第三章 C
第三章のCパート。
「また眠って――ここは!?」
再び眠りに落ちて真っ暗になったかと思いきや、次の瞬間にはまた違う景色の中で目を覚ます。
ここはどこ?
立ったままの状態で私は目を覚ます。
椅子がない。
辺りを見渡す。
恐らく夜――空には丸々とした月が浮かび、地上に落ちてくると錯覚させるほどに近く、大きく見える。
そして何もない、見渡す限り何もない荒涼とした荒野に一人立つ私。
彼方の地平線には真赤な色が浮かんで、闇に支配された世界を月と共に照らしている。
「何かが燃えてる?」
まるで私は無限の宇宙に放り出されて無の空間をさ迷う迷子。
どうすればいいかわからず、トボトボと一人歩く。
あの老紳士は? みんなは?
孤独がこの世界を支配している。
そうして行くあてもなく、しばらくさ迷うように歩いた。
「あれは――?」
やがて視界の端で動く何かを捉える。
(誰か助けて!)
藁にもすがる思いで私は何かへ向かって走った。
段々と近くなる何か。
(女の人?)
近づくにつれてその全貌が段々と明らかになる。
そこにはこちらに背を向ける女性が。
女性だと思ったのはその人物の髪が腰の前辺りまで伸びているから。
その髪は白みがかった銀髪に見える。
もう女性まで数十メートルのところまで近づいた。
そのところで新たな事実が発覚する。
(耳と――尻尾?)
こちらに背を向ける女性の頭には、獣のような真白い耳が生え、尾骶骨の辺りからは同じく真白な尻尾が生えている。
そして彼女は白装束を着ていた。
(ヤエさん?)
いや、違う。
ヤエさんは黒髪だし、耳は縁が黒く尾は茶色だった。
それではこの人は――
もうすぐそこ……私は彼女の背後まで接近した。
声をかけようと思った。
その時。
ふっと、目の前の女性がこちらへ振り向く。
白みがかった長い銀髪、瞳は朱色がかっていて。
(この人、もしかして――)
振り向いた女性。
それはまるで――私そのものだった。
似ているとか瓜二つとかいう次元ではなく、その女性は私そのものだった。
第六感的な感覚がそれを告げている。
女性、いや――もう一人の私は私をじっと見つめて。
「助けて……。みんな私のせいで」
嗚咽を交え、掠れた声でそう呟いた。
一体これは――
もう一人の私は大粒の涙を流しながら、やがて膝から崩れ落ちた。
かけるべき言葉が見つからない。
無限の荒野でふたりぼっちな私と「もう一人の私」。
もう一人の私は膝から崩れ落ちて顔を両手で覆い、ただ泣き叫んでいる。
対する私は真っ白な状態でどうすることもできない。
「これは、夢なの?」
自分でも不思議に思うくらい、そんな言葉が口からこぼれた。
「違うの、これは未来のあなたよ!」
もう一人の私はそう叫ぶ。
「嘘でしょ? これも夢なんだよね?」
「違う、これはあなたの未来――あなたはいずれこうなるの! 見て、私のせいで!」
もう一人の私はそう言って一点を指差す。
指し示す先を辿っていくと。
「嘘、嘘でしょ!?」
「嘘じゃないわ」
倒れ伏す龍一さんと、桜子の姿。
二人の元に駆け寄る。
流れ出た血は乾き、目は固く閉じられて。そして――
「そんな――死んでいる!?」
「そうよ、私のせいで!」
背後から放たれるもう一人の私の声。
嘘だ、こんなの嘘よ!
「こんなの、ただの夢に決まってるわ!」
「夢だけど、夢じゃないの。これはあなたの未来。このまま生きていけばいずれはこうなる――確実に来る未来よ」
「そんなことって!」
死刑宣告のような、重い響き。
「これだけじゃない、あなたは大切な人の他にも大勢の人を失うの。しかも、全て私が手をかけた!」
「嘘よ! 現象には騙されない!」
「嘘じゃない! もう後戻りはできないの。あなたは未来に大切な人達を殺す――確実に!」
きっとあの老紳士の現象のせいだ。
これは現象。
だけど――
「私のせいで、あなたのせいで、世界の全てが無くなる。龍一さんも桜子も、みんなが!」
「嫌、やめてっ!」
やめて、お願いだから――
私が何をしたの?
私は幸せを願ってはいけないの?
