第 13 夜 『お決まりイベント』
語り部 : 村主慎二
お相手 : 絹栄紗耶香
盛立役 : 千田一雄
学校で所属しているテニス部の合宿に来ています。
高校に入って始めた初めてのスポーツ、そのクラブで初の合宿参加です。
第 13 夜
『お決まりイベント』
「はぁ~い、一年生Bチーム集まってぇ~」
初心者組をまとめて面倒してくれている二年生が号令をかけた。
経験者組とは別メニューが組まれており、ようは基本の反復練習をさせられるわけなんだけど。
「それじゃあ素振りからね。左端から順に声かけ、はじめ!」
春からずっとやってきた素振り、基本が肝心だからと、とにかく一生懸命やってみる。
「村主くん、肩に力入りすぎてるんじゃない? もっと一つ一つの動作を頭の中で整理して」
「はい」
精一杯が仇になったみたいだ。女子部員二年の絹栄紗耶香さんから指導をもらう。
絹栄先輩は面倒見がよく、遠くまで届くきれいな声は、ハキハキとした言葉遣いが耳に心地いい。
高原のおいしい空気のなか滲む汗をシャツで拭い、号令に合わせてラケットを振る。
三日間の合宿も最終日、一通りのメニューを終えて、明日は朝から練習試合をして、午後には学校に帰る段取り。
明日の試合は、今後の公式戦で誰が選抜で出場するかを見極める、大事なイベントとなるのだけど、今それを気にしている部員は誰一人いない。
「飯食ったら準備始めるぞぉ」
部長の掛け声に全員が沸き上がる。
「慎二、やっとこの時間になったな」
沸き立つ中の一人、千田一雄が俺に全力で声を掛けてきた。
「千田、はしゃぎたくなるのも分かるけど、一年の男子部員は裏方だって分かってんだろ?」
テニス部の合宿では、恒例の行事として、最終日前の夜に、肝試しをすることになっている。
肝試しと言っても外灯のない山道を、頂上近くにある氏神様を祀った祠まで行くだけ。
その道中に待機して部員を威かす役が俺達一年生男子となる。
「慎二、忘れてんのか? 威かし役は7人、一年男子は十一人だぜ」
威かし役が男子7人なのは、単純に男女比率が男の方が多いってだけなんだけど、でも単純に抽選で裏方が決まるわけじゃない。
先ず女子部員が用紙に誘いたい男子を、第三候補まで選んで記入し、男子部員も一人の名前を選んで用紙に書き、両者が一致した者からカップルを成立させる。
次に残った女子部員の三年生から順に、候補を加味しながら、相手がかぶったときは、指導の先生からくじを引いて決める。
最後にそれでも決まらなかった男子は、三年生から順番にあまった女子とカップリングする。
つまり最後まで相手の決まらない7人が裏方に回されるのだけど、三年生から決まっていくことから、自然と一年男子が残ってしまうのだ。
「四人って言っても、うち三人は部内に彼女いるんだぜ、つまりアタリは一枚って事だ」
「いや、ようは指名されればいいんだよ。そうならなくてもカップリングを辞退する先輩がいれば、俺達のチャンスが広がるさ」
「辞退するのが女子部員だったりしてな」
淡い期待を裏切られても、面白くないだけだから、俺は千田と相反して一縷の望みに託すことを拒否した。
千田の視線が痛い。
あいつは他六人と、今から先行して山の中に入る。
俺は残りの一枚を引いたか、もしくは、まさかの指名をもらった側に入っている。
だけどよく見れば、残り札を引いた話は有り得ない。裏方の中には二年生の姿があり、その先輩はかなり項垂れていたからだ。
と言うことは、先輩が俺を選んでくれたって事になる。
いや待て、喜ぶのはまだ早い。
聞くところによれば、無記名で出されようとする用紙を、友達が奪って勝手に書き込むことがあるとか、先輩のイメージからして、そっちの方が受け入れやすい。
まぁ経緯なんていいや、俺は自分が書いたのと、同じ名前の先輩を前にかなり緊張していた。
「よろしくね村主くん」
「はい、よろしくおねがいします絹栄先輩」
参加者に渡されるのは、懐中電灯が一つと、祠にお参りする線香とマッチ。
