〈1〉ある朝の風景
第二章スタートです。
それは、在り来たりな日常の一幕だった。
少なくとも、彼にとってはそうだった。
「な、な、聴いたか、シュティマ?」
青年は、朝食時のごった返した食堂に駆け込むなり、静かに朝食を摂っている友人の正面にどかりと座る。彼の友人、シュティマは彼を一瞥することなく、冷静に食事を続けている。咀嚼していたパンを飲み込むと、シュティマは言った。
「食事中だってのに。で、何? ゼゼフがそうやって騒ぐ時って、どうせ例のあれだろ? あの、例のレジスタンス――」
ゼゼフと呼ばれた青年は、嬉しそうにうなずいてみせる。ぽっちゃりとした頬を紅潮させ、つぶらな瞳を輝かせるさまは、二十歳という年齢よりも幼く見えた。
「そ、そうなんだ。だってさ、まただよ。また、成功したんだって。新生のレジスタンス組織のアジトが摘発されて、構成員が連行されかけたところを、『例の組織』が助けたんだって。このところ、目覚しい活躍だと思わないか?」
「まあ、そうかも」
淡白な相槌の後、シュティマは再びパンを頬張る。そんな友人の反応とは裏腹に、ゼゼフは熱く語り出した。
「この国シェーブルは、隣国レイヤーナの属国にされるという不安に耐えながら、国民たちが自らの手で国を救おうとがんばってる。そのうちのいくつかのレジスタンス組織は志半ばで消えてしまったけれど、今度はどうだろう? 最近評判の組織『フルムーン』は人材が豊富だっていうし、今度こそは……」
「まあ、そうだな」
また、適当な返事が返る。聴いていないわけではないが、シュティマにとっての最優先事項は、目の前の朝食だったのかも知れない。
それでも、ゼゼフは込み上げるものを抑え切れずに続けた。
「その組織のリーダーは、まだ十六、七歳の女の子らしいんだけど、彼女は数年前にレジスタンス組織を結成して最も善戦した、あのレブレム=カーマインの娘らしいんだ。きっと父親に似て統率力に優れた、凛々しい女の子なんだろうなぁ」
すると、シュティマはくすりと笑った。
ゼゼフがとろりとした目付きで、あまりにも夢見がちなことを口にするから、おかしくなったのだろう。
「そんなにいつも話題にするほど気になるのなら、いっそ仲間に入れてもらえば?」
友人のとんでもない発言に、ゼゼフは首がもげるほどに激しく振るはめになった。
「ば、馬鹿なこと言うなよ。そんなの、簡単に入れてもらえるわけないだろ。第一、僕なんて……運動は苦手だし、何の役にも立たないのに……」
自分なんて、役に立たない。
そう言えば、卑屈だとよく人に嫌がられる。言っても仕方がないのに、どうしても止められない。
けれど、シュティマはゼゼフの暗い感情を吹き飛ばすように優しく微笑んだ。
「戦うばかりが活動じゃないと思うけど? 後方支援だって立派な活動だ」
「そ、それは、そうかな……」
ゼゼフはつるりと丸い手の甲をさすりながら思案する。
善良だが気は弱い。そんな友人に、シュティマは重ねて言った。
「大丈夫。僕も手伝うから。一緒に始めよう――」




