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放課後のスケッチブック  作者: こまこ
3/3

放課後のスケッチブック 後

三日ほど経って、放課後に内海くんと会わない生活にも慣れてきた。・・・慣れてきたとはいっても、会っていたのは二週間ほどで、それ以前は話どころかお互いに気にもとめていなかったのだから、もとの関係に戻ったというのが正しいのかもしれない。

だけど、廊下などで見かけたときにはどうしても気になってしまう。

廊下ですれ違っても、内海くんは・・・やっぱり私を見ない。

私もあの場所に行かなくなってしまったから、もしかしてあそこに行かなくなった私とはもう関わり合いにはならないという意思表示なんだろうか?・・・ううん、行かなくなったのは内海くんのあの態度がきっかけなんだから、それはないと思う。

じゃあどうして?何度考えたって、その理由が分からない。廊下で内海くんを見かける度、彼がこちらを見てくれないことにいつも胸が苦しくなる。すれ違った後、私は振り向いて内海くんの姿を追うけれど、内海くんは一度も振り向いてくれたことはない。

何か私、内海くんを怒らせるようなことしたかな。そうやってぐるぐる考えて、考えないようにしようと気持ちを切り替えて、でも姿を見かければ気にしてしまって。それの繰り返し。

さっきの授業時間にも、体育の授業をしている内海くんを見つけてしまって。まだ気持ちを切り替えせずにいる。ずっと考えてる。

ああ、どうしたらいいんだろう。


チャイムが授業時間の終了を知らせ、立ち上がったり後ろを向いて話し始めたり、みんな一斉に動き出した。シンとしていた教室が、一気に騒がしくなる。

今日の授業はおしまい。これから部活だ。

私もみんなと同じく、部活に行く準備を始める。机の中に入っていた教科書やノートや辞書を机の上に置いて、今日はどれを持って帰るかを考える。うん、英語の宿題はないから、辞書は置いていこう。

そう決めて辞書を机の中に戻しながら、後ろの席のせいらに声を掛けた。


「今日も園村さんと会うんでしょ?先に行ってるね」

「あ、あの、純ちゃん・・・」

「ん?」


せいらが引き留めるなんて珍しい。いつもなら、園村さんの話を出せばすぐに頬を赤くして頷くのが精一杯なのに。

不思議に思って、手を止めて後ろを見やる。

せいらはまだ何も準備してないみたい。鞄も横に掛けたまま、筆箱とノートが机の上に出しっぱなしだった。


「どうしたの?なんかあった?」

「ち、違うよ。あの・・・」

「何?」


言いにくそうにしているせいら。本当にどうしたんだろう。

せいらの言葉を待つ。しばらくせいらを見ていると、ようやく口を開いた。


「・・・あのね、純ちゃん、最近何か元気ないから・・・」

「え?」

「あの、間違ってたらごめん、この前内海くんとのやりとりがあったくらいから何かおかしいような気がして。・・・内海くんと何かあった?」

「・・・そんな」


そんなことは、実はあるんだけど。

でも、そんな、せいらに感づかれるくらい、せいらを心配させるくらいに態度に出していたんだろうか。それがすごく驚きだった。自分で思っていたよりも、実は相当へこんでいるのかもしれない。


「・・・あることはあった、んだと思う。だけど私も・・・自分自身、どうしてこうなってるのかよく分かってなくて・・・」

「内海くんとのこと?やっぱり、知り合いだったんだね」

「知り合い、というか・・・。最近、内海くんとよく話したりしてて。ほら、せいらが園村さんと話したりしてからグラウンド横に来るようになったでしょ?少し時間があるから、その時間に、ちょっと前から内海くんと一緒に過ごすようになって」

「そうだったんだ。私は会わなかったから、私が行く前にいなくなってたんだね。あ、もしかしてお邪魔だったかな?」

「そ、そんなことないよ!せいらが来るくらいの時間になると内海くんがふらっと自分からいなくなるんだ。あ・・・もしかしたら気を遣ってたのかなあ」


そういえば、雑談の中で、いつもグラウンド横でせいらと一緒にスケッチしていることとか、せいらに彼氏ができたこととか、実はちょっと悔しいとか羨ましいなあと思っていることとか・・・色々話した気がする。

