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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
92/102

第 92 夜   『至れり尽くせりなのは』

語り部 : 小島将人コジママサト

お相手 : 斉藤和美サイトウカズミ

 ウチこない?


 呼ばれたのは同じクラブ所属の女の子の家に。


 理由は勉強を見てもらうこと。


 うちのクラブは顧問教師の方針で、赤点が一つでもあると、部活動参加禁止にされることになっている。



   第 92 夜

    『至れり尽くせりなのは』


 いつも赤点すれすれで、なんとか乗り切ってきていたけど、今回は非常にやばい。


 もしかしたらではなく、かなりの高確率で、赤点になるであろう科目が二つ。


 どちらも数学ではあるが、全く自信がない。


 と言うのもこの一月ほど、初めてレギュラーに選ばれて、今度の試合に出してもらえるようになった、ハンドボール部の練習が厳しく、加えて繁忙期を迎えた自営業の親父の手伝いで、家に帰ってからも大忙し、結果として授業中も居眠り連発。


 元々一夜漬けで乗り切ってきた俺は、文系はたぶん大丈夫だろう、化学も覚えればいいところさえ押さえれば、何とか赤点は取れると思う。


 けれど数学だけは、公式を覚えるのも応用するのも、要点を押さえないと意味がないこの教科で、こんな綱渡りの綱が極細の状態で、無事に渡りきれるはずがない。


 先日無事に初レギュラーの大役を果たして、まずまずの成績を残した試合では、そこそこの活躍が出来た。


 家の仕事もピークを過ぎて、手伝いも終わり、小遣いUPで財布は元気を取り戻した。


 さぁ、今度は試験の山を乗り越える番だ。


 定期試験一週間前に入り、部活動は禁止、みんな勉強モードに入っている。


 俺もノートのコピーに忙しく走り回り、試験準備期間の前半四日間を、資料集めに費やし、ヤマも張っ(ヤマ張りの達人の情報をゲットし)た。


 これで記憶系は試験前日に、無理矢理に頭へ詰め込むだけ。


 さて問題は数学、二科目あるこの難題をどうするかだが……。


「大体こんな進学校に入って、ガッツリ運動部やってることが、正直無理あるんだよな」


 文武両道なんて器用な真似、みんながみんなできるわけでもない。


 その実、ハンドボール部でも、多くの生徒が俺と同じ苦しみにあえいでいる。


「小島くん、なに黄昏れてるの?」


「うーん? ああ斉藤か。 いやまぁ、ちょっと」


 斉藤和美、女子ハンドボール部のレギュラー、彼女も今回の試合のために、放課後遅くまで頑張ってきた。


 そんな同じ境遇にありながら、俺とは全く同じでない成績を誇る、真の文武両道娘。


「数学? ああ、小島くん、いつも赤点ギリギリだもんね」


「人の成績なんてチェックしてんなよ。って、言ってる場合じゃあないんだよな。今回だけは大ピンチなんだよぉ」


「今回だけ?」


「はいはい、いつもだけど、特に今回はな」


「大活躍だったもんね、この前の大会。それにお家の仕事も手伝ってたんだって?」


 よくそんなことまで知ってるなぁ。


「とまぁ、今回はかなり参っております」


「そうなんだ。なんだったら勉強見てあげようか?」


 なに? ……なるほどね。そう言う手があるか。


 数学の試験日まで4日と6日、この短時間でどうにかなるのか?


