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まだ君が僕を呼んでいる  作者: 甘宮るい
第二章「それでもそれは、正しい選択」
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第二章/第四話「少しずつ、僕らは変化する」


 夏休みは残り1週間。ここからはノアと約束した大事な予定が詰まっている。バイトを変わってもらってどうにか空けた数日を、俺はなんとか夏休み前半には考えられないような数の予定で埋めた。

 まず今日はノアと図書館で勉強をする予定だ。ノアが借りている本を返しに行くのに付き合って、ついでに勉強もする。遊んでばかりいるのはノアも本望ではないはずだし、本が好きなノアは図書館が好きだ。落ち着ける場所でゆっくり話せば、気持ちも落ち着くかもしれない。

 それに会長様の行動に彼女の悩みが詰まっていたように、悩みの種が見えるかもしれない。


 市立の大きな図書館にノアと行くのは二度目だ。

 適当に身支度を済ませて家を出る。携帯を見ながら歩いていると公園が見えた。もう小中学生は学校がはじまっている時期だから、子供は見当たらない。

 会長様と行った公園ではないのに、懐かしく感じた。ブランコの前のベンチが視界に入る。息を吐いて、携帯をポケットにしまった。

 歩きながらなんて危ないと、彼女はきっと怒るだろうから。


 バス停に着いて、予定通りバスに乗った。田舎でも都会でもないよくある街を見ながらバスに揺られて15分ほどでバスは図書館に到着した。

図書館のすぐそばのバス停でノアは待ってくれていた。

「ごめん。待ったか?」

「いいや、少し俺が早く出てしまった。10分も待ってない」

 ノアが腕時計を俺に見せてそう言った。時計は集合時間の10分前を示していた。

「ぬぎやまは規則正しいな」

「遅れることもあるけどな」

「ははっ確かに」

 まだまだ夏の気配を残した少し日差しの強い太陽に照らされる。隣のノアはペットボトルの水を一口飲むと、そのペットボトルの蓋を閉めて、一歩先を進んでいく。高校生の頃の空と何も変わっていない気がして、いつまでも自分は変われないのかもしれないと大学生の俺も思った。


 図書館の中に入ってみれば、カーテンで太陽の主張が軽減されていた。

 ノアと受付に向かう。

「返却と寄贈です」

 ノアは大学に持ってくるいつものリュックから数冊の本を取り出した。

「寄贈ですか、ありがとうございます。よければ寄贈の際の申込書を、そこまでお時間はかかりませんので」

「前にもらって書いてきました」

 ノアはポケットから四つ折の紙を取り出すと受付の女性に渡す。

「こちらの図書館の蔵書としない場合でも他の団体に無償で譲渡する、で間違いないですか?」

「はい」

「ありがとうございます」

 それから手際よく返却の手続きまで済ませたノアと、自由に使えるテーブルのあるコーナーに向かった。

「なぁ、ノア。よく寄贈とかするのか?」

「今回が初めてだよ。あまり買って読まないんだけど、あの数冊は特に気に入ってさ。でも、もう読まないから」

 ノアは気に入った本は、それが小説でも参考書でも指南書でも何度も読むタイプなのに珍しい。大学にノアが持ってくる本もさっき寄贈していた本の中に混ざっていた気がするし、仲良くなり始めた頃に写真で送ってもらったノアの自宅の本棚には同じタイトルの本が文庫本と単行本のどちらでも買い揃えてあったりした。大学に持ってくる本も大体3種類くらいのどれかで、図書館から毎週たくさん本を借りて、買って読まないと言いつつ本屋にもよく寄って。

 そんなノアが大量に本を寄贈なんて。

「寄贈して、他の人が手に取ればもっと本が好きな人が増えるだろう?」

 ノアのその行動がその言葉が、俺を苛立たせていくのがわかった。死ぬための行動だと結び付けてしまう。どうしてもそう見える。

 昨日読んだ会長様の日記のページには生徒会長になった日のことが綴ってあった。それが屋上の鍵を借りるためであることが書かれていた。シンプルなその意思を、会長様が親に操られたのではなく死ぬためだと綴ったその言葉を思い出した。その日記はあの日常でしか意味が無い、読んでいる時にしか考えないことにしていたのにどうしても考えてしまう。