じゃあ、私が寂しくないように一緒にいてくれたのかな?・・・ううん、ただ私がそう思いたいだけかもしれない。私と話してくれるのだって、ただの気まぐれかもしれないし・・・本当のところは分からない。


「二週間くらいだけど、毎日話すうちに仲良くなったんだ。・・・あ、ううん、仲良くなったと勝手に思い込んでるだけなのかもしれないんだけど・・・、それなのに、ほら、この前廊下ですれ違ったときに、いつもみたいに話してくれなかったから、どう、し、たかな、って・・・・・・」

「・・・純ちゃん」

「どう、し、て、・・・」


仲良くなったと思ったのに。どうして話しかけないで、なんて。やばい。泣きそうだ。気持ちを声に出すと、どうしても感情が高まっちゃっていけない。腕で目を強くこすって、こみ上げてきた涙を引っ込めた。


何か私、気に触ることした?内海くんに、話しかけないで、なんて言わせるようなこと、した?分からないよ。だって前日だっていつも通りに陸上部の準備風景を見ながら話をして、いつも通りに別れた。けんかだってしてないし、内海くんに変わった様子は見られなかったように思う。

理由が知りたい。


「純ちゃんは」

「・・・うん」

「内海くんのこと好きなの?」


好き?・・・違う。だって、好きって言えるくらい内海くんのこと知らないもん。会ったばっかりだし。

ふっと、この前体育の授業で内海くんが女の子に付き添われていたことを思い出した。どうしてこのタイミングで?・・・違うよ、違う、あれは焼きもちなんかじゃない。あれは、内海くんと少し話すようになって、他の人が知らないだろう内海くんの顔を知って、ちょっとした独占欲が湧いたんだ。きっとそう。

ああ、私ったら、せいらのことといい、内海くんのことといい、我が侭すぎる。もしかしてそれを感じて、内海くんは私と話すのが嫌になった?

ああ、悪い方向へ悪い方向へとしか考えられない。


「違う?」


好き、って何?どういう気持ちを好きっていうの?独占欲を抱くっていうことは、好きってこと?でも、せいらに対してだって同じように独占欲をちょっとだけど抱いていたんだよ。好きって何?もう分からない。

だけど、これだけは確か。


「・・・私、内海くんと仲良くしたい・・・。好き、かどうかは分からないけど・・・」


そう、仲良くしたいんだ。だから、この前、話しかけないでと言われてとてもショックだったんだ。


そうこぼした時、わあっと外から歓声が聞こえた。黄色い声と、応援する声と。気になって窓の外に目をやると、サッカー部が練習を始めたところだった。

・・・サッカー部?


「あれ、せいら、園村さんは?」

「今日は純ちゃんとお話しようと思って、会うのはやめたの」

「わ、ごめん・・・」

「いいの。だって、先輩とお話するのは楽しいし幸せだけど、純ちゃんのこと大事だもん」

「せいら・・・」

「ね?」


そう言ってにっこり笑うせいら。その笑顔を見て、なんだか胸が苦しくなった。

応援すると言っておきながら、心の奥底ではやっぱりせいらが園村さんにとられたという思いを捨てきれなかった私。そんなことはないのに。

彼氏ができようと、変わらず大事な大事な親友で。

そんな風に思ってしまった自分のことが、すごく恥ずかしくって、だけどそう言われて、今すごく嬉しい。

少しでも、遠くに行ってしまったと思っちゃって、私を置いていったと思っちゃって、ごめんね。


「ありがと」

「いえいえ。一日くらいお話しなくたって、私と先輩の愛に揺らぎはないもん」

「はいはい、のろけてくれちゃって」


笑い合う。

そうして息をついた後、窓に手をついて、サッカー部の練習をにこにこしながら眺めるせいら。視線の先には、もちろん園村さんがいるんだろう。

引退したのに、体がなまるとか、大学も決まって暇だからとかの理由でサッカー部の練習に参加している園村さん。それもいいんだけど、せいらと一緒に過ごす時間をもうちょっと取ってくれたらいいのに。でも、サッカーしている姿も好きだとせいらが言うから、まあ、それでもいいのかな。


