表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
Full of the moon  作者: 五十鈴 りく
Chapter Ⅶ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

303/311

〈50〉地上の月

「レヴィシア」


 公爵に呼ばれ、レヴィシアは身を硬くした。


「は、はい!」


 緊張の面持ちで立ち上がったレヴィシアに、公爵はいつになく穏やかな目を向ける。その瞳にレヴィシアが面食らっていると、公爵は言った。


「宣言を、お前がしなさい」

「!」


 レヴィシアは驚いてザルツを見遣った。

 ここで宣言をするに相応しい人物は、少なくとも自分ではないと思う。今後のこの国の中枢に深く関わる人間がするべきだ。ここに到達した段階で、自分の引き際はここなのだと感じた。

 これは、この国の歴史に深く刻まれる瞬間である。

 なのに、不安げなレヴィシアに、ザルツも笑顔を向ける。


「お前がこれからのことを真剣に考えているのはわかっている。自分の役割がここまでだと決めているのも。それでも、お前が戦い続けたからこそ、今がある。だから、これはお前の最後の仕事だ」

「でも……」


 戸惑うレヴィシアに、続けてユミラが言った。


「僕は、今日の日を忘れないよ。僕が見届けたすべてを、君の戦いを。ほら、迷ってる場合じゃない。早く」


 急がなければ、今はこの展開に対する戸惑いと公爵の存在のため、何もできずに手をこまねいている重鎮が阻止しにかかるかも知れない。

 レヴィシアは、ユイを見上げた。

 いつも、どんな時も、誰よりもこの結末を信じ、願ってくれた人。

 一番長く、共に戦ってくれた人。


 そのユイの瞳が、感情のままに揺れた。たくさんの思いを込め、無言のまま、ユイは力強くうなずく。

 その仕草に、レヴィシアは心を決めた。

 大きく深呼吸すると、うなずいてみせる。

 それから、レヴィシアは一度将軍を見遣った。それまでの彼は、どこか遠くにいるように感じられた。ようやく、眼の焦点が合う。


「将軍、将軍のお考えを聞かせて下さい。民主国家に賛同して頂けるのでしょうか?」


 首を獲れとまで言った。死ななければ民主国家を受け入れがたいという意味ではないだろうか。

 後に死を選ばれたくはないから、先にそれを尋ねた。

 将軍は、ふと表情を和らげる。


「私は、反対したつもりはない。ただ、立場上、全面的に肯定するわけにもいかないだけだ。私を通し、旧体制を思い起こす者も多いことだろう。旧体制は崩壊したと民衆に示すために、私の首は最も効果的で――」


 その言葉の先を、レヴィシアは言わせたくなかった。だから、遮る。


「首に価値があると仰るんですね。でも、そんなもの、生きている将軍の方が価値があるに決まってるじゃないですか」


 レヴィシアがあまりにも簡単に言ったせいか、将軍の方が戸惑った。大きななりをしているのに、と少しおかしくなる。


「ジュピト様に生きろと仰ったでしょう? 駄目ですよ、相手にそう言ったのなら、自分がまずお手本にならなくちゃ」


 本人もそれを自覚していた。だからこそ、苦笑がこぼれる。


「生きて、この先の混沌を鎮める助けをしろ、と?」

「はい。これからが大変で、みんなの力が必要なんです。休んでる暇なんかありませんよ」


 堂々と意見したレヴィシアに、ユイまでもが何故か苦笑する。そんな姿を、将軍は不思議そうに眺めた。そうして、つぶやく。


「『我が君』のもとへは当分行けぬか……。まあ、よい。あの方の望みを叶えるのだ。少々遅れたとしても」

「え?」


 レヴィシアが首をかしげると、将軍は穏やかに微笑んだ。


「お前の言うように、生きたままでできることをしよう。だから、心配は要らない。さあ、宣言を」


 その言葉を信じてもいいだろう。将軍の瞳には、光がある。


「はい!」 


 

         ※※※   ※※※   ※※※



 まっすぐに、バルコニーの中央に立った。そんなレヴィシアの隣に、公爵、ジュピト、ユミラ、逆隣にザルツ、ユイ、将軍。

 ネストリュートたちレイヤーナ陣とジビエ、その他の重鎮たちはバルコニーに出ず、城内で成り行きを見守っていた。ネストリュートにとって、ここは自分の出る幕ではないそうだ。



