第5想 魔法執行部「逆鱗」
「待っていたわ、不知火燈也クン。……オマケも付いて来てるみたいだけど」
部室の重厚な椅子に深く腰かけ、片肘を付いたまま笑みを浮かべる少女。荘厳な部屋にそぐわぬ軽やかな声音で、燈也を迎えた。
目の前の椅子を、ひらりと片手で指し示す。座れ、と。だが燈也は従わず、その場に立ったまま相手を睨む。
「お前は誰だ?俺を目的はなんだ?」
警戒せずにいられるはずがない。
相手は自分の名前を知っており、先ほど襲ってきた連中の仲間なのだ。
少女は、座らなかったことなど気にも留めず、むしろ楽しげに口を開いた。
周囲のメンバーも口を挟まず、ただ静かに二人のやり取りを見守る。
「ふふふっ…自己紹介がまだだったわね~。私が魔法執行部部長“高天原帝亜”。そして横にいるのが使い魔の“セフィリアよ”。」
数少ないAAランク所持者であり、アンダーリムの眼鏡越しに妖艶な瞳を光らせる。紫髪をまとめたポニーテール、ストールを腕に掛け、制服の上着を羽織るように着崩した独特のファッション。
どこか掴みどころのない、不思議な雰囲気を纏っていた。
(こいつが俺を呼び出した張本人……こいつらの親玉ってわけか。
そして流水姉が言ってた“危険人物”だな)
隣のセフィリアはリエラと同じくらいの身長。
黒のドレスに魔女帽子、金髪のジト目。興味無さそうにティーカップを飲んでいる姿は月のような静かな印象を与える。
「さて、肝心の目的なんだけど…その前に彼女達に会ってもらえるかしら?」
帝亜が合図をすると、英明の作り出した空間に裂け目が生じ、二つの影が現れた。
「お前は…加ヶ瀬!?それにななみ!?」
出てきたのは加ヶ瀬怜花と、昨日燈也が助けた柊ななみだった。
「やっほー!また会えたね!ともくん」
気付いた瞬間、ななみは一直線に飛びつき、燈也の胸に勢いよく抱きつく。
「わっ…ちょっと抱きつくなって!?」
「そうよ!離れなさいよ!」
慌ててななみを引き剥がす燈也と、すぐさま割って入るリエラ。
「なっ…!!あの野郎!ななみさんと…」
「…お前も落ち着けよ」
荒ぶる雄介を落ち着かせる英明。
部室の雰囲気は、一気に騒がしくなる。若干一名を除いて。
燈也は小さく息を吐き、帝亜に向き直る。
「…で、俺を呼んだ理由をさっさと教えろよ」
「つまらない反応ね…まぁ無理やり連れて来られたんだし仕方ないか」
帝亜は肩をすくめ、それまでのおどけた声が嘘のように、澄んだトーンに変わった。
「…それじゃあ本題に入るわ」
部屋の空気が一段と冷え、静寂が降りる。
帝亜は瞳を細め、燈也をまっすぐ見据えると言った。
「ねぇ、不知火燈也クン…魔法執行部に入らない?」
「は?どうして俺が?」
その一言で、部室の空気が一度止まった。
「そうよ。いきなり勝手過ぎるわ!」
リエラも思わず声を張り上げる。
帝亜は肩をすくめ、まるで軽い世間話でもするかのように続けた。
「ななみから聞いたわ、不良を撃退したって。最近は問題を起こす生徒が多くて手が足りなくてね、優秀な子が欲しいのよ」
「助っ人って形で構わないし、報酬も出すわ。それでも嫌かしら?」
「お断りだ。誰がそんな面倒な事をやるもんかよ。」
その返答は当然だった。一方的に連れてこられ、そのまま協力しろと言われて、素直に頷く人間がいるわけがない。
「それに俺は……もう魔法に関わりたくねぇんだ。他の奴を誘え」
そう吐き捨て、燈也は部屋を出ようと背を向ける。
だが――
「そうよね。なんせ《魔法で世界を滅ぼしかけた》んだものね」
帝亜が、わざと聞こえるようにボソッと呟いた。
「でしょ? ――《流星》さん?」
その瞬間、燈也の足が止まる。
「……お前、何を知っている?」
“流星”――落ちた五法星という意味だ。
それは燈也が二度と聞きたくなかった忌まわしい異名。
(コイツ……俺の過去を知っているのか?)