「いつまでやるって?」

「先輩のこと?できる限り練習参加したいって言ってた。練習試合とかある日は、もうお昼はハイテンションなの」

「へえ」


私もせいらにならってグラウンドに目を落とす。

と。


「あ」

「何?」

「あ、えっと・・・」

「ああ、あれ、内海くんだよね?」

「う、うん・・・」


グラウンド横、いつもせいらと一緒に絵を描いて、この前まで毎日内海くんと話をしていた場所。

しばらく行かなかったけれど、内海くん、来てたんだ・・・。どうしよう、と視線を泳がせていたら、せいらとパッと目が合った。


「行ってきなよ」

「で、でも・・・」

「内海くん、待ってるよ」


もう一度、せいらからグラウンド横へと視線を移す。

そこには、カメラをのぞき込みながら座っている内海くんの姿。なんだか懐かしい。


「でも・・・」

「純ちゃんらしくない。行ってきなよ」

「だ、だって、別に私を待ってるわけじゃなくて、あそこで何か撮ってるだけかも・・・。それに、私、話しかけないでって言われて・・・」

「そんなわけないと思うけど。それに、純ちゃんと話したくないなら、純ちゃんといつも会ってた場所には行かないと思うよ」

「でも、だって、だってさ、内海くんは写真第一だから、何かあそこじゃなきゃ撮れない写真とかが・・・」

「そうだとしたって、あそこにいるってことは純ちゃんと話してもいいってことじゃない?」

「で、でも・・・」

「・・・もう、ごちゃごちゃ言ってないでさっさと行ってきなさいっ!」


おお、せいらが怒った。怒った姿を見るのは初めてかもしれない。

驚いて固まっている間に、私の鞄に荷物を全部てきぱきと詰めて、鞄とコートを持たせられて、ドンっと教室を追い出された。

振り向くと、せいらがにっこり笑っている。笑顔なのに、なぜかちょっと怖い。


「ちゃんと逃げないで話するんだよ」

「せ、せいら、怒ってる?」

「純ちゃんが腹をくくって行くなら怒らないよ」

「う・・・」

「頑張ってね!行ってらっしゃい」

「・・・・・・行ってきます」


そう言うと、満足げに頷いて、背中を叩いた。早く行かないといなくなっちゃうよ!って。

ありがとう、せいら。親友に背中を押され、ようやく決心して私は玄関へと向かった。


ガタ、と少し取り付けの悪い下駄箱を開ける。

早く行かなきゃ、と急いで靴を脱いでよく見もせずに下駄箱に入れる。今度は外履きを取り出そうと、こちらもよく見ずに手を入れて取ろうとしたとき、指がちくりとした。驚いて指先を見ると、クリーム色の封筒が外履きの上にちょこんと置いてある。角に刺したらしい。

下駄箱に封筒。え、ええ、もしかしていじめとか!?

