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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
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91/102

第 91 夜   『一発勝負!』

語り部 : 宮島剛志《ミヤジマゴウシ》

お相手 : 滝川怜《タキガワレイ》

 負けられない時がある。


 譲れない場面がある。


 正念場、絶対にアイツだけには勝たなければならない。


   第 91 夜

    『一発勝負!』


 中学生の頃までは、苦手な物は苦手なんだからしょうがない。と言って逃げてきた。


 でも高校生になり、このままではよくないと思い切って挑戦することにした。


 その成果が徐々に実を結ぶ。


 小学生の頃は結局泳げなかった25m、中学に入って何とかそこはクリアーしたけど、そこが限界だった。


 限界だったと思っていた25m越え、人間頑なんとかなるもんで、入部から一月で、100mまで泳げるようになった。


「そりゃあ先生がいいからでしょ」


 俺のコーチ役は同い年のクラスメート滝川怜。


 水泳部のエースを担うであろう自由形の選手。


 100mを泳ぎ切ることが出来るようになった俺の、次の目標は彼女に勝つこと。


 いや、勝たなきゃならないのだ。






 入学式、遅刻寸前で教室入りした俺は、既にみんな移動してしまっている講堂に急いで、廊下を小走りに向かっていた。


 先生達もみんな移動済みなのか、注意を受けることなく走ったので、チャイムが鳴る前に入れそうだった。


 だけど最終コーナーを曲がったところに、予想外の存在が立っていた。


「きゃあ!?」


「おっと、ご、ごめん。大丈夫?」


 辛うじて接触を免れたが、いきなり現れた俺に驚いて、その子は尻もちをついてしまった。


「いったぁ~い! なによもう!? いきなり出てこないでよ」


「悪い悪い、……とその前にスカート、めくれてる」


「えっ? きゃーーー! どこ見てんの、この変態」


 初対面でえらい言われようだな。


 入学式に来てるから、執行部役員とかでないなら、同じ新入生のはずだ。


 そうなるとこの子とは、出身中学が違うってことになる、初めて見る顔だ。


 俺は所在なさ気にボーッとしてしまった。


 そこに彼女から右手が差し出される。


「起こしてよ」

「ああ、ごめん」


 俺は慌てて右手を出して、掴んだ手を引き上げた。


 彼女は汚れたスカートの誇りを払う。


「あぁ~あ、チャイムなっちゃったねぇ」


「えっ? ああ本当だ」


 講堂の方から進行のスピーチが聞こえてくる。

 もう式が始まったんだ。


「あぁ~あ、ギリギリになってトイレになんて行かなきゃよかったよ。君はどうしたの?」


「あ、俺は遅刻寸前で登校して」


「それで走ってきたんだ。もう気をつけてよ」


「ごめん」


「いいっていいって、君さっきから謝ってばっかりだよ。あっ、私1年6組の滝川怜」


「俺、宮島剛志」


「おお、強そうな名前だね」


「名前負けしてるって、よく言われる。っと、同じクラスだ。よろしく」


「よろしく、高校生第一号の友達だね。さぁ~てどうしよっか、今から入っても目立つだけだよね。どこかに隠れてよっか」


「……いや、そうもいかないようだ」


「こらー! お前ら何してるんだ。入学式はとっくに始まってるんだぞ」


 先生に見つかって、仕方なく中に入った俺達は案の定、みんなの失笑の中、クラスの列に並ぶこととなった。


 友達第一号、くすぐったくもあったが嬉しい響きのある言葉だった。






 その後、恋に落ちるのにはさほど時間はいらなかった。


 1年生歓迎のレセプションで同じグループになり、新入生交流イベントのダンスパーティーで、一緒に踊ることが出来た。


 その時だ、自分の気持ちに気付いたのは、きっとあの入学式の日には恋をしていたんだろうけど、自覚として現れると、なんだかくすぐったいような、いてもたってもいられないような気分になる。


