付喪神1
緑が風に揺れ音を立てた。
森が風を感じるようにこの二人も気持ちの良い風を感じている。
時折キラキラと見える光がなんとも言いようのない平和な気持ちにさせた。
男は四十歳くらい、女は二十歳くらいであろうか、汗もかかず黙々と歩き続ける。
地味なスーツに身を包んだ無精髭の男と可愛らしい洋服を着た美しい女が一緒に山道を歩く様は異様かもしれない。
二人にとって人の目や目の前に広がる自然などどうでも良いのかもしれない。
二人の姿など関係なく蝶は舞い、花は咲き、広大な自然は春の訪れを喜んでいるようだった。
水の流れる音が聞こえる。
近くに川があるのだろう。
そして彼らは足を止めた。
辺りの空気が一瞬歪んだ様に思えた。
何かがいる。
この歪んだ空気を生み出している何者かがすぐ目の前にいるのである。
男はゆっくりと顔をあげた。
目の前には樹齢千年は超えるであろう、巨大な桜が妖しい雰囲気を醸し出していた。
春といえば桜。
小さく可憐な花は春を代表する風物詩である。
しかし目の前の桜は春を感じない。
花はおろか、蕾さえも付けていない。
いつ倒れてもおかしくない老木はただそこに、静かに鎮座しているのである。
「でかい、寂しい桜だな」
「うん……」
「千か?二千か?」
「わかんない。……けれどずっとここにいたんだよ」
「寿命……か」
妖しく佇む老木の足元に目をやると、そこには複数の地蔵たちが並んでいた。
しかしこの地蔵たち、どこかおかしい。
違和感の正体はすぐにわかった。
よく見ればその地蔵たち、一体残らず首から上が無くなっていたのである。
粉々に砕かれたのか、痛々しい地蔵たちの頭は目につく範囲には見当たらなかった。
「誰がこんなことを……」
「さあな。一つ言えるのは何事も無い、なんてことはありえないってことだ」
男と女は再び歩みを進めた。
歪んだ空気は濃さを増していった。
まだ夏は遠いのか、陽が傾いたかと思えばあっというまに暗くなる。
二人はなんとか人里へとたどり着いた。
暗かった。
ただひたすらに暗かった。
つい先日もスマホでアイドルが殺人容疑で逮捕されたなんてニュースが流れてくるような時代に時代錯誤も甚だしい、街灯すらない真っ暗な集落がそこにはあった。
棄てられた村なのかもしれない。
それならそれで面倒がなくていい。
適当な家に入り一晩眠りさっさと村を後にする。
簡単なことだ。
「あっちに明かりが見える」
女の指差す方を見ると家と家の隙間、村の中心と思われる方に月明かりとは違うわずかな明かりが見えた。
余計なことを一瞬思ったが、不法侵入だなんだと後で言われ、話がややこしくなるよりはいい。
そう思えばそこらの家に入り勝手に寝るよりも、先に住民を探すのは極自然だ。
「仕方ない。まずはあそこまで行くか」
二人は足取り重く暗闇の中心、明かりの方へと向かった。