光に透かしてみると、中に何か入っていることが分かる。封もされておらず、おそるおそる開いて中身を取り出す。中に入っていたのは。


「これ・・・・・・」


笑った私の顔の写真が一枚。


「え、ど、どうし・・・」


これ、あの時のだ。初めて話をしたとき、内海くんが笑ったのを見て、私もつられて笑った時に突然シャッターを切られて。現像してくれるとは言っていたけれど。


封筒を見ると、裏側に文字が書いてあった。小さな、右上がりの文字。


『遅くなってごめん。気に入ってくれたらうれしい』

『あと、この前はあんなこと言ってごめん』


名前はない。でも、内海くんに間違いない。

本当に写真を現像してくれたんだ。自分のアップの写真なんて最近は撮る事なんてなかったから恥ずかしいけれど、撮ってくれてとても嬉しい。


・・・話せなくなったことが寂しい。この写真の時から、内海くんとしゃべるようになって、それがいつも楽しかったから、今のこの話せない状況が悲しい。


話したい。お礼を言いたい。

もう話せるような仲じゃないと思っていた。でも、写真をくれた。メッセージも書いてあった。

私と関わりを持つのは、嫌じゃない?内海くんは、どういう気持ちでこの写真をくれたの?どういう気持ちでこのメッセージを書いたの?


「・・・行かなきゃ」


私は写真を胸にぎゅっと抱きしめて、玄関を飛び出した。




立ち上がる内海くん。行っちゃう。だめ。待って。待って、待って!


「待って!」

「・・・小川さん?」

「待ってよ!っわ!」


勢い余って、内海くんに激突してしまった。端から見たら、胸に飛び込んだように見えてしまいそう。


「ご、ごめ・・・!」

「大丈夫?」


はっと内海くんを見上げると、ぶつからないようにカメラを両手でひょいと持ち上げたままの内海くんがいた。

相変わらずカメラ第一な姿に、なんだかほっとする。


「そんなに息を切らせてどうしたの」

「だ、だって内海くんが行きそうだったから・・・」

「まあ、行くところだけど」


無表情にそう言う内海くん。あまり表情に出さないのは分かっていたけれど、でも、今日は特に表情が硬い気がする。多分、今までで、一番硬い。

話をしていいのかな、でも今は特に拒否されていないから、大丈夫かな。話しかけて、答えてくれてるし・・・。

そう思いながら、おそるおそる写真の入った封筒を示す。


「こ、これ・・・」


中から写真を見せると、ああ、と頷いた。


「現像するって言ったのに、機会がなくてできなかったから・・・」

「あ、ありがとう!嬉しい!」

「・・・うん、俺こそ、撮らせてくれてありがとう」


目を細める内海くん。ほんの少しだけど、ぎこちないけど、笑ってくれた。

その顔を見て、胸がまた苦しくなる。やっぱり、このぎくしゃくした関係は嫌だ。せっかくこうやって話せるようになったんだから、もっとちゃんと仲良くなりたい。仲良くしたい。いっぱい話したいし、いっぱい内海くんのこと知りたい。だから。


「内海くん、私、聞きたいことがあって」

「・・・うん」

「どうして、今はこうやって話してくれるのに・・・この前・・・は、話し、か、かけ・・・」


やばい。また泣きそうだ。今日はどうして涙腺がこんなに緩いんだろう。

泣きたいわけじゃない。泣いたら話ができないから。だから頑張ってこらえる。


「・・・ごめん」

「ご、ごめんじゃなくて・・・理由を知りたくて・・・。私、何か内海くんを怒らせたりした?私、内海くんが嫌なこととかした?それが、わ、分からなくて・・・」


そう言うと、困ったような表情になった。困らせたいわけじゃないんだけど・・・そう思いながらも、内海くんの言葉を待つ。


「・・・みんなの前であまり俺と話しているのが良くないと思ったんだ。俺、全然良い噂ないし、むしろ悪い噂ばかりだから、俺と一緒にいるって分かったら他の人から小川さんが変な評価を受けたら嫌だなと思った。俺と小川さんが放課後に一緒にいたところを何度か見たってクラスの人が話していたのを聞いたから、余計それが気になったんだ。放課後に会うのも、止めた方がいいかと思って」

「・・・だから、あんなことを言ったの?放課後にも来なかったの?」

「突然あんなこと言って悪いと思ってる。だけど、聞かない振りしても話しかけてくるし、まずいと思って・・・」

「そ、そんなの当たり前じゃん!私、内海くんと仲良くしたいんだから!」

「え?」

「せ、せっかく仲良しになれたと思ったのに、突然あんなこと言われて・・・。もう、何が何だか分からなくて。変な評価?そんなの関係ない!そんなの気にしてたら、評価に振り回されて、誰とも仲良くできなくなっちゃうよ!」

「・・・・・・それは」

「私は、内海くんと仲良くしたいの!も、もちろん内海くんが嫌なら、いい迷惑だろうから止めるけど・・・でも、そうでないなら・・・あんなこと言われるのは・・・すごく嫌だよ」


内海くんは黙って私を見たまま。何を考えてる?


