第95想 廃部からの逆転劇――少女は舞台を諦めない
部室を離れ、校舎脇の人気のない通路へと出る。
「……で、一体なんなのよ?」
腕を組み、鋭い視線を向ける聖妓。
金色のツインテールが揺れ、その表情には露骨な苛立ちが浮かんでいる。
「なんだはこっちだ…」
燈也はため息混じりに答えた。
「事情は知らんが、いきなり喧嘩売っても上手くはいかないだろ?
中学の時からそうだが……お前、やり方が強引すぎるんだよ」
一瞬、聖妓の眉がぴくりと動いた。
「フン……」
吐き捨てるように鼻を鳴らす。
「アンタには分からないわよ!」
声が一段高くなる。
「なんでも魔法で叶えられるアンタとは違うんだからね!」
その言葉が、はっきりと燈也の胸を打った。
「……なんだと?」
低く、鋭い声。
空気が一瞬、張り詰める。
「魔法が使えない側の気持ちなんて、アンタに分かるわけないでしょ」
「努力して、必死にやって、それでも門前払いされる気持ちなんて!」
聖妓は拳を握りしめ、真っ直ぐに燈也を睨みつける。
「だから私は、正論で押し通すしかないのよ。
それが間違ってるって言うなら——」
「間違ってるなんて言ってねぇ」
燈也は一歩前に出て、言葉を遮った。
「ただな……突っ込む場所と相手を選べって言ってるだけだ」
一瞬、二人の視線がぶつかる。
昔と同じ距離、同じ温度。
だけど、あの頃とは決定的に違う何かが、二人の間に横たわっていた。
「……相変わらず、説教臭いわね」
聖妓は視線を逸らし、唇を噛む。
「正義を振りかざすなら、なおさらだ」
「潰されて終わりじゃ、何も残らねぇ」
沈黙。
風が吹き、ツインテールが揺れる。
聖妓は小さく舌打ちをしてから、ぽつりと呟いた。
「……それでも、私は引かない」
その一言に、燈也は苦笑する。
「だろうな。……昔から、そこだけは変わってねぇ」
火花を散らすような空気の中、
二人の再会は、やはり平穏には終わらなかった。
――と、その時。
「……どうかしたんですか?」
控えめな声とともに、場の空気がふっと緩む。
振り返ると、ホウキを手にした怜花が立っていた。
「怜花か……」
燈也が肩の力を抜く。
「はい。ホウキの練習をしてました」
そう言って微笑むと、二人の様子を気遣うように首を傾げる。
「あの……何かあったんですか?
もし良ければ、事情を聞かせてもらえませんか?」
少し迷った後、燈也が簡単に説明する。
「……なるほど。そうでしたか」
怜花は静かに頷き、聖妓の方を見る。
「演劇部の再建を、考えているんですね」
「……ええ」
聖妓は短く答えた。
「でも、なんでそこまで演劇に拘るんだ?」
燈也の問いに、聖妓は一瞬だけ目を伏せる。
「小さい頃ね……」
少しだけ、声の調子が柔らぐ。
「舞台女優だった母親に連れられて、何度も劇場に行ったの」
「そこで観た舞台が……本当に、凄くて」
記憶をなぞるように、言葉を選ぶ。
「笑って、泣いて、心が揺さぶられて……
“いつか私も、こんな風に周りを楽しませたい”って思った」
そして、少しだけ拳を握る。
「私はね……魔力は持ってるけど、魔法が使えない」
その言葉に、燈也と怜花の表情が変わる。
「でも、演劇なら――」
聖妓は顔を上げ、真っ直ぐ前を見据えた。
「魔法が使えなくても、人に感動を与えられる」
「誰かの心を、動かすことが出来る」
「……だからか」
燈也が、静かに納得したように呟く。
「ええ」
短く、だが迷いのない返事。
「その気持ち……凄く分かります……!」
突然、怜花の声が震えた。
「怜花? 何泣いてんだよ」
燈也が慌てて言う。
「す、すみません……」
怜花は目元を拭いながら、はにかんだ。
「でも私も……魔法があまり得意じゃないので」
「つい、重なっちゃって……」
聖妓は一瞬きょとんとした後、ふいっとそっぽを向く。
「……変な子」
そう言いながらも、その声はどこか柔らかかった。
「是非……私も、再建のお手伝いをさせて下さい」
怜花は一歩前に出て、少し緊張した面持ちでそう言った。
けれど、その瞳には迷いはなく、まっすぐな決意が宿っている。