こんなの私が望む結末じゃない。
「だから――」
もう一人の私は白装束の懐から何かを取り出して、私の手にそれを握らせる。
これは……。
「絶望の未来が来ない為に、大切な人を失わない為に――ここで死ぬのよ」
私の手には、回転式の拳銃。
「このまま生きていけば、あなたは確実に災厄を起こす。その前にここで死ぬの。未来の人々の為に」
「嫌、嫌よ……こんなの」
「あなたが今死ねば、こんな風に大切な人を殺さずに済む! 他の大勢も同じ! さあ――」
冷たくなった龍一さんと桜子。
私は、私は……。
私のせいで? 私のせいなの?
本当に、私のせいでこんな事になるの?
「あなたは今死ぬべきなの、大切な人を失くしたくなければ! さあ、さあ、引き金を引くのよ!」
もうわかんないよ。
これは夢なの?
夢だとしたら、この拳銃の引き金を引けば――私は悪夢から解放される。
壊れた人形のように。
意志はなく、心も壊れて。
ただ何も考えず、そうして拳銃を頭に当てて。
「ごめんなさい。そしてさようなら――」
悪夢が覚めるなら。
目を閉じる。
そして私は引き金を引いた。
――
これで、全てが終わる。
あれ?
引き金を引いたはず――
意識は未だ保たれている。
どういうこと?
(拳銃が――ない)
私の手から拳銃が無くなっている。
目を開けてそれを確認した瞬間。
「貴様ぁ! どうやって……!」
乾いた銃声。
拳銃の咆哮が「もう一人の私」になぶりかかった。
弾は腕に着弾し、もう一人の私の腕から鮮血が流れる。
「どういうことっ!?」
「すまん、待たせた」
引き金を引こうとした瞬間、私の持っていた拳銃は誰かに奪われたのだ。
それを奪ってもう一人の私へ向け発砲したのは――
「龍一さん」
「あいつは現象だ。騙されるな」
振り返ると、そこには龍一さんが拳銃を構えたまま立っている。
銃口から上がる硝煙。
「クソッ! 邪魔をするな!」
「悪いな、もう夢から覚めちまって」
苦しむもう一人の私へ、龍一さんは続けざま数発弾を撃ち込む。
ダン、ダン、ダン! と響く銃声。
数十メートルほど後退していくもう一人の私。
「貴様ぁ――」
もう一人の私はもがき苦しんだ後に膝から崩れ落ちて、そして。
「もう少しだったんだが……しょうがない、遊びは止めて纏めて殺す!」
もう一人の私はその姿を変え……。
「正体を現したか」
「あれは――」
老紳士はふらふらとおぼつかない足で立ち上がった。
「残念だな……楽しめるかと思ったのに、邪魔が入った!」
やがて老紳士の体は異様にうごめき。
「鬼!?」
二本の角、大柄な体躯、片手には体ほどの大槌。
「こいつが本当の姿か」
そこには鬼と形容できる邪悪な巨体が立っている。
「貴様らを殺して食ってやる、人間!」
どうすれば――聖典や呪符は持っていない!
「雪子!」
張り詰めた龍一さんの叫び。
大鬼は拳銃で風穴が空けられた体をゆっくりと、ゆっくりと引きずってこちらに押し迫る。
「あいつが見せた夢は、未来は、本当かもしれない。でもな、本当だったとしても――未来は変えられる」
拳銃を私の手に握らせる龍一さん。
その顔はどこか悟ったようでいながらも、強く、強く……。未来を見据えたような、覚悟が刻まれたものだった。
「過去なんて関係ない。お前は今この瞬間を生きている――違うか?」
私は何も言えない。
龍一さんの声は福音のように私の内まで響く。
「俺だって消したい過去はある。だけど俺は今ここで生きてる。過去でもない、未来でもない……今だ」
「龍一さん」
「雪子、お前は今ここに生きている。あんなものはでまかせだ、進みたい方向はお前が決めろ。振り向くな……両目を、両手を、両足を、全身を前へ向けるんだ。覚悟があれば、踏み出す勇気があれば未来は変えられる」
「私は――生き続けてもいいのですか?」
「当たり前だ。それに、もう答えは出てるみたいじゃねぇか」
龍一さんは顎をしゃくって、私の方を指し示す。
彼の目線は私の手もとへ。
「これって――!?」
「覚悟、既にできてるみたいだな」
私の両手には、拳銃ではなく――大柄な、大口径のライフル銃が。
「それがお前の覚悟だ、意志だ! 未来を変えたいという、今を生きるお前の意志だ!」
「私の、意志」
「そうだ、貫け雪子! お前の意志を!」
消したい過去。
悪夢。
そして絶望の未来。
走馬灯の様に駆け巡る幾多の記憶達。
(過去なんて関係ない)
私は過去に生きているんじゃない――未来でもない!
