VS 巨大ネズミ
まず、その部屋で初めに感じたのは鉄臭く濁った臭いだった。
「血生臭い……ってこういう臭いのこというのかな……」
強がりでも言うように雄一が呟く。
追従する声はない。
ただただ全員がその部屋の有様に立ち尽くすしかなかった。
人工照明に照らされた洞窟内は思ったよりも明るく、部屋の隅々までが鮮明に見える。
そんな中央には本当に現実なのかと眼を疑う程に巨大な生物。
その周囲には食い散らかされたと思しき血だまりと死体が転がり、周囲には積み上がった肉片。
さすがにこれだけの人間がここで死んだとするとこの島に来た人間との数が合わない事になるので、司祭者側が設置した人以外の何かだと思われるが、血臭が濃い事だけは確かだ。
血の臭いが濃すぎてえづきそうになる。
多分、目の前に敵がいなければ、俺たちは即座にその場に吐き散らしていたことだろう。
眼の前の巨大な敵を見てしまうと、そんな吐き気も忘れて息を飲んでしまったが。
まるで、それは処刑場。
一匹の魔物の餌場となっていた。
無残に喰い散らかされた人だったモノの残骸をワザと視界から外し、目の前で30代の男の首を食いちぎっている巨大な……ネズミに武器を構える。
「なぁ雄一。倒せると思うか?」
「少なくとも僕だけなら無理」
巨大ネズミは再び巣に入ってきた餌を見て警戒している。
餌とはつまり俺達三人のことだ。
一歩間違えれば確実に死ぬ。
でも、入ってしまった以上は腹を括らなければならない。
入ってきたはずのドアは既に締まっている。
俺達三人が入った時点でガチャリと鍵が掛かる音がしたので確かだ。
「まずは足。ネズミは素早いから速度を殺す。雄一は右、俺は左。バッタは雄一のサポートよろしく」
俺の指示にコクリとバッタが頷く。
雄一もこの指示には賛成らしい。
どうにも彼には自主性がないらしく命令されるとそれを優先する傾向があるようだ。
俺としては楽なのでいいパーティだが……
やれるか? この三人で化け物を?
否! やるんだっ!
「行くぞっ!」
先制とばかりに俺が駆け出すと、雄一も反対方向に駆けていく。
二方向に分かれた獲物に戸惑う大ネズミ。
ターゲットを雄一に決めた瞬間、俺は思い切り後ろ足を切りつけた。
垂直に肉に食い込んだ剣は、しかし肉厚に耐えられず中程で止まってしまった。
抜けないと思った瞬間、手を離して遠くに転がる。
一度悲鳴を上げて真上を向いたネズミは、怒りの雄たけびと共に前足の鍵爪を俺に振り下ろす。
転がった瞬間とタイミング良く重なり、紙一重で風圧だけに襲われた。
転がりきった時点で二撃目が来るかと思ったが、向きを俺に変えようとしたネズミの反対の足に雄一の斧が振り下ろされた。
かなり錆びてはいるが肉に食い込ませるだけなら充分だ。
「よし、どうだ化け物ッ」
再び絶叫のネズミに雄一はしてやったりとガッツポーズ。
が、それが失敗だった。
怒り心頭のネズミが前足を振り下ろす。
慌てて雄一が飛び退くが、リーチが長かった。
払った前足が頭に当たり盛大に吹っ飛ぶ。
壁に激突して嫌な音を響かせ動かなくなった。
「雄一っ!?」
『環架さんっ!』
思わず逃げるのも忘れて止まった俺にバッタの声が飛ぶ。
声にハッとしてネズミを見ると、丁度こちらに前足を振り上げたところだった。
普通のネズミなら対してリーチの無い前足も、ここまで巨大なネズミとなると、脅威は格段に増している。
「まず……」
殺されると思った瞬間、風がヒュンッと悲鳴を上げた。
振り上げた前足を振り下ろさんとしたネズミの左目に何かが突き刺さる。
赤い飛沫と共にネズミの体が傾いた。
『大丈夫ですかっ!?』
「助かった。今のは?」
バッタの手には小型のボウガンがあった。
手首に装着式の連射型ボウガンだ。
『まだ安心できません。どうしましょう?』
「ソード……貸してくれ。バッタはそのボウガンで逆の目を。雄一は後回しだ。今はまずネズミの化け物を何とかしないことには全員殺される」
『はいっ』
バッタからロングソードを借り受けネズミに向き直る。
どうする? ただ斬りつけただけじゃ倒せない。
ボウガンは小さすぎるのか致命傷を与えるほどではないようだ。
何か、何か……炎の杖じゃ驚かせるだけ。
あいつを焼いても暴れ狂って俺たちまで焼け死にかねない。
氷も無理だ。あの巨大を凍らせる力はない。
雷鳴の杖は? 無理だ。電力が低すぎる。
手持ちには何もない。
死んでいる冒険者から武具を拝借するのも時間がない。
ネズミは俺の考えている間も怒りをふつふつと溜めて起き上がり、俺に向かって突撃を開始した。
両足から飛びでる流血を物ともせずに跳躍。
巨大な口を目いっぱい開き俺を食い殺そうと襲い掛かる。
その瞬間、一つだけ……たった一つだけ倒す方法が浮かんだ。
確かに倒せるかもしれない。
運がよければ倒せる。
ただし、俺が無傷の保証はない。
震えるだけで動かない、なんてことはなかった。
身は固かったが思い通りに体が動いてくれている。
ネズミに立ち向かうように立ち。正眼に構えるロングソード。
唸りを上げる巨大な化け物。
迫り来る絶体絶命のピンチ。
死への恐怖。
迫る恐ろしい……何故だろう?