「悪い噂って、何?カメラをずっと持ってるとか、無表情だとか、話しかけにくいとか・・・聞いたけど。でも、無表情なんかじゃないし、優しいし、話だって、私のどうでもいい話とかちゃんと聞いてくれるじゃない。噂なんか、そんなの当てにならないよ。っていうかそもそもカメラを持ってるのは悪い事じゃないし。カメラ持ってるなんて格好良いじゃない。今はカメラ女子とか流行ってるし、考えようによっては流行に乗ってるみたいだし。う、内海くんのは本格的でそんなんじゃないからむしろこういう風にいうのは失礼かもしれない、けど・・・」


そこまで話したとき、突然内海くんはふっと息を吐いて笑った。ああ、久しぶりに見た、内海くんの笑顔。さっきとは違う、私が安心する笑顔。


「やっぱり、小川さんは優しい」

「え?」

「ねえ、どうして俺が小川さんの名前知っていたんだと思う?小川さんが俺の名前を知っていたのは、まあ、噂とかあるから知っていたんだと思うけど、小川さんは違うクラスだし、変に有名な噂もない」

「あ・・・え?」


内海くんは笑ったまま。座ろうかと促されて、鞄を握りしめたまま内海くんの横に座る。

確かに、初めて会ったときから私のことを小川さんと呼んでいた。私が内海くんのことを知っていたから、反対に彼が私のことを名字で呼んでも特に違和感は感じなかったんだけど。確かに、クラスが違うし合同授業もないから、知る機会はあまりないはず。どうして知っていたんだろう。


「俺、小川さんのこと、前から知ってたんだ」

「・・・前から知ってた?」

「小学生と中学生の時に、市のコンクールに何度か入賞した。違う?」

「あ、市の芸術祭の絵画部門で何度か・・・。え、それを?」

「俺、いつも見に行ってたんだ。写真部門もあるから応募したりして、まあ俺は入賞もしなかったんだけど、勉強のためにね。で、写真だけじゃなくて絵画とか書道とか、どうせだから全部の部門回ってて」

「・・・そ、そうなんだ」

「小学生の時、絵画部門で、目をひいた絵があった。女の子や男の子たちが楽しそうに笑ってる絵。次の年も、その次の年も、その絵を描いた人の作品が入賞していて、次第にその人の名前と絵を探すようになってた。どの絵に描かれてる子もいきいきと楽しそうで、笑顔が印象的な絵。無理して笑った顔じゃない、自然体の笑顔がいいなって。優しそうに柔らかい雰囲気で、描いてる子もきっと優しい人なんだろうと思ってた。俺もこんな風に、見た人が幸せを感じたり、心にぐっとくる写真を撮りたいと思った。同い年だったし、負けてられないって思ったんだ」

「・・・・・・」

「でも、毎年のように入賞していたのに、中学二年のときからかな、その年も次の年もその子の絵がなくてがっかりしたんだ。だけど一年前、入学者のクラスの名簿が張り出されたときにその子の名前を見つけて、もしかしたらってわくわくしてた。いつだったか、名前と顔が一致してからは、見かける度に目で追ってた」

「・・・・・・」

「話してみたかった。絵をやめていたらどうしようって思っていたから、この前スケッチブックを持っている姿を見て、本当に嬉しかったんだ。そんな風に思っていたから余計、その子、小川さんに俺のせいで変なイメージがつくのが嫌だと思った」