今を生きている。
「私は生きたい――これからもみんなと一緒に! だから私は今を生きる、そして未来を変える!」
もうすぐ目の前に迫った大鬼。
大槌を両手で握り、ゆっくり振りかぶっていく。
「行け、お前ならできる! 未来を変えろ雪子!」
過去があって。
そして私は今を生きる。
過去は消せない。
過ぎ去ったものはもうどうすることもできない。
だから私達は今を生きて、未来を変えようと進むしかないんだ。
どうしてまだ変わってもないのに、進むのを諦めなくちゃならないの?
そんなの本当のゴールじゃない。
私達の目は前に向けられている。
例え茨の道であろうと。
僅かな可能性が――いや、可能性なんて無くたって!
その意志が、覚悟が、勇気があれば。
「未来は変えられる!」
「行け、雪子!」
ライフルを構え、そして――
――
さようなら、私の過去。
私の銃――私の意志はこの世界に響き渡り、世界を揺るがして、その主張をありありと見せつける。
閃光が、一筋の光が、鬼を貫いた。
「馬鹿な! 人間が……!」
私の意志は鬼の胴体をさらって、引き裂いた。
上体だけになった鬼が目の前に重い音を立てて倒れる。
「人間、絶望した未来があると分かって……それでも何故貴様は足掻く!?」
「それが私達人間だからです」
ライフル銃を地面に置き、そして。
「お姉、待たせてごめんね。はいっ、これ――」
暗闇の彼方から現れた桜子が私に聖典を渡してくれる。
「貴様、あれは偽りなどではない。本当の未来の姿だ。それでも貴様は――」
「魂の解放を求めるならば答えよ。万物の聖典が、原理が、汝を導く」
例え本当にあの未来が待っていようと。
「未来は変えられる」
鬼は飛沫の粒子となって聖典に吸い込まれる。
「雪子、大丈夫だ。お前は一人じゃない、俺達がいる」
「そうよ、お姉は一人じゃない」
やがて荒涼とした世界に朝が来る。
さんさんと輝く光が私達を覆っていく。
(きっと、それを願い覚悟を決めて一歩を踏み出せば)
少しずつでも未来は変えられる。
そうして私はようやく夢から覚める。
私はもう夢の中にはいない。
今も、そしてこれからも――
――
「――さん、お客さん!」
誰かの声を両耳が捕らえる。
それは徐々に音量を上げて……。
「お客さん、終点ですよ……。もう、困ったな」
「あ、す、すみません! 二人とも起きて……。着いたよ!」
終点駅に着いて見回りに来た車掌さんに私は起こされる。
私、眠ってしまって――あの夢はまるで白昼夢の様だ。
しかし、しっかりと記憶に刻まれている。
あれは夢だけど、夢じゃなかったんだ。
やがて――私の揺さぶりに目を覚ます二人。
「龍一さん、桜子、終点だよ?」
慌て起きる二人。
「な、龍一! あんた、起こしてって……!」
「すまん、俺も急に眠くなって」
「龍一さんすみません……私も眠っちゃって」
「お客さん、とりあえず早く降りて下さい!!」
「「「ごめんなさい!!」」」
全員眠り、終点で起こされるという失態を犯した私達。
目的地が終点の駅で良かった――
そうしてそそくさと私達は降車し、駅のホームで何が起きたのかとしばらく立ち止まっていた。
――
「いやー、何はともあれ着いたな」
「凄い綺麗な部屋! 二人とも本当にありがとう!」
「ま、言っちゃあれだけど――たいした旅館じゃないんだけどね」
駅から宿となる旅館は意外とすぐ近くだった。
チェックインを済ませて、私達はさっそく部屋へ入る。
畳の良い香りが気分を落ち着かせて旅の疲れを癒す。
「龍一さん見て下さい! 桜子も!」
「おー……。これはスゲーな」
「凄い――綺麗」
いわゆるオーシャンビューの部屋。
地平線まで続く海原。
そこに浮かぶちっぽけな船。
大自然の壮大な光景に心は洗われ、自分達の小ささを改めて思い知らされる。
そうしてしばらく景色を眺めていた。
「そう言えば俺、なんか変な夢を見たような」
「私も実は変な夢を見た気がするんだけど……思い出せないの。お姉は?」
あれは現象が見せた夢……だと思う。
とっさにバッグを漁って聖典を取り出しパラパラとめくる。
(やっぱり――あった!)
