16 ハルバ隊長は悩んでいる。
ハルバ隊長視点。
ルカゼとの出会いから。
17歳で隊長に昇格した。
オレの教育係りで、よき先輩である隊長が殉職したことがきっかけ。不本意な形だったが、同じ部隊のメンバーにも励まされ、務めることになった。
副隊長のカバーもあり、最小年の隊長として、上手くこなせている。そう自負した。
だが。
1つ、悩みがある。
ただの気にしすぎかもしれない。
部隊の中に、一組のカップルがいる。
オレの一個下の後輩である男性隊員ビリーと、オレの二つ上の先輩である女性隊員ナンシーだ。
ナンシーの方は、1年前ほどほんの数ヵ月だけ付き合っていた元カノ。
愛想を振り撒き、色気のある美女でモテる。彼女が迫ったから、受け入れて交際をしたが、任務中さえもやたらべたべたしてくることが嫌になり、オレから別れてほしいとフッた。
そんな元カノが、他の男と任務中にいちゃついている。
元カノだから、目について嫌悪を抱いているだけなのかもしれない。
だから、任務に支障が出ると注意をすることに躊躇してしまった。
しかし、酷いものだった。
別々に捜索の指示をしたのに、道に迷ったと言い訳して合流したり、通信中に明らかにキスをしていたり、気が滅入る。
そのうち、他のメンバーから苦情が出て、やっと注意ができた。
しかし、返ってきたのは「やだもう、嫉妬しないで」と嘲笑。
死と隣り合わせの現場でいちゃつくなと諭しても、嫌そうな顔で適当に流された。
元カノではなければ、もっと強く言えたのだが。
「お前への当て付けもあるんだろ。アイツをフッたのはお前だし、隊長になった。もっと厳しく言っていい」
副隊長に相談したところ、そう淡々と返された。
オレへの当て付けで現場でいちゃついている?
隊長になってこんな問題に悩まされるとは。人間関係とは、こんな難しいものだったのか。
そんなことをさせているのは、オレのせい。しかし、任務に支障が出ては命取り。
改めて、注意をすることに決めたその日の任務中。事件が起きてしまった。
偵察任務で二人一組で行動していた最中、ビリーとナンシーと連絡が取れなくなったのだ。焦っていれば、悲鳴が聞こえ、慌てて駆け付けた。
レベル4の中型アマンに囲まれていた2人を救出。2人をちゃんと確認したあと、オレは言葉を失った。
ビリーとナンシーの服ははだけている。もちろん、アマンに襲われていたことが原因ではない。任務中に、合体していやがった。
堪忍袋の緒が切れ、オレはこう言い放った。
「引退しろ。さもなきゃ――――殉職させるぞ」
脅迫。こうでも言わなきゃ、やめないだろう。
コイツらのせいで、コイツらだけではなく、他の誰かが死にかねない。
そんなこと絶対に許さない。
誰も死なせてたまるか。
ビリーは怯えきって、速攻で現場には出ないサポート側の部署に移動した。そして、ナンシーと結婚。
ナンシーはオレが知る以上に、性悪だった。
嫉妬にかられて脅迫されたと言い触らしてから、引退した。
なんて女だ……、と頭を抱えたのだが、周囲もその性悪さはわかっていた。
部隊のメンバーも経緯はわかっていて、オレを気の毒そうに労りながら励ましてくれた。
他の部隊長も、相談していたから笑い話にされたし、支部長も苦笑をしながらもわかってくれた。
2人も隊員が欠けると仕事が辛くなり、他の部隊にフォローをしてもらう。
申し訳ない。もっと隊長として上手く出来れば、負担をかけることもなかった。
自分の不甲斐なさとナンシーへの怒りに、暫く苛まされた。
もう二度と、職場恋愛なんかするものか。
むしろ、職場恋愛を禁止にすべきではないか。
そう提案したのだが、職場恋愛の末に結婚した隊員が何人かいて、同意してもらえなかった。
支部長も亡くした婚約者が隊員だったため、禁止にしないと返す。
「禁止にすると、余計に燃えるようなおバカさんもいるからね」とも笑った。
「そうだ。君に教育係りをしてもらいたい。他の隊員は、よそのフォローをする形をとらせてもらうね。あ、ちなみに女の子だから、優しくしてあげて?」
トラウマレベルに女性を嫌っている今のオレに、女の子の訓練生を微笑んで押し付けたので、絶句した。
「10歳の女の子なんだから、元カノなんかと同じだと思ってはいけないよ?」
わかってはいる。
だが、女性隊員なんかと関わりたくない気持ちが大きい。
