家族ごっこの、その先に
屋敷につくとカイがセリナの手をとり降りた。
その後に続くように降りるミナの元に、リクが駆け寄った。
「お前ら、怪我なかったか。」
ぶっきら棒ないつもの口調。でも心配が滲む優しい声。
ミナは瞳を潤ませて大きく頷いた。
「……平気。」
リクはホッと一息ついてカイを見た。
カイは何も言わずその様子に微笑み、セリナと共に屋敷の中に去っていった。リクはただその背を見つめていた。
暫く経って、セリナの自室に招き入れられた。
紅茶を淹れてカイは静かにセリナの前に出した。
それを手に取り、ゆっくり傾け飲む。
セリナの一つ一つの行動を、ミナは緊張を噛み殺しながら見ていた。
――なんで呼んだの?
セリナはゆっくり視線をミナへ移す。
ミナが半歩後退る。
「この前のあなた本当に良かったわ。」
セリナは微笑む。
「あなたお人形になってみない?」
「え?」ミナは間の抜けた声を出す。
「つまり商品を売るために、あなたが見本になるのよ。この商品を身につけると、こうなるって見せるのよ。」
ミナが戸惑っているとカイが前に出た。
「他にいくらでもいるでしょう?なぜミナに?」
「あら。ローズちゃんのその髪と瞳ほど、目立つ人間はいないわ。お人形にはうってつけでしょう?」
セリナの声は穏やかだ。
「商品より目立つ人形は要らないでしょう。見せ物にするのが狙いですか?」
カイの声は冷ややかだ。
「そんなつもりはないから安心して。父の主催する夜会がもうすぐあるわ。父の鉱山で出た宝石が希少みたいで、それを披露するらしいの。」
セリナの笑顔が少し歪む。
「そこにただ参加するつもりか?と言ってきたから。飛び切り目立って、商品宣伝しないとと思って、声をかけたのよ。そんな警戒しないで。」
カイはまた口を開きかけるが、それを遮るように声を出した。
「分かりました。」
カイが振り向く。
ミナは少し唇を震わせながら「出来ます。」と答えた。
セリナが目を細め「ありがとう。」と呟いた。
ミナは部屋を出た
その途端にカイが何かをセリナに訴えているようだ。
ミナは扉を見つめた。内容までは分からないが声が聞こえる。今回のセリナの要求をカイは快く思っていないようだった。
文句でも言ってるのだろうか?
そんな疑問を抱えつつ、ミナは歩き出した。
その後も、二人は揉めていたのだろうか。
侍女たちが口々に「何かあったみたいね。」「お嬢様の言うことは、黙って頷いときゃ良いのにね。」と話していた。
ミナは少し心配になった。
いつもと違う道から宿舎に戻る。セリナの部屋のバルコニーが見える中庭を抜けるのだ。
中庭からバルコニーを見る。
そこにはセリナとダンスを踊るカイの姿があった。
「……綺麗。」
月明かりに照らされた二人は一枚の絵のようだ。
平民で孤児だったカイがダンスを踊れる筈もない。ミナには不思議な光景だ。話し声は聞こえない。だがカイが不満気に何か溢しているのは見てとれた。
セリナは余裕の表情で二人は会話を続けているようだ。
暫くすると二人は急に足を止めて、吹き出し笑い出した。
「あっ……」
――カイ。笑った。
ここ最近、心から笑った顔は見てなかった。でもそこには嘘がなかった。
「よかった。良かった。カイはもう大丈夫。」
でも本当に良いのだろうか。と疑問に思った。
セリナは今まで私たちを石扱いしていた。リクのいうように、カイにどこか執着も見せている。好いているのかとも思ったが、いつもどこか物扱いしてる節がある。
ミナはとぼとぼ歩き出した。
「リクに言っても、分かんないだろうなぁ。」
夜会の日。
ミナの頭に大きなリボンが巻かれた。
戸惑うミナに「お人形らしくて良いでしょう?」とセリナが微笑む。
ミナは目を細めながら、用意されたドレスに身を包んだ。
初めて着るドレスは、ミナの瞳に合わせた空色の美しいドレスだった。
その首や耳に宝石を添えられる。
美しく着飾られていく毎にミナの顔がぱあっと輝いた。
