Only during a little (刹那)
一両へ編成の白い車両が、一番ホームに待っていた。
通勤、通学の人々が、降りてわずかな乗客だけが乗っていた。
都会のような喧噪はないが、朝のあわただしさが残っていた。
上着も、スラックスも雨に濡れてしまっていたので、座席に座るのは遠慮した。
床は、傘のしずくと靴跡で揺れていた。
むっとする、熱気が明けているドアが入ってきた。
しばらくすると、ドアが閉まり、列車は動き出した。
次の駅まで、200mと日本一短い区間だ。
まるで、その時間と距離の短さが、博史の心境を映しているようだった。
開業当時、32しかなかった駅57まで増やしたからだろう。
昔乗った時には、自動販売機があったのに、今はなくなっていた。
ずいぶん昔なのに、昭和の時代にまだ、この鉄道がJRだったころに、この町の映画館にいったことを思い出した。一時間以上かけてこの町の映画まできて、アケードのパラーでパフェを食べるのが定番のデートコースだった。
最寄りの駅で降りて、バスで橋を渡って島に帰る時間がすごく寂しかったのを覚えている。
出かける前は、かごく楽しかったのに・・・。
"真姫"
と博史はつぶやいた。
懐かしい響きだ。
もう何十年も、口にしたこともない名前。
大きな瞳とぽっちゃりとした体つき。
笑うとなんでも許せた。
泣き虫で、おせっかいで、世話好きな、女の子だった。
気づけば、いつでもそばにいて、それが当たり前の風景だったのに。
社内のエアコンに少し寒気を感じたが、気温が高かったのか、服の素材なのか、背広の湿気は減っていた。
スマホが震えていたが、会社の表示をみて、無視した。
どうせ慌てた課長からの電話だろう。
慌てずに、昨日支店長といったゴルフの話でも、してれば機嫌はいいはずだ。
会社の休憩室に、パター練習機を置いているようえな人だから。
課長と係長ではそりゃ年収は違う。
ましてや、支店長ともなれば権限は違うし、もらえるものも大きい。
主任になれば、係長になりたいし、課長、部長 支店長 となりたいものだ。
そんな世界に身を置いている自分に博史は、嫌気がさしていた。
給料は、地場とくらべてよかった。
福岡に本社がある、穀物を扱う商社のため九州内にいくつか支店があった。
その支店の一つに博史は勤めていた。
中途入社のため、さほどの出世は望めはしないが、それなりの生活はできる。
スマホのプッシュ通知で、地震速報が表示された。
博史は、すこしめまいを覚えた。
トラウマの記憶が、よみがえった。
あの日、何もかも失った。
真姫さえも、家族も、仕事も何もかも。
電車は、日本最西端の駅についた。
懐かして色をしたバスが駅前に留まっていた。
乗り込むと核に発車した。
右にターンしてすぐに、赤い橋が見えた。
雨は上がって、薄日かさしていた。
バスを降りると、向かえに白い建物が見えた。
どこか異国情緒が感じられる街。
変わってはいなかった。
今住んでいるところから、50キロも離れていないのに訪れることはなかった。
つらい思いでしかしかなかったから。
近くでタクシーを捕まえて、目的地を告げた。
場所が場所なだけ運転主は黙って運転していた。
目的場所に付くと、クラクションが長くなった。
博史は、料金を払って車を降りると外車の霊柩車が目の前をゆっくりと通り過ぎた。
フロントグラス越しに、見知った顔が見えた。
博史は、目を伏せた。
間違っていなかった。
真姫だった。
と認識した。
続けて、マイクロバスが通り過ぎた。
続けて、何台かの車が通り過ぎた。
博史は、立ち尽くしていた。
もう この世には、真姫はいない。
愛くるしい顔も、けらけらと笑う声ももう聴くことはできないのだ。
博史は、市街とへ歩き始めた。
しばらく歩くと、一軒の酒屋を見つけたので、立ち寄って、ウイスキーを一瓶とタバコをかった。
タクシーを拾うと、行先を告げた。
運転手は、行先に怪訝な顔をしたが、疲れている博史の姿をみて黙って目的地までは運んでくれた。
海水浴の季節ではないので、チェーンが張っており、その隙間を通ってコンクリートの道路を降りると
目の前に鳥居があった。
鳥居をくぐったところで、海岸にそってて建てられた石垣に腰を下ろした。
カバンから赤いラベルのウイスキーの瓶を取り出すと蓋を回してあけた。
そのままラッパのみで口に含むと、一気に飲んだ。
のどがひりひりと痛んだ。
胃の中にどろつたしたものが落ちる感覚があった。
雲の隙間から angel's ladder(薄明光線)が現れた。
この浜の悲しい昔話が見せてくれるのだろうか、その昔禁教時代、キリシタンを信仰していた家族が妊娠中の母親含め6人がこの浜で処刑され、遺体は海に捨てられたという。
そんな悲しい場所だから、こんな奇跡を見せてくれるのだろうか。
博史は、ウイスキーを飲み続けた。
どれくらい、ウイスキー瓶も半分ほどになった時、人の気配に気づいた。
振り返ると、男が立っていた。
礼服のネクタイを外した、疲れたような顔をした、がっしりとした体格の男が立っていた。
「やっばり、博史だったな」
と男は言って、博史の横に座った。
「何年振りか」
という男の問いに
「結婚式いらだから、23年だよ」
と博史はぽつりと言った。
「電話の一本もせんと、親友がなくな」
「すまん 功 」
と博史は功に謝った。
「いや いい、理由はしってるからいい。」
といい、功はタバコに火をつけた。
「真姫に会いに来たんか」
功の言葉に博史は沈黙した。
「葬儀場で、見たときは確信がもてなかったが、お前ならここにきてると思った。そしたら、お前が居た」
博史は、ウイスキーをあおった。
「真姫は、病気やった。すい臓がんであったいうまやった。」
と功は話し始めた。
「ほら そこ お前が座っているところに夕方よく腰掛けとった。」
博史は、傍のコンクリートをなぜた。
「真姫もお前も、あんなことがなければ、幸せやったのにな」
功は、携帯の灰皿でタバコを消した。
「俺が弱かっただけだ。どうしようもなかったんだ。あの時は」
と博史は、左足をなぜた。
そこには、金属でつくられた義足があった。
「神様も、残酷なことをするもんだ」
と功は、博史の左足を見ながら言った。
「いや 生きているだけで充分だ。あの時は大勢死んだんだ。」
「そっか、生きいればいいか。真姫も同じことを言ってた。俺には持ったないくらいのいい嫁だった」
と言って、功は泣き崩れた。
博史ははっとした、自分より功は夫婦として長い時間を過ごしてきた。
功の悲しみは、図り切れるものではない。
「すまん、顔を見せるつもりはなかった。ただ、ほんとうに真姫だったか確認したかっただけなんだ」
「いいよ、俺もお前には謝らんといかん、お前から真姫を奪ったのはおれだから」
「いや、いいんだ。あの時の俺じゃ苦労をかけるだけだから仕方がない。それより真姫を支えてくれてありがとう」
と博史は、功に頭を下げた。
功は、肩を叩生きながら泣いていた。
博史は、功が親友でよかったと心から感謝した。
きっと、真姫も幸せだったはずだと思った。
波の音は、あの時と変わらずに海風に運ばれて博史をあの刹那の時間へと運んだ。