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そんなわけでテルマはハンナと一緒に塔の低階層に入ったことはあるけれど、誰かとパーティを組んだことはなかったのである。
話聞き終わったジークは、テルマがどこか手加減をしているように見えた理由を知り、同時に疑問を覚えた。
「なぜ力を使わない。俺は全力を出せと言った」
「それは私が力を使わないように言い聞かせたからよ」
そうは言っても苦戦するようなことがあれば、自然と持っている力をすべて出してしまうのが人間というものだ。特に探索者として生きるのであれば、力を出し切らねば死んでしまう場面だっていずれ訪れるかもしれない。
例えば、万が一ジークと一緒にいないときに言葉をしゃべる魔物と遭遇してしまったら、今のテルマの実力では生きて帰ることは難しいだろう。その時に力を出せなければ、そんなものは宝の持ち腐れだ。
ジークは、テルマが力を使わない理由が、言いつけを守っているから、ではなく、何かを怖がっているからのようにも見えた。
「本当にそうなのか?」
「……うん」
「なら死ぬ前に探索者をやめろ」
ジークはテルマの目をまっすぐに見て宣告した。
いつかその考え方がテルマの足を引っ張り、命を落とすだろうことを見越してのことだった。
「な、なんで」
「力を出し切れないやつは死ぬ」
「もっと強くなれば……」
「出し惜しみするやつはいつか死ぬ」
これまで探索者として生きてきて、探索者を見てきて、ジークが本能的にわかっていることだった。
切り札を持つことと、力を出し惜しみすることは違う。
いざという時に使うことができるカードが切り札であり、まだあれがあるからといざという時に役に立たないのが出し惜しみだ。結果惜しむことすらできずに死ぬ。それが塔に登るということである。
磨かぬ刃は鋭くならない。
キラキラと輝いていても使い方がわからないでは役に立たない。
ジークにとって、テルマが秘めている力というのはなまくら刀と一緒であった。
そして心の奥底のこっそりと潜む、力を持っているからという甘えに殺される。たまたま今までそれが訪れてこなかっただけである。
ジークからいわせれば、テルマが生きているのは偶然だ。
いつか必然の死が訪れる。
「ハンナと塔に登れた。暮らせるだけの金はある。十分だろう。もう塔へ入るな」
「ジーク。それでもテルマは十分に強くなったわよ? 厳しすぎるんじゃないの」
「ハンナ、俺はこいつが死ぬところを見たくない」
「だから、力を使わないからって死ぬとは限らないでしょ!」
「死ぬ。いつか絶対に死ぬ。全力を出しても死ぬ場所で力を出し惜しみするような奴は、絶対にいつか死ぬ」
「死ぬ死ぬ言わないで!」
ハンナが大きな声を出すと、ジークは一瞬背筋を正してそっぽを向いたが、すぐにまた前を向いてやはり同じことを繰り返した。
「だが死ぬ」
頑固な男だ。
昔から一度言いだしたら聞かなかった。
どうでもいいことではあっさり頷いて言うことを聞くのに、時にこうやって主張を曲げないことがあるのだ。
ハンナはそれがジークのどうしても譲れない部分なのだろうと知っているから、それ以上は何も言わないのだが、今回の場合はそれでは困ったことになる。
「ジーク、あなたこそもう塔に登るのは止めたら? あなたがくれたお金はちゃんととっておいてあるから、それを使えばもう塔に潜らなくても生きていけるでしょ?」
「嫌だ」
「なんでよ」
「嫌だからだ」
「だから、何でって聞いてるでしょ」
「わからん」
理由ならたくさんあるのだが、言語化するのが難しい。
ジークは探索者以外の生き方を知らない上、半ば塔の中が自分の暮らす場所だと考えている。それに、探索者たちが無駄に命を散らすのを見過ごすことは、ジークにとってはあまり気分のいいものではなかった。
ジークの生き方は墓守のようなものである。
死に行きそうな探索者たちを邪魔することで、未だにノックスたちの死を悼んでいるのだ。
「そういえばジーク、あなた何階まで登れるようになったの」
「百十」
「は?」
「百十階にノックスたちの遺品を持ってるやつがいたから、ぶっ殺して取り返してきた」
ハンナは言葉を受け入れるのに暫し時間がかかって、額を抑えて俯いた。
元々探索者であり、テルマの補助をするという目的から、改めて様々な情報を集め直したハンナは、塔についてかなり詳しい。
ハンナが知っている塔の最高到達階は九十八階層で、鋭意攻略中のはずだ。
おそらく百階層が最終階層だと言われており、各国の研究者たちは攻略を心待ちにしている。
「つまり、十五年くらい前には百十階へ行ったってことね?」
「そうだ」
「今は?」
「九十から九十九階層をうろうろしている」
「一人で?」
「一人で」
答えてからジークは少しだけ伸びている顎髭を擦ってから訂正する。
「この間ヴァンツァーと九十二階層に行ってきた」
「確か、この街の最高層到達者だったわよね、彼」
「らしいな」
ハンナは少し考えてから、テルマを見る。
ジークに言われたことがショックだったのか、難しい顔をして悩みこんでしまっていた。
「ねぇ、ジーク」
「なんだ」
「あなた、テルマのこと守ってくれてるのよね?」
ジークは返事をせずに眉を上げてそれを肯定した。
「じゃあ、テルマが力を使って、何かあってたとしてもちゃんと助けてくれる?」
ジークは昔、ハンナとの約束を守れなかった。
ノックスも、他の仲間たちもだ。
だがそれでも、ハンナはジークのことを信頼して、また約束を取り付けようとしている。ノックスとの間にできた大事な宝物をジークに預けようとしている。
ジークは再びハンナとの約束を破るつもりはなかった。
今度破る時は、自分の方が死ぬ時だ。
ハンナはそこまでの覚悟を求めて尋ねたわけではなかった。
ジークがとても強くなっていることを知って、悩む娘の力になって欲しいと切り出しただけの話である。
ジークは深くゆっくりと頷き答える。
「ああ、助ける」
「そう、ありがとう」
ハンナは難しい顔をしているテルマの顔をのぞいて言う。
「テルマ、ジークと一緒に力の使い方を学んでみてはどうかしら」
「……ママが、そういうなら」
テルマの表情は晴れなかった。
ハンナはそれが心配だったけれど、その理由を無理に聞き出すことも難しそうであった。




