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第三章 A

第三章のAパート。

今回は咲夜雪子の視点で物語は進行していきます。


 私は、夢の中にいる。

 いつもの事。

 私は夢を見ている――という事が分かる夢を、しばしば私はこうして見る。

 この夢は……。


「お母さん! お父さん!」


 またこの夢だ。

 何度見たことだろう。

 もう嫌だ。

 記憶から消したい私の過去と。

 そしてこの悪夢。


「やめて、やめて」

「――いたぞ。例の娘だ」


 硝煙、大火、亡骸、鮮血。

 さっきまで生きていた「何か」。


「やめてぇぇぇぇぇぇ!!」


 私は夢の中にいる。

 今も、そしてこれからも――





――





「またあの夢」


 目を覚ますといつもの部屋。

 私の部屋。

 体を起こしベッドから出る。

 じっとりとした嫌な汗が体を濡らし、寝間着は湿って肌に張り付く。

 カーテンの隙間から真夏の強い日差しが漏れ、部屋を照らす。


「シャワー浴びよう」


 気持ちを切り替える為に。

 まだ寝ぼけ気味で覚醒しない体を起こす為、浴室へ向かいシャワーを浴びた――





――





「おはようございます、龍一さん」

「おう、おはよう雪子」


 シャワーを浴びた後で浴室から自室へ向かう際に、キッチンへ向かうと思われる龍一さんとすれ違う。


「朝食の準備ですか? いつもありがとうございます」

「いつもの事だ、仕事だしな」


 神山龍一さん。

 ここ、超自然現象対策室の支部で手伝いとして働いて下さっている方。

 私の無理なお願いにも嫌な顔一つせず承諾して下さった方。

 出会いは意外なものだったけれど、一ヶ月を過ぎた今、それはとても懐かしいとさえ思える。

 龍一さんはこの家で家事の他に、現象解決の補佐もして下さっている。

 彼がいなければ、私達は今頃どうなっていたか――

 そう思うくらいに、龍一さんは今やこの家で、私の中で大事な存在になっている。

 彼は「ただ家事とちょっとした仕事の手伝いをしてるだけだ」と偉ぶる様子もなく、さぞ当たり前という風な調子でいるけれど、きっと普通の人なら務まらないと思う。


 龍一さんは強い。

 なんとなく、そう感じる。

 今まで共にして来て、彼という人間を知りつつある。

 危険を顧みず、人に手を差し伸べる事ができる。

 それは違う視点から見れば、お人好し、無謀、蛮勇と位置付けられるかもしれない。

 しかし全てを受け入れ前へ向かう姿勢は誰にも真似ができるわけではない。

 今や龍一さんは私達の精神的支柱にもなっているのかもしれない。





――





 自室に戻り、着替え、汗をかいて湿ったシーツ等を洗濯に出してから仕事部屋へ向かう。


(今のところは依頼もないわね)


 PCを立ち上げメール欄を見る。

 本部や個人からは特に依頼や連絡もなかった。

 次にファックスを確認する。

 数枚の書類が届いているが、周辺支部の定期状況報告、現象情報などで依頼はない。


(今日は小説の続きを書こうかな)


 依頼は今のところないのでやる事は少ない。

 それらは定期的な作業――本部や支部間との連絡、現象の報告書を提出する事のみ。

 今日は平和に過ごせそう。


 今朝見た夢が思い出される。


 特別な事はなくとも、何気ない日々が一番大切。

 そう思う。

 仕事部屋を後にして、私は食堂へ向かった。 





――





「だから、トーストはちょっと焼けたぐらいが一番いいの!」

「いや、ちゃんと焼いたカリカリが一番美味い。これは常識だ」


 今となっては見慣れた大きな食堂。

 食堂の扉を開けると、入室一番飛び込んで来たのは、何やら言い合いする桜子と龍一さんの姿。


(ふふっ……。今日も仲が良いわね)