 ――眩いばかりの太陽。

 こんなにも近くに感じるここは、もはや別世界のようだ。

 青い空が視界に広がり、その先に街が一望できる。

 戦いが収まりつつある城下で、たくさんの民が城門前に集まっていた。ここで起こっていることを、どれだけの人が知っているのかはわからない。ただ、この場所から今後のこの国が生まれ変わるのだということだけを知っている。


 この高みにも、大衆のざわめきが聞こえて来た。レヴィシアは、震える脚でしっかりと立ち、豆粒のような大きさの人々ひとりひとりに訴えかけるように、腹の底から声を張り上げる。


「皆さ――――ん!!」


 たくさんの人々の首が、眼が、こちらに向いた。

 自分一人であれば、子供の声に耳を傾けてくれることはなかっただろう。周囲にいる人々の存在が説得力なのだ。

 つまり、自分一人では到底成し得なかったこと。不可能を可能に変じたのは、皆の力。

 仲間たちの協力があってこそ、自分は今、この場所に立っている。


 高い天。

 その先にいる父にも聞こえるような大声で、レヴィシアは宣言する。

 溢れる感情を声に出して震えてしまわないように。

 涙で視界がぼやけてしまわないように。

 しっかりと、今この時を自分自身に刻み付けるようにして、一言一句を噛み締める。



「長く続いたこのシェーブル王国の歴史は今、改革の時です。一人の王に国を任せて責任を押し付ける王制は廃止されました。この国は、この時をもって、民主主義国家、シェーブル共和国へと生まれ変わります。王のいない、国民の意思が未来を選び取る国です。変化に伴う困難に負けず、その先にある平和を、新たな歴史を、皆で共に歩みましょう!」



 喧騒の音がいっそう大きく、甲高く響く。ざわざわと、戸惑いに似た空気だ。

 これは、受け入れられない思想なのかも知れない。

 みんなの幸せのためにと信じた道だけれど、みんなにとってそれは迷惑なことだったのだろうか。

 みんなの幸せなんて、独りよがりに過ぎなかったのだろうか。

 変化を伴うのなら、長く続く平穏より、一時のかりそめで満足できたというのなら、自分のしてきたことは――。


 不安に揺らぐレヴィシアの瞳に、ふと見下ろした群衆の中の色が飛び込んだ。

 最初はまばらに。

 それは、自分たちが結束の証として身に付けているものの色だった。

 ゼゼフたちが用意してくれたハンカチの、黄色。月を表したその色。

 平和の、象徴。


 仲間たちが、その手首に巻いていたハンカチを外し、そこから大きく振ってくれている。そのことに、レヴィシアは十分励まされた。

 そして――。


 その色は、留まるところを知らなかった。

 月の色は、城下を伝播する。風が色を運ぶように、広がって行く。

 城門前、一番街、二番街、三番街、徐々に徐々に染まり行く。

 小さなハンカチの色ばかりではない。大きな布を旗のようにして、屋根の上から振っている人々までいる。その心を示すために、遠すぎて届かない声の代わりに、必死になってその旗を振ってくれる。

 城下が、甲高い歓声と共に月の色に染まった。レヴィシアが呆然とその光景を見下ろす中、街は満月のように、黄色をたたえ、キラキラと輝いている。


 これが、民の総意。


 皆が、自分たちの描く未来を信じてくれた証。

 そう、受け取ってもよいのだろうか。


 我が目を疑い、レヴィシアはバルコニーにいる皆を振り返った。皆はそれぞれにうなずく。ユミラは、その光景に一筋の涙を流していた。そのことにすら、気付いていないようだった。

 そして、よくよく見れば、眼鏡の下のザルツの瞳も潤み、ユイまでもがその目に涙をにじませていた。


 レヴィシアは、彼らのそんな姿に、堪えていた感情が堰を切った。ボロボロと、涙をこぼしながらも、もう一度バルコニーの縁から、群集に向かって叫ぶ。



「民主国家、シェーブル共和国に栄光あれ!!」



 すると、レヴィシアの背後から、皆の声が追って来た。


「シェーブル共和国に栄光あれ!!」


 その声が、こだまするように群集から返る。


「シェーブル共和国に栄光あれ!!」

「シェーブル共和国に栄光あれ!!!」




 華奢な背中をこちらに向け、民衆に大きく手を振るレヴィシアを眺めながら、ユミラはようやく涙を拭った。

 今、この瞬間に立ち会えたことを誇りに思いながら――。 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