 俺はすぐに告白をした。


 彼女には特定の彼氏や片恋の相手は居ないと聞いていたから。


 クラス内でも結構仲良くしているほうだし、自信はあった。


 だけど返ってきたのは、返事とはほど遠い質問だった。


「ふ~ん、宮島ってさぁ、どれだけ泳げる?」


 彼女は入学早々、水泳部に所属した。


 小学生の頃にスイミングスクールに入り、中学時代も水泳部にいたそうだ。


「いや、泳ぎは苦手だ」


 対する俺は丘の上の競技なら、そこそこなんでもやれるけど、水に入ったらてんでダメだ。


「じゃあさ、水泳部に入らない? 私が教えてあげるからさ」


 体のいい勧誘だった。


 だけどそうすれば、一緒にいられる時間も長くなるし、水泳部は夏のシーズンでもなければ、陸の上で体を作る時間の方が長い。


「本当に泳げるようになれるのか? 俺、25mが関の山なんだぜ」


「それだけ泳げるって事は、頑張り次第でもっともっと泳げるようになるって事だよ」


 その言葉を信じて、俺は入部することを承諾した。


「と、ところで返事は?」


「う~ん、私に自由形100mで勝てたらね」


「なっ、きったないぞ! そんな詐欺みたいな」


「何言ってんの、スピード競技なら男子の方が断然有利なんだよ。本気なら直ぐに追い越せるって」


 狸か狐に化かされているみたいだが、俺は渋々その条件を受け入れた。


 しかし俺の誤算はそれだけではなかった。


 うちの学校は授業用の屋外プールの他に、競泳用の室内プールの存在があった。


 温室仕様で年中使用が可能。


 水泳部は全国レベルの大所帯、その中でもエースクラスだという滝川に俺は勝負を挑む事となる。


「やっぱり詐欺じゃねぇか」


「私、嘘は一つも吐いてないもーん。宮島が勝手に思ってただけでしょ?」


 畜生、100m走なら簡単にぶっちぎれるのに、水の中だと、どうしてうまくいかないんだ。


 年中水に入れる水泳部でも、基礎トレーニングとして陸上を走ることはある。


 俺の走りを見た陸上部が、引き抜きに掛かってきたくらいだから、女子には絶対に負けない自信がある。


「でもすごく頑張ってるよね、宮島。春には本当にまともに泳げてなかったのに、一月で100m泳げるようになって、今じゃあ男子1年生部員の中でも、上位にまで成績伸ばしてるし」


 それでも全く及ばない相手だと知っていたら、こんな条件飲んだりしてねぇーつうの。


「くそう、後10秒くらいなんだがな」


 その10秒がどのくらいの差なのかは知っているが、何ともならない数字とも思えない。


 俺は基礎トレーニングのために体育着に着替えた。


「なんだ、お前も走るのか?」


 更衣室を出てきた俺に、滝川が待ったをかけた。


「私はあんたのコーチだからね。それにもうすぐ校内選考会があるから、しばらく相手できなくなるし、今の内にしごいておかないと」


「鬼コーチめ」


「えへっ、直ぐに着替えてくるから、ちょっと待っててね」


 滝川とつき合うことは出来ないままでいるけど、こうして毎日一緒に部活出来るだけで十分か。


「それにしても校内選考会かぁ、俺って今部内でも、どれくらいの位置にいるんだろうな」


「結構いい線いってると思うよぉ。力もあるし、体も柔らかいし、バランスも悪くないし、リキまなければいけるかもよ」


 着替えを終えた滝川がやってきた。


 先ずは軽くランニングにと、学校の周りを軽く流す。


「とにかく先ずは、選考会でそれなりの結果を出す。そしてお前にも勝つ」


「はいはい、頑張ってね」


「って、あれ? なんか元気なくないか? いきなり」


「あっ、うぅうん大丈夫だよ」


 いや、明らかに様子がおかしい。


 一体何があったんだろう?






 選考会の結果が出た。


 俺は驚きのタイムをたたき出し、補欠としてだが、公式戦当日は選手として、プールサイドに並ぶこととなった。


 これもアイツのコーチのお陰と言えるだろう。


 しかし部内トップ3の滝川は、今回の選考会では選ばれなかった。


「よ、お疲れ」

「……お疲れ」


 やっぱり元気ないな。


 それはそうだろう。


 こいつが早いのは、天賦の才でもなんでもない、努力の賜なのだから。


 無言が痛い。どう切り出せばいいのかが分からない。


「おめでとう、やったね」


「お、おお! これもコーチの腕がよかったからだな」


「本番でこけるコーチの力なんて、大したことないよ」


 なんでこんなに卑屈になるんだ?