 平和な日常の風景、その一つ。

 二人が真剣そのもので主張し合う光景を見て、思わず笑ってしまう。

 初見なら喧嘩だと思われるだろうけど、あれが二人の通常なのだ。

 桜子はよっぽど仲が良くなければ、ああやって本音をぶつけたりしない。

 龍一さんを信頼しているのね。


「おはよう桜子、どうしたの?」


 私に気づく様子もなかったので、私から声をかけた。


「雪子、朝食出来たしちょうど呼びに行こうと思ってたんだがな、こいつが――」

「おはようお姉。ねえ、お姉これ見てよ!」


 桜子はそう言って、テーブル上の一点を指差す。


 トースト、クルトンが入った鮮やかなサラダ、コーンスープ、ウインナーとオムレツ。

 美味しそうな朝食。何も問題はないように見えるけれど……。


「龍一がまたやらかしたの!」

「だから、トーストはカリカリの方が――」

「私はちょっと焼けて柔らかさが残ってる方がいいのに!」


 どうやらトーストの焼き加減について抗議していた模様。


「桜子、龍一さんが作って下さったんだから、文句言わないの」

「そうだぞ桜子。嫌なら俺が食うからいいぞ?」

「んぐ……! 嫌ではないわよ!」

「なら別に焼き加減なんざどうでもいいだろ? 今度からお前のはそうしてやるから今回は許せ」

「ありがと……」


 そうして私達は席に着き、朝食を食べ、一日が始まる。





――





 午前中はなだらかに、静かに流れる。

 仕事部屋、私は小説の続きを執筆している。

 ノートパソコンにカタカタとタイプする。

 外では蝉の声が蝉時雨となり、窓を閉め切ってエアコンをかけている部屋にも押し寄せてくる。


 真夏、八月初旬。

 生命はより一層輝き、それをありありと主張する。


「早く夕方にならないかな」


 個人的な事ではあるが、私は昼間の蝉の音色より早朝もしくは暮れなずむ夕時のヒグラシの儚げな歌声が好きだった。


(なんだかタイプが進まない)


 文章が浮かんだり消えたり。

 プロットは既に立ててあるので、後は文章を展開していくだけ。

 しかし適した言い回しがなかなか決まらず、私の指はキーボード上に止まったまま。


(少し休憩を入れよう)


