8 朝、希望の日
その日は、特別な日。いつもはぎりぎりまでお世話になるベッドに早々に別れを告げる。いつも僕を起こしに来るルームメイトを起こさないように。
服を脱ぐと、もう直ぐ夏だというのに少し肌寒い。僕はすぐに箪笥を開け制服を取り出す。気が早まり、先に寝巻を脱いでしまったのは失敗だった。それから僕の名前の入ったプレート入りの上着を着る。もう半数以上の生徒が上着のない夏服に変えているが、僕はこの上着が気に入っているから、もう少し着ていようと思う。
「あぁぁ…、バジルおはよう。ふわぁぁ…今日は早いね。」
「アロイスおはよう。」
「そんな早起きしても、意味ないよ?」
「分かってるんだけど遅刻したら大変でしょ?」
「バジルのくせにー」
そう言いつつ彼も早起きだ。彼はいつもは寮付きの先生の鈴と共に起きる。まぁ僕はそれで起きられなくて起こしてもらうんだけど…
着替えるアロイスを横目に今日の持ち物を確認する。いつものバッグに、いつもの教科書、筆記具。そして短杖これは今年僕の実家へ里帰りしたとき父と母がくれたもの。両親が手ずから作ったという短杖はには僕の名前が刻まれ、そこに金の塗料が流し込まれている。この都市の短杖の性能は知らないけど、僕はこの短杖が世界で一番だと思う。
それから、二人で下に降りて寮付きの食堂へ行く。下に近づくと焼きたてのパンのいい匂いがしてくる。
「おばちゃん、スープをください。」
「はいよ!」
朝早く未だ食堂では、白い三角巾を頭に着けた食堂付のおばさんが、大鍋から大きめなスープ用の深皿にスープをよそっていく。学園の食事は質の高いことで有名だ。偶に名前も知らない辺境の郷土料理が出ることもあるけど、外れだったことは僕の記憶には一度もない。
「僕はベーコンエッグでお願いします。」
「はいよー。坊主たち今日はえらく早いじゃないかい?いつもは、ねぼすけで慌てて入ってくるのに。」
「今日は、魔術の授業の開始日なんです。」
「ああ、そうかい!坊主ら頑張ってな!ほら、サービスだ。ほかの皆にはには秘密だぞ!」
そういってスープをななみなみとつぎ、アロイスの皿にベーコンを一枚追加する。
「「ありがとうございます!」」
「二人ともがんばれよ!」
僕たちは壁際の席に座り、食べ始める。焼きたてのパンにかじりつくと小麦のいい香りが口の中に広がる。何もつけなくてもいいと思えるほどに芳醇だ。
そのまま、スープを一口。何種類の野菜と共に煮込まれたそれはありふれたものでありながら、完成されたものであった。
次に入ってきたのは白い髪の少年だった。この寮の生徒の顔はみんな知っている。それなのに僕の知らない顔だ。一つの寮には基本的に一つの学年の人が入る。それなのに僕達よりも年下に見える。男子用の制服を着ていなければ、性別が分からなかったと思う。
トレーになみなと注がれたスープをこぼさないように、ゆっくりとこっちに近づいてくる。
「ねぇ、君たち。一緒に食べていい?」
「あ、あぁいいよ。」
アロイスが答える。
ひどく中性的で美しい顔だった。まだかなり幼はが残る顔だけど、学年でこんなに美形な人は女の子でもはいないだろう。彼は小さく「いただきます」云い食べ始める。
「ありがとう!ぼくはブランス・トロイシム。ブランって呼んでくれると嬉しいな!」
「バジルだ。」
「アロイスって呼んでくれ。」
「なるほど、なるほどー。よろしくね!ところで、このスープおいしいね!」
「「そ、そうだね…」」
「それで、僕ね最近ここに来たんだけど、学校って楽しい?」
「僕は楽しいよ。」
質問の意図はわからなかったが、答える。
「僕もだ。」
アロイスも同意してくれる。
「そうなんだ!それは良かった!」
そう云いつつ彼は朝食を美味しそうに食べる。それを、見ていたぼく達はそれに釣られたわけではないと思うけど、二割り増しくらいで今日の朝食は美味しく感じた気がする。
後に来たはずの彼は僕達よりも先に、食べ終わり、
「ごちそうさま!それで…食器ってどこに返せばいいの?」
「あ、それは、向こうに返却口があるからそこに返して。」
「二人ともありがとう!」
そういうと、彼は食器を持ってそそくさと、行ってしまった。
「不思議な人だったね…」
「そうだね…」
食堂に他の生徒が増えてきたころ僕らは部屋に戻った。
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「はーい、皆さんおはようございます。」
「「「おはようございます。」」」
ディジー先生がいつもと変わらない朝の挨拶をする。
そして、教室の前のドアに向かって手招きをする。
入ってきたのは、あの白い髪の少年だった。先程まで少しざわめいていたクラスの中が静まる。そして誰も一言も発さない。静寂により息をのむ音さえ聞こえる気がする。
「き、君は!」
僕の声が聞こえた少年は微笑むと、手を振ってくれる。
先生の横まで歩き、少年はクラスの皆に向けては話し始める。
「ブランス・トロイシムです。短い間だけどよろしくね!」