あれは夢だけど、夢じゃない。
現象が見せた夢。
聖典には新たにあの鬼の情報が加えられている。
「どうしたの、お姉?」
「いや、何でもない……!」
二人は多分あれが現象と気づいていない。
もしかしたら私を最初の標的にして……他の二人は後で始末するように、適当な夢を見せてただ眠らせていただけ――とかかな?
真相は分からないけれど、いらない心配はかけたくないから。
「私も夢を見たけど、覚えてないの……。それより、どこか行こうよ桜子!」
「そうだね――よし、龍一! プランその一を実行するわよ!」
「おう、まずはあえて海ではなく……この街を堪能するとしよう」
綺麗な海、漁港、伝統的な家屋が連なった商店街。現代的なショッピングモール。
それらを併せ持つらしいこの街。
私達は、まずは伝統的な家屋の商店街とその先にある神社を巡る事にした。
――
「お姉も一口食べる? みたらし美味しいよ!」
「ありがとう桜子。桜子もあんこ食べて!」
「俺にもくれ」
「それ一口くれたらあげる!」
伝統的な家々。
昔からの雰囲気を受け継ぐ情緒ある街並み。
とある和菓子屋の軒先で私達はお団子を頬張る。
旅の途中で現象に遭って――あんな事の後だけど不思議と気分は軽く、清々しい。
ふと、空を見上げる。
微かな潮の香りが風に乗って運ばれて来て、遠くに来たのだと実感させられる。
晴れ渡る青空、夏の日差し。
「どうしたの、お姉?」
「いや、何だか……凄く嬉しいの」
「もー、お楽しみはまだまだこれからだよ?」
「よし、ぼちぼち食い終わったところでそこの神社へお参りしてくるか!」
「はいっ!」
過去は消せない。
だからこそ私は今を生きて、そしてより良い未来を探し求める。
私達は人生という名の旅路を進む。
それは決して平坦なものではないだろう。
分かれ道も沢山あって……途中では大切なものとの別れもあるかもしれない。
けれど私達は前へ進む。
未来へ、終点へ向かって。
未来なんて今は分からない。もしかしたらあの夢のように悲惨なものかもしれない。
だけど今を積み重ねた先に未来があって――だから、それを変えようと今を生きていけば、きっと。
(未来は変えられる)
「ありがとう、二人とも――本当に」
「もうお姉、それはこの旅が終わった時の言葉だよ」
「そうそう、まだやることはたくさんあるぞ」
過去でも未来でもない。
私は今が楽しい。
――
「それで、お前らは何てお願いしたんだ?」
やがて私達は商店街の奥に佇む神社に参拝する。
「そんなの秘密に決まってるじゃない、ねえ? お姉――」
「そうね……秘密、です!」
「何だよ、お前ら……。ノリ悪いな」
「そういうあんたは何をお祈りしたの? 彼女ができますように――とか?」
「ちげーよ、お前らが教えないなら俺も秘密だ」
「何よ、下僕のくせに」
「下僕じゃねぇ――さて、商店街を回ったらぼちぼち次の目的地のショッピングモールへゴーだ」
「あんた……! はぐらかさないで教えなさい下僕!」
二人は境内をはしゃぎ回る。
「ちょっと、二人とも迷惑になっちゃうよ」
やがて二人は上ってきた石段を下り境内を後にして行った。
「私は今を生きます。だからどうか見守っていて下さい、神様……。そしてお父さんお母さん……。二人とこれからも楽しく過ごせますように」
二人が見えなくなってから、私は振り向いてもう一度同じ願いを呟いた。
「お姉、何してるの? 行くよー!」
「分かった、今行くね!」
嫌な事があった。だけど今、私はこの上なく幸せだ。
試練はまたいずれ訪れるだろう。
だけどそれだけではない。
希望を捨てなければ、願うのをやめなければ、ほんのわずかでも一歩一歩踏みしめていけば。
そうすればきっと、少しずつでも未来は変えられる。
私達の目は前へ向けられている。
過去は懐かしんでも、その中にずっと溺れていてはいけない。
私達は過去ではなく、今を生きる。
(さようなら、私の過去――)
石段を下った先には私を待つ二人。
(二人とも、大好きだよ)
私は一人じゃない。
旅は道連れ、世は情け。
石段を降りようとする私の背に優しく追い風が吹いた。
それは天からも励まされているような――後押しされているような気もした。
そして――余談ではあるけれど、あれから私は過去の夢を見なくなった。
第三章 終




