第2章16話 まるで、昔話の勇者が使う魔法みたいね
14年前、とある商船にてメイティ=ミードニアは誕生した。
遠い昔の大戦で故郷を失い離散し、宇宙を漂い生き続けるニャアヤ族にとって、それは珍しことではなかった。
メイティは、十数人規模の小さなニャアヤ・コミュニティにて幼少期を過ごす。
決して豊かとは言えず、刹那的な生活を送る中、多忙な父に代わって、メイティは病床の母の看病をしていた。
母の看病は、大好きな母親との時間を過ごせる、メイティにとっての至福の時。メイティは常に母に付き添い、母のために頑張り続けた。
そんなある日のことである。
「あら、商船の電源が落ちてしまったようね」
電気が消え、暗闇の中、ベッドに横たわるメイティの母は、そうメイティに告げた。
100年は宇宙を漂う商船である。この程度の不具合は今にはじまったことではない。
「メイティ、どこかにランプがあったはず。探してくれる?」
「うん」
穏やかな母の言葉に従い、メイティはランプを探す。
夜目が利くニャアヤ族にとって、暗闇は大きな問題にならない。ただ、光は心の平穏のため、ニャアヤ族にとっても必要なもの。
すぐにメイティはランプを探し出した。
「お母さん、このランプ、どうやって使うの?」
「これは、随分と古いものね。火を使うものだわ。ここのつまみを回せば、明るくなるわよ」
言われた通りに、ランプのつまみを回すメイティ。
ところが、慣れない古い道具というものは、小さな女の子には少し扱いが難しかったようである。
燃料が漏れていたのか、単に点火装置が壊れていたのか。ランプの炎は勢い余り、メイティの指に火傷を負わせてしまう。
驚いたメイティはランプを落とし、ランプは床に激突した衝撃で壊れてしまった。
「あっ、お母さん、ごめんなさい……」
「片付けておいてくれれば良いわよ。もともと古いものだしね。それよりメイティ、火傷は大丈夫?」
「大丈夫」
暗闇の中、ランプの灯りのように微笑む母だが、メイティはなおも母のために明かりを探す。
とはいえ、扉の電子ロックは停止し、部屋からは出られない。
どこにも存在しない明かりを探したところで、意味はない。
そこでメイティは、幼心に思いついたのだ。自分が明かりを作れば良いと。
母のためにと、メイティは先ほどのランプの炎を思い浮かべた。炎を思い浮かべ、自分の指先に炎が揺れる場面を想像した。
すると、想像した通り、メイティの指先に小さな炎が揺れる。
「メイティ!? それ、どうやったの!?」
「……分からない」
「すごいわ! まるで、昔話の勇者が使う魔法みたいね!」
仄かに照らされた部屋の中で、母は娘の不思議な力に驚いていた。
対してメイティは、母に聞く。
「お母さん、明るい?」
「ええ、とっても明るいわ。病気も治っちゃいそうなぐらいよ。メイティ、ありがとう」
喜ぶ母の姿を見て、メイティは照れたように笑う。
そしてメイティは思う。これかもずっと、母を支え続けようと。
メイティの母が息を引き取ったのは、それから半年も経たぬ内であった。
*
母を失い、メイティは父の仕事を手伝う日々を送る。
ところがメイティを乗せた商船が、とあるギャングに襲われた。
父を含む多くのニャアヤがギャングに殺害され、しかしメイティは生き残り、奴隷市場へと送られてしまう。
奴隷としての生活は、実のところ父の仕事を手伝っていた頃と、あまり変わりなかった。
過酷な労働と貧しい生活は、商船にいたときと変わらない。
粗末な食事と粗末な服装は、ニャアヤ族にとって普通のこと。
必要最低限の住居は、あるだけマシだ。
刹那的な生活を送るのは、何も変わりはしなかったのだ。
ただし、メイティを気にかけてくれる人はもういない。暴力や暴言も日常茶飯事。いつしかメイティは、言葉を口にしなくなっていた。
そうして5年の月日が経過した。
「くだらないミスしやがって!」
「……ごめんさない……」
「小娘! 処罰の時間だ!」
「大変です兄貴! 同盟軍が襲ってきました!」
「ああ!? なんだと!?」
奴隷生活は唐突に終わりを迎えた。
暴言と暴力にまみれたギャングたちは、銀河連合・同盟軍に殲滅され、メイティは奴隷から解放された。
解放されたメイティは銀河連合の病院に連れて行かれ、弱った体は治療を受ける。
久々の平穏に母を思い出したメイティは、意識せず指先に炎を揺らした。
この光景が、銀河連合・同盟軍を驚かせ、彼らに新たな欲求を植え付けた。
「もしかしたら、彼女には大変な力が宿っているかもしれない」
「その力、同盟軍の兵器として利用できれば……」
「魔術師メイティ=ミードニア。同盟軍最強の兵器として、銀河の平和と自由を守ってもらおう」
話は勝手に進んでいた。
衰弱した体が回復し退院すると同時、メイティは同盟軍に連れられ、以降は軍事施設で過ごすこととなる。
軍事施設での毎日は、訓練の毎日と同義であった。
さすがの同盟軍も魔術の使い方は知らない。メイティも、当時は魔法の覚え方を知らない。
手探りの訓練は毎日続き、それでも何らの成果を生み出すことはできなかった。
そもそも、メイティは誰かを傷つけるのを拒否し、訓練を受ける動機もない。訓練がうまくいくはずはなかったのである。
メイティも、自分を兵器扱いする軍人たちに懐くことはなかった。
彼女にとって軍事施設での毎日は、暴言や暴力の少ない奴隷生活でしかなかったのだ。
同盟軍は徐々にメイティの訓練を諦め、ある決断を下す。
まともな軍人がダメならば、まともでない軍人にメイティの訓練を任せようと。
「お主が魔術師のメイティ=ミードニアか? こんな小さな子を最強兵器扱いとは、同盟軍もわし以上に耄碌したかの」
初対面でそう言い放った退役軍人ロングボー。
彼は同盟軍特殊部隊の元隊員。50年前と30年前の戦争で活躍した伝説の戦士。
生来、組織というものに馴染まぬ彼は、30年前の戦争が終わり現役を退くと、1人の老人として悠々自適な日々を送っていた。
そんな彼を、同盟軍はメイティの訓練のため呼び戻した。
なぜロングボーはメイティの訓練を引き受けたのか?