セリナは深い緑のドレスだが、燻んだ桃色の糸でレースを遇らうことで上品な中にも愛らしい装いとなっていた。
その胸元には黒曜石の首飾りが怪しく煌めいていた。
部屋の戸が二度叩かれ「そろそろ。」とカイの声が聞こえた。
セリナは嬉々として扉を開く。
セリナを見たカイは一瞬止まった。
すぐさま平静に「馬車の用意はできております。」と告げるカイ。
セリナは「それより言うことがあるでしょう?」と眉を顰めた。
カイはわざとらしく首を傾げる。
「……黒曜くん。黒曜石を見たことがある?」セリナは悪戯っぽく微笑んだ。
「いいえ。」短く答える。
「これがその石。綺麗でしょう?」セリナは胸元の石に向かってその手を添えた。
「……」
カイはその石を見る。
その目が少し潤んだように見えた。
「真実の石でしたっけ?」
セリナは自分の言葉を覚えていたことが嬉しいのだろう。「ええ。そうよ。」と大きく頷いた。
「はは…。……真実なのに真っ黒。」その声はどこか力無く、カイは石に向かって手を伸ばす。
ゆっくりとその表面を撫でた。
「たしかに俺にピッタリ。」
ミナが息を呑んで見ていると、その視線に気づいたカイがそっと手を離した。
ミナに向かって微笑む。その顔はいつもと同じ顔だった。
そしてセリナに向き直り「先に馬車でお待ちしております。」と伝え、踵を返して行ってしまった。
馬車に乗って会場に着くと、煌びやかな照明と色とりどりのドレスを纏った貴族たちで会場は華やいでいた。
ミナは緊張してその足取りがおぼつかない。
それを見兼ねたセリナが手を差し出す。
「ローズちゃん。良いこと?」
ミナはセリナを見る。
「あなたは私の人形なの。緊張することないわ。ただ背筋を伸ばして、私の隣で笑ってなさい。」
セリナが一歩、皆に近づく。
「今日のあなたはお人形なの。」
ミナは微かに唇を震わせながら「はい。」と答えた。
その後の夜会は、取り囲まれながら過ごした。
誰もミナと話さない。会話を交わすのはセリナだけ。
ミナは話さなくていいと分かると、少し気が楽だった。
でもどこか寂しい気持ちになる。
誰も彼もがミナの身につけた装飾品を見る。
その中にミナを見る目はない。
もしかしたら、気づかないだけで見てる者もいるだろう。
でもそう考えてもどこか虚しいのだ。
せっかく着飾ったのだ。ふと誰に見せたかったか考えた。
――リク。
思わず小さく笑ってしまった。
カイとは違う。きっと上手に褒めてはくれない。
でもきっと照れくさそうに「……まあ、良いんじゃないか?」と言うのだろう。
――ああ、リクに会いたい。
ミナは唇を少し噛んだ。
――今、すごく。会いたい。
夜会が終わり馬車へ戻った。
会場では手伝いをしていた筈のカイを、一度も確認できなかった。
ずっと貴族たちに囲まれていたので、きちんと周囲を確認出来なかった。
だから理由が分からない。
カイは会場を出てから、様子がおかしい。
普段通り背筋を正し座っている。
でも足元を見る目にいつもの優しさはない。感情がない。
――あんなに笑ってたのに。嘘みたい。
こんなの全然、大丈夫じゃない。
ミナが口を開こうとした時、セリナが踵を鳴らして足を組んだ。
ミナが思わずセリナを見る。
セリナは人差し指を唇に添えた。
ミナは唇を噛み締め俯いた。
カイは変わらず心ここにあらずだ。
それをセリナはずっと見つめていた。
屋敷に戻るとすぐ部屋へ移動し、ドレスと装飾品を脱ぎいつもの侍女服に着せ替えられた。
セリナはそのまま湯に浸かるようだ。
侍女の一人が「残り湯を貰えば良いから、ここで待ちなさい。」と言って部屋を出た。
取り残されたミナは、暫く言われた通り座っていた。
ふと窓の外を見て立ち上がり、駆け出した。
ミナは修練場に居た。
なんとなく、今そこにいる気がしたのだ。
肩で息をしながら、その戸を開いて中に入る。
「……居た。」
リクはいつものように、剣を振りながらそこに立っていた。
