだかしっくりとこない答えだった。


「……本当にいいの?」

「うん。普通に働いて、ママと一緒に暮らす」

「……そう。わかったわ」


 テルマはハンナに隠し事をした。

 ハンナがテルマに怪我を隠したことと同じように隠し事をした。

 夢うつつながらも、テルマはハンナに酷い怪我をさせたことを覚えていた。

 ギレントにしつこく確認し、事実を知り、そしてハンナを守るために探索者になることを諦めた。

 ギレントが自分の方から気を回すようにすると言っても頷かず、ただ、訓練だけはこっそりと継続していた。

 

 テルマは本当はハンナと一緒に探索者になりたかったのだ。

 ハンナが探索者時代のことを楽しげに語ることを知っていた。

 いつかテルマと一緒に探索できたら楽しいかもしれないわねと、昔馴染みに語る言葉をこっそりと聞いていた。

 テルマはハンナの探索者に戻る道を奪ったのだ。

 自分がその道に進むのは間違っていると、そこから目を逸らし、たった一人の母親と、静かに生きていくことを決めたのだ。


 それからというもの、ヘリテージ家は平和なものだった。

 テルマは訓練をするのをやめて、家事を学ぶようになった。

 一緒に料理をするのは楽しかったし、テルマは前よりもハンナの近くにいることが増えた。

 ひと月、ふた月が過ぎ、やがて半年ほど過ぎた頃には、テルマが偶然得た力のことなんて、ハンナも気にしなくなっていた。

 それよりも気になるのは、テルマが時折、窓から塔を見上げてボーっとしている姿を見るようになったことであった。そんな姿を見る度にハンナは、本当にこれで良かったのだろうかと、一人頭を悩ませるようになった。


 テルマが買い物に出かけたある日中、部屋で編み物をして過ごしていたハンナは、部屋の床がきしむ音を聞いた。

 テルマや知人であれば声をかけてから家に入ってくるのだから、不届き者が侵入してきたに違いなかった。

 塔のある豊かな街と言えども、食い詰めものはたくさんいる。


 ハンナが元冒険者であることは周知の事実だが、引退して既に十年。それを知らないものだって少しずつ増えてくる。

 母娘だけで暮らしていて働いている様子もないのに生活に困っていないとなれば、何かあると踏んで忍び込んでみるものだっているだろう。

 ハンナは部屋に置いてあった訓練用の武器をもって、そろりと足音の主の下へ向かう。本当はちゃんとした装備を持っていきたいところだが、生憎この部屋にはこれしかない。

 人数は三人。

 目的である金庫を発見して興奮しているようであった。

 重たいそれを丸ごと持ち上げようとしているところに、不意打ちをかけるべく、ハンナは後ろからそっと忍び寄る。


「ただいまー」


 テルマが帰ってきたのはそんな時だった。

 いつも通りに声をかけての帰宅に、盗人たちが一斉に振り返る。

 ハンナはすぐさま手前にいる男の鼻っ柱に刃を潰した剣を叩き込む。

 呻いてしゃがみこんだ男を気にせずに、残りの二人がハンナを押しつぶそうとタックルを仕掛けてくる。

 以前までのハンナならば難なく避けて反撃できる程度の攻撃であった。

 しかし、怪我をして以来、ハンナの体は思うように動かない。

 わかっていてもいざ戦いとなると、体が反射的に以前のような動きをしてしまおうとするのだ。

 中途半端な回避でバランスを崩したところを、きれいに刈り取られ、ハンナの体が壁にたたきつけられる。


 物音に気付いたテルマが慌ててやって来た時、男の一人はハンナに馬乗りになって、もう一人はテルマに向かって武器を構えていた。

 テルマの頭にカッと血が上る。

 ぽこぽこと血が湧きたつような怒りがあった。

 ハンナを助けるためには圧倒的な力が必要だった。

 だからテルマは、怒りに身を任せて床を蹴って走った。


 へしゃげた体が二つ。

 辛うじて息はしているが、酷い怪我であった。

 ハンナの足や指が使い物にならなくなったのと同じように、彼らが再び剣を握り戦うことは難しいだろう。 


 「ママ……」と言いながら泣きじゃくるテルマ。


 ハンナはすぐに足元で未だに転げている盗人の頭に足を振り下ろして意識を奪い、泣いているテルマを抱き寄せた。


「大丈夫。私はテルマより強いんだから。今から逆転するところだったの」

「ちがうの、私のせいで、ママは……、もう、ちゃんと戦えないから……。私が守ってあげなきゃいけないのに……!」


 ああ、とハンナは納得する。

 違和感の正体はこれだったのかと気づいた。

 己の演技力が足らないせいか、それとも誰かがテルマに漏らしたのか。

 どちらにしてもテルマの探索者にはならないという判断は、自分の怪我のせいであったのかと腑に落ちてしまった。

 テルマが泣き止むのを待って、ハンナは背中を優しく撫でながら問いかける。


「テルマ、あなた探索者になりたいんでしょう?」

「ならない」

「テルマ、私が怪我してなかったら、探索者になっていたんじゃないの?」

「なってない」

「テルマ」


 ハンナはテルマの肩を掴んで少しだけ距離をとり、その頬を手のひらで包み込み目を合わせる。


「本当に?」


 テルマはしばらく目を泳がせてから、ゆっくりと左へと逸らした。

 本当に優しく、嘘のつけないいい子に育ってしまった。

 ハンナはテルマのことを抱き寄せて言う。

 ずっと反対していた自分が言うべきことではないと思いながらも、他に適任者がいないこともわかっていた。


「テルマ、あなたは探索者になりなさい」


 まっすぐに努力できるテルマは、きっと探索者として大成することだろう。

 過去のことを引きずっている自分の我がままで、娘の夢を邪魔してはいけないとようやく気付いたのだ。


「私は……」

「いいから、やりたいように生きなさい。その代わり、しばらくは私も一緒に塔に登るわ。あなたの実力なら、低階層は問題ないはず。基本的なことは全部教えてあげる。代わりにあなたは私を守るの」

「ママ、私は」

「いいから」


 ハンナはテルマの言葉を遮る。

 テルマがそれでもハンナのために行かないと言えば、そのやさしさに甘えてしまいそうだったからだ。


「もう一つ。パーティは組んだらだめ。あなたの妙な力を知れば、利用しようとするものも出てくるかもしれないわ。その力を使わなくても強くなれるように頑張るの。できるわね」


 テルマは返事をしない。

 まだ返事に悩んでいた。

 それに追い打ちをかけるようにハンナは続ける。


「テルマ、あなたと肩を並べて戦うことはできないけど、一緒に塔にはいれるのは楽しみだわ。ねぇ、テルマ。……あなたは、探索者になりたいのよね?」

「………………うん」


 長い沈黙の後、テルマはハンナの問いを肯定した。

 互いを思うために隠し事をする、ちょっと頑固な、よく似た母娘であった。


 話が終わったところで、ハンナはテルマにお願いをして、伸びている犯人たちを官憲に突き出すために縄でくくって運ばせることにした。

 テルマはそんなことをしていいのかと心配していたけれど、ハンナはしばらくは盗人がやってこないようにこの男たちを利用する気満々であった。元探索者は、転んでもただでは起きないのである。

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