帝亜は口元に指を当て、くすりと笑う。
「ふふっ……さぁ、何かしら? 知りたい?」
完全に揶揄っている。
燈也は堪えきれず、一気に距離を詰め帝亜の胸ぐらを掴み上げた。
「てめぇ……さっさと答えろ! 洗いざらい全部だ!!」
だが帝亜は微動だにせず、むしろ余裕の笑みを深める。
自信からか、それとも本当に“何か”を知っているのか――。
「燈也くん! これは罠よ! 相手にしちゃダメ!」
リエラの必死の声も届かない。
帝亜が楽しげに提案する。
「なら一対一で勝負しない? キミが勝ったら全部話すし、勧誘も諦めるわ。
でも負けたらキミは魔法執行部に入る。それでどうかしら?」
挑発とも言えるその言葉に、燈也の血が一気に沸き上がる。
「上等だ! 受けてたってやるよ!!」
「ちょ、ちょっと燈也くん!!」
リエラの静止は、もう届かない。
帝亜は指にはめた指輪へそっと口づける。
「――決まりね」
その瞬間、視界が白く弾けた。
気付けば、全員が広大な草原のど真ん中に立っていた。
天と地が繋がっているような異空間――転移魔法のようだ。
「場所が……変わった!? 転移魔法かよ……」
燈也や帝亜だけではなく、部室にいた全員を一度に転移させる。
その時点で帝亜の実力は明白だった。
「ここなら思いっきり戦えるでしょ?」
風にポニーテールを靡かせ、帝亜は軽く笑う。
「ルールは簡単。キミが“戦闘不能かギブアップ”するまでに私に一撃でも与えられればキミの勝ち。どう?」
「……ハンデのつもりか? 舐めてんのか」
「あら? 怖気づいたの?」
不敵に微笑む帝亜。圧倒的に不利な条件なのに、全く隙が感じられない。
「んなわけあるか! すぐに終わらせてやるよ……後悔すんなよ!」
「ふふふっ……」
紫の瞳が妖しく輝く。
「このバトル……どう思う?」
少し離れた場所で観戦していた英明が、組手でも見ているかのような落ち着いた声で呟く。
視線は、対峙する燈也と帝亜から一瞬たりとも離れない。
「部長さんが負けるとは思いませんけど……」
愛紗が不安げに手を胸に当てる。
「うーん……俺もそう思うけどよ。
でも、いくら帝亜でも相手はSランク。無傷ってのは……どうだろな」
雄介も先程の敗北が尾を引いているのか、自信なさげに答えた。
チームとして勝ちはしたが、三対一だ。それで勝ったところで、帝亜と同列とは言えない。
英明は腕を組みながら、低く呟く。
「……気になるのは、アイツの魔法だ。
さっきの戦闘じゃ、ほとんど魔法を使っていなかった。全力なら――」
言葉の先を言わないまま、眉をひそめた。
もし燈也が“本来の力”を見せた場合の話を、誰も口に出そうとしない。
そんなシリアスな空気に、棘のある声が飛ぶ。
「フン。帝亜があんなやつに負けるはずないでしょ」
「ちょっと、あんなのって何よ!! 勝つのは燈也くんなんだから!」
帝亜の使い魔・セフィリアの冷淡な一言に、リエラが即座に嚙みつく。
互いに睨み合う様子は、似た者同士の喧嘩のようでどこか微笑ましいと、周囲は思っていた。
「燈也さん、ファイトです!」
「ふたりとも頑張れ〜!」
怜花とななみだけが、緊張と殺伐とした空気をものともせず明るく声援を送る。
帝亜はそんなギャラリーたちに手を振り、ノリよく宣言した。
「それじゃあ、バトル開始♪
ギャラリーもたくさんいることだし、張り切っていくわよ〜」
「舐めやがって……一瞬で終わらせてやる!」
燈也が地を蹴ると同時に、帝亜は左手を天に掲げる。
『――轟け、雷鳴。天空に――』
詠唱が始まった。
大技特有の圧倒的魔力が空気を震わせる。
だが、
「守る仲間もいないのに、そんな大技が間に合うかよ!」
燈也の言い分は正しい。
どれほど強力な魔法でも“発動前に倒せば”意味はない。
詠唱中は隙だらけ、それが魔法使いの常識。シングル戦なら懐に飛び込んだ瞬間に勝敗が決まる。
≪補助魔法 加速強化!!≫
燈也の脚に光が走り、一気に加速した。風を裂くように距離を詰める。
「終わりだッ!!」
そして跳躍、一気に間合いへ――
だが。
「……それはどうかな?以下省略」
帝亜の口元が、にやりと吊り上がる。
次の瞬間、詠唱の続きもないまま左手から魔力が解き放たれた。
≪最上級魔法 黒月雷砲≫
轟音とともに、黒い巨大な雷撃が帝亜の腕からレールガンのように放たれる。
闇と雷が混ざった禁呪級の魔力が、空気を引き裂き燈也に迫る!
「なっ……バカな!?」
咄嗟に身体を捻ったことで直撃はなんとか避けたが――
雷撃が腕を掠め、焼けるような痛みが走る。
「ぐっ……!」
煙を上げる自分の腕を見て、燈也は一度大きく後ろへ跳び退いた。
「……どうなってる? 詠唱……してなかった、よな?」
距離を取りながら状況を整理しようとする――
だが、目の前の帝亜は至って楽しそうに笑っていた。
「くっ……どうなっている?」
燈也は奥歯を噛みしめながら、改めて帝亜の魔法を見極めようと視線を向ける。
(最上級魔法を、あの短さで…いや、ほぼノータイムで撃つなんて……普通ありえない)
魔法には絶対的なルールがある。
魔法ランク:
初級 → 中級 → 上級 → 最上級 → 究極とあり
ランクが上がるほど威力は跳ね上がるが――
・習得難易度が上がる
・魔力消費も莫大になる
・詠唱時間も長くなる 等のデメリットがある。
特に詠唱は「魔力の流れを整え、術式を安定させるためのプロセス」であり省略は本来不可能。
それは生徒だけでなく教師陣等の熟練魔導士でさえ出来ない。
——だが帝亜はそれを無視している。何か仕掛けがあるのか……?
