第70想 第四の関門――魔法主任神奈
「皆さん、次の試練に入る前に……傷を癒しておきますね」
癒水がそう言って一歩前に出る。
先ほどまでの戦いを終え、まだ誰の身体にも疲労が残っていた。
両手を静かに重ね、深く息を吸う。
『恵みの雨よ、静かに降り注ぎ、
傷ついた心と身体を包んで――』
≪癒しの雨≫
淡い光を帯びた水滴が、霧雨のように降り注ぎ、一行の身体を包み込んだ。
擦り傷や打撲の痛みが薄れ、張り詰めていた筋肉がゆっくりと解けていく。
「……助かる」
燈也が短く息を吐いた。
仲間の表情にも、わずかに安堵の色が戻る。
「やっぱ癒水の魔法は助かるわね」
「おかげで、次も全力で行けそうだぜ」
そんな声が漏れ始めた、その時だった。
――コツン。
どこか余裕を含んだ足音とともに、
場の空気を切り替えるような、柔らかくも底の知れない声が響く。
「ほう、待っておったぞ。もう少しかかると思っておったがの。」
柔らかな声とともに視線を向けてきたのは、
金色の四つ尾をゆったりと揺らす女性――神奈だった。
「次の試練はあんたか……神奈先生」
燈也が低く呟く。
その声には、これまでの教師たちとは違う種類の緊張が混じっていた。
「あのライブの時はありがとうございました」
怜花が一歩前に出て、丁寧に頭を下げる。
神奈はその様子を見て、目を細めて微笑んだ。
「なに、わっちはほんの少し背中を押しただけじゃ。
おぬしらが頑張ったからこそ、今があるのじゃよ」
その笑みは優しい。
「それに……試験は手を抜かぬぞ?」
空気が一瞬で引き締まった。
「望むところだ!」
燈也が迷いなく応える。
その声には、ここまでの試練を越えてきた確かな自信が宿っていた。
「では試練の内容じゃが……」
神奈はゆっくりと手を広げ、周囲に魔法陣を展開する。
「おぬしらには、この迷宮を超えてもらう。
勿論、中には幾重ものトラップを仕掛けておる」
周囲の石柱がわずかに震え、魔力が満ちていくのを全員が感じ取った。
「おぬしたちの知識、そして判断力――
それを、余すことなく試させてもらうぞ」
「ああ、全力で超えてやる!」
燈也の言葉に、仲間たちも静かに頷く。
「カッカッカ!!」
神奈は楽しげに笑うと、印を結び、術式を展開した。
『乾・坤・震・巽・坎・離・艮・兌 八方に理を刻み、陣を巡らせ道は移ろい、壁は蠢き 進む者を惑わし、退く者を拒め 理を知らぬ者、永く彷徨え』
≪妖術 石神八陣!!≫
「では、わっちは迷宮のゴールで待っておるぞ」
次の瞬間――
視界が白く染まり、足元の感覚が消える。
ぐにゃりと空間が歪み、燈也達は強制的に別空間へと転送された。
『さあ!試験も大詰め!第4の試練!』
洞窟全体に、実況の吉良の声が響き渡る。
『対するは美しき天狐――魔法主任・神奈!
彼女が作り出す迷宮、《石神八陣》!
果たして不知火チームは脱出できるのか!?』
続いて、落ち着いた声で愛紗が解説を入れる。
『石神八陣――知恵無き者は永遠に出ることが出来ないと言われる、
極めて高度な結界術です。
皆さん、どうか慎重に進んでくださいね』
光が収まると、そこはもはや元の試練場ではなかった。
無数の分岐、刻まれた古代文字、そして静かに待ち受ける罠の気配。
――第四の試練、石神八陣始動。
足元の感覚が戻ると同時に、不知火たちは石に囲まれた迷宮の中に立っていた。
天井も壁も、すべてが無機質な石で構成されている。
しかしただの石ではない。魔力が染み込んだように、表面には淡い紋様が浮かび、空気そのものが重い。
「……ここは異空間みたいね」
リエラが周囲を見渡しながら、慎重に魔力を探る。
音が反響し、どこまでが道でどこからが行き止まりなのかも分かりにくい。
「油断するなよ」
燈也が低く言い、仲間たちに注意を促す。
「大丈夫だって。こういうのはゲームで慣れてる。サクッとクリアしてやるぜ」
郷夜は相変わらず軽い調子で、迷宮の壁に手を置いた。
――ポチ
「……え?」
一瞬、何かが作動するような乾いた音が響いた。
「あれ、なんか……音しなかったか?」
次の瞬間――
奥の通路から、ゴロゴロと地鳴りのような音が近づいてくる。
「うわああああ!! 大岩だああああ!!!!」
巨大な岩が、猛スピードで転がってきていた。
「何やってんのよ!このバカ!!」
流水が即座に怒鳴る。
『――蒼海を駆ける一撃』
≪オーシャンアーツ壱の型 藍鯆!≫
流水の脚に水が集まり、渦を巻く。
次の瞬間、鋭い蹴りが放たれ、大岩は粉々に砕け散った。
「助かったぁ~……」
郷夜は腰を抜かしたように、その場にへたり込む。
「だから言っただろ。慎重に行けって」
燈也がため息混じりに叱る。
「……分かったよ」
郷夜はさすがに反省した様子で肩を落とした。
「リエラ、何か分かるか?」
燈也が状況確認を求める。
「それが……まるで何かに妨害されてるみたい。
感知が上手く出来ないわ」
リエラは眉を寄せ、首を横に振る。
「対策されてるってわけか……」
燈也は迷宮の構造を見回しながら考え込む。
「しょうがない。取り敢えず進もう」
一行は足音を抑え、慎重に迷宮を進んでいく。
――だが。
「……完全に迷ったわね」
しばらく歩いた後、リエラがぽつりと呟いた。
同じような通路、同じような石壁。
どこをどう進んだのか分からなくなっている。
「ああ、くそ……こうなったら!!!」
業を煮やした郷夜が、苛立ちを込めて魔力を解放する。
『春を告げる青き風よ、その旋律で道を切り拓け。踊れ』
≪青き春風のワルツ≫
鋭い風の刃が放たれ、迷宮の壁を斬り裂いた――はずだった。
「ちょっと!何やってんのよ!」
流水が慌てて止めに入る。
「いやさ、面倒くさいからさ。この壁、全部ぶっ壊せばいいかなって」
郷夜は悪びれずに笑う。
「……あれ?」
しかし、攻撃したはずの壁を見て、郷夜は目を見開いた。
傷が――消えている。
「壁が瞬時に直ってる……。何らかの魔法か」
燈也が冷静に分析する。
「だったら……」
壁が魔法で構成されているなら、無効化できるかもしれない。
そう考えた燈也は、腕に魔力を集める。
≪魔断!!≫
魔法無効化の一撃が壁を切り裂き、確かに傷が走った。
だが、それも数秒後にはゆっくりと塞がれていく。
「燈也さんの魔法でも……ダメみたいですね」
怜花が残念そうに呟く。
その時――どこからともなく、楽しげな笑い声が響いた。
「カッカッカ。無駄じゃ」
神奈の声だ。
「力技では、その石神八陣は敗れぬ」
次回 『第71想 第四の試練 妖術 石神八陣!!』
動く迷宮――! 数字が導く順路を追い、ついにゴール目前までへ辿り着いた不知火チーム。
だが、安堵の暇もなく、前に立ちはだかるのは――十月花からの刺客。
巨大な体躯、筋骨隆々の拳、そして戦闘狂の笑み。理屈より衝動――その力は、チームの知略と力を試す最後の砦となる。