 立ち上がり、キッチンへ向かおうとした。


「お疲れ、紅茶淹れて来たぞ」


 ちょうど立ち上がった時、部屋に龍一さんが入って来た。


「今日は小説書くって言ってたし、そろそろ息が詰まってくる時間だと思ってな」

「あ、ちょうど休憩入れようかなって思ってたんです。ありがとうございます」


 ジャスト――というタイミングで龍一さんが。

 トレーの上には紅茶が淹れられたティーカップと、幾つかのお茶請けたち。


「これ、凄く良い匂い――ミルクティーですか?」

「ああ、作り方調べてやってみたが……味が悪かったらすまない」

「いえいえ、絶対美味しいです。ありがとうございます」


 パソコンやファックスが置かれるデスクとは他に、この部屋には依頼者等来客用のソファーとテーブルがある。

 そこに私は腰をかけ、龍一さんが淹れて下さったミルクティーを一口飲んでみる。

 最初に匂いを嗅いで、それから口をつける。

 ストレートで淹れられた紅茶の華やかさをミルクがまろやかにして上手く調和されている。


「凄く美味しいです」

「まあ、いわゆる付け焼きの知識だが……良かった」


 龍一さんはどこか胸を撫で下ろした様子でそう呟く。


 何もない、平和なひととき。


 夏の気温に合わせて、ややぬるく淹れられたミルクティー。

 そこには龍一さんの優しさも溶けているような気がして、私は何かに包まれているようにホッとする。

 そうすると自然と顔が綻んで、もっとこのひとときを味わいたいと欲が生まれる。


「それじゃ、食器は後で片付けに来るから、俺はこれで――」

「あの、良かったら」

「ああ……おかわりか。ポットごと持ってくるな」


 互いに共に仕事をして来て、以心伝心的な部分が生まれてきたように感じる。

 だけど。


「ありがとうございます……。それと、良かったら少しお話しませんか?」


 全てがそうとはいかない事もあって。

 なんというか、私は欲張りなんだと思う。





――





「それで今はどんなものを書いているんだ?」

「今は――ある物語を」

「良かったらネタバレしない程度に教えてくれよ」


 正午少し前。

 龍一さんは私のワガママを聞いてくれて、こうしてお話をしている。


「ええと、主人公の女の子がある日から夢の中に迷い込んでしまうんです。それはとても恐ろしい夢で、ただの夢じゃない――その夢は、自分の過去や未来でもあるんです」

「ほうほう」

「それで恐ろしい夢を、過去や未来をさまよう内に、少女は遂に絶望してしまうのですが――」

「おう、分かった分かった。それ以上は話の核心に触れてしまうからな、ありがとう。できたら読ませてもらってもいいか?」

「はい、こういう話をまとめたショートストーリー集を書いているんです。こちらこそ読んでいただけると、幸せです」


 ゆっくりと時間は流れる。

 静かな時間。

 ただそれは嫌な沈黙ではなく、心地よいと思えるもの。


「そういえば、対策室には夏季休暇とかあるのか?」

「はい、一応あります。一週間とちょっとですかね」

「おお、意外と結構あるんだな」

「はい、ただし現象が出たら返上して出勤しないといけないですが」

「まあ、そりゃそうだな……何も起きないのが一番だが」

「はい、実は私達の支部は明後日から休みです」

「凄い急だな……。そうか、なら休み前にやれることはやっておくか。何でも手伝うから言ってくれ」


 苦笑気味に笑った後、龍一さんはそう言ってガッツポーズをして見せる。


「はい、ありがとうございます」


 僅かな沈黙。

 ミルクティーの香りが部屋に漂う。


「そういえば雪子達は帰省したりしないのか? 親御さん達が待ってるんじゃないのか?」


 優しい微笑みと共にそう告げる龍一さん。

 その一言で、私は再び夢の中に戻される――





――





「帰省は、そうですね……どうしようかな」

「親御さん達もきっとかわいい娘の顔を見たいと思ってるさ、行ってやりな?」

「そ、そうですね!」


 優しい龍一さんは、私が真実を話せばきっと自分を責めるだろう。

 だからなるべく悟られないように、精一杯に笑ってやり過ごす。

 心地よい沈黙が、少し気まずい沈黙に変わる。


 ジジジ……。


 その沈黙を裂くように、デスクの方から急に音が発せられた。


