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バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
90/102

第 90 夜   『いいひと』

語り部 : 真柴湊マシバミナト

お相手 : 山瀬理緒ヤマセリオ

 高校生にもなったんだし彼女の一人でも作って、楽しい学生生活を謳歌しようと望んでいたんだけど、なかなかそうは問屋が卸してくれない。


「真柴くんのことは好きよ。だけどお友達でいいんじゃない?」


 好きだけどつき合うほどじゃあない。


 いつもこんな風に言われる。


 何でなんだろうな。



   第 90 夜

    『いいひと』


 朝の通学途中でのこと。


「そりゃあお前、人が良すぎる彼氏といたら、自分もそれにつき合わされるかと思ったらさ」


「人が良いって言うのが、既によく分からない。一体どの俺のどの行動がそう見えるんだ?」


「その時点で良いんだよ。人が。自覚してないってところで既に」


 酷い言われようだな。


 でもそれがオーディエンスの意見であることは間違いない。


 俺はそんな理由で、彼女の一人も出来ないのか……。


「あ、いたいた。まっしば君」


 誰だ? 聞き覚えのない声に、呼ばれて振り返る。


 やっぱり知らない。てかなんで高校の敷地内に小学生が……。


 いや待てよ。


 確か2年生に、小学生のような女子がいると聞いたことが……。


 って、先輩?


 さほど身長の高い方ではない俺の、胸までもない頭の位置、顔を見ても幼さが全く抜けていない。


 やっぱり小学生か?


「えっと、なんの用でしょう?」


 人の名前を呼んで近づいてきたんだ。


 何か用事があるに違いない。


「私のことは知らないかもしれませんが、2年の山瀬理緒です」


 やっぱり先輩なんだな。


 存在は知ってたけど、名前は初耳だ。


「とりあえず二人で、話したいんだけど……」


「ああ、いいですよ。それじゃあ俺は先に教室行ってるわ」


「お、おお」


 まだ予鈴まで10分以上あるしな。


 どんな話か知らないけど、問題ないだろう。


「あのぉ、それで?」


「突然ですが、私とつき合って下さい。拒絶は受け付けません。あなた今、彼女とかいませんよね」


 ……なに?


「なにを藪から棒に言ってるんですか? つか、初対面で告白って、どういうことです?」


 告白をする時は、いつもドキドキする。


 人によっては、そのドキドキが伝染して緊張する子もいる。


 今の俺は……、全然ドキドキしていない。


「ああ、もしかして本気だと思ってないでしょ?」


「いや、だって、じゃあなんで俺のことを? なにかあったんでしょ? 俺、身に覚えはないんですけど、理由もなしに人のこと好きになったりしませんよね」


「えーっとね。言わなきゃダメ?」


「お願いします。全く話が見えてこないんで」


 と言いたいところだけど、時間もあまりないので、放課後、一緒に下校して、どこかで話を聞くと言うことにして別れた。


 それはともかく、初めて女の子から告白された。


 記念すべき日なのだけれど、全く感慨ってもんが湧いてこない。


 ただ呆然と考えさせられる。


 どれだけ思い出そうとしても、彼女との接点に行き着かない。


 悩んでいるうちに、いつの間にか放課後、約束を果たしてもらいに、彼女の教室を訪れる。


「おう、湊くん」


 既に名前で……。


「ちょっとだけ待っててね。このプリント先生に渡してくるから」


「あっ、ちょっと……」


 渡してくるだけなら一緒に行けば、荷物持ちくらいするのに。


「真柴くん?」


「はい?」


 山瀬先輩のクラスの人だろう女子に声を掛けられる。


「君がそうか。君、いい人なんだって?」


 立ちつくす俺の元へ、ぞろぞろと何人もの女子が集まる。


 あの人、俺のこと友達に喋ったんだな。


「友達からは人が良いって、よく言われます」


 5人の女子に囲まれる。なんか緊張するなぁ。


「いい人か、人が良いか、なんだか紙一重って感じだよね」


「でも本当に理緒がまた、元気に笑うようになって良かったわ」


 それって、どう言う?


「大切にしていた犬が死んでから、ちょっと伏し目がちだったもんね」


 飼い犬が……、確かに大事な家族が急にいなくなったら、元気もなくなるか……。


「それでも少しは良いこともあったみたいで、必死に堪えて顔を上げようと頑張ってたんだけど」


 次々と矢継ぎ早に5人の言葉は続く。


「あなたのことを好きになって、元気を取り戻したのね」


 そう、そこだ。なんで俺なんだ?


 俺には山瀬先輩と関わった記憶が全くないのに、なんでそんな風に思えるんだ?