 寄贈という良いはずの行動がノアの死に近づくだけの行為だとしか、今の俺には捉えられない。

「確かにそうだけど、ノアは中学のときに買った本だって読み返えすんだろ?いいのか、本当に」

 どう聞けばいいのかわからない。この違和感をどうしていいのかわからない。

「いいんだよ、ぬぎやま。もう読まないんだ」

 ノアの言う、読まないってどういう意味なのだろう。飽きたと言ってほしい、でもノアは気に入れば飽きなんて知らない。飽きるなんて、浅い理解ですべてを片付けてきた人の感情だと、以前ノアは言っていた。もちろん今まで一度もノアから飽きたというような言葉も表現も聞いたことがない。

 考えが変わった、とても良く変わったと捉えて本当にいいのだろうか。自分の気に入った本を何度も読んだからこそ、他の人に知ってほしい。故に寄贈する。ノアはそう考えていると捉えていいと思えない。俺はそうは考えられない。

 本は、読むときの年齢や悩み、それから立場で伝えてくるものを変えるとノアは言っていた。そう言って、俺に読書を進めた。

 ノアは死ぬのだろうか。

「もう読まないってどういうことだよ……」

 肩を掴みそうになった手を縛るように握る。

「飽きたわけじゃないけど同じ世界に浸っていてもほら、仕方がないだろう?」

 浸る、なんて本が好きなノアは使わない。使わなかった。もちろん悪い言葉じゃない、それでも。

「たまにはいいだろ、同じ場所でだって自分が変われば得るものがある」

 似たようなことをノアが言っていたじゃないか。

「……ぬぎやまはすごいな、俺はもう変われないよ」

 諦めるな。生きるのを諦めるな。

「変われる」

 無理やりにでも変えてやる。

「……それじゃあ、そのうちまた新しい本でも買うよ。ぬぎやまのおすすめがあったら教えてくれ」

 声を荒げすぎた。歩き出したノアは、明らかに悲しそうにしている。何かを押さえ込んでいる表情は、隙の無い彼女に似ている。

 止めてくれ。

 もう変われないって何だ。誰だって変わろうと思えばその瞬間から変われる。その瞬間に変わる。それは会長様に変えてもらった俺が証明している。彼女の死を受けて、変わることができた残酷な俺が証明している。

 ほとんど変わっていない俺は、それでも彼女の影響でこんなにも変わった。俺の一部が彼女に大きく影響を受けて、花開くように変わった。枯れるように沈みもした。

少し先を行くノアの背中を見つめる。ノアは俺が立ち止まっているのに、振り返らない。それが、今の俺にはとても虚しかった。この隙間はいつの間にできてしまったのだろう。

 この先が、もし真っ暗だったらどうしよう。親友である俺に、できることはもうないのだろうか。

 俺はノアに寄贈を取り消させればそれで満足なのだろうか。そうじゃない、ノアの寄贈の意味がわかってしまった。彼はもうあのカバーまで付けて何度も読んだ数冊の宝物を読む気が無い。彼は読むことが出来ない、会長様が先生になれないと言った様に……。

「ノア」

「おわっ、何だ何だ?ぬぎやま」

「俺と一緒にもっといい本を探そう。退屈しない、あの数冊と同じくらいにいい本を。俺のおすすめも紹介するよ。ノアに面白いと言ってもらえるまで素敵な本を探してくる」

「あぁ、それはいいね。ありがとう、ぬぎやま」

 諦めるという選択肢は残されていないことを、俺はもう少し自覚しなければならない。


 瞼の奥が一層暗くても、その闇を気に出来るほどの余裕は残されていない。


投稿が少し遅れました。今年内の完結がんばります。


Twitter(@Rui0123amamiya)もちょっとずつやってるのでもしよければ。

次の話も今月中を予定してます。

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