「どうして…?詠唱してないのに撃てるわけ……?」
リエラの疑問に、英明が腕を組みながら淡々と答える。
「“固有能力”については知ってるな?」
「ええ、限られた人物だけが持つ本人固有の特殊能力よね」
固有能力は魔法とは性質が違い他者に伝授することは出来ず、全く同じスキルは二人として存在しない先天的な能力だ。
まさに類い稀なる素質、天性の才能なのである。
「『詠唱破棄』——あれが帝亜の固有能力だ。
高位魔法の詠唱プロセスをすべて省略し、魔力のみで直接術式を構築する能力らしい。」
「なにそれ!そんなの反則じゃない!」
リエラが叫ぶ。そう魔法使いなら誰しもが持つ弱点がないというのは、まさに反則級の力といえる。
「威力は通常より落ちるらしいが、あの速度で撃てるなら十分すぎるだろうな」
英明が小さく肩を竦めた。
「だから言ったじゃん。帝亜には勝てないって」
セフィリアが得意げに鼻を鳴らす。ジト目は変わらないがとても誇らしげな様子だ。
「だれが降参するものですか!」
またしても火花を散らす二人。そんな使い魔たちの声をよそに——
帝亜は静かに右手を掲げた。
「次、行くわよ!」
その声に、燈也の背筋がゾクリと震えた。
「くる……!」
黒い魔力が帝亜の周囲に渦を巻き、空気が一瞬にして変わる。魔力が周囲の空気を震わせていく。
「燈也さん、気をつけて!」
「分かってる!」
リエラの叫びが届く。だが燈也も分かっていた。“受けに回るだけでは勝ち目が無い”ということくらい。何か、何か打開策は――。
「せいぜい、逃げ惑いなさい」
帝亜の嘲笑とともに魔力が爆ぜた。
≪最上級炎魔法 煉獄月葬≫
最上級魔法である、灼熱の炎が大地を割るように広がり一帯を飲み込む。焼け焦げる風が観客席にまで押し寄せ、肌が焼けるような熱気すら届いた。
「うわっ…!!」
「キャ!」
「はぁ…相変わらず無茶するな」
観客のざわめきの中、英明は額に手を当てた。彼は深くため息をつく。
「ゲームオーバーかな?」
帝亜は手応えを確信し、炎の中に視線を向ける。
「ん?」
揺らめく火炎の奥――人影が動いたように見えた。気のせいか?
いや、違う。
「まさか…あの炎の中を突っ込んでくるなんて!?」
煤にまみれ、服を焦がしながらも燈也は真正面から突っ込んできていた。
「そこだあああぁ!」
拳に魔力を収束させ、一直線に帝亜へ飛び込む。あと一歩で届く――。
≪上級魔法 虚幻朧月≫
瞬間、帝亜の身体が溶けるように影に沈み、燈也の拳は虚空を切り裂いた。
「消えた!?」
隙を晒した燈也へ、帝亜はストールを変化させながら回り込み、鋭い打撃が横合いから突き刺さる。
「ぐはッ!」
「惜しかったわね、それは幻影よ。」
「クソっ…!」
燈也の焦りを見透かすように、帝亜は静かに告げる。
「やはりキミの心は過去に捕らわれたまま…だからその程度の力しか出せないんでしょ?」
「…てめぇが分かったような口を言ってんじゃねえよ!」
「威勢はあるみたいだけど…」
「うおおおお!!」
怒りを滾らせ再び殴りかかる燈也。しかし――
「…今のキミじゃそれが限界。私には勝てないわ。でも安心しなさい。私が鍛えなおしてあげるから」
≪連撃 昇龍月牙≫
軽く受け流された瞬間、ストールを変化させ流れるような連撃と打ち上げの一撃が燈也を吹き飛ばし、彼は地面へ叩きつけられた。
「まぁ当然の結果ね。」
「なんですって!まだ負けてないわ!」
セフィリアが勝ち誇り、リエラが必死に食ってかかる。二人の言い争いが場の空気を一瞬掻き乱す。
「げほっ…ごほ…」
「ふふ…YOU LOSE。これでゲームオーバーね」
勝利を疑わない帝亜と、静まり返る観客たち。
燈也は倒れ伏したまま動かず――まるでこのまま決着がついてしまうかのようだった。
次回 『第6想 語るな』
ついに始まった──
魔法執行部長・帝亜との一騎討ち。
圧倒的な実力差。砕け散る防御魔法。
そして主人公は地に伏し、誰もが勝負の行方を悟ったその瞬間──
「まだ……終わってねぇ!!」
再び立ち上がる燈也。周囲が震えるほどの膨大な魔力を纏いながら
解き放たれる“本気”の魔法に、帝亜の表情が初めて揺らぐ。
起死回生の一撃は届くのか!?




