第3話 九能 悠の時間―長い友との始まりに/01 ケツネコロッケ
【Present Day】
「おじちゃん、四つね! 四つ!」
「二つで充分ですよ!」
腹が減っていた俺とライノは、いつもの立ち食い蕎麦屋に駆け込んだ。
「いや、四つだってば! 二と二で四ね―― OK?」
「いいえ、二つで充分です」
ライノがトッピングの数でまた店主と揉めている。
まあ、いつもの光景だ。
「あー、もういいよ! じゃあ冷やしたぬき追加で、納豆と生卵トッピング。あとネギと天かすマシマシね!」
ライノはリアルじゃウェストバージニア州出身のアパラチア育ちで、見た目もコテコテのアメリカ人のはずなのにこういう注文だけは妙に日本通でマニアックだ。
納豆とか卵とか、俺ですら滅多に頼まないトッピングをさらっと言いやがる。
ウェストバージニア出身の金髪マッチョが、納豆と生卵を豪快に混ぜて食べる様子を初めて見た時は正直ドン引きだ。
店主の表情が露骨に「面倒な注文しやがって」と物語っている。
「そちらは?」
店主が呆れ顔で俺を見た。
「あー…… 俺は、ケツネコロッケで」
「はいよ」
毎回頼んでるけど、いまだになんで「ケツネ」なのかよくわからない。
キツネそばにコロッケを乗せるという意味らしいが、だったら「キツネコロッケ」じゃないのか?
日本語って難しい。
謎は深まるばかりだ。謎と言えばアルマナックもそうだ。
和物の揚げ物に、洋物の揚げ物を蕎麦に突っ込むという雑多な食い物。
アルマナックという存在はそれに似ている。
そのルーツは定かじゃない。
ある日突然に、世の中にいて、当たり前のように俺の目の前にあるのが似てると感じるのだ。
はっきり言うと、俺は自分が所属するギルドを理解することはとうに諦めている。
ケツネコロッケそばと同じ、とっくに日常の光景として腹に落としてしまった。
HODOでコード・フレームワーク乗り、いわゆるコード・ライダーになって四年、アルマナックに入って二年になる。
強引にとはいえギルドの所属になった俺が、当時のことを振り返ると、いかに世間知らずだったことを回想せずにはいられない。
そもそも、アルマナックというギルドはHODOではそれなりに知られたギルドだった。
それよりも、柳橋亮平という名が有名だったと言ったほうがいいだろう。
ところが俺は、長らくHODOでコード・ライダーをやっていながらその名も、存在も知らなかった。
ただ、リーダーが昔、所属していたギルドのことはよく知っていた。
ふいにライノの口から飛び出したその名前に驚いたことをよく覚えている。
【Flashback】
「……元闘神? まじか……」
「そうだよー」
俺が詐欺まがいの恐喝同然の勧誘でアルマナックに入ったその日のことだ。
なぜか第1セクター倉庫地区の自室にライノが上がり込み、勝手にポテチ片手にソーダをあおりながらさらっと凄まじいことを言った。
「闘神って、あの伝説の武闘派ギルド、闘神だよな」
「くどいなぁ。 そうだよ、背中に不動明王…… だっけか? 東洋の神様の看板背負った、情け容赦無用。 飛べば最速、撃ち合えば最強。 あのおっかない闘神様ですよ」
あの後、HODOにつくとCFハンガーでスクラップ同然になっているγの前で半ば放心状態だった俺はあのスミーというAIに蹴り飛ばされて我に返った。
「おい小僧、さっさと看板作ってこいや。 ライノ、連れてってやれ」
あの野太い合成音声でそう言われ、ライノと二人そろってジクサーから放り出されたのだ。
アルマナック御用達のウェア屋にギルドのテクスチャシンボルのプリントを注文したそのあとだ。
「んじゃまあ、お仲間同士、親交を深めようじゃないのよ、ねぇ」
と言ってそのまま家まで着いてきた。
こっちもCFが壊れてるので他にやることもなく暇だし、無理矢理ではあったが、入ってしまったギルドのことは知りたいと思うのは人情だ。
なので、とりあえず柳橋について聞いたらいきなり、コレだった。
闘神。
コード・ライダーなら知らぬ者はいない有名ギルドだった。
そう、だっただ。
すでに存在はしていない。
俺がγに乗り始めた頃にはすでに闘神は解散していた。
どうしてそんな有名なギルドが消滅したのか、詳しい話は知らない。
噂ではかつてのV5に喧嘩を売り、戦争まがいの戦いの末に瓦解したとも、組織が大きくなりすぎて内部抗争の末に崩壊したとも言われている。
ただ、闘神は俺がコード・ライダーに憧れた理由の一つでもある。
少なくともかつては一大勢力を築いていた集団だ。
不動明王をエンブレムに、八咫の門で正式採用されるCF、アチャラで全機統一されていた。
模擬戦やレースの動画は何度も見た。
アチャラのトレードマークとも言える明るいグリーンカラーの機体が敵を蹂躙する様は凄まじかった。
グリーンモンスターと呼ばれるアチャラのパワーをフルに生かした強烈なドックファイト。
スピード、テクニック、どれもとても真似なんてできそうにない……。
最強集団、闘神。
柳橋はその闘神のメンバーだったというのだ。
「俺、リーダーがまだ闘神の看板背負ってた頃を少しだけ知ってるけどさ。 まあ、俺がお前と同じような跳ねっ返りの頃のことで……」
「おい!」
「ちょいまち、ちょいまち、悪気はないって」
人のベッド寝っ転がったまま、ポテチを口に放り込みながら、ふざけたマッチョは心のこもってない詫びを入れてくる。
「でもさ、その頃のリーダーはなんつーかまじ別世界の人ね。 というか闘神なんてアブナイ人達よ。 話かけるなんて、とても、とても」
手と首を横に振りながらライノはそう答えた。
言ってることはわかる。
あの柳橋の目は今思い出してもゾッとする。
あんなのが集団でいれば俺もとても話かけようなんて考えなかったろう。
「でも実際に生で模擬戦とか見たけどさ、あれは次元が違うわなぁ。 クレイジーってやつだね。 なんか二機一組の時のやつはマジでヤバかったわ。 制圧の仕方が半端ない。 バディと交互に三発ずつぶち込んで、あっという間に六機全滅だぜ。 でも、すぐその後だったよな―― 闘神が解散したっていうの」
「お前は理由聞いたことあるのか?」
「怖くて聞けないっての。 おまえさ、聞けると思う。 リーダーだよ?」
「無理だな」
俺は即答した。
「だよねぇ。 たださ、その後さリーダーがさスポットにフラッと現れたのよ」
ライノはソーダをグビリとやるとやるせない表情を浮かべた。
「そんときは闘神の看板はもうつけてなくてさ、なんかボロボロって感じだったわ。 で、俺、絡まれちゃったワケよ…… CFを貸せってさ」
「……で、貸したんだ」