俺はその時。わくわくしていた。
迫る悪夢に、知らず舌なめずりをしてしまう。
「うあああああああああああああああああああああッ!!」
ネズミが俺に食いつく瞬間、俺は雄たけびと共に自らネズミの口に飛び込んでいた。
『環架さんッ』
大地を蹴り、ネズミの歯を足蹴に、喉の奥底に向ってロングソードを突き入れる。
ありったけの、懇親の力を込めて、もう入り込みそうになくなるまで力の限り押し込んだ。
きっとショートソードなら無理だったろう。
厚い肉に阻まれ脳までは届かない。
バッタの持つロングソードだからこそ、この方法は有効で、俺たちが生き残るための残された一手。
ネズミは絶叫と共に体を真上に伸ばし、すぐに前のめりに倒れてごろごろ転げまわる。
痛いのだろう。喉の奥を刃物で突かれるという苦しみは、俺には想像すら出来ない。
だけど、俺だって命がけなんだ。
化け物が息絶えるまで口の中からは出られない。
少しでも剣から手を離せば、唾液で滑った俺はネズミの歯や前足で即座に死ぬだろう。
だからネズミの力がだんだんと弱くなるまで、ずっと剣にしがみ付いていた。
獣臭く、血生臭い息に閉口しながらも、唾液で滑り始める剣の柄を必死に掴む。頼りない命綱。だけどこれに頼るしか俺には道がない。
ネズミが暴れるたびに俺の身体が左右上下に揺さぶられる。
ねぶられる度に手が離れそうになる。それでも必死に剣にしがみついた。
しかし……
やはり唾液の力はすごかった。一瞬の気の緩みでつるりと滑った。
「ぬあぁっ」
歯に両足両手で最後の抵抗。
必死で聞こえてなかったが、外からバッタらしき絶叫が何度も何度も、何かを突き刺す音と共に聞こえた気がした。
ネズミの力は急速に衰え、顎が俺の力でも開くようになる。
ネズミから掛かってくる力はない。
チャンス到来と、すぐに外へと転がり出た。
「うげっ、くっせぇ……」
全身が臭かった。
ネズミの唾液まみれなのだから仕方がないが、臭いのすさまじさは本気で何とかしたい。
『あ……環架……さん?』
「無事かバッ……バッタ?」
バッタはネズミの眉間の前に座っていた。
手にはナイフを持ち、ネズミの眉間には何度も刺したような痕がある。
既にネズミの眼に光はなく、息絶えた巨大ネズミは唾液塗れの舌をだらんと地面に落としていた。
『環架さんっ!!』
俺の姿を見つけると、ナイフを零して力なく立ち上がり、よろけながら近寄ってくる。
腰が抜けたのだろうか?
いや、歩けているのでそこまでではないらしい。
何度も尻餅を付きながら、俺の目の前に来ると、前のめりに抱きついてきた。
『よかった……よかったよぉ……』
「バッタ……」
『食べられちゃったかと思った。怖かったんだからっ怖かったんだからぁっ!』
力ない拳でドンドンと胸を叩いてくる。
バッタのヌイグルミ相手なのでちょっと引いたが、それでも演技は忘れない。
ぎこちなくバッタの背中に手を回して抱きしめる。
「悪かった……」
『もう、こんな想いしたくないよ……』
ヌイグルミの中で泣きはじめたバッタに、心の中で同意する。
もう、こんな死にそうな冒険は俺だってゴメンだ。
久我山環架
装備:ロングソード、皮の鎧、皮のベルト
所持アイテム:火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖
所持金:980L
保科雄一
クラス:重戦士
装備:錆びた斧、壊れた鎧
所持アイテム:火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖
所持金:400L
バッタ
クラス:マルチウエポン
装備:ナイフ×2、小型のボウガン、ショートソード
所持アイテム:バッタのキグルミ、火炎の杖、氷結の杖、雷鳴の杖
組み立て式・鉄塊、ハリセン
所持金:3040L