「大丈夫大丈夫、要点だけキッチリ押さえて、問題も絞ってやり混めば、赤点回避くらいならなんとかなるって」


 ああ、目標を低くしてやるって事か、それならどうにか間に合うか。


 でもそれは、一問のケアレスミスでアウトとなる、可能性を伴うリスクがあるけれど、今からじゃあそれしかないか。


「何言ってるの? 百点満点を取るつもりでやって、赤点にならずに済むかどうかでしょ? 君の場合」


 それは大変そうだな。


「ちょうど土日を挟むし、頑張れば大丈夫でしょ? って他の教科は大丈夫なの?」


「ふふん、俺、記憶力だけは自信あるから、そっちは一夜漬けでどうにかなるさ」


「もしかして、いつもそれでやってきてるの? それで文系科目あれだけ高得点取ってるのって、ある意味すごくない?」


 昔からお前はやれば出来るという、定番のお小言のおかげで、勉強をする気が全く起こらなくなって、試験ごとに覚えては忘れてを繰り返して、今まで来たからな。


「ちゃんと勉強していれば、今頃学年主席も夢じゃあなかったのに」


「そんなの面倒なだけだよ。いいじゃんか、来年になったら、本気で受験勉強するからさ」


 親父からは絶対大学を出ておけと言われているから、入らないわけにはいかない。


「だったら尚のこと、今やれることをやらないとね」


「まぁ、それはそうだな。それじゃあよろしくお願いします。って、どこで勉強するんだ? 市立図書館でも行くか?」


「じゃあねぇ、家こない? 参考書もそこそこ用意があるし、図書館で本探すよりは、効率よく資料集められるよ」


 いや、受験勉強じゃあないんだから、そんなに参考書が必要になる訳じゃあないし、そこまで気を回してもらう必要もないのだけれど。


「いいのか? 俺なんかがお邪魔して?」


「なんかって、何に気を遣ってるのよ。もしかして高校2年生にもなって、女の子の部屋が恥ずかしいとか言う?」


 まぁ、確かにそれもあるのだけれど、家の人の関心を集めるというのが気になる。


「大丈夫だよ。今度の土日は家族はみんな外泊していて、土曜日は帰ってもこないし」


 それはそれで余計に気を遣うだろ?


 だけど折角レギュラーになれたのに部活動禁止はやっぱり厳しいし。


「んじゃあ、お願いします」


 勉強しに行くだけなんだから、気を引き締めてやるか。






 思春期を過ぎてから、女の子の部屋になんて、姉貴や妹たちの部屋以外に入ったことがない。


「へぇ、お姉さんと双子の妹さんが居るんだ」


「ああ、それで家は小部屋が三つしかないから、姉貴は母さんと、妹たちは二人で一部屋使ってる」


「それじゃあ、お父さんは?」


「親父は仕込みやなんやらで、ほとんど店にいるから、だから2階の居住スペースは女だらけで肩身が狭い狭い」


 寝るのも店の方で、和菓子の事しか考えてないから、家の事はほとんど手を出さず、男手が俺一人しかいないから、色々と当てにはされてはいるが、普段は厄介者みたいに思われている。


「そんなことないでしょ? 私だったら小島くんみたいに、格好いいお兄さんが居たら、絶対友達に自慢したくなるもの」


「ここは正直に喜んでおくよ。でも本当に妄想と現実の差っていうか、ドラマみたいなこと、そうそうないと思うよ。俺、家では自分の部屋に引き籠もってるし」


「そうなんだ。じゃあその部屋で、どんなことしてるの?」


 午前中からお邪魔するはずだったんだけど、親父に配達頼まれて、着いたのは昼食時、着いて早々に昼食をもらい、食後のお茶で休憩中。


「斉藤は? 兄姉が居るんだっけ?」


「うん、年の離れたお兄ちゃんとお姉ちゃん。もう二人とも独立しちゃって、今は両親との3人暮らし。今日はお姉ちゃんのところに子供が生まれて、お父さん達は初孫に会いに行ってるから」


