前編
短く終わる話の予定。
生きていれば誰でも多くの経験をしていくものだ。
その時間が長ければ長いほど、多種多様な出来事が起こる。
もちろん、昔日の日々と相変わらない出来事の連なりもあるのだが。
それでも数打てば当たる、塵も積もれば山となる、人生という名の時間の織り成す無数のトライアンドエラーは幾つかの不確定要素を発現するものである。
例えばこの様に
突如、甲高く引き裂かれるような高い音が響く。
いゆる一つの急ブレーキ音、その音を立てて日常の一コマを切り裂くのは眼前に迫る大型トラック。
時速にして8、70kmと言った所だろうか、そう早くはないが、一般的な人類を容易くミンチ、もしくは骨肉を粉砕し吹き飛ばすだけの質量と運動エネルギーを備えている。
感覚の加速を感じる、危急の状況に対して、生物としての本能が脳の処理速度を上げたのだろう。嫌にゆっくりと大型トラックが迫ってくる。
見れば運転手が大きくハンドルを右に切る様子が見て取れた……が、運転手殿それはむしろ悪手だ。やめていただきたい。
急激な右それた運動エネルギーはそのままトラックの後ろの貨物を引きずり、制御出来ないそれが大きく道に広がる。
要するに回避しなければならない範囲がトラックの前面から横一面に増えたという事だ。殺意を持ってこれを行ったならかなり有効だと思う。
前にも後ろにも右にも左にも避けるには距離が足りない、上に避けるなら私は人類の限界を超えなければならないだろう。
かくて私は地に伏し。トラックは派手に横転した。歩道の信号機が緑から赤に変わろうと点滅しようとしていた。
昼間の大事故である。通りには他の車両もあり、他の歩行者の姿もあった。
悲鳴が上がり、雑然とした人の声が響き渡っている。
「救急車を」
「警察、けいさつ!」
などという声が騒がしげに聞こえる、ただそれだけなら可愛いもので
何を好き好んでかこの状況を携帯電話に撮そうとする姿も多く見受けられた。肖像権という言葉がよぎるが、どうでも良い事だろうか、現場の状況が複数残されるのは悪いことではないかもしれない。
などと愚考しつつ、私は俯せ状態から起き上がる、アスファルトの敷かれた道路での出来事故に衣服に汚れはそうはないが念の為誇りを叩いて払い落とす。
さて、どうするべきか、状況的に私は第一被害者なので残ったほうが良いだろうか。一応警察に電話をしたいが、他に連絡を取っている者もいるので無駄かもしれない。
「あ、あんた大丈夫なのか?」
遠巻きに見ていた男性が声をかけて来た。倒れていた私が起き上がったのが不思議なのかもしれない。
急な出来事だったのでその瞬間の状況を見ていた訳ではない人物なのだろう、説明する事に特に不備はないので答えよう。
「ええ、なんとか」
「で、でもたおれて…」
「ああ、どうにも避けられそうになかったので、トラックの下を潜らせてもらいました」
「し、したぁ!?」
驚いた表情の男性を横目に大型トラックで良かったと独りごちた
この手の大型車両は車高が高いので軽や普通自動車等より回避出来る可能性が高かった。
事故の当事者になるのは不幸以外の何者でもないが、不幸中の幸いと言えます。
誰かが呼んだらしい救急車やパトカーの甲高い機械音を遠くに聞こえていた。
時が流れて2、3時間と言った所である。
警察からの事情聴取に答え、横転したトラック運転手が軽い打撲傷をおった程度と軽い現場検証でことは済んだ。
後日改めて詳細を聞かれる事になったが、時間が経過すれば経過するほど人間の記憶力というのは曖昧になるので、意味はあるのだろうかと思わないでもない。
私自信は特に怪我もないので一時の精神的負担以外に運転手に思う所はない、それよりも免許の取り消しやら破損したトラックの修理費だとか色々面倒なことを背負うことになるであろうトラック運ちゃんに同情的な気持ちが沸く。強く生きて欲しい。あと今後はこんな事がない様に運転手の方々は気をつけて欲しいものだ。
今週に入って3回目の暴走接触事故未遂なのでな。
先日は黒猫を追う小学生、先々日は不自然なまでに誘導的な風で飛んだボールを追いかけた幼児、今回は青信号中に
それぞれ別種別人の操るトラックの突撃が起きている、そろそろ何かの害意を感じずにはいられない。
思わぬ所で時間を取られてしまった、人生の大いなるロスだが、まあこういう日もあるだろうと、徒歩での帰路につく。
帰宅経路に存在するスーパーマーケットで特売の卵と牛乳を三パック買い求めその他の嗜好品を幾つかを詰め込んでの帰り道。
昼から2、3時間も経てば早い学生の帰宅時間とかぶる時もある。
目の前には仲が良さそうな中学生ぐらいの集団が歩いている女子3名男子2名の仲の良さそうなグループである。
青い春を謳歌している最中なのだろう、羨ましいことである、私の未熟な頃はそんな余裕はなかった。
今でも若いとは自負しているが。
物思いに浸っていると、キーンと耳鳴りがしはじめた。肺が収縮しやや呼吸に影響が出ている。
恐らくは空気の圧力が変化した結果の何がしか、光量が変化し眼前に光景となって認識される。
ぶっちゃけ空中に魔法陣的なサムシングが光を放ち浮かんでいる。私の目の前というよりは学生達の前だが。
現状は良くわからないが、大変異常な状況だと判断出来た。既に本能に従い体は後退し距離を空け始めている。
問題があるとすれば、より魔法陣(?)に近い学生達がどうも、吸い付けられている様に見えるということだ。
私自身にもなにか引き連れるような感覚があるが、十分な距離をとったためか、その吸引力は弱い。自力での抵抗が可能だ。
状況は推移していく、魔方陣(?)が明々し光を増すと、学生達を取り囲むように前後左右、そして上下に光の線が走り、まるで捕獲の檻の様に周囲を閉ざす。
まるでどころか確かに檻か何かなのだろうと推察出来たが私も近づくとどうなるかわからない、下手に近づくのは危険だ。
しかし時間はなさそうだ、どうすれば人道的な観点からいって若者達の将来を守る事が出来るだろうか?
