表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
バクズ ♪ ストーリー  作者: Penjamin名島
恋愛百物語
11/102

第 11 夜   『結婚するって本当ですか?』

語り部 : 佐野健サノタケシ

お相手 : 皆菊恵里香ミナギクエリカ


盛立役 : 長谷川直樹ハセガワナオキ

 俺は全く覚えていない。


 だけど確かに言ったらしい。


 でもそんなガキの頃の言葉なんて、いつまでも口にするのもどうなんだろうな。



   第 11 夜

    『結婚するって本当ですか?』


 中学3年、この学校で俺のことを知らないヤツはいない。


 断っておくが、俺はどちらかと言えば地味ぃな性格で、自分から目立つ行動を取ったことは一度もない、大人しい方の人間である。


 俺じゃないんだ。おれじゃあ。


「おーい、えりかぁ、今日も佐々野のこと愛してるか~い?」


「当たり前のこと毎日聞かないでくれる~♪」


 かなり遠いところから、聞きたくないやり取りが聞こえてくる。


「健、嫁さんのご登校だぞ」


「直樹、もしかしてケンカ売ってる?」


「言うな言うな、俺のはただのやっかみだ」


 ちっ、どいつもこいつも好き勝手言ってら。


「おはよう~」


 入ってきたよ悩みの種が。


「あ~、いたぁ! タケちゃん今日も恵里香のこと置いていったぁ。なんでぇ?」


「入ってくるなり大声出すなよ。周りに迷惑だろ?」


「安心しろ健、誰もお前達の痴話喧嘩の邪魔はしないよ」


 直樹のヤツ、ワザワザ離れてからデカイ声で、クラス中の笑いをかっさらっていきやがった。


「おはよタケちゃん」


「はよう皆菊」


「もう、いつも二人っきりの時はエリカって、呼んでくれるのにぃ」


 毎朝毎朝このノリだ。

 俺は穏やかな毎日を送りたいのに、事ある毎に恵里香がつきまとってきやがる。


 なんでこんな事になってるのかと言うと、恵里香の説明によると、俺達はガキの頃に結婚の約束をしたそうだ。


 幼稚園の時はそれも良かったのだろう。


 だけどこいつは小学生になっても、中学生になっても、周囲の目も憚らずに公言していた。


 よって俺は、学校中に知れ渡った“尻しかれ”と呼ばれるようになった。






 昼休み、俺は恵里香から逃げるように、直樹と屋上にやってきていた。


「もういい加減に諦めろよ。誰がどう見たって、皆菊の方が一枚も二枚も上手なんだからさ」


「口じゃあ勝てないからな」


「まぁ向こうは成績トップクラス、お前は自他共に認めるバットクラスだもんな」


 ドングリの背比べな直樹に言われるのが一番腹立つが、言っていることは間違いない。


「それでお前はどうしたいんだ? 皆菊のこと嫌ってるのか?」


「嫌う理由なんてないさ。だからって、ガキの頃の、俺自身覚えていない事を持ち出されても、正直どうしていいか、全く解らないさ」


 ガキの頃に何があったのかは、言葉としては教えてもらっている。


 俺は恵里香が大きな犬に襲われそうになるのを、身を呈して助けたそうなのだが、いくら情景を説明されても、思い出せないものは思い出せない。


「いいじゃんか、皆菊って性格もいいし可愛いじゃんよ」


 そうは思うけどなぁ。でもこれで俺まで、あいつみたいにほんわかしたら、……ただのイタイ奴らだよな。


「あ~、ここにいたぁ!」


 見つかったか、校内じゃあ隠れられる場所なんて決まってるからな。


 昨日の校舎裏、職員室下ってのがいい線いったんだが、今日の屋上は最短記録かな。


「なんか用か?」


「うん、そうだよ」


 毎度の同じやり取り、不毛と分かっていても言わずにはいられない。


「なんの用だ」


「タケちゃんの側にいたいからだよ」


 嬉しいのは嬉しいんだよ。


 こんな風に言われて嬉しくないって言うヤツは、頭のネジが吹っ飛んじゃってるだろうぜ。


 でもここで素直に嬉しいなんて言ったら、こいつは一気に増長してしまうに違いない。


「それで、本当になんの用だよ」


 ここ数日の引っ付きっぷりは尋常じゃない。


 本当に何か俺に用事があるはずだ。


「さすがはタケちゃんね。皆菊の考えはお見通しってヤツだ」


 へらへら笑う直樹にデコピンをくれてから、恵里香に顔を向ける。


「タケちゃん、志望校ってどこ?」


「志望校、高校のか?」


「そう、もうすぐでしょ、進路指導。私の志望校はタケちゃんが行く高校なの」


「おいおい、そんなもったいない。お前なら最高レベルの学校選べるだろう」


「そんなのなんの意味もないもん」


 そんなことで将来を棒に振るヤツがあるか。


「教えない」


「えー!?」


「教えたらその高校を志望校に選ぶんだろ? だったら教えらんねぇよ。それって俺の所為になるじゃん」


「ぶー! じゃあタケちゃんが私の行く高校に来てよ」


 それこそ無茶な話だ。


「今からなら間に合うよ。私が懇切丁寧に教えてあげるから」


 勉強か、確かにこいつに習ったら、もっと行ける高校増えるだろうけど。


「勉強ならするよ。一人で」

「タケちゃん!」


 まだ何か後ろで言っている恵里香を置いて、俺は校舎に入っていった。






 あんまり勉強しないでいると、恵里香が本当に家まで押し込んできそうな気がしたから、俺は親に言って塾に入れてもらうことにした。


 親は俺から勉強する意志を見せたことが嬉しかったらしく、さっさと行き先を決めてきてくれた。


 小学生の頃は成績も上位だった。厳密には高学年になるまでだ。


 小さい頃は恵里香が勉強見てくれるのを、素直に受け入れて教えてもらい、それが結果に出ていたんだ。


 あいつに教えてもらえば成果が上がる。それは間違いない。


 もしかしたら、あいつがあれだけベタベタ引っ付いてこなかったら、もっと素直に受け入れてこれたのだろうか?


