〈33〉夢であれば
レヴィシアたちが家に戻ってすぐ、ザルツは目を覚ました。
びくりと体を跳ね上げるようにして飛び起きる。
「――っ」
眼鏡が外されているせいで、状況が飲み込めないようだ。手探りで眼鏡を探すような仕草をする。
レヴィシアはとっさに、サイドテーブルの縁に置かれていた彼の眼鏡を差し出した。
それを受け取ると、切迫した表情をレヴィシアに向けた。
「レヴィシア……」
何故ここに自分がいるのか、状況がまだの見込めないのだろう。けれど、レヴィシアの泣きはらした顔を見て、すぐにザルツはハッとして尋ねた。
「プレナは!?」
「無事だ。部屋で休んでいる。そっちにはサマルが付いてるから、大丈夫だ」
ユイの言葉に、深く長いため息をつき、ザルツは肩の力を抜いた。ただ、それも束の間だった。またすぐに表情を強張らせる。
「……ラナンさんは?」
誰もが言葉に詰まった。
察しのいいザルツは、すぐにそれが意味することを知った。
「それはもう、確認済みで、間違いのない事実として……なのか?」
落ち着いているようで、そうではない。
動揺を表に出さないよう、こらえているのだと、付き合いの長いレヴィシアにはわかった。
レヴィシアがうなずくと、彼は息を詰まらせる。うつむいたザルツに、ルテアは静かな声をかけた。
「何があったのか、教えてくれ。あんたなら答えられるだろ?」
その瞳が一瞬揺らいだ。ルテアに対する罪悪感だろうか。
「……盗賊か?」
ユイが問うと、ザルツはかぶりを振った。
「多分、違うだろう。姿はちらりとしか見ていないが、俺たちがレジスタンスだと知っているような発言が聞こえた」
ぞくりとする。身を震わせ、レヴィシアはつぶやく。
「それ……どういうこと?」
「あの時、御者がやられて、馬が押さえられたのがわかった。馬車の中でラナンさんは、自分が引き付けるから、その隙に逃げろと言ったんだ。……ただ、そんなこと、できなかった。押し問答の末、当身を食らって――」
単独で馬車を降りたラナンは、襲撃者から馬を解放し、暴走する形となってしまっても、そのまま馬車を走らせて二人を逃がしたのだろう。
ユイは少し考え込むように顎に指の節を当ててつぶやく。
「もし、襲撃者が、こちらをレジスタンス組織の人間だとわかって襲って来たとする。だったら、捕らえたらまず、仲間の居場所を吐かせようとしただろう。だから……」
ザルツとプレナが捕らえられた場合、ザルツはプレナを盾に取られたらどうしただろう。自分だけなら絶対に何も漏らさなかっただろうけれど、プレナがいたなら、ザルツは喋ってしまったかも知れない。
少なくとも、ラナンはそう判断したのだろう。
ザルツの意識を奪うことで、プレナも動けなくなった。それさえ、ラナンには計算通りのことだったのだろう。けれど、彼女にとっては違う。
引き止められなかった。
見殺しにしてしまった。
一方を選んでしまった。
罪の意識が彼女の両肩にのしかかっている。
プレナの想いを知るだけに、レヴィシアにはそれが悲しかった。
「なんでこんな……なんで……っ」
言葉を詰まらせるレヴィシアの傍らで、ルテアは落ち着いた面持ちで静かにつぶやいた。
「あいつは、あいつらしく逝ったんだな……」
その落ち着きが、かえって不安にさせる。
これからはずっと、ラナンのいない日々が続いて行く。
きっと、独りになったら泣くのだろう。その経験が自分にあるから、そう思った。
今だって、本当は痛くて苦しくて仕方がないはずだ。
ぶつけられるところを求めているはずなのに、手当たり次第に責めずにいられるルテアはすごい。
そのことにとても感謝した。
けれど、ザルツは責められた方が楽だったのではないかと思えるような、痛々しい目をしていた。
「俺が……読み違えなければ……」
その声は、誰の耳にも届かずに消えてしまった。
ラナン――。
彼は、優しく包み込んでくれる大人だった。
誰もが頼りに思っていた。
けれど、彼は人を助け、支えるばかりで、自分のことはいつも後回しだった。
その損な性分が、彼だった。
そこで、すっかり存在を忘れてしまうくらいに押し黙っていたリッジが、壁から背を浮かせ、レヴィシアたちのところに歩み寄った。
「ザルツさんもプレナさんと同じで精神的に衝撃が強かったんだから、あんまり無理はさせない方がいいよ。もう少し休ませてあげないと」
リッジはあれから、ロイズのところにはあまり足を運ばなくなっていた。気付けば、こちらの家に来ている。
ロイズと距離を置きたい気持ちがあるのだろう。
すねていると言ってしまえばそれまでだ。落ち着いているように見えても、彼もまだ歳若いのだから、無理もないことだった。
「うん、そうだね」
レヴィシアが答えると、ザルツはおもむろに目を伏せた。




