第3話 No one knows/03
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ネクサス・リンク移動中のデジタル空間船 ジクサー CFハンガー内 γのコクピット
γのコクピットで悠は、カリカリとラチェットレンチの音を響かせた。
ライディングシートの後部レールの保護カバーを外して、簡易サブシートを取り付けている。
「オーイ! ――ちょっと、シート近くね?」
背後からケイトの声が刺さる。
引き攣りながら振り向くと、ライノとケイトがコクピットを覗き込んでいた。
ライノは若干哀れな小動物でも見るような顔、ケイトは底意地の悪いニヤケ顔を向けてくる。
「チィ……」
悠は小さく舌打ちをすると、サブシートのアジャスタの六角ネジにラチェットを当てた。
また小刻みにカリカリとラチェットが音を立てる。
その音に連動してサブシートが若干、後方に移動した。
「これなら文句ねーだろ――」
「ハイハイ、よくできました。 いい子、いい子」
ライノは呆れた調子だ。
「何だよ―― からかいに来たのかよ?」
「デート気分で、背中にラッキーオッパイ期待してるエロガキが、説得力ねーわ」
ケイトの言葉の鏃が図星に突き刺さり、悠は返事に詰まる。
ホントにこの赤毛は容赦が無い。
「あー。 締まんねぇなぁ、もう」
ギリギリと歯軋りでもしそうな、悔しそうな顔をする悠と、また鬼の首を取ったと満足気な笑みを浮かべるケイトを交互に見てから、ライノは頭の後ろをボリボリと掻きながら吐き捨てた。
「明日には、パンドラ・グローブだぜ。 リーダーの話聞いたろ? もうちっと緊張感持てませんかねぇ?」
ライノのセリフに悠の顔もケイトの顔も固くなる。
密林の地下にあるという巨大な地下施設は、これまでの宝探しで訪れた場所とは桁違いのスケールなのは三人にも理解できた。
しかも、エリア自体はアーミーが警戒し、その上、施設にはあの、連盟が居座っているという話だ。
「――まあ、うまくやれば、ドンパチしなくて済むでしょ」
「そりゃ、希望的観測ってやつだろ」
能天気なケイトに悠がラチェットでボルトを軽く閉めながら言った。
また、カリッと乾いた音がした。
「あんだよぉ。 うちは、ポジティブにいきてーんだよ」
腕を組んで、フンッとケイトがそっぽをむく。
「だいたい、これ以上、クラッシュと揉めんの、うち、嫌だかんね」
ケイトだけじゃない――。
コード・ライダーをやっていく以上、誰もが、できれば連盟とは揉めたくはない。
だが、シージン・マーチの件からこっち――。
よりにもよって、何度かクラッシュのギルドに喧嘩を吹っかけられていた。
しかも、何故か本業の時に限って。
幸か不幸か、アルマナックが存続しているということは、相手を撃退しているという証拠なわけだが――。
「何があるかわからないけどさ。 悠ちゃんよ―― 今回はチセちゃんを後ろに乗せんだ。 できるだけ、穏便にいこーや」
ライノがもっともなことを言って、間に割って入る。
「わかってるよ――。 でも、もしぶつかれば―― ヤルしかないだろ」
「あのさぁ、リーダーも言ってたろ。 そんときゃ、できるだけ俺とケイトで時間稼ぐから、ニケツのγはさっさと逃げる。 オーケー?」
「もし、あの銀色野郎が出て来て…… 悠。 テメェが突っ込んでも、うちは、ほっといてケツまくるからね――」
ケイトがそっぽを向いたまま言い放った。
また余計なことを言いやがってとライノは手をワナワナと震わせる。
ケイトが言っているのは、罪の男のヘロンのことだ。
ヤツは連盟でも、ましてやクラッシュでもないが、紛れもないメサイアのプライベティアだ。
パンドラ・グローブにいてもおかしくはない。
確かに、ケイトが言い放ったことはライノも、懸念していることだ。
だからこうして様子を見に来たわけだが、売り言葉に、買い言葉で、こうも直球を投げ込むこともないだろうに――。
