グランツとベアトリス
「正式に婚約を、改めて申し込みたいとおもっているんだ」
家にいきなりやってきてメイドや執事はてんやわんや。運よく父親が外出していたのでベアトリス本人が話を聞けばグランツの口から飛び出したのは「婚約」という単語だった。
「あのー、私はただの幼馴染ですわ」
「何を言っている? 君は俺の花嫁最有力候補だと誰もが認めているのに」
「私は確信を持って、グランツ様に釣り合うのは別の女性だと断言しますわ」
「俺も自信を持って断言しよう。トリクシー、君以外はいらない」
こいつはなんでこんなに話が通じないんだ。ベアトリスは頭を抱えたくなった。最近こんなのばっかりで片頭痛が癖になりそうだ。正直、婚約の話が持ち上がったのは今回が初めてではない。だけどそれを興味がないからとばっさりしていたのはグランツのほうだった。なのに今になって婚約?そんなのって都合がよすぎるの一言に尽きる。ルートには抗えないという証明のようだった。
「いままで何度も何度もお話はありました、断ってらしたのはグランツ様でございます」
「俺は未熟なのでな、だがそうも言ってられなくなった。君を狙うやつがあんなに多いとは知らなかったので安心しきっていたが」
なるほどーそういう路線で来たかー。
婚約をしていないときの断罪スチルでは「俺と君は婚約者ですらない、思いあがるなよ」とまで言って来るくせに大した変わりようである。
「私はてっきり、ヤヨイに話をしに来たんだと思っていましたのに」
「ヤヨイに?なぜだ?」
「なぜって、出会った初日に何やらごたついたらしいとかお聞きしましたの」
「ああ、そのことか。俺が歩いていたらふらふらとぶつかってきて周りにいた連中が不敬だと話を大きくしただけだ。俺自身は特に関係ない」
「工場の斡旋やらお家の手配もなさったでしょう?」
「家は工場に勤務しているパトリックが空き部屋があるといっただけで俺はなにもしていない。君のそれが嫉妬だったらかわいいものなんだが」
残念ながら嫉妬ではない。ここまで話をしていたら自分に気がないことなんてグランツでもわかっているだろうに。誰とも結ばれるつもりが無い以上、グランツ相手でなくても婚約なんてもってのほかだ。貴族すら辞めたい自分がまさか「奥様」になるなんてとんでもない話だと内心ごちた。
貴族の奥様が何をするかといえば、刺繍に編み物、お庭のお散歩に読書にお茶会。オートクチュールでドレスを仕立て、宝石商を呼び装飾品の新調。呼ばれれば夜会。レッスンを受ける人も居なくないが大体は「お嬢様」時代にやっているものが趣味に高じた場合だ。
自分の思い描く未来ではないし、窮屈だ。令嬢として生きてきたので一通りのことは教育されたが、それを生かして生きていく退屈な日々などとても耐えられそうもない。
あと大切なことなのだが、子作り。これが本当に無理だ。あくまでも彼らは十二歳以上対象のゲームの登場人物。エロゲーじゃない。そんな相手を性的に見ることなんてベアトリスには無理だった。
「君に無理強いしたいわけじゃない、ただ婚約に頷いてくれれば俺はいつでも準備ができているということだ」
「悠長ですこと。未熟でいらっしゃるんじゃなかったんですの?」
「君を手に入れるのなら何でもいい」
とりあえず今日は帰るけどね、という彼はいつも通り真顔だった。本当に好きな相手に向ける顔なのかそれは? とベアトリスは訝し気に首をかしげたのだった。