「・・・だ、だから、あんなこと?」

「そうだよ」

「・・・そんなの・・・」

「何?」

「そんなの自己満足だよ。変なイメージだって、つかないだろうし、仮についたって私には関係ないもん。私にとっては、そういうことよりも内海くんに避けられる方が嫌だ」

「・・・そっか、ごめん」

「本当に、本当に、悲しかったんだよ」

「うん、ごめん」

「・・・絵、絵のことだって、私、内海くんに見てもらってたなんて知らなかった」

「言ってないし。だからスケッチブックの絵を見せてもらったときは、すごく嬉しかった」


知らないうちに握りしめていた拳を少しゆるめる。強く強く握っていたみたいで、少し手汗をかいていた。


「中学の時に言われたことだって、そんなに気にしなくて良いと思う。百人いれば、百人それぞれ好きな絵、書き方がある。その友だちは、小川さんの絵が好みじゃなかったんだろうね。それは、残念だったけれど・・・、でも、小川さんの絵が好きな人だっている。だから、小川さんは描きたい絵を描けばいいんじゃないかな。もちろん上手になろうとか、喜んでくれる絵を描こうとか、そういう風に思うことはとても大事だけど、でもその人に気に入られるためだけに、自分に嘘をついたり、過度に無理した絵を描く必要はないと思う。小川さんの描いたありのままの絵を好きな人がたくさんいるはずだから」

「・・・うん」

「芸術家を目指してる?」

「あ、ううん、絵は趣味で・・・」

「それなら、余計無理する必要はないと思うよ。あくまで俺の考えだけど・・・。努力することと無理することは似ているようで少し違うから。描きたい絵を描きたいように描けばいい。無理し続ければ、好きな気持ちが辛い気持ちに変わってしまうこともあるから・・・。俺は、小川さんの気持ちを大事にしてほしいと思ってる」

「・・・・・・うん」

「前も言ったけど、俺、小川さんが好きなんだ」

「・・・えっ?」

「ああ、違った。小川さんの絵が好きなんだ。きっと、あれは小川さんが好きな気持ちを全面に出した絵だったから、こんなに印象に残っているんじゃないかと思うんだ。いつかまた、前に見たような、人物画が見たいなと思ってる」


それから、学校の中で会ったときにも、他の人の評価なんか気にせずに、普通に話そうという約束をした。内海くんは、まだ何か気にしている様子だったけれど、でも約束したんだからきっと、明日からはちゃんと私を見てくれるんじゃないかと思う。

そうして。また明日、と言って私たちは別れた。




家に帰り、部屋に入ってから、いそいそと写真を取り出す。

自分が笑った顔。私、こんな顔して内海くんのこと見てたんだ。そう思うとちょっと恥ずかしくなる。『俺もこんな風に、見た人が幸せを感じる写真を撮りたいと思った。』なんて言ってたけど・・・もう撮れてるじゃない。

ふと、視界の端にスケッチブックが目に入った。『描きたい絵を描けばいい』。・・・その通りだ。

他の人の評価を気にしていたら何もできないなんて内海くんに豪語したけれど、私だって他の人の評価を気にしているじゃないか。他人の目を気にするのは必要なことだと思うけれど、もしかしたら必要以上気にしていたのかもしれない。

私の絵を好きだと言ってくれた。あのことがあってから、それまで描いた絵を自分で否定していた。だけど、こんな絵はダメなんだと自分で決めつけていた絵を、内海くんは見ていてくれた。好きだと言ってくれた。


スケッチブックを手に取る。次いで、鉛筆も。

鉛筆の先をそっと、スケッチブックに置いた。そして、そっと滑らす。

頭に思い浮かべるのは、もちろん内海くんの少しだけ笑った顔。顔を描くのなんて数年ぶりで、被写体本人どころか写真もないし、数年のブランクとこれまでのスランプで、きっとうまくは描けないとは思うけれど。でも。

私が知っている内海くんを。私が描きたい内海くんを。


明日、内海くんに見せたらなんて言うだろう。それは・・・放課後のお楽しみだ。

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