「ファックスだ。何だろう――」


 ファックスに何やら動きが。

 どこかから文章が送られて来たみたいだ。

 助かったかもしれない……。

 あれ以上沈黙が続いたら、私は真実をこぼしてしまいそうで。


 でも、龍一さんになら――


 いつかそれを話せる日が来るのだろうか……。

 送られて来た書類、文章に目を通す。

 それは……。


「依頼か?」


 後ろから心配そうな龍一さんの声が。


「龍一さん――」

「やっぱりそうか」

「良かった」

「え?」

「本部から、予定通り休暇を満喫して来い……との事です。休暇の許可が下りました!」

「おお……。よし、さっさと仕事済ませて休もうぜ! 予定通りってんなら明後日からだよな?」

「はい!」

「どうしようか――あ、もうお昼だし昼飯の準備するわ!」

「私も手伝います!」


 悪夢を振り払う様に、私は無理やり気持ちを上向きにさせる。


 そう、休みなんだ。

 前を向こう。


 だけど私の心の片隅には何かが漂ったままで拭いきれず、黒色の絵の具が水に溶けた様に……どんより揺らめいたままだった。





――





 二人きりの食堂。


「そういえば桜子は? 何も言わず出てったけど」

「桜子は、今日はお友達と遊んでいるようですよ?」

「なるほどな」

「夕飯までには戻る……とは言っていましたが」


 二人で作った昼食が並ぶ。

 食べながら、私と龍一さんは他愛ない談笑に興じる。


「ところで龍一さんって料理が凄いお上手ですよね。手際も良くて、なんだか私が教えられているみたいでした」

「んなことないぞ? ガサツな、男の料理ってやつだ」

「ここに来る前も普段からやっていたり……とか?」

「ああ、それはな――」


 龍一さんはどこか懐かしむ様な様子で、虚空を眺めながら語り始める。


「大学の時部活に入っててな、部活の寮に住んでたんだ。それで飯は曜日交代制で一年が作らなくちゃいけなくて、嫌でもやってく内に身についちまった」


 苦笑いを浮かべる龍一さん。


「不味い飯作ると理不尽な先輩からのヤジが飛ぶからな。そうして恐い先輩に怒られないように作ってたらいつの間にか上達して、そして作るのが楽しみにもなってた――って訳だ」

「寮生活ですか、なんだか憧れます」

「良いもんでもないぞ? 門限は緩い方だったが、下級生は先輩がいるから色々面倒くさいし。自由じゃない。まあ自分が最上級生になった時は楽だけどな」

「でも、龍一さんなんだか楽しそうな顔してますよ?」

「まあ、でもなんだかんだ楽しかったな。気心が知れた仲間達と馬鹿やって――」


 クックッ、と思い出し笑いをする龍一さん。

 きっと彼の事だから大勢の仲間がいて色々な想い出を作って来たのだろう。


「辛い事もあったけど目標に向かって苦楽を共にした仲間だからこそ、その分絆も強いし、今でも連絡を取るしな。あいつら今頃何やってっかな」


 そう言う龍一さんは、とても優しい表情をしている。

 私も、龍一さんの事――

 もっと知りたいのかもしれない。

 彼を知れば、そうすればいずれ……私の全ても知ってもらえるのかな。





――





「桜子がいないから今日は二人きり……か」


 昼食を食べ終わり食器を片付け洗浄して、龍一さんは日課の仕事に戻って行った。

 私はというと、小説の続きをタイプしている。

 ふいに独り言を呟いた時、二人きりという言葉がやけに頭に貼り付いて中々剥がれてくれない。


「いつもお世話になっているから――」


 何かしなければらならない事がある。

 せっかく何もないのだから、こういう時しかその機会はない。


「そうだ!」


 今日は心置きなく執筆に励めると思っていたけれど、それは休み中にいくらでも時間はある。


 だから。





――





「龍一さん、いつもありがとうございます!」


 依頼もなく日課のルーティーンが早めに終わった龍一さんを私は食堂へ案内した。


「これは――クレープ?」

「はいっ! こんな事でしかお返しできないですが」


 ある程度まで執筆を進めた私は、そこでキリよく切り上げてキッチンに一人こもった。

 そしてありあわせの材料を使って、簡単だけれどおやつを作ったのだった。

 私製クレープ――簡単なものだけど。

 気に入ってくれるかな?