ナノミリ秒での思考が言う、確約や確信等無いがあれが魔法陣だとして、魔法陣というものは一定法則を正確に記述することによって効果を表す、魔法という不可思議法則だろう。
電子機器であっても一定の回路に電気を流す事によって機能を確保する。回線が断線すればその機能は失われる。
ならば、あの魔法陣(?)を欠けさせればまともに機能しなくなるのではないだろうか?
まぁ、手を出した結果もっとひどいことになる可能性はあるかもしれないのだが、その辺りを考えても仕方がない、検証する暇も余裕もありはしないのだから。
手元にあるのは牛乳と卵と嗜好品が少々。これであれを阻害できるかは不明だがそれくらいしかないのも事実である。
逡巡する暇はない、とかく、素早くパッケージを開き3パック分の白濁の液体と卵を一気に投擲する。
怪しげな光と放電を開始していた魔方陣にそれらは吸い込まれなにか焦げ臭い香りと卵の焼けるにほいが乱舞する。牛乳は乾燥すると酷く臭いのだが、大丈夫だろうかと、酷く場違いなことを他人事のように考えていた。
改めて消費した卵と牛乳を買い直して帰宅。
再度来訪したスーパーはレジ店員が交替しており、お一人様3パックの特典に再度預かる事が出来た。
何かずるをしてしまったような気もするが、結果オーライとしておこう。
自宅に帰ればひとり寂しく自炊である。料理の腕は上手とは言えないが、食べられる男の料理程度のレベル、それで十分腹は満ちる。
沸かしたお茶で腹を温めつつ、帰路で見た学生と魔法陣を思い返した。
結果を言えば、光と魔法陣が消えた後にはその時までいた学生達5人の若人の姿はなく。
ただ、香ばしく焼けた卵の匂いだけが残り、食べ物の香りに胃が蠢動し音をたてた。
私の認識で言えば、今年の行方不明者に5名が追加されただろうという事だ。
現場に残っていた鞄から学生証を確認し一先ず専門機関に連絡を行った、俗に言うツーフォーすると言う奴である。
私は無関心な大人ではなく、善意の第三者として最大限の活動を行ったと思う。後は野となれ山となれだ。全てに責任など取れないのだから仕方がない。
若人達に幸あれ、ぐっばい今時のナウなヤング達。
私の物思いの終了に呼応する様に電話器が甲高い音を立て始め。対応の為に受話器に手を伸ばした
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一人思索を回らせながら沸かした風呂の湯船に浸かる。良い湯だ。
ちなみに、先程の電話は間違い電話であった。特に見に覚えのない商品当選の連絡である。
間違い電話なのは確実だろう、間違いでないなら詐欺か押し売りだな、最近、というか一昔前からオレオレに代表される電話関係の詐欺の話は枚挙暇がない。
友人からの話だが、なにか税金とか公共とか義務がどうのと小難しいことを電話口で延々と垂れ流され、
思考が麻痺した所で、とあるホテルまで呼び出された事があったそうだが、ぶっちゃけ高級品を買えという押し売りだったそうだ。
友人は金に余裕がない貧乏人だった為、ジャージ姿で向かった所、速攻で話を切り上げられたそうだ。
私の場合は新作VRMMOのベータ版テスター当選とアカウント権限がどうのと言っていたが最近は専門用語が多すぎでよくわからないな。
そもVRMMOとは何ことなのだろうか。
まぁ、良い、機会があったら調べるとして、今日は風呂から上がったら早めに就寝するとしよう。
他人事人生。