三分置きにスタートし、片道二十分のコースを行く。
歩く速度は人それぞれなので、他のカップルに出くわす事もある。
その時は追いつかれた方が、その場で一分待ち、再スタートとなる。
「それじゃあ先輩行きましょうか」
「よ、よし来た!」
どうしたんだろう? やけに力入ってるなぁ先輩。
その理由は直ぐに判明する。
「先輩、大丈夫ですか?」
いつもは堂々と気っ風のいい、先輩がオドオドしている。
「私、怖いのと痛いのがダメなの」
「痛いのってのは分かりますけど、怖いのって、また漠然としてますね。お化けとかですか?」
「具体的に言わないで!」
俺の左腕にしがみついた先輩の両手に、更に力が込められる。
俺は俺で、先輩本人が俺を指名してくれたのかが、気になってしょうがない。
俺の方は入部当初から面倒をしてくれる絹栄先輩に、憧れ以上の感情を抱いて記名したんだけど。
「きゃっ!?」
物陰の茂みで、小さな動物か何かが跳ねたのか、がさって音に驚いて短く悲鳴を上げる。
こんな可愛い一面があるなんて、俺ますます先輩のファンになっちゃいますよ。
「そんなに苦手なんなら、仮病でもして休めばよかったんじゃないですか?」
思わず聞いてしまった。
「みんな楽しみにしてるイベントなのに、抜ける人が一人でもいたら、和が乱れるでしょ」
「確かに俺は、お陰でこうして先輩とデートできて、ラッキーですけど」
「えっ? ま、またまた調子いいこと言っちゃって。他の子にもそんなこと言ってるの?」
「いいませんよ。そんな風に見えます?」
「あっ、そう言う意味じゃないよ。村主くんマジメだもんね。練習も一生懸命だし」
「先輩の教え方分かりやすいですから、初心者の俺でも楽しく練習できるんっすよ」
俺は他愛ない話でも何でも、とにかく先輩に話し続ける。
お喋りしながら歩いていれば、二十分の道のりなんて、あっと言う間。
俺の腕にしがみつく手の力も、いつの間にか緩くなっている。
「先輩、祠ですよ」
「本当、よかった~」
「まぁ、また帰りもありますけどね」
いくらお喋りをしていても、裏方が突然出てきて、全力で威しを仕掛けてきたときは、本気で泣き出しちゃって大変だった。
まだ裏方のいるポイント三カ所くらいあるんだよなぁ。
「そう言えば先輩、去年はどうしたんですか、やっぱり今年みたいだったんですか?」
「あの、私、さっきは偉そうに言ったけど、去年は仮病使って、イベント欠席したの」
首をすぼめて赤くなる先輩は、いたずらを咎められる小学生の風情だ。
なんか今晩だけで、本当に色んな先輩を見られる。
「それじゃあ今年はなんで、参加する気になったんですか?」
帰りもお喋りを続けようと、俺は話題を探し続ける。
「あ、」
「あ?」
「あなたがいたから」
「えっ?」
必死に続けようとしたけど、次の言葉が見つからない。
「村主くんの部活への姿勢がね、その母性というか、そう言った物をくすぐられて、最初はこの子いいなぁって見てたら、だんだん気持ちが膨らんじゃってね」
また初めて見る表情で、先輩は語ってくれる。
「名前を書いたはいいけど、他の子と組んじゃう確率の方が高いじゃない?」
「そんなにもてませんよ俺」
「そんな事もないのよ、私調べによると。やっぱり欠席すれば良かったかな。って後悔もしたけどアタリを引いて、自分の強運に感謝していたの」
俺がもてるのかどうかは別にして、そんなに俺のこと気に掛けてくれていたんだ。
「それって運なんかじゃありませんよ」
「えっ?」
先輩がまた強ばる様子が、しがみつかれた腕から伝わってくる。
今先輩は恐怖に身を縮めている訳じゃない。ジッと俺の次の言葉を待っている。
「俺の指名欄に“絹栄紗耶香さん”って書きました。だからこの組み合わせは、ただの偶然なんかじゃありません。お互いの希望が一致したって言うのは、幸運かも? ですけどね」
最初はどうでもいいイベントだったけど、本当にテニス部に入って良かった。
なにより絹栄先輩に会えたことが、俺にとっての一番の強運だ。神様に感謝!