「こんな事でしかって……充分だ。何より俺は仕事でやってるんだから。だからなんというか凄く嬉しい、ありがとう」


 良かった。


「食べてみて下さい。紅茶……コーヒーも今淹れてきます!」

「いや、紅茶で大丈夫。頂きます」


 喜んでもらえて本当に良かった……。

 龍一さんが喜ぶ姿は私の心も温かくさせる。


 十六時過ぎ。降り注ぐ西日と儚げなヒグラシの歌声。

 そして何気なくも大切な、かけがえのないひととき。

 頑張って綺麗に巻いたクレープと、そこにシロップで描いたハートマーク。

 気付いて欲しいけど、気付かれたくない……矛盾した私の気持ち。

 急に恥ずかしくなって、私はハートの部分にアイスを載せた。

 今はこれが、私の精一杯。





――





「桜子、今日は外で夕飯を食べてくるみたいです」


 龍一さんが美味しそうにクレープを食べてくれている姿を眺めながら、私も私の分を食べていた。

 そうしていると、私の携帯に桜子からそのような内容のメッセージが届く。


「あいつ――あまり遅くならないといいけど」

「それは大丈夫だと思います。桜子、そこら辺はしっかりしていますから」

「まあ最近色々あって休めなかっただろうから、楽しんで来てくれれば一番だ」


 龍一さんはそう呟いて、ナイフとフォークを皿の上に置く。


「ご馳走様でした、凄い美味しかった。それと良かったらまた作ってくれると凄くありがたい」


 私が簡単なもので作ったおやつを、こんなに気に入ってくれるなんて。


「はい、喜んで」


 そして。


「なあ雪子、ホットプレートってあるか?」

「はい、ありますが……」

「よし。すまん、夕飯はホットプレート借りるぞ?」

「は、はい」


 脈絡なくそう切り出して、何やらしたり顔の龍一さん。


「桜子の事だ、外食はどうせ給料で美味いもんでも食って来るに違いない。ああーいいなー、いいなー」

「あの――龍一さん?」


 彼の思惑が分からない。


「だが残念だったな桜子――雪子、良かったら一緒に買い出し行かないか? 歩いてな。カロリーを消費して夜の宴に備えよう」

「はい、それは大丈夫なのですが……一体何を?」

「今夜は……たまには俺も夕飯一緒に食っていいか? その、大概いつも夕飯は作ったきりで帰ってたし」

「本当ですか!? ありがとうございます!」


 桜子が帰って来るまで一人になる私に気を使ってくれたのかな。


「ああ、こちらこそありがとう――よし、早速買い出し行くか!」

「はい!」


 まだ龍一さんの企みが分からないけれど、私はそんな彼と一緒に夕暮れの下二人きりで歩く。

 ヒグラシの声を背景に、最寄りのスーパーマーケットへ向けて歩いて行く。

 終始彼は子供のように無邪気に微笑み、楽しそうで……私もそれにつられて笑う。

 わざとあぜ道を回ってみたり、少し遠回りもしながら、私達は童心に返ったようにはしゃいでいた。

 この時が……ずっと続けばいいのに。

 彼の大きな背を眺めながら、私は心の中でそう呟いた。





――





「龍一さん焼けましたよ? どうぞ」

「駄目だ。それは雪子が育てた肉なんだから雪子が食ってくれ」


 あれから私達は歩いてカロリーを消費し、往復でいい感じの運動をした。程よくお腹が空いている。

 そしてこのホットプレートと、その上で焼かれる大量の肉、野菜。

 私達は二人きりで焼肉をしていた。

 食堂に漂う焼けた肉の香り――

 龍一さんの傍らには五百ミリリットルのビール缶。それは既に数本空けられている……。

 私、こんな量食べきれるかな。


「雪子!」

「は、はい!」

「雪子はビール苦手か?」

「いや、別にそういうわけでは」

「そうか――ならこれだ!」


 ほろ酔いな龍一さん。

 彼はどうやらそこそこ強い体質のようだ。

 数本空けているのに、多少気分が高揚している以外はなんともない。


「俺は知ってるぞ? 雪子――」


 そう言って龍一さんは足元から何かを持ち上げ、テーブルにドシリと置く。


 これって、もしかして。


「いやー、雪子はてっきり酒はてんで駄目だと思ってたけど。やるな……。ウイスキーを温めているなんて。ロックがいいか? 入れてくるから、肉見といてくれ」


 それは違うの! 他の支部の人からもらって……。

 私お酒全然ダメだから、ただしまっておいただけなのに!


「龍一さん大丈夫です! 私はまだお腹減ってるので先に食べてから――」

「そう言うな、いつも世話になってるしこれくらいはさせてくれ。それに、俺だけ酒呑んですまない」


 そう言って龍一さんは退室して行く。

 もう……私どうなっちゃうのかな。





――





「それで、わたしはしょんなことしたらだめっていったんでしゅけど」


 あれ? わたしはなにをいっているんだろう。

 

「いやーそうか! あ、肉焼けてるから食え!」

「ありがとうごじゃいまひゅ」


 からだがすごくあつい。

 ないめんからねっされているような。

 このえきたいはなんだろー。

 みずかな?