メイティがその疑問を口にする前に、ロングボーは答えた。
「軍の訓練は大変だったじゃろう。自由はないし、何より楽しくないからの。でも安心せい。わしのところに来たからには、もう好きにして良いからな」
つまりロングボーは、メイティを同盟軍の訓練から解放したのだ。
それが組織を嫌っているからなのか、メイティを憐れんだのか、はたまた違う理由なのか、メイティには分からない。
ロングボーによる訓練は、ほぼ訓練とは言えないものである。
「今日は風が強いのお。そうじゃ、山登りてもしてこい」
「今日は波が高いか。ほれ、ちょっと海を泳いでこい」
「たまには絵でも描いたらどうじゃ? 楽しいぞ」
「プーリンの作り方を教えよう。作り方を覚えたら、自分で作ってみるがいい」
「雨が降ってきたの。雨の日こそ、外で遊んでみたらどうじゃ?」
ちぐはぐな指示ばかり。
意味も分からず、メイティは機械のようにロングボーの指示に従い続けた。
なぜそんなことをしなければならないのか、どうしてこんなことをしなければならないのか、を考えない。これが、刹那的な人生を送ってきたメイティの答えである。
どんなに意味の分からぬ指示を与えられようと、メイティはロングボーの指示に従い続けた。
結局、訓練は1年半も続く。
ロングボーは高齢だ。彼はベッドや椅子からあまり動かない。
いつしかメイティは、ロングボーの介護をするようになっていた。
そのせいだろうか、メイティは母を看病して過ごした毎日を思い出すようになる。
母の姿とロングボーの姿が重なったのだろう。メイティはロングボーに心を開きはじめていた。
魔法は一向に使えるようにならなかったが、メイティはロングボーとの時間を過ごすのが、少し楽しみになってきていたのだ。
しかし今回も、ロングボーとの別れは唐突に訪れる。
「厄介なのが来たの。お主はここで待っておれ」
ある雨の日、突然の訪問者にロングボーはそう言って、家の外に出た。
やはり指示に従い家の中に残ったメイティは、ロングボーの最期を見ていない。
彼女は外から響いた銃声を耳にしただけだ。
ロングボーが帰ってくることはなかった。
代わりに現れたのは、物々しい帝國軍兵士たちと、金の刺繍に飾られた黒のマントをはためかせる、軍帽からボブカットの黒髪を垂らした、美麗な女将校。
「私は栄えある帝國軍第2艦隊所属、巡洋艦ストレローク艦長のケイ=カーラック大佐だ。魔術師、我らが帝國の未来のため、貴様を連行する」
今までと同じく、メイティは抵抗しなかった。
彼女はカーラックに連れられ、巡洋艦ストレロークに拘留される。
人類支配論を声高に唱える帝國にとって、ニャアヤ族であるメイティは家畜同然。
ストレロークの独房で過ごす日々は、奴隷として過ごした日々となんら変わりなかった。
窓もない独房で、メイティが何日間を過ごしたのかは分からない。
拘留されてだいたい数ヶ月。独房で粗末な食事をしていたメイティのもとに、帝國の軍服を着た1人の女性がやってきた。
同じ軍服を身につけながら、カーラックとは違い暖かい雰囲気を纏った、ブロンドヘアを揺らす女性。
メイティはその女性を、女神であると直感する。
「はじめまして、メイティ=ミードニアちゃん。私はラグルエル=オルタファ=メイエムフォン=イーゼン。いきなりで悪いんだけど、あなたは『ステラー』の勇者に選ばれました。おめでとう」
いきなりすぎる言葉に、メイティは首をかしげるだけだった。
だがラグルエルは、構わず話を続ける。
「あなたには、五感で覚える魔法修行という能力が備わってるわ。その力を使って、メイティちゃんには『ステラー』を危機から救ってほしいの」
「……ここから、出してくれる……?」
「ごめんなさいね、私には無理だわ。だけど、これからあなたを救ってくれる人がいるから、もう少し待っててね」
そう言って、ラグルエルはメイティの額に手を当てる。
メイティは安寧と平穏に包まれ、深い眠りに落ちていった。
再び彼女が目を覚ましたとき、彼女は脱出ポッドに乗せられ、4人の人間に出会う。
次回 第2章17話『誰かを殺したくないなら、誰も殺さなきゃ良いんだ』
ラグルエル「メイティちゃんの過去を知ったクラサカ君は、どんなことを口にするのか。伝説のマスターらしいことが言えるのか」