 そう言えば選考会前から、徐々に様子がおかしくなっていたけど。


「って、なんだよなんだよ。お前が人一倍頑張っていたことは知ってるよ。誰だって知ってる。だけど結果が出ない事なんて、よくあることだろ」


「み、宮島には分かんないよ!?」


「わ、分かんないって言うんなら、ちゃんと説明しろよ。何も言わないで、誰かに分かってもらおうってのが無理な話だろ? な!」


 ちょっと興奮気味なこいつの気持ちが落ち着くまで待って、話をきいてみる。


「中学1年の時だよ。私メドレーリレーの選手に選ばれて、試合に参加したの。だけどその日、朝から調子が悪くて、だけど誰にも言わずに出場して、結果は散々たるものだった」


 その結果を見て滝川は、チームメンバーから責められる事となった。


 その時から、ここ一番の時は実力が発揮できなくなったのだという。


 それは明らかにメンタルの問題。


 このままではいつまで経っても、前に進めない難題。


「よし! 今から勝負だ。今のお前になら俺は勝てる。だから何を言おうが勝負だ。いいな」


「な、何を言って……」


「うるせぇ、俺は選抜選手に選ばれた。補欠だけどな。だけどお前は落ちた。俺はそんな弱っちいお前には負けない。だから勝負なんだよ」


 俺達はコースに立った。


 もう誰もいなくなったプールに先生の許可は取ってある。


「一発勝負だ。お前が俺に勝てたら俺の彼女にしてやる。つき合ってやんよ」


「はぁ、なにそれ? あんた私に一度だって勝ったことないでしょ?」


「うっせぇー、俺が勝つって言ったら勝つんだよ」


「あんたが勝ったらつき合うって話でしょ? それって勝っても負けても結果は同じじゃない」


「ふん、その約束は今はなしだ。そいつはまたお前が本調子に戻ったら、改めて勝負を申し込む」


「……もう、分かったわよ。一発勝負ね」


「合図はお前に任せる」


「……本気でバカにして! レディー……、GO!」


 俺の泳法で間違っていたこと、それは極度の緊張による筋肉の硬直。


 リキみすぎて実力の何パーセントかを出せなくしている。


 そう言われて、そこを意識して、無駄な力を抜くんだ。


 選考会の時のように周りは気にせず、ただ自分の体にまとわりつく水の抵抗に集中して。


 いいぞ、これなら選考会の時以上の成績だって出しているはず、負けねぇ、これならまけねぇ。






「はい、私の勝ちね」


 お約束な展開だった。


 しかしこうもあっさり負けるとは。


「でも本当に早かった。合図を出したのが私じゃあなく、あんただったら分からなかったんじゃあないかな」


 それでも結果は結果だ。


 くそー、めちゃくちゃ格好悪いぞ俺。


「けど、と言うことはそっちは、いつも通りの泳ぎが出来たってことじゃんか。なぁ、お前も好きだから水泳続けてるんだろ? だったらさ、もっと気楽にやろうぜ。本番で実力が出せないのって、好きな水泳を自分自身で殺してるようなもんだぜ。そんなの勿体ないだろ」


「ふふ、うふふ、あはは、あはははははは! あんたって本当にバカ。もう気持ちいいくらいに」


「へへ、もしお前がまた変な緊張するようなら、俺のこと思い出してみろよ。バカでもがむしゃらになれば結果が出せるんだ。実力が付いてるヤツが悩むには小っちゃすぎるぜ」


 滝川は笑い転げた。


 よっぽどおかしかったのだろう。ついさっきまでのダウナーな気分は、全て吹き飛ばされてしまったようだ。


「ふぅ、ともかく私の勝ちだね。じゃあ、本当に彼女にしてもらおうかな?」


「えっ?」


「そう言う約束でしょ。よろしくね。かぁ~れし♪」


 俺が惚れた女の、俺が一番好きな笑顔が戻ってきた。


 滝川は極上の笑みを残して、水に飛び込んだ。


 俺もそれを追ってダイブ。


 いつかきっと必ずお前に勝ってみせるからな。


 首を洗って待ってろよ。

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