ノエルとベアトリス
「あ、トリクシー。いつ来たの?」
「つい今しがたですわ、珍しいですわねニコラがいないなんて」
王宮のちょっとした夜会が開催された日。ベアトリスは「侯爵令嬢」としてその夜会に参加することになった。エスコートをしたいというグランツに対して王太子は忙しかろうと断りを入れたときの緊張感がいまもてのひらに残っているような気がした。
「ニコラはさっきアルトワ伯爵令嬢に誘われてダンスしに行ったところ」
「なんだ、来てはいるんですのね。夜会嫌いなくせに」
「トリクシーは踊らないの?今日のドレス初めて見たけど」
「まあ、光栄ですわノエルに気づいてもらえるなんて」
「いつだって何着てても似合うんだけどね」
本当はヤヨイも連れてくるはずだったのだがここ一カ月気を張り詰めていたのか熱が出たということでメイドがストップをかけてきた。誰かとくっつかないかなという不純な動機と、夜会で楽しんでほしいという優しさと、今しがたのノエルの口説き文句みたいなのの盾になってくれという下心からだったので半分くらいは自業自得なのかもしれないが。
「まだグランツ様にご挨拶が済んでないんですのよ、だから踊れないのですわ」
「? グランツ様、今日欠席なさってるよ?」
「ええっ、私エスコートしようかとお声をかけていただいたからてっきり参加なさってるのかと」
「……ふったんでしょう?罪作りだね」
そんなつもりはこれっぽっちも微塵も一ミリもほんのちょっともないのだが、そうかあれは振ったことになってしまったのかと頭が痛くなるのを感じた。たしかに必死に断りすぎたかもしれないが夜会に参加しないほど落ち込んでいるとは知らなかった。そういえばテランスも見かけていない。
まわりを見渡す。要人は、いつもとなんら変わらない顔ぶればかり。ホールの中央らへんで優雅に踊るニコラはいつものヤンチャ少年の顔ではなく公爵家の人間としての顔をしていた。
「あいかわらずそっくりですわね、目以外は」
双子ではないのだがニコラとノエルはよく似ている。目だけは全然似ていないのだがそれ以外は双子ですといっても遜色ないほど。困ったようにノエルは笑ってこう言った。
「ニコラみたいな顔のほうが好き?」
「なんでそうなるんですの、ノエルだって綺麗な顔ですわよ」
系統こそ違えど、役持ちに該当する八人はみんな美男子ぞろいだ。それこそハーレムエンドなんてものを夢見るくらいには。なんというかそういうふうにできているんだよな、くらいにしか彼女は思っていないけれど自分が役持ちに相当するという認識はかけらもなかった。
「トリクシーも綺麗だよ」
「まあ、お上手ね」
「僕頑張るから、選んでもらえる男になれるように」
「いやあのそれに関しては頑張りすぎないでいいというか」
「だめ、僕が君のことを好きなのと同じくらい僕のことを好きになってほしいの。わかった?」
「は、はい、わかりました、のであのノエル? 手を離して……」
「さ、踊ろう」
「お待ちになって! 色々とおかしいですわ!」
その後三曲ほど付き合わされ、砂糖の雨でも浴びるかの如くテンションの高いノエルに口説かれ続け、帰るころには完全に疲れ切ったベアトリスが出来上がっていた。