転ばぬ先の杖
「マジィ……」
暦をあの場に置いてきてしまった。
手にはむんずと掴まれたアンコウモドキ。
相変わらず円らな瞳で愛くるしい笑顔を振り撒いている。
しかし、今戻ってもまた眠気がやってきて寝てしまう気がする。
この症状を回避する手立ては何かマスクでもして……
「……ある。あるじゃんガスマスク!」
皆が気落ちしたりした時につけて、ささやかな笑いを誘おうとして買ったガスマスク。
かさばりはすれど一応腰につけたアイテム袋に入ってる。
というか、アイテム袋にはガスマスク以外煙玉しか入ってない。
初めの街で買ってからずっとかさばってしょうがないから宿に置いてこうかと思って結局つけたまま忘れてたのだが、転ばぬ先の杖とはよく言ったものだ。買っててよかった。
アンコウモドキを逃がさないように片手で触覚を捕まえながらガスマスクを取り出す。
このアンコウモドキを逃がしたら暦が気落ちしそうだし。
「おいアンコウモドキ。今から離すけど逃げんなよ。後でテメーに礼しなくちゃいけねーんだからな」
言葉は理解できないとは思いながらもそう宣言してアンコウモドキを放してガスマスクを装着。
さすがに装着は両手を使わないと出来なかったからだ。
装備を終えると再び明かりがわりのアンコウモドキ≪何故か全く動かず俺を見上げていた≫を捕まえ、鞘からショートソードを抜いて再び暦たちの場所に向かう。
恐らくこの眠りたくなる空気にやられて和則も寝てるんだろう。
そりゃ帰ってこないはずだ。
でも眠りはじめて多くても一日程度。
今のところはまだ良いが、このまま何日も寝てしまうと栄養失調で死んでしまう恐れもある。
まずはこの二人を助け出すのが先か。
それとも原因を突き止め対処するのが先か……
「ちょっとだけ進んでみるかぁ相棒?」
手にしたアンコウモドキを目の前に持ってきて尋ねる。
視線が交錯した途端、口を開いたので慌てて遠ざけた。
再び寝ている二人を放って、今度は更に先に進む。
道はすぐに突き当たった。 いや、あるものに塞がれていた。
「でっけぇキノコだなオイ……」
目の前には巨大な毒々しい色のキノコ。
食べて巨大化や1UPはありえないだろう。完璧に毒キノコだ。
「おそらく、コイツが眠り粉でも吹いてんだな」
危険なキノコは燃やすに限る。
腰のベルトに差した三本の魔法の杖から炎の杖を取り出し火炎放射……待て自分。ここで安易に炎を使って大丈夫か?
確かに、ゲームであれば洞窟内で炎を使っても良いだろう。
でも、なぜ俺は松明をしまった? 単にアンコウモドキがいたからってわけじゃないはずだ。
密閉してないとはいえ洞窟内で物燃やしたら酸欠にならないだろうか?
しかもこのキノコの胞子が洞窟中に散らばっている可能性もある。粉塵爆発なんて起こしたら大変だ。
自分はともかく他の二人が危険な気が……
「どうするよ相棒?」
と、今度は視線を合わせないよう前に向けて聞いてみる。
それがいけなかった。
視線の先に現れた巨大なキノコに、大口空けたアンコウモドキが喰らい付く。
「お、おいおい、んなもん喰ったら腹壊すぞ?」
しかしアンコウモドキはさらに食い続ける。
まぁ、こんだけ食って危険なら大丈夫じゃないわけないか。
ならコイツに全部喰わせよう。死んだら死んだだ。
触覚から手を離し自由にさせる。するとアンコウモドキは嬉しそうに大きく口を開いてキノコを喰らいきった。
地面に潜ったところまで丁寧に食べた所で再び触角を持つ。
「お前、意外と役立つよな」
さて、これでしばらくすれば眠気も覚めるか?