「すげーな雪子。もうボトル半分いきそうだぞ? 俺でもさすがに無理だわ。実は酒豪だったんだな! いやー恐れ入った、降参だ!」

「しょんなことないれふ……。りゅーいちしゃんぜんぜんのんでないじゃないでしゅか! だめでひゅよ!」

「おうすまんすまん! ビールあと一本しかねぇな」

「しゃけもってこい!」

「アハハハ……! 雪子親父みてー!」


 なにがなんだかわからない。

 あたまがぐわんぐわんする。

 あれ……? これみずのはずなのになんかあつい。

 ごぞうろっぷにしみわたる。


「いやー、そう言えば雪子って彼氏とかいないのか?」

「いるわけないじゃないれすかー」

「いやー嘘つくなよ」

「りゅーいちしゃん!」

「は、はい!」

「だいたいりゅーいちしゃんはどうなんでしゅか!」

「俺はなー、見ての通りだ」

「うしょです! ちゃんとはなしてくだしゃい!」

「そうだなー、あれは俺が高校の時――」


 なんだかねむくなってきた。

 わたし……。

 でもたのしーからいーや!


「二人ともただいまー――って臭っ! てか焼肉とかずるいよ龍一!」


 あれ? さくらこかえってきた。


「おう桜子お帰り! もちろん大食いのお前の為に肉残ってるぞ! ほら座った座った、食え! 酒は――あ、お前の酒買ってくるな!」

「ちょっと、肉の臭いに紛れて凄い酒臭いよ! 私未成年だから! 酔ってるでしょ龍一……もう!」

「さくらこもすわって! いっしょにたべよー! さけのせきではぶれいこーだよ」


 もうたのしーからどーでもいーや!


「ちょっと! 龍一あんたお姉に酒呑ませた!?」

「おう! 雪子すげーぞ? 酒豪だ酒豪!」

「あんた……馬鹿龍一! お姉酒弱いのに!」

「――みんなおやすみー!」

「お姉ぇぇぇ!」


 なんだかきもちいい。

 ねむい。

 ごめんね、わたしねむいや……。





――





「雪子ごめんね、ごめんね……」

「雪子、本当にすまない。こうするしかないんだ」

「お父さん、お母さん――」

「雪子、目を閉じて」


 またこの夢だ。

 何十回も見た夢。

 私の、消したい過去。


「――いたぞ! 奴らだ!」

「あなた早く!」

「雪子、後は頼んだぞ……!」


 そう、ここでいつも場面が切り替わって。

 視界一杯に広がる業火と、黒焦げの家屋と。

 さっきまで生きていた人達。

 もうやめて。

 こんなの私の望んだ結末じゃない。


「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁ!」


 何十回も見た悪夢。

 夢はいつも決まってここで覚める。

 ほら、視界が段々霞んで。

 そして――





――





 頭が痛い。ガンガンする……。

 またあの夢。


「ここは――?」


 体を起こして、辺りを見回す。

 この部屋――私の部屋じゃない?


「客間?」


 それは広い洋館のとある一室。

 私の部屋じゃない。

 そのベッドの上……。

 誰かが布団を敷いてくれている。

 そう言えば昨日私どうしたんだっけ。

 記憶が一部抜け落ちている。

 確か私、龍一さんと一緒に――


「ビールゥ」


 ベッドから出ようしたその時だった。


(ベッドに誰かいる?)


 私の足に何かが当たった。

 その何かがモゾッと動く。


「もしかして、私――」


 何か大変な過ちを犯してしまった!?

 思わず自分の体を見回す。

 しかし特に乱れてはいない。昨日着てた服だ。

 ベッドの中でうごめく何か。

 そーっと布団をめくっていくと――


「りゅ、龍一さん!?」

「おはよー……。えっ、雪子!? 何でここに!」


 私は何か大変な事をしでかしてしまったのかもしれない。








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