通常、教育係りと同じ部隊に配属される。また乱されるかもしれない不安で頭痛がしそうだ。
翌日、支部長に呼び出されて、やっぱり断ろうと向かったのだが、そこに女の子がいた。
まるで男の子のように髪が短く、赤い毛が混じる黒髪。大きな深紅の瞳でじっと見上げてきた。
兵隊になりたい短髪の女の子は、大抵弱いと思われないように男の子の格好をして男の子の口調をし、突っぱねた性格だ。
しかしその予想を裏切り、にっこりと笑った。
「こんにちは! ルカゼです。よろしくお願いします」
ペコリと腰を折って一礼。
比較していたのが性悪の元カノだったせいか、笑顔を向けるその子が天使に思えた。
子どもが天使だと比喩される意味がわかった。見ているだけで、癒される。
抵抗があった気持ちから一転、ルカゼを目一杯可愛がることに決めた。
ルカゼは、本当にいい子だ。学ぶ姿勢は熱心。魔法の方は興味津々だが、少し習得に苦戦する。身体能力は並み以上にあるから、剣術や体術の方は問題ない。
物心つく前から孤児院で育っていたらしく、甘え上手。だから、周囲にも可愛がられた。癒されているのは、オレだけじゃないらしい。
甘え上手なところがある一方で、世話焼きな一面もある。
食事中にコップが空になれば水を追加してくれり、誰かが両手に荷物を抱えていれば手伝うと駆け寄ったり、誰かが顔色を悪くして俯いていれば寄り添う。
そんないい子だから、皆に可愛がられた。
オレも溺愛しすぎだと他の部隊長にからかわれたが、ちゃんと厳しく育ててる。その甲斐あってか、魔法学びに苦戦しつつも、ルカゼは半年後の実演練習にも合格した。
お祝いになにをやろうと、悩んだ。
女の子とはいえ、まだアクセサリーは喜ばなさそうな年頃。チョコが好きだったから、生チョコを買った。
支部の屋上で座り込んで、プレゼント。
「板チョコの五倍高いぜ」と言えば、大喜びした。
「じゃあ、味わって食べます!」
にこにこ、とルカゼはパクリと食べる。喜んでくれるなら、あげた甲斐があるってもんだ。
「初めて食べただろ?」
「……たぶん」
「たぶんってなんだ?」
もぐもぐとしているルカゼが曖昧なことを言うから、オレは首を傾げる。
「今日これ食べる夢見ました」
「正夢か! すげーな」
生チョコを食べる夢を見たのか。面白いな。聞いたことあるけど、オレは見たことない。
「生チョコを食べてたら、喉詰まって死んじゃいました」
「食べるのやめろ!!」
ケロッ、と言い退けたルカゼの手から、生チョコを取り上げる。
そんな夢が実現してたまるか!
「ええ! 美味しいのに!」
「死ぬ夢見たくせによく食べられるな! 変だよ、お前は!」
「ただの夢だもん。美味しいし」
「ゆっくり食べろよ! 詰まらせないように、一つずつ!!」
バタバタと暴れて奪い返そうとするルカゼを座らせ、オレは一粒ずつ食べさせる。
本当に気に入ったらしく、にこにこと綻んでいる。小さな頭を、ゆらゆらと揺らしていた。
「ハルバ先輩も、はい」
次はルカゼが食べさせてくれたから、口の中で味わう。ルカゼの笑みを眺めながら。
そんなルカゼを泣かせてしまった。しかも、号泣だ。
ことの発端は、サポート部署の女性隊員が、オレに気があるとルカゼに相談。
ルカゼがお節介を発揮し、デートをセッティングしようとオレに頼んだ。だが、職場恋愛する気のないオレは断った。
頼りになれないと知るなり、ルカゼは号泣。初めての恋愛相談と、初めての挫折。泣きじゃくりながらその女性隊員に謝ると、ルカゼを泣かせてしまったことに女性隊員も泣き出してしまう始末。
オレも「ごめんな」と本人に断ってから、ルカゼを抱えて屋上に移動した。
たまたまあげようとした生チョコを食べさせれば、やっと涙が止まる。
「悪いな、ルカゼ。オレは職場恋愛するつもりないんだ」
「ひくっ……先輩は、悪くないです……私が、勝手に……グスン」
頭を撫でてあやす。
負けず嫌いで頑張り屋のルカゼが、こんなにも泣くなんて驚きだ。一部始終を見ていたサポート部の隊員も、同じ反応だった。
初めての恋愛相談に張り切ったのだろう。力になれなかったことがショック。
女性隊員も、そんな健気なルカゼを泣かす結果になってしまったことを泣いた。そしてルカゼを抱き締めて、必死にあやしていた。
