第9想 過去と今
前回までのあらすじ
魔法執行部部長・帝亜の圧倒的な力の前に、追い詰められる燈也。
膝をつき、魔力も尽きかけたその時――怜花の必死な声が届く。
その激励が、燈也の心に再び火を灯した。
「まだ終わっていない」
立ち上がった燈也は、残るすべての魔力と想いを込め、渾身の一撃を放つ。
閃光は一直線に帝亜へ迫る――
果たして勝敗は、どちらに微笑むのか。
「ま、魔法を斬りやがった……!? これがアイツの、本当の力だってのかよ!?」
日向雄介の声が震える。観戦者達も一瞬静まり返った後、ざわり、と大きな波のように歓声と驚愕が広がっていく。
「くっ……!」
高天原帝亜は奥歯を噛み、即座に詠唱を重ねる。
≪吸魔の獄神壁!!≫
先ほどのものより濃く、重く、幾重にも積み重なる魔力壁が形成される。二重、いや実質三重構造の鉄壁。
だが――。
「うおおおおおおっ!」
不知火燈也が右手に宿した“魔法の刃”を再び振り下ろす。
≪夢幻の断斬!!≫
「バカな……吸収できない……!?」
帝亜の瞳が見開かれた。
吸魔の獄神壁は“魔力を吸収する最強格の防御。しかし――燈也の無効化魔法は吸収することが出来ず、壁を紙のように削り取っていく。
「す、凄い……! あのバリアが壊れていくわ!」
「もうすぐですよ、燈也さん!」
リエラと加ヶ瀬怜花の声援が響き渡る。
ついに一枚目の壁が砕け散り、最後の壁にも無数の亀裂が走る。
「まずい……っ!」
帝亜の頬を冷や汗が伝う。
――このままではやられる…!。
「終わりだあああああッッ!!!」
燈也の咆哮と共に、最後の壁が粉々に砕け散った。
刃が、帝亜の肌へ触れようとする――その刹那。
――くそ……せんぱ……お、れは……。
耳の奥で、遠く、誰かの声がした。
燈也の世界が急に揺らぎ、視界がぼやける。
「……っ!?」
体が自分のものではないようにふらつく。
次の瞬間、燈也の膝ががくりと折れ、そのまま倒れ込んだ。
「燈也さん!!」
怜花が悲鳴のような声を上げて駆け寄る。
「しっかりしてください!」
「……」
帝亜は、刃が触れかけた頬をそっと指先でなぞった。
ほんの僅かだが、震えている。
「……バトルは終わりよ。彼を部室へ運びなさい」
茫然としていた部員達が、帝亜の命令にハッと動き出す。
運ばれていく燈也を見送りながら、帝亜はそっと空を見上げた。
「……やはり私の目に狂いはなかったわ。
いいえ……彼を最初に見つけたのは、あなただったわね」
その声音は、普段の帝亜には似つかわしくないほど優しく、どこか懐かしさを含んでいた。
暗闇の中――。
燈也の視界にまた、あの光景が浮かび上がる。
何度繰り返しただろう。終わらない悪夢。忘れたくても、決して忘れられない“過ち”。
――やっぱり俺は弱い。
先輩との約束も……アイツを止めることも……何一つ、守れなかった。
結局、俺の魔法は……誰かを傷つけることしか……できない……。
「またね……燈也くん……」
優しく微笑む先輩。
けれどその横顔は、まるで別れを悟っているかのように、悲しく、切なげだった。
「待ってくれ!! 先輩!!」
伸ばした腕は空を掴むばかりで、届かない。
先輩の姿は光に溶けるように遠ざかり、そして――消えた。
「……ん……」
どこかで、声がする。
先輩? いや、この声は……。
「燈也くん!」
「燈也さん!」
ぱちり、と目を開けると、心配そうなリエラと怜花の顔が飛び込んできた。
「よかった……本当に心配したんですよ……!」
怜花が慌てて身体を支え、ゆっくりと起こしてくれる。
「ここは……部室、か?」
「目を覚ましたようね。気分はどうかしら?」
ソファにもたれた帝亜が、脚を組みながらこちらを見つめていた。
「ああ……おかげで最悪な気分だ。」
「あら残念。じゃあ勝負の続きでもしてあげましょうか?」
冗談めいた帝亜の言い方に、燈也は苦笑する余裕すらない。
「いや……戦いの最中に気絶した以上……今回は俺の負けだ。
約束通り従うよ。もう用は済んだだろ? 二人とも、戻るぞ」