一度戻って二人の元へ。
暦の方が粉を吸ってる量が少なかったせいか、早くに目を覚ました。
やはりさっきのキノコが胞子を撒き散らせていたからなのか、小一時間で目覚めた。
肺に入った胞子が発芽しないかどうかが心配だが、それならさっきの一つだけでなく周囲に同じような眠り粉を吐くキノコが幾つもあるだろうからたぶん大丈夫だと思う。イベント用に作られた一本なのだろう。
おそらくアンコウモドキを一匹捕まえてくるだけでクリアできるイベントだ。暦に感謝しとこう。
「……あれ?」
「起きたか」
「あ……うん? ふわっ!? あ……お兄ちゃん?」
暦が起き上がり周りを見る。洞窟内だと確認して、俺を見る。
ガスマスクをつけた俺に驚くが、どうやらすぐに分かったらしい。
「寝てた?」
「ああ」
手にしていたはずのアンコウモドキがいないことに気付き泣きそうになるが、俺が掴んでいるのを見て笑顔が戻る。
手にしていたアンコウモドキを俺から引ったくり抱きしめ嬉泣く。
手が空いたのでガスマスクを外す。
暦が起きた以上もう眠りガスは蒸発したのだろう。
「……ん」
暦を見ていた俺の横で身じろぎが起きる。和則だ。
「……ここは?」
「よぅ和則」
「え? ……えぇッ!? うおっ環架!?」
目を覚ました和則。俺を確認した途端跳ねるように飛び起きた。
「ぐあっ! つぅー……」
痛そうに足を押さえる。
「なんだよ? ケガか?」
「ああ……ここの魔物にちょっとな」
「円らな瞳に警戒心なくして突っついたら噛まれて驚き足ぐねたってとこか」
図星だったらしい。うぐっと呻いて押し黙る。
少し心配だったので、ブーツを取ってズボンを捲くって見てみると、思ったより酷そうだ。応急処置が必要らしい。
作業自体は適当な石とかを包帯の添え木にするだけだったので暦に手伝って貰えたが、さすがにコイツを運ぶとなると俺が背負うしかない。
「でも、なんで環架がここに?」
「美織さんがクエスト出してたんだ。一応クラスメイトだしな。死なれでもしたら目覚めが悪い」
きょとんとした顔で聞いていた和則は、急に噴出し笑い声を上げた。
「お前、やっぱいいヤツだな。くく、あー痛てぇ。アバラに響く……」
「笑ってんじゃねーよ。痛いんだろが。怪我人は大人しくしてやがれ」
不安だらけの俺には、和則が喋るたびに更に不安になって気が気でない。
このまま和則のヤツが死んでしまうんじゃないかって不安だし、こいつの笑い声で魔物が寄ってこないか心配だし、俺がフォローできないから暦に戦闘任せっきりになっちまうし……ナスカかバッタ辺りを連れてくりゃ良かったかな。
「なぁ環架」
「んだよ?」
「もし傷が治ったらさ、俺らも付いていっていいか?」
「……傷が治ったらな」
「そっか、そりゃ楽しみだ……」
また嬉しそうに笑い、和則はそのまま俺に体重を預けてくる。
一瞬あまりの唐突さに死んだのかと思ったが、案外しぶといらしい。
小さく寝息を立て始めた。
さっきまで寝てたのにまだ寝るのか?
さて……クエストの方はどうするかな。
暦と見合わせここまで来たら行ってみるかと結論を出す。
寝ている和則を背負ったまま暦と奥へと向かう。
どうやら先程のマタンゴが中ボス的立場だったようで、一直線の下り道を歩いていくとすぐにドアを見つけた。
ドアの形状はカイザーマウスがいた部屋のドアに近い。恐らくボス戦。
そして薬もこの奥にある。
俺は和則を地面に降ろし、暦の頭に手を乗せた。
暦がどうしたのかと見上げてきたので決意を確認する。
「いいか暦。これから、ボスと戦うことになる。前はバッタのフォローでどうにかできたが、今回は俺とお前だけだ」
「う、うん……」
「死ぬ確率が高い。それでも……行くか?」
俺から視線を放し、暦は目の前にそびえる巨大な扉を見る。
アンコウモドキを抱えた腕に力を入れて固唾を飲み込む。
「私、頑張る。足手まといにならないから……いらない子になりたくないからっ」
手に持った槍をグッと握り、腰元の袋に入った手榴弾に視線を送る。
「じゃ、行くぞ」
「うん」
二人が頼れるのは手榴弾だけ。
上手い具合に楽な相手なら良いのだがと、俺はドアに手を掛ける。
少し開くと、後はぎぃぃと自動で開いていく。
俺たち二人が足を踏み入れると、自動でドアが閉じてしまった。
久我山環架
装備:ショートソード、皮の鎧、皮のベルト
所持アイテム:火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖、ガスマスク、煙球
魔法:爆裂魔法(手榴弾)× 10
所持金:4630L
高杉暦
クラス:槍兵
装備:鉄穂の槍、レザーベスト
所持アイテム:火炎の杖、雷鳴の杖
魔法:爆裂魔法(手榴弾)× 3
所持金:0L
松明 × 9
シウレスの森地図 × 1
テイムモンスター?
アンコウモドキ≪仮名≫




