第3話 No one knows/01
【Present Day】
ウー・シェイフー。
またの名を、罪の男。
それは彼自身が所属し、率いるギルドの名でもある。
そして今や、罪の男という呼称は、単なる組織名を超え、ウー・シェイフー個人を指す称号として定着していた。
――その事実を、ケネディ・マクマホンはよく理解している。
ジュニア――。
そう呼ばれる男は、自らの乗艦ローズモント・ホライゾンのブリッジから、久しぶりに目にする罪の男のライナー、ビーマーへと視線を向けていた。
見渡す限り濃緑に覆われたパンドラ・グローブの上空。
白い船体のビーマーが、音もなく降下していく。
ローズモント・ホライゾンとすれ違うように進み、艦影はそのまま、より深部へと吸い込まれていった。
ぽっかりと大地に穿たれた、黒い大穴。
俗にダンジョンと呼ばれる地点。
実際には入口ですらない。
かつて地下施設の一部が崩落した結果、生じた、ただの空隙に過ぎない。
ビーマーは躊躇うことなく、その闇へと船体を沈めていく。
すれ違いざま、遠目にブリッジの内部が覗けた。
窓枠に腕を預け、ホワイトブリーチの白髪をした若い男が、底知れぬ崩落孔を見下ろしている。
感情の読めない、冷えた眼差し。
罪の男。
彼の乗機が鳥の名を冠していることを思えば、ジュニアがその姿に、鳥類めいた印象を抱いたのも無理はない。
しなやかで、無駄がなく、同時に研ぎ澄まされた強靭さを感じさせる。
――鷺。
外見は優美だが、その実、非常に攻撃的で食性は肉食。
魚だけでなく、哺乳類、爬虫類、両生類――。
時には同じ鳥類さえ捕らえる、食物連鎖の上位に位置する捕食者。
それを承知の上で名付けているのだとすれば。
ウー・シェイフーという男は、自分自身の立ち位置を、恐ろしいほど正確に理解している。
ジュニアは、そう評価していた。
直接、言葉を交わしたことはない。
だが、情報としてなら、嫌というほど知っている。
実力も、経歴も、疑いようがない。
それほどの人物に、なぜ父――。
ジェームス・ビッグ・マクマホンが、あれほど露骨な怒りを向けるのか。
その理屈だけは、どうしても理解できずにいた。
「坊ちゃん。 あんなモン、じっと見ているもんじゃありませんよ」
背後から、低く抑えた声がかかる。
振り返ると、キングがいつものように控えていた。
かつてシージン・マーチでの不手際を巡り、父が強硬に抹殺を主張した際。
ジュニアと同じく、懐柔を進言したのがこのキングだった。
だが、それとは裏腹に、罪の男という個人に対する評価は、常に辛辣だ。
その理由を、ジュニアは一度だけ聞いたことがある。
酒の席で、珍しくキングが口を滑らせた時のことだ。
「罪の男は、確かに強い。 だがね……」
キングはグラスの中身を揺らし、氷が静かに鳴るのを待ってから、続けた。
「連中、人が増えてないでしょう」
ジュニアは何も言わなかった。
その沈黙を、キングは否定とも肯定とも取らずに受け取る。
「あの若造が、間引いてるんですよ」
バーボンを煽り、グラスを置く音が、妙に大きく響いた。
「わたしもキングと呼ばれちゃいますがね。 誰も南部の帝王なんて呼びやしません」
自嘲するような笑みが、一瞬だけ浮かぶ。
「……わたし自身、それを許しませんから」
少し間を置いて、声の調子が変わる。
「あいつは違う。 誰もが、あの若造をギルドの名で呼び、あいつ自身も、それを当然にしている」
視線が、ジュニアを射抜いた。
「坊ちゃん。 コード・ライダーが、ギルドと同じ名前で呼ばれるようになったら終わりです」
グラスの底に残った琥珀色を見つめながら、吐き捨てるように言った。
「それはもうチームじゃない。 あんなものがのさばれば…… ロクなことにならない」
その言葉を、ジュニアは今もはっきりと覚えている。
だが――。
時代は、キングの懸念とは別の速度で進んでいた。
実際、昨今では、ギルドに属するか否かに関わらず、個人として看板を背負うコード・ライダーも珍しくなくなってきている。
チームという形は保っていても、かつてのように統一されたカラーや意匠を誇示することはせず、各々が好きな装いで群れる。
その背中や腕、あるいは機体のどこかに、小さく看板のパッチを忍ばせる――。
そんな緩やかな繋がりのギルドも増えつつあった。
それは、看板の元に集うという誇示よりも、まず個としての強さを示すことを優先する価値観の広がりだ。
同時に、ギルドという共同体そのものが、かつてとは異なる形へと変質し始めている証左でもあった。
無論、それはジュニアよりもさらに若い世代のコード・ライダーたちの話だ。
そして、その在り方は、連盟の価値基準においては、決して認められない――。
忌むべき逸脱とされる。
ジュニアは承知している。
自分の父親が、その一線だけは絶対に譲らない人間だということを。
それでもなお、彼はそれを時代の流れだと受け止めていた。
事実、ここ数年、そうした個人色の強いコード・ライダーや、新興ギルドとの抗争は増える一方だった。
かつてであれば、連盟が持つ表と裏、両面の組織力と物量の前に、抵抗など考える余地すらなかった。
だが――。
その常識は、すでに揺らぎ始めている。
フェデレーションは、逸脱を無法の掟で押さえ込むことで秩序を保ってきた。
だが、そのやり方が通用しない相手が、確実に増えている。
この世界に静かに始まった変化は、もはや止めようもないだろう――。
それが時代だ。
否定すべきか。
理解すべきか。
――今はまだ、その問いに答える立場ではない。
「坊ちゃんはやめろ」
キングの声に、思考を切り替える。
「次の客はいつ来るかわからない。 IPSと連携して警戒を強化してくれ、キング」
叔父さんとは呼ばない。
ビッグ・マクマホンのジュニアとして振る舞うこと。
それが、今の自分に課された役割だ。
キングは満足そうに一礼し、指示を実行するためにブリッジを後にした。
憂慮を現実に変えるには、実績と立場が要る。
それを父から学んだ最初の教訓として反芻しながら、ジュニアは――。
三年かかっても、なお突破できずにいるその黒い大穴を、静かに見つめ続けていた。