「おっ待たせぇ~」


 その辺りを聞こうと思ったところ、山瀬先輩が戻ってきた。


「それじゃあ理緒のこと、よろしくね」


 小声でそう言われ、彼女たちは蜘蛛の子を散らすように去っていった。


「なんか人気者だね湊くん、お姉さんちょっと妬けちゃったぞ」


 いや、あなたにお姉さんって言われても……。


「帰ろっか」


「ああ、はい」


 核心部分を聞く前に先輩が戻ってきたから、結局何で俺なのかはまだ分からない。


 やっぱり直接聞くしかないんだけど、どうもその飼い犬のことも気になって、どう切り出していいのか迷ってしまう。


「湊くん、あの子達からなんか聞いた?」


 考え倦ねている俺に、先輩の方から話を切り出してくれる。


「ああ、えっと、その先輩の大事な家族の話を、飼い犬が死んでしまった話」


 先輩が元気を無くしてしまった話、言葉に出していいものか迷ったものの素直に話す。


「そっかぁ~。……えーっと、それじゃあ、今朝の質問の続きだよね」


 そう言って先輩は黙ってしまった。


「うんとね、グレート・ピレニーズって犬知ってる?」


 質問の続き? なんだよな。


「名前ですか?」


「うん、大型犬、牧羊なんかに使う護羊犬」


「ああ……、ちょっと分からないです」


 そう言うと先輩は俺を連れて、とあるペットショップまでやってきた。


 ここはちょっとしたドッグランも備えている大型店舗で、様々な種類のペットを取り扱っている。


 その一角にある犬のコーナー、小型犬、中型犬と、大型犬になると赤ちゃんでも割と大きめのケージに入っていて、元気に狭い中をチョロチョロと動き回っている。


「これがグレート・ピレニーズ、大きくなると80cmにもなる子もいるの」


 白い大型犬種の子犬は、どことなく見覚えのある、特徴的な感じの犬だ。


「すごく毛がふさふさしていて、毎日ブラッシングしないといけない、手の掛かる子でね。耳の掃除なんかもしてあげないといけないの」


 詳しく犬の説明をしてくれる。


 なるほど、これと同じ犬を飼っていたんだな。


「小学生の頃の私は、今よりもうんと小さかったから、上に乗ることも出来たんだよ」


 嬉しそうに思い出話をしているんだけど、その目はどことなく悲しげで、きっと色んな事を思い出しているんだろう。


「これが私の犬」


 そう言って携帯電話に呼び出したフォトデータ、目の前の子犬からは想像も付かない存在感だ。


「あ、この犬……」


「思い出した?」


 そうか、俺、以前先輩に会ったことがあったのか。


 俺達は場所を変えた。


 公園のベンチに腰掛けて、ゆっくりと話をする。


「すみません、直ぐに思い出せなくて」


「うぅうん、仕方ないよ。あの時は私服だったし、私って制服来てないと、より一層小学生みたいでしょ」


 ああ、そう言われると耳が痛い。


 実際俺は、あの時の女の子は小学生だと思い込んでいたから。


 その事件は今年春、入学式前に起こった。


 俺は友達と買い物に出かけてきていたんだけど、たまたま通りかかった大通りの交差点で、やたらと大きな犬を連れた女の子に出会った。


「私、あの時は保健所に予防接種を受けさせに行く途中だったの」


 いつもの散歩コースとは違う道、少し興奮気味の犬を一生懸命小さな体で引っ張っていた。


 本当にたまたまだったのだ。


 警官の制止を押し切って暴走する、二人乗りのバイクが赤信号を無視して交差点に進入、そこにいた先輩に向かって走ってきた。


 後ろのパトカーを気にしていたライダーは、目の前にいた彼女に気付かず、減速せぬままに迫っていき、ついには接触。


 だがしかし、バイクと先輩が接触する寸前に、身代わりになったのが先輩の犬だった。


「ミックは全身で私を突き飛ばして、身代わりになってくれた」


 それも覚えている。


 その衝撃でバイクは転倒、二人組は警察に捕まり、そして犬は即死だった。


「横断歩道の真ん中で、動かなくなったミックを見て、放心状態になってしまった私に、湊くんが声を掛けてくれて、そこじゃあミックが可哀相だって、服が汚れるの気にもしないで、歩道まで抱えて行ってくれた」


 犬の血が付いたシャツがもとで、その日の買い物はキャンセルになったっけ。


 あの後、警察やらマスコミやらの取材や聞き込みで、先輩とはろくに話すことも出来なかったけど、あの時の俺の顔を覚えていてくれたんだな。


「それからの私は何をするにも気が抜けた状態が続いた。だけど校内であなたの姿を見かけた時、すごく驚いて、すごく嬉しかったの」


 あの時のお礼をずっとしたかったのに、相手がどこの誰かも分からなかった。


 顔を見て間違いないと思ったが、しばらく俺の様子を見ていて、その人となりというか、人が嫌がることを買って出てしまう性格の俺を見て、間違いないと確信したそうだ。


「そしてその湊くんの姿を見て、いつまでも悲しんでばかりじゃあ、ミックも安心して眠れないなぁって思って、直ぐにあの日のお礼を、先ず言いたかったんだけど、気持ちの方が先行しちゃって……」


 それで告白してくれたのか。


「本当にあの時はありがとう。そしてよかったら、これからもよろしくお願いします」


 そう言って俯くと、先輩は右手を俺の方に差し出した。


 ああ、返事か。


 そうだな。こういう出会いも悪くはない。


 だけど俺はまだ先輩のことをなにも知らない。


「もう少し先輩のことを知ってからでもいいかな? それまでは友達以上って事で」


 俺は彼女の手を取った。


「そっか、私がこんななりだから、即答できないよね」


「ああ、いやそう言うんじゃあないよ。でも本当に俺、山瀬さんのことを何も知らないから」


「理緒でいいよ」


「それじゃあ理緒さん」


「理緒! さんはいらない」


 頑として言い放った。意外な一面だな。


「じゃあ理緒、そう言うことで」


「分かった。湊くん、私のことまだ小学生じゃあないかって、疑ってるでしょう」


「ないないそれはない」


「えい!」


 握っていた俺の手を、自分の胸に押し当てる。


 あ、柔らかい。思っていた以上の膨らみを感じる。


「って、いきなり何するんだ、あんたは!?」


 引き離そうとするがビクともしない。この体のどこにこんな力が。


「これで少しは分かったでしょ?」


「分かった分かった。と言うか、最初から小学生扱いしてないでしょ、俺は」


 そう言うとニッコリと笑い、手を離してくれる。


「だから今度デートしよう。俺、楽しみにしてるから」


 こう言ってはいるものの、その実、俺の返事はもう決まっていた。


 ただあまりにも主導権を握られすぎていて、素直に返事が出来ないのだ。


 少しだけ焦らして、答えはそのデートの時に打ち明けることとしよう。

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