第42想 小さな勇気、大きなごちそう
漣家の階段を降りながら、燈也はふっと鼻を鳴らした。
夕方特有の、どこか懐かしい匂い。
「……腹減ったな」
そう呟きながらリビングに足を踏み入れ、テーブルを視界に入れた瞬間——
「な……」
一瞬、言葉が詰まる。
「なんじゃこりゃあああああ!!」
思わず叫んでしまったのも無理はなかった。
テーブルの上には、明らかに“気合い”だけは十分に伝わってくる料理の数々が所狭しと並んでいる。
色合いは独創的、盛り付けは前衛的。料理というより、何かの儀式に使われそうな迫力すらあった。
「えっへん!驚いたか?」
その声の主はもちろん、ななだ。
胸を張り、腕を組んで、これでもかというほどのドヤ顔。
「二人に聞いてもらって作ったのだ!」
「……おい」
燈也は顔を引きつらせたまま、そっと癒水に近づき、小声で囁く。
「なあ……あれ、ちゃんと食べられるんだよな?」
「はい。見た目はちょっと……いえ、だいぶあれですけど」
癒水は困ったように微笑みながらも、フォローする。
「味は大丈夫なはずですよ。ななちゃん、すごく頑張ってましたし」
「……そうか」
少しだけ安堵した、その直後。
「ななが頑張って作ったんだから、残したら許さないわよ?」
流水が鋭い視線を燈也に向ける。
「わっ……わかってるよ!」
凄まれた燈也は、反射的に背筋を伸ばして答えるしかなかった。
「おお~」
そこへ階段を降りてきたのは、漣家の家長——水月だった。
テーブルいっぱいの料理を見渡し、目を丸くする。
「随分と豪華だね。今日は何かあったのかい?」
「ふふふ……」
流水が意味ありげに微笑む。
「結婚記念日が今日だって知った、ななちゃんが頑張って作ったのよ」
「……あら」
水月の後ろから現れた清水が、その言葉にぱっと表情を明るくする。
「そんな素敵なことをしてくれたの?」
ななの方を見て、目を細める。
「本当にありがとうね」
水月も深く頷き、穏やかな声で言った。
「いやぁ、嬉しいじゃないか。こんなに想ってもらえるなんて」
「にへへ」
ななは照れくさそうに、けれど誇らしげに笑う。
(良かった。元気を取り戻してくれたようだな)
その笑顔を見て、燈也は改めてテーブルの料理に目をやった。
(さて……見た目はともかく)
胸の奥が、少しだけ温かくなる。
(これは、ちゃんと“ごちそう”だな)
そう思いながら、覚悟を決めて席に着くのだった。
***
夕食を終え、自室に戻った燈也は、ベッドに腰を下ろしたまま天井を見上げていた。
「そっかぁ……ななみちゃんの妹だったとはね……」
机に腰掛けたリエラが、指先で机の縁をなぞりながら呟く。
燈也は今日の出来事を、一つ一つ噛みしめるように語り終えたところだった。
「ああ……」
燈也は視線を落とし、低く息を吐く。
「ななには、悪い事しちまった……」
その声には、後悔と自責が滲んでいた。
「でもさ」
リエラは顔を上げ、少しだけ柔らかく微笑む。
「そのおかげで、ライブに来てくれることになったんでしょ? だったら結果オーライじゃない?」
「……そうかな」
燈也は曖昧に返し、拳を軽く握る。
「俺の選択は間違ってるんじゃないか、ななを傷付けてるだけなんじゃないか……ってな」
胸の奥に溜め込んでいた疑念が、ぽつりぽつりと零れ落ちていく。
「……それは」
リエラは一度言葉を切り、少し考え込む。
「正直、私にも分からないわ」
意外なほど率直な答えだった。
「……すまん」
燈也は苦笑しながら頭を掻く。
「つまらない愚痴を聞かせちまったな」
「ううん」
リエラは首を振り、真っ直ぐに燈也を見る。
「……でもね」
その声は、穏やかで、それでいて芯があった。
「正しいか、間違っているかを決めるのは……他の誰でもない、自分自身じゃない?」
「――!……」
「らしくないわよ、燈也くん」
リエラはくすっと笑い、いつもの調子で言う。
「燈也くんは、いつもみたいに自分が正しいと思ったことをやればいいのよ」
その言葉は、夜の静寂に優しく溶け込みながら、燈也の胸に真っ直ぐ届いた。
「リエラ……」
燈也は顔を上げ、彼女を見る。
「ふふ」
リエラは、安心させるように微笑み返す。
「……お前の言う通りだな」
燈也はゆっくりと息を吐き、どこか吹っ切れたように笑った。
「ありがとう、リエラ。おかげで目が覚めたよ」
「どういたしまして」
軽く肩をすくめるリエラ。
燈也は再び天井を見上げる。
(——そうだな
迷ってる暇はない。今は……俺に出来ることをやるだけだ)
そう心に決め、燈也は静かに拳を握った。
次回 『第43想 揺れる記憶、魂の輪舞曲』
見えなくなっているのは、ななみだけではなかった。
少しずつ、確実に――“大切な存在”が世界から零れ落ちていく。
何が起きているのか。
ななの願いと未練、その代償とは――。
迫るライブ本番。
想いは届くのか、それとも失われてしまうのか。
すれ違う心と、残された時間。
果たして彼らは、最後まで音を鳴らし続けることができるのか。