「……なんで、職場恋愛だめなんですか?」
目尻に涙を溜めたままのルカゼの口に、生チョコをまた一つ入れてやる。
少し迷った末に、理由を話すことにした。まだ幼いルカゼが恋愛を嫌がらないように、元カノのことをぼかして。
嫌な経験をしてしまった。
「……だから、職場恋愛はもうしない。それに……もしも、恋したらさ……心配して仕事に集中できなくなりそうだからな」
恋愛も仕事も同じ場所でこなす自信は、今はない。
仕事中でも休みの日でも四六時中、互いを心配してしまうのだろう。少し、怖くも思う。
ハッとする。こんなこと言ったら、ルカゼが恋愛を臆するかもしれない。
ルカゼが俯いてしまったので、フォローを考えた。
「……想い合うのも、強さになると思うのに……」
オレは目を見開く。
ああ、そう考えるのか。想いを強さ、にか。確かにそうかもしれない。
危険な仕事だ。現場行きは特に死と隣り合わせ。だからこそ、無事帰るために強くなる。想うからこそ。
「……かもな。強くならなきゃな、もっともっと」
「そうですね、強くなります!」
パッ、と顔を上げたルカゼの深紅の瞳が、輝いて見えた。
そんなルカゼの口の中に、もう一つ生チョコを入れる。もぐもぐと口を動かすルカゼは、もう笑顔だ。
愛しくてたまらないやつで、オレは頭を撫でてやる。すっかり癖になった。
守られたい、とは言わない辺りルカゼらしい。強くなろうと真っ直ぐに励む。そんなルカゼが成長したら、モテるんだろう。美人になるし、既に男女問わず人気だ。
それで、コイツはどんな男を好きになるんだろう……。
もう一つ、ルカゼの口にチョコを入れたら、指についたココアが気になり自分で舐めた。食べたくなって、オレも生チョコを食べる。
口の中でビターで柔らかいチョコと、苦いココアが混ざり合う。ぐっちゃぐちゃにして味わってから、飲み込んだ。
いつか、愛しさに欲が加わって、恋に変わるのだろうか――――……。
将来、恋をしてしまう予感がしたが、考えないようにしてルカぜから目を逸らす。
雲一つない青空だ。
また、ルカゼを見てしまう。味わって食べているルカゼは、ゆらゆらと揺れていた。
赤毛混じりの黒髪の隅から、はみ出た耳に目が留まる。
「……ルカゼ。お前、ピアス開ける気はあるか?」
「ピアス?」
「おう。ネックレスやブレスレットだと邪魔になったりなくしやすいが、ピアスなら任務中でも気にならないだろ」
むにむに、と耳たぶを指で揉めば、くすぐったそうにルカゼは笑う。
「試験の合格祝いに、どうだ? 今度は残るものをやりたい。お揃いなんてどうだ?」
「先輩とお揃い? 欲しいです!」
自分がピアスをつけることはピンとこなかったらしいが、お揃いには食いついた。可愛くて堪らなくて、頭をグリグリとちょっと強めに撫でる。
抵抗しながらも、嬉しそうに笑うルカゼを目一杯可愛がった。
試験に無事合格し、オレの部隊に正式入隊したルカゼに、赤い石のピアスをプレゼント。約束通り、オレとお揃い。
ピアスをつけたルカゼは、ニッとはにかんで笑う。かなり気に入った様子で、周りに自慢していた。
だが、半年もしないうちに、ルカゼは片方を落としたと泣きついた。任務中らしい。何度か現場に戻って探すことを手伝ったのだが、見付からずじまい。危険なため、探すことは止めさせた。
ルカゼは、またもや号泣してしまった。大事にしていたのは知っていたから、オレに謝らなくともいい。頭を撫でても泣き止まなかったから、また生チョコをプレゼントした。
やっと泣き止んだから、グリグリと撫で回してやった。
また買ってやると言ったが、ルカゼは反対する。またなくしたくないと拒まれた。残ったのは大事にするとしまわれてしまい、残念。
「師弟でお揃いのピアスなんて、可愛いかったのに」
「……ごめんなさい」
「責めてないさ。また今度、他のお揃いしような」
ルカゼが顔を伏せるから、もう言わない。似合っていると周りにも好評だったし、またお揃いでなにかをつけたい。
そう言えば、ルカゼも元気よく頷いた。
可愛くて堪らないほど悩ませる愛弟子を、また頭を撫でてやった。
お待たせしました!
ルカゼが生チョコで喉を詰まらせなかったのは、ハルバ隊長のおかげです。
二人のエピソードを書けてよかったです!
ハッピーバレンタイン!(*´∇`*)
20160214