まだ足取りはおぼつかない。それでも立ち上がり、ふらつきながら部室を出ようとする。
「ま、待ってくださいっ!」
リエラと怜花が慌てて横に回り込み、倒れないよう寄り添うように支えていく。
その背中が見えなくなるまで見届けたあと――。
「……上手くやったな」
壁にもたれていた工藤英明が、ぽつりと呟く。
「まだ“ピース”が揃っただけよ。ここからが、本当の始まりよ」
帝亜は窓の外を眺め、ゆるりと微笑む。
「あの子の夢――長くて、楽しい物語。
そのページはこれからめくられていくのよ」
お気に入りの本を開くように。
期待と確信をその瞳に宿したまま、帝亜はそっと目を細めた。
ゆっくりと夕日が沈んでいく。
オレンジ色に染まる屋上で、燈也と怜花は並んで腰を下ろしていた。
吹き抜ける風に、怜花の赤みがかった髪がふわりと揺れ、その度に光を反射してきらめく。
「はは……さっきは、カッコ悪いところ見せちまったな」
燈也は夕焼けに視線を逸らしながら、どこか疲れたように笑った。
「い、いえっ!そんな、全っ然……!」
怜花が慌てて両手をぶんぶん振り、全力で否定する。
「まぁ、昨日のお前よりはマシだがな」
あえて軽口を叩く。重くなりそうな空気を、どうにか誤魔化すように。
「っ……まさか喧嘩売ってます?」
怜花の頬がぷくっと膨らんだ。
「何、冗談さ」
「もう……燈也さんって、いじわるばっかりです」
ぷいっと横を向く怜花に、燈也はわずかに苦笑する。
「……悪かったって」
そこで言葉が途切れた。
夕焼けに照らされた二人の影だけが長く伸び、寂しげな風の音が屋上を抜ける。
しばらく沈黙が続いたのち――怜花が、そっと口を開いた。
「あの……もし、良ければですけど……話してもらえませんか?
燈也さんが、悩んでること……」
夕日に染まった怜花の表情はよく見えない。
けれど、その声に宿る優しさだけは、確かに伝わってきた。
「……やっぱり気付かれちまったか」
観念したように、燈也は小さくため息をつく。
「ごめんなさい……。お節介、ですよね……」
しゅんと肩を落とす怜花。
「全くだ……でも、まぁ……いい機会かもしれない」
夕日の影が燈也の表情を深く覆い、どこか儚い気配が漂う。
「話すよ。
俺が魔法を使えなくなった理由――
俺が犯した、“罪”を」
怜花の胸がきゅっと締めつけられる。
その言葉は、あまりにも重かった。
燈也は、まるで遠くを見つめるように空を仰ぐ。
「あれは……中学生の頃だ。
当時の俺は、自分の魔法に絶対の自信があった。いや……過信してたと言った方が近いな」
怜花は言葉を挟まず、ただ静かに聞く。
「強さこそ正義だと思ってた。
悪友の連中とつるんで、気に入らねぇ奴はぶっ倒す。そんなくだらねぇことばかりしてた」
声には自嘲と、苦さが滲み出ていた。
「そんな俺を……それでも見守ってくれてる人がいた。
今の俺がこうしていられるのは……その“先輩”のおかげだ」
燈也は拳を膝の上でぎゅっと握りしめる。
「……なのに、あの頃の俺は何も分かってなかった」
沈黙――そして、ぽつりと。
「ある時、悪友の言葉に乗って……開けちゃいけねぇ“禁断の扉”を開いてしまったんだ」
怜花の表情が強張る。
「それは……世界すら滅ぼすと言われる、“絶対の力”だった。
ガキだった俺が……耐えられるはずがねぇ。抗えるはずもなかった」
拳が、骨が軋むほどに握り締められる。
「許されないことをした。
あの瞬間ほど、自分の軽率さを呪ったことはねぇ」
苦痛に滲んだ声。
怜花はそっと唇を噛み、ただ耳を傾ける。
「……けどな。先輩は……そんな俺を、それでも信じてくれたんだ」
震える声で、燈也は続ける。
「だけど……そのせいで、先輩は……」
風が吹き抜け、燈也の言葉をさらっていく。
喉が震え、声がそこで止まった。
怜花はただ黙って、彼の言葉に耳を傾ける。
――あの日。
禁断の扉の前で、天野が燈也達を見下ろしながら嘲笑う。
世界の軋む音が響き、開かれてはならない扉から溢れ出した魔力が黒い渦となり、世界を喰らうように広がっていく。