「怜花さん……」
聖妓は思わず、その顔を見る。
自分の事情を知った上で、それでも手を差し伸べてくれる相手がいることに、少し戸惑っているようだった。
「でも……再建って、どうやったら出来るんでしょうね?」
怜花が首を傾げると、三人の間に小さな沈黙が落ちる。
「ったく……」
その空気を破ったのは、燈也だった。
頭の後ろをかきながら、呆れたようにため息をつく。
「見てられねぇな。仕方ねえ」
そう言って、二人に視線を向ける。
「俺も手伝ってやる」
「え……?」
聖妓が驚いたように目を見開く。
「そのためには、まず――」
燈也は淡々と続けた。
「もう一度、魔法執行部に話を聞いてみよう、
条件があるなら、それを知らなきゃ始まらねぇ」
「そうですね」
怜花がこくりと頷く。
「善は急げ、です」
「早速、行きましょう」
三人が歩き出そうとした、その時。
「あっ……あの」
聖妓が、後ろから声をかける。
「なんだ?」
燈也が振り返る。
聖妓は一瞬言葉に詰まり、視線を泳がせてから、そっぽを向いたまま小さく言った。
「その……」
「あ、ありがと」
聞き取りにくいほどの声だったが、確かにそれは感謝だった。
「ふっ」
燈也はそれを聞いて、ほんの少しだけ口元を緩める。
「はい」
怜花も、にこりと笑う。
「一緒に、頑張りましょう」
その言葉に、聖妓は何も言わなかったが――
ツインテールの奥で、耳が少しだけ赤くなっていた。
魔法執行部の部室。
重厚な扉が閉まると同時に、室内はいつもの張り詰めた空気に包まれる。
「……なるほど。それで戻ってきたと……」
腕を組んだ帝亜が、眼鏡越しに三人を見渡しながら口を開く。
「ああ。方法がないわけじゃないんだろ?」
燈也の問いに、帝亜は少し考えるように顎に手を当てる。
「う~ん……まず、部員数は四人以上。そして顧問の先生」
「これは最低条件として、絶対に必要よ」
「なるほどな……」
「それに加えて、部室の問題があるわ」
帝亜は資料をめくりながら続ける。
「希望している部活動が多すぎて、全部を叶えることは出来ないの」
「だから……どうしても、設立できる部の人数を絞る必要があるわけ」
一瞬の沈黙。
その空気を破るように、帝亜の口元がわずかに緩む。
「――そうだわ」
何か思いついたように指を鳴らす。
「来週、部活動設立の権利を賭けて……」
「レースで勝負、というのはどうかしら?」
部屋の空気が一気にざわめく。
「レース……?」
怜花が驚いたように呟く。
だが、その横で。
「面白いじゃない」
聖妓は不敵に笑った。
「やってやるわ」
まっすぐ帝亜を見据え、その目には一切の迷いがない。
「なら話は早いわね」
帝亜が頷く。
「まずは――部員集めよ」
「決まりだな」
燈也が短く言い、三人は顔を見合わせる。
そのまま部室の扉を開き、廊下へと出ていった。
「……ふふ」
残された帝亜は、楽しそうに微笑む。
「頑張ってね……」
その様子を、少し離れた場所から見ていた英明が声をかける。
「レース、か……高天原」
「お前、何か策を考えてるな?」
帝亜は眼鏡を指で押し上げ、意味深に笑った。
「ええ」
「――ご名答よ」
部活動設立を巡る、新たな戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。
次回予告 『第96想 演劇部再建計画、始動――信念を賭けたレース』
魔法執行部から突如告げられた――
「部活動設立権を賭けたレース開催」。
校内は一気に騒然。
期待、野次、思惑が交錯し、生徒たちは熱狂の渦へと飲み込まれていく。
演劇部再建を目指す燈也、聖妓、怜花は、
失われた仲間を求めて動き出すが――
かつての演劇部員との再会は、想像以上に冷たいものだった。
「今さら演劇?」「夢見すぎだろ」
嘲笑と拒絶。
それでも、信念は揺るがない。
だがその裏で――
勝利のため、手段を選ばない者たちも動き始めていた。
ライバルを潰す陰湿な策略。
正義か、卑劣か。資格を賭けた争いが、静かに火を噴く。