ライノは仏頂面のケイトから悠へと視線を向けた。
「――あいつに出くわしたら、逃しちゃくれないだろ」
やけに冷たい表情で、悠がそうボソリと呟いた。
嫌な予感しかしてこない――。
こいつら二人は言霊というものを知らないのかと、ライノは天を仰いだ……。
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パンドラ・グローブ 陥没口内 デジタル空間船 ビーマーのブリッジ
ビーマーで到着早々、ウーはそのまま地下へと潜らされた。
ジャングルの地表に穿たれた巨大な陥没口。
偶発的な崩落だと聞いてはいたが、冗談じゃない。
黒々と口を開けたその穴は、ちょっとした地盤沈下などという生易しい代物ではなかった。
どんな構造物が崩れれば、ここまでの規模になる。
陥没口の上空には、連盟のライナーが何十隻も滞空している。
その全てをまとめて落としたところで、まだ余裕がありそうな深さだ。
――馬鹿げている。
さらに呆れたのは、その穴の底だった。
地下深く、ライナーごと降下した先には、すでに拠点が出来上がっていた。
簡易施設などではない。
居住区画、補給ライン、そして中央にはライナー管制用のタワーまで備えている。
「……ちょっとした、自由集落じゃねぇか」
吐き捨てるように呟き、ウーは視線を巡らせた。
即席とは到底言えない完成度。
最初から長居するつもりで作られている。
こういう光景を見るたびに思い知らされる。
連盟という連中の、異常な組織力というやつだ――。
企業の正式な後ろ盾もなしに、ここまでやってのける。
普通なら、あり得ない。
ウー自身もメサイアと契約した私掠ギルドだ。
だが、あくまで準委任。
成果を出せば報酬が支払われる――。
それだけの関係に過ぎない。
守られているわけでも、肩入れされているわけでもない。
結局はただ、使われているだけだ。
それに対して、連盟は違う。
IT業界の盟主メサイア。
欧州の支配者ノイエ・グラーフ。
華僑経済圏を束ねる霊峰公司。
特許のガラパゴスと呼ばれる、日本の技術産業を束ねる八咫の門ホールディングス。
そして、新興新進―― 現実時間わずか六年でこれらに比肩する成長を遂げた、PROMETHEX。
インター・ヴァーチュアを支配するV5と、まとめて請負契約を結び、その全責任を一手に引き受ける。
そして傘下のギルドを、二次請、三次請として自在に操る。
そんな真似が許されているのは、ギルド業界でも連盟だけだ。
(……そりゃ、デカくなるわけだ)
小さく鼻で笑った。
同時に、胸の奥で静かに燻る苛立ちを感じる。
ウーが連盟という傘の下に入ることを良しとしないのは、自らの実力と裁量で決めたいからだ。
仕事は受ける。
だが、それも自分で選ぶ。
実際、フェデレーションの仕事を受けた先で、古参を叩き潰したことは一度や二度じゃない。
請元風を吹かせ、舐めた態度を取った――。
それだけの理由だ。
責任者を気取る無能には制裁を加える。
だが仕事はきっちり完遂し、成果として納品する。
無能な管理者を排除した上での任務完了。
事後報告の既成事実――。
切った、貼ったはギルドの常だ。
弱い奴が悪い。
いくら、連盟とはいえ……。
ビッグ・マクマホン率いる連中だからこそ、この原則に則った罪の男の振る舞いに、歯軋りしつつも文句は言えない。
そもそも、ウー・シェイフー自身が――。
それを楽しんでいる。
副官のトニーにとっては、頭痛の種だろうが。
そしてこのダンジョン。
三年もの間、フェデレーションが金と戦力を垂れ流し続けている場所だ。
自分は、その中に放り込まれた都合のいい駒の一つ。
そういう役回りだ。
(さてさて……)
本命が来るまでの間くらいは、退屈しのぎになる。
罪の男は、この場を仕切っているというビッグの息子の顔を思い浮かべ、ほんの少しだけ口の端を歪めた。