「お前は行かなくてよかったのか?」


「試験前だからね。試験終わったら会いに行く」


 なるほどそう言うことか。


 お姉さんは少し離れた、他県に嫁いでいったらしく、日帰りは大変なので一泊してくるそうだ。


「もしかして俺がお邪魔してること……」


「知ってるはずないじゃん。お父さん卒倒しちゃうよ。ああでもお母さんには、お友達に泊まりに来てもらうからって、たぶん女友達と思ってるはずだけど」


「いや、俺は女友達でもないし、泊まらないから」


 なんだかなぁ~。


「さぁ、勉強再開しようか?」


 食器の後片付けも終わって、再び彼女の部屋に。


 整理整頓の行き届いた部屋は、女の子らしい装飾や小物がいっぱい。


 ホコリを取るのも大変だろうに、本当に綺麗にしている。


 部屋の主の几帳面さが見て取れる。


「そうそう、そこで、この式を先に展開して……」


 勉強の方も順調に捗り、試験範囲を一通り押さえた頃には、もう日が暮れかけていた。


「いいペースだし、そろそろ夕飯の準備しようか、食べていくでしょ?」

「え、お昼も頂いたのに悪いよ」


「食べていってよ。一人で食べるのって味気ないでしょ」


「それなら遠慮無く」


 だけどお呼ばれするだけっていうのも悪いので、彼女が支度をしてくれている間、家の中の掃除を買って出た。


 トイレとお風呂と、飼い犬の小屋の掃除を終えた頃に、食事の準備が整ったからと呼ばれた。


「ゴメンねぇ。色々気遣ってもらっちゃって」


「いやいや、この料理の数々を前にしたら、微々たる労働なんて、どうってことないよ」


 これを俺のためにと思えば、何をやらされても文句はない。


「本当に今日は俺のために来させてもらってるのに、何から何までありがとうな」


「何言ってんの? 明日もまだ後一教科残ってるんだから、今日も帰ってから、忘れないように復習もしといてよ」


 この恩を仇で返すような得点は取れないよ。


 俺はたぶん過去最高の勉強時間を記録するよ。


 それは間違いないと言っておこう。声には出さないけど。


「でも本当に斉藤って勉強できて、スポーツも抜群で、しかも料理までウマいなんて、最高のおヨメさんになれそうだな」


「えへっ……、それじゃあ、その最高のお嫁さんの旦那さんになってくれる?」


「えっ?」


 軽いジャブだったんだろうけど、そんな言葉に免疫のない俺には、どう返せばいいのか全く分からない。


「えーっと、本気だったんだけど」

「えっ!?」


 今度はストレート、しかもテレホンパンチなんかじゃあない。

 モーションなしの速射砲。


「結構前から気になってたんだ。部活頑張ってるし、お家のお手伝いも頑張ってるって聞いて、すごいなぁって」


「すごいのはお前の方だろ。部活もそうだし、勉強も家事も」


 俺以上に頑張ってる人に、すごいと言われても……。


「実はこれ、お母さんが下ごしらえしててくれたのを焼いたり、温めただけなんだ。勉強は確かに普通には頑張ってるけど、部活はほら、男子部と違って、競争相手も少ないしさ」


 いや、謙遜がかなり入ってるよ。


 レシピはお母さんの物なのかもしれないけど、下ごしらえは自分でしていたところを俺、横目で見てたから分かる。


「それより、結構私、一大決心して、大告白したんだけど……」


 そうだった、そうだった。


 俺的目線でこんな完璧な子に、こんな俺が好かれてる?


「あのぉ~、そのぉ~、う、嬉しいんだけどさ。あまりに突然すぎて、まだ気持ちの整理が付かないって言うか」


「もしかしてつき合っている人いた?」


「いや、そう言うのはいない。いやそのなんだ、俺、無茶苦茶格好悪いなぁ。そのつまり、動揺してしまっていてだな」


「なんだ、だったら覚悟決めなさいよ。こっちはここまでして、釣り上げようって魚を、簡単に逃がしたりしないんだから、その為に誰もいない家にまで招き入れたんだから」


 お、女って恐えぇ~! だけど却って気持ちいいな。


「ああ、そ、それじゃあ改めて……。お、俺なんかでよければ」


 俺は俯き加減で右手を差し出した。


「ありがとう」


 斉藤は嬉しそうな顔をして、俺の右手を両手で取ってくれた。


 だけどどうしよう。今の緊張で今日教えてもらったこと、全部抜けちゃったかも。


 明日の勉強会も身が入らなくて、勉強にならなかったりして。


 何はともあれ、先ずは帰って今日の復習だ。


 そうしたら自分の状態も、理解できるだろう。


「なんなら泊まってく?」


「ああ、いや、それは遠慮しとくよ」


 俺の反応を面白がる彼女、これからはもっと自分でちゃんと勉強をしよう。


 いつまでも落ちこぼれの彼氏じゃあ、いられないもんな。

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