『先輩……すみません。俺のせいで……あなたまで巻き込んでしまって……』
立ち上がる事も残っていない燈也を、先輩が抱きとめた。
血に濡れた腕で、それでも優しい微笑みのまま――。
『きみのせいじゃないわ』
『俺の魔法は……誰かを傷つけることしかできない! こんな力、持たなければよかったんだッ!!』
嗚咽混じりの叫び。
握り拳で地面を殴っても、現実は変わらない。魔力の暴風は世界を削り取り、光と闇の境界すら飲み込んでいく。
『それは違うよ』
先輩は血を滴らせながら、震える手で燈也の頬に触れた。
その体はすでに限界を迎えているというのに、声は不思議と優しく、強かった。
『今は無理でも……キミの魔法は、いつか“誰かを護る力”になるわ』
『せんぱい……』
『それまでは、私が護ってあげる』
先輩がゆっくりと立ち上がる。
その身体を包むように、眩い光が集まり始めた。
『先輩……まさか……』
あの瞳は、優しさ以上に――強い決意を宿していた。
『……素敵な魔法使いになってね』
そう言い、先輩は魔法陣を展開する。
だがそれは、逃げるための転移魔法ではなかった。
燈也をこの崩壊から遠ざけるための、一方的な転移。
『なんでですかッ!? 先輩が犠牲になる必要なんてない! 俺なんかのために!!』
燈也の周りに転移の輝きが満ち、体が光に包まれていく。
『……ただの後輩じゃないよ』
先輩は、消える光の中で微笑んだ。
『だって私はね……キミのことが――』
その声は、魔力の奔流にかき消される。
先輩は暴走する魔力の中心へと――自ら身を投じた。
『先輩ッッッ――――!!!!』
燈也の叫びが、崩れゆく世界に響く。
直後、眩い閃光が世界を飲み込み――全てが白く溶けた。
「……先輩のおかげで、事件は終結した。先輩の命を……犠牲にしてな」
語り終えた燈也は、夕空を仰いだ。
唇は震え、夕日の影が表情を隠していた。
「それ以来だ。魔法を使うのが……怖くなっちまってな。……カッコ悪い話だろ」
喉の奥から搾り出すような声。
燈也は悔しさを隠すように、夕日を見上げ続けた。
「……やっぱ、帝亜の言った通りかもな。俺には、魔法を使う資格なんて……ないのかもしれない」
「そんなことありません」
怜花の声は、驚くほど強く、まっすぐだった。
迷いが一切ない瞳。
ただ、燈也を信じきっているという確かな光だけがそこにあった。
「私を救ってくれたように……今の燈也さんなら、きっと魔法を正しく使えます」
怜花の言葉が、先輩の言葉と重なる。
――『キミの魔法は、いつか誰かを護る力になるわ』――
「――それに、燈也さんは先輩と約束したんでしょう?
なら、その想いを……嘘にしちゃだめです」
「……けど先輩はもう……俺ひとりじゃ、何もできない」
弱音を吐く燈也の瞳は、今にも崩れてしまいそうだった。
「燈也さん……」
怜花はそっと距離を詰めた。
そして、誰よりも優しい笑みを見せる。
「……だったら、今度は私がずっと見てますから。燈也さんのそばにいます。
……それじゃ、ダメですか?」
夕日の中で微笑む怜花の姿が――
一瞬だけ、燈也には“先輩”と重なって見えた。
胸が熱くなる。
誰かに支えられる温度を、久しぶりに思い出した。
「……怜花。いや……ありがとう」
すぐに立ち直ることなどできない。
けれど――
閉ざしていた心の扉が、わずかに軋みほんの少しだが、開く音がした。
***
その頃、人気のない校舎の古びた音楽室。
夕暮れの静寂を破るように、一人の少女の歌声が風に乗って広がる。
透き通ったその声は、夕空へと吸い込まれ――
まるで何かを予兆するかのように、儚く響いた。
ふたりの未来を。
そして、新たな物語の幕開けを告げるように。
次回 『第10想 臨時教師と不可思議な影』
執行部に加入することになった主人公の前に現れたのは、
新しく魔法執行部の顧問となった、ちょっと変わり者の臨時教師――立花セレナ。
そして執行部に舞い込む“幽霊調査”の依頼。執行部員達と調査を進めると、怪しい人影の姿が!?
果たして人影の正体は?物語は――新たな夢を描く。