 そうしたらもう少しマシな成績でいられたかもしれないな。






「タケちゃん塾行くんだって?」


 俺に関する情報は、こいつが一番先に仕入れてくる。


 お袋が嬉しがって、昨日皆菊のおばさんに電話でくっちゃべっていたからな。当然か。


 新情報を聞きつけて、今朝は相当早い時間から家に上がり込んで、俺が先に行ってしまわないように待ちかまえてやがった。


「ああ、やっぱりお前も自分の勉強した方がいいと思ってな。俺にかまってたら、志望校に行けなくなるかもしれないだろう? お互い頑張って、各々にあった学校目指して頑張ろうぜ」


 走り去るのもありだが、そんなことしたら、こいつは俺に追い付けなくても、全力で付いてこようとするはずだ。


 そんな危なっかしいこと、分かっててできるはずがない。


 仕方なく俺達は、久しぶりに並んで登校することにした。


「私もね。おばさんから聞いて、同じ塾に行くことにしたんだよ」


 またか、本当に徹底してやがる。


「大概にしろよ。そんなことして何になるんだ。ちょっとは将来のこと真剣に考えろよ」


 俺は口が裂けても「つきまとうな」とは言わない。


「お前がいると調子が狂うんだよ」

とも言えない。


 恵里香は強いように見えて、もの凄く弱いところもあるから、絶対に直積的な拒絶の言葉は言わないようにしてきた。


「俺は俺のペースでやっていきたいんだよ。もう放っといてくれよ」


 いつもなら絶対に言わない三連発。


 いきなりの拒絶に面食らったような顔をする恵里香は、何も返さずに走り去ろうとする。


「馬鹿! 足下見てから走り出せ!?」


 恵里香は目の前に階段があるにも気付かず、全く確認せずに飛び出そうとした。


 バランスを崩す恵里香の腕をどうにか掴み、引き戻そうとしたが、俺も情けないな。恵里香共々階段オチを演じることになった。


「くそ!」


 恵里香の小柄な体を、無意味にでかい図体をイカして抱え込む。


 後は重力のまんま転がり続ける。


 これくらいの高さなら打ち身かひどくても打撲程度で済むだろう。


 地面につくまでの辛抱だと思い、身を固めて待っていたが、目に飛び込んできたのは、階段下に放置された自転車。


「なんでそんなところに!?」


 放置自転車禁止区域で派手な衝突音が響く。


 背中に異常な痛みを感じたかと思ったら、そこでホンの少し意識が飛んだ。






「…ちゃ、…ちゃん」


 暫くして意識は回復した。


 ただなんだこの背中の痛みは、そうか俺、階段上から転がり落ちて、下にあった自転車にぶつかったんだっけ。


「タケちゃん、タケちゃん」


「おお、恵里香大丈夫か?」


 彼女を見れば、足からちょっと血を流している。


「けが、大丈夫か?」

「バカ! 私のことなんかどうでもいいでしょ、自分のこと心配しなさいよ」


 初めて恵里香に怒鳴られた。いや2回目か? 幼稚園の頃のあれと……。


「もうすぐ救急車くるから」

「もう、大丈夫な気がするけどな」


 俺に抱きついたまま泣きやまない恵里香の頭を撫でてやる。

 手は思い通りに動かせるな。


「ケガ、本当に平気か?」


「平気じゃないよ」


「足の他にもどこかケガしたのか?」


「痛いのは心だよ。ごめんね。私の所為で、ごめんね」


 そういや恵里香が急に走り出して、それを助けようとして転がり落ちたんだった。


「大丈夫だからもう泣くなよ。あの時の犬に噛まれた痛みに比べたら、なんて事ないからさ」


 階段を転がり落ちたショックで蘇った。


 幼稚園の頃、近所のバカ犬に近所のバカガキが石を投げつけて怒らせて、投げた石の勢いで留め金がはずれて犬が飛び出してきた。


 脱兎の如く逃げていったバカガキどもの代わりに、側で遊んでいた恵里香に標的を移したバカ犬が突進。


 俺は無我夢中でタックルを仕掛けたんだ。


 馬鹿でかい犬だった。幼稚園児に止める事なんてできないことは明白だった。


 俺とバカ犬の声に気付いた大人が慌てて助けてくれたけど、俺はその時左腕を肉がもげそうなくらいに、噛まれていたそうだ。


 今でも傷は残っている。

 これを見ると恵里香が泣き出すから、俺は夏でも長袖を着ている。


「ごめんね、ごめんね」


「そんなに申し訳なく思ってくれるんなら、俺に勉強教えてくれよ。恵里香が行きたい学校に、行けるくらいに」


 こいつはこれからも、ずっと俺の側から離れようとしないだろう。


 だったら俺が、こいつの側に居られるところまで行くしかない。


 まだ受験までは時間がある。

 頑張ってやってみるか。


 遠くに救急車のサイレンの音がする。駆けつけた救急隊員の手によって、俺は病院に搬送された。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