第1話 九能 悠の時間―春夏秋冬/01 ズレた秒針
※この作品はフィクションです。実在の団体・組織・企業・人物とは関係ありません。
電界駆動ブレード - compression 本作ですが三度目の改稿、推敲版です。
どうかお楽しみいただければ幸いです。
授業中、何気なくアナログ時計を見上げた瞬間――秒針が、ほんの一瞬だけ逆回転したように見えた。
……気のせいだ。すぐに正しい方向へ進み続けている。
だが、胸の奥に小さな引っ掛かりが残った。
【記録映像の音声ログ】
「ようこそ、メサイアの時代へ!」
AI技術の発展、ブロックチェーンによる分散経済、仮想現実の普及により、従来の統制は限界を迎えた。
政府の規制は形骸化し、対応は追いつかなくなった。
結果として、世界各国の経済運営は企業に完全委託される形へと移行した。
【映像終了】
壁に掛けられたアナログ時計が、無機質に時を刻む。
秒針の音が、教室の静けさに響いている。
教師の声が淡々と響く。
俺は机に肘をつき、目の前の時計をぼんやりと眺める。
「このように、V3の成立により政府の役割は現実世界の管理機関へと変容した」
(この授業に、本気で興味を持っているやつなんているのか?)
画面のホログラムには、淡々と歴史の年号が流れている。
だが、クラスメイトたちはほとんどが端末をいじるか、無言で画面を眺めているだけだった。
形骸化―― それは、制度の問題ではなく、俺たちの意識の問題だった。
教師の声は、ほとんど誰にも届いていない。
「V3ができたことで、国家という枠組みは形骸化し、経済の主導権は仮想空間へと移った。 そして、さらなる支配体制が必要となり、現在のV5体制へと進化した」
教師の説明は続くが、俺の興味はそこにはなかった。
それよりもアナログ時計の針が、どこかぎこちなく動いている気がする。一定のリズムで刻まれているはずなのに、まるで意識に引っかかるように違和感を覚える。
(……遅い)
時計の針は、ネットワーク時刻同期で正確に管理されている。
ズレることはない。けれど、俺の感覚とは噛み合わない。
(俺にとって、本当の時間ってどっちなんだろうな……?)
インター・ヴァーチュアの時間は、現実の三十分が、ここでは一時間と換算されるらしい。
二倍の時間がこの世界には流れていて、理論的には、人間は二倍の人生を手に入れたって話だ。
すごいはずなんだけどな。
まったく実感はない……。
それにアナログ時計なんて、こんなところ以外ではまず見かけない。
普通はニキシー管時計だ。
数字が滲むことも、リズムが狂うこともない。
気づけば、どこにでもあった。
実際、この世界にいる限り、どこでも淡く明滅しながらカウントされている。
そして、それがなんとなく落ち着く。
体感に差はないはずなのに、アナログ時計があると妙に落ち着かない。
秒針がカチリと動くたびに意識を引っ張られ、リズムを狂わされるような不快感がある。
まるで、そこだけ時間の流れが違うような感覚。
俺はそんな居心地の悪さを感じていた。
ふと、教室を見渡す。
青い瞳、琥珀色の瞳、黒髪、金髪、赤毛、そしてさまざまな肌の色が混ざり合っている。
それぞれ異なる文化的背景を持ちながらも、彼らは一様に同じ制服を着ていた。
黒の詰襟、ブレザー、プリーツスカート。
その整然とした姿は、まるで仮想空間が記憶の中の日本の学校をテンプレートとしてコピーしたかのようだった。
机の配置も、黒板のレイアウトも、異様なまでに統一されている。
国籍や人種も異なる生徒たちが、日本式の教育環境に押し込められている様は、不自然さを際立たせていた。
この学校が形だけのものだとみんな知っている。
だけど、それを口にすることすら無駄だと悟っている。
俺が小学生だった頃はまだ現実世界に学校があった。
でも、パンデミックスやブラックアウトの後、完全にインター・ヴァーチュアの学校に移行した。
暗黒時代には、もはや学校どころの話じゃなかった。
日本はまだマシだったが、うちの家族も一時期はひどい生活を送った。
父親は登記上で日本法人のメサイア系列の企業に勤めている。
その関係で俺はメサイアのテリトリーでも日本色が濃い学校に通っているわけだ。
俺と両親は、現実では同じ家に住んではいるが、お互いにとって必要不可欠な存在ではない。
かつての家族は共に食卓を囲み、日々の出来事を共有するものだった。
だが、今の世の中ではかつての家族の形は子供が中学校に上がるあたりまでが限界だ。
それから後は、各自が仮想空間での生活に没頭し、必要最低限のやり取りだけで成立してしまう。
それぞれの時間が仮想空間で流れ、食事も別々。
現実世界での会話は業務連絡のようなものばかりだ。
昔の家族のあり方とは違い、今では単なるルームシェアに近い関係となっている。
ただ、現実で同じ屋根の下にいるだけ。
インター・ヴァーチュアでは、それぞれ好きにやっている。
むしろ、顔を合わせるのもインター・ヴァーチュアの方が多いぐらいだし、まだこっちでのやり取りの方が家族らしい。
そんなことを考えてるうちに、授業が終わりを告げるベルが鳴る。
アナログ時計の針が、ちょうど十六時を指していた。
その瞬間、俺、九能 悠はふと、妙なズレを感じた。
やっぱりアナログ時計の秒針は妙に浮いた存在に感じる。
まるで、この場所だけが現実世界にしがみついているかのように感じる。
鐘が時を告げれば、教室から同級生たちは次々と去っていく。
バックに荷物をつめこみ、俺もその同級生たちと同じように流れ歩いていった。
下駄箱に上履きを突っ込み、スニーカーに履き替える。
そして、学校を後にする。
校門から出ると、同級生たちの流れから外れ、俺はすぐ近くの路地裏へと入った。
軽く伸びをすると、制服のポケットから端末を手に取る。
「ログアウト…… と」
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