剣の刃を月明かりが照らし、宙を切るその動きはなんとも言い難い。
リクの手が止まる。
ミナを見た。
紅を引いたミナの姿に、リクはたじろぎ一歩下がった。
――ダメ。
ミナは駆け寄り、その胸に飛び込んだ。
――離れないで。
抱きしめられたリクは、ひどく動揺しているようだ。
風の音が辺りを包む。
「……どうした。」リクがゆっくり口を開いた。
ミナは黙ったまま。
リクは困って頭を掻いた。
「……怖くて仕方ないの。」
ミナの呟きにリクの手が止まる。
「セリナ様。こわい。なんていうか、分かんないけど。全部!」
ミナは止まらない。
「でも!でも!カイも怖い!私の知ってるカイじゃないもん。」
最後の声はか細く消え入るように。
「……カイ、どこかに消えちゃいそうで。それが一番こわいの。」
黙って聞いていたリクが、そっとミナを抱き返した。
ミナは驚いて目を見開いた。
「…ほんと嫌な奴。」リクはボソッと呟いた。
「誰のこと?」
「カイ。」
リクの言葉にミナは「えっ」と声をあげる。
「教会から逃げる前にも、死にそうな顔してた時がある。」
リクはミナを離し続けた。
「……俺たち兄弟だよな?俺が兄で、その下がカイで、一番末がミナだ。」
路地裏で三人並んで笑う光景が頭をよぎった。
――そうだ。私が言い出したんだ。二人はお兄ちゃんって。
ミナは小さく唇を噛む。
「なのに何も言わない。また勝手に決めて。片付ける。腹は立つが、待ってやるんだ。兄弟だからな。」
リクはミナの頭を撫でる。
「……これからは一緒に。」
ミナは何かを言いかけてやめた。
「……うん。」
部屋に戻ると、あの時の侍女が待ち構えていた。
「もう、ここに居なさいと言ったはずですよ?」
ミナは小さく「ごめんなさい。」と呟いた。
侍女はため息つきながら、「お嬢様の許可は貰ってます。」と言って別の部屋へ通された。
前に通された部屋と同じように石造りだが、その部屋の壁には装飾が施されていた。
バスタブもあの時の物より縁が低めだ。
――あっ、使用人と分けてるの?
じゃあなんで、今は使って良いの?
訳が分からない。
先程の侍女が籠に道具を揃えて入ってきた。
ミナは思わず「初めて通された部屋と違うんですね?」と問いかけた。
「……あれは、選定をする部屋よ。」
ミナが固まる。
――せんてい?って何?
「お嬢様は心お優しいから、基本こうして。香油や櫛や。残り湯を、侍女たちが頼めば開放してくださるわ。宝石商のお付きが、小汚いなんてあってはいけないってね。感謝なさい。」
侍女はミナの服を脱ぐのを手伝う。
ミナは呆然とそれに従った。
「あなたお化粧は初めてでしょう?落とし方を教えるわね。良かったわね。あなたもいい歳でしょう。想い人ができたら、また紅をひくことがあるわ。覚えておいて損はないでしょう。」
侍女は手際よく動いた。
湯気が揺らめく中で――想い人の言葉に反応してミナは小さく呟く。
「やだ。」
侍女は気づかず尚も説明しながら手を動かしている。
――やだ、やだ、やだ!
ミナは涙目だ。
――なんでお兄ちゃんなんて言っちゃったんだろう?
それは幼い日の自分に対しての言葉だった。
――お兄ちゃんじゃ嫌。気づかなきゃよかった。こんな気持ち。
目を閉じる。リクの言葉を思い返す。
――そうだよ。カイはお兄ちゃんだもん。
小さく拳を握る。
――ここに来てから、カイは静かに壊れていくみたいだもん。だから私も力になりたい。その気持ちは一緒。
一緒だけど。
目の前で湯気が揺らめく。
――リクが好き。お兄ちゃんのままじゃ、嫌。その気持ちだけは一緒になれない。
気づいたら全て終わっていた。
侍女は「だいぶ疲れたのね。まあ夜会に出るなんて……お嬢様も人が悪い。」と同情するように言う。
「まあ湯船に浸かってゆっくりしなさい。」
そう言って侍女は出て行った。
湯船に浸かりながら、ミナは声を押し殺して泣いた。
「……帰りたい。帰りたい……あの路地裏に。」




