第31想 最初の関門 ――魔法教師エリス
前回までのあらすじ
魔法嫌いな元・学園最強――不知火燈也。魔法執行部に渋々加入した彼は、幽霊調査の任務で未練を抱えた少女・ななと出会う。
彼女の願いを叶えるため、燈也は仲間たちと共に“バンド”を結成し、ライブという挑戦に踏み出す。
衝突、挫折、そして失われていく記憶――それでも想いは消えず、歌は奇跡を起こした。
次に待ち受けるのは、学園最大の試練――魔法試験。
その第一の試練が始まる。
「はーい。ようこそ~第一の試練へ♡」
洞窟の奥、淡い光に照らされるようにして現れた女性が、軽く手を振りながら明るく笑った。
場違いなほど朗らかな声が、ひんやりとした洞内に響く。
黄緑色の髪がふわりと揺れ、整った顔立ちと年齢を感じさせない若々しさが、逆に只者ではない雰囲気を放っている。
「あなたは、エリス先生!!」
真っ先に反応したのは流水だった。
思わず声を張り上げ、目を見開く。
「久しぶりね~。流水ちゃん、癒水ちゃん!」
エリスと呼ばれた女性は、まるで親戚に会ったかのように嬉しそうに手を振り、二人に笑顔を向けた。
「流水姉、知り合いなのか?」
燈也が小声で尋ねる。
「ええ。お母さんの友達で……何回か会ったことがあるわ」
流水は少しだけ肩をすくめ、苦笑気味に答えた。
その反応だけで、相手がただの教師ではないことが伝わってくる。
「知らない子もいるみたいだから、自己紹介するわね~」
エリスはくるりと一回転し、楽しげにポーズを取る。
「私はエリス・セラフィン。担当科目は保健体育。よろしくね~」
その瞬間、周囲の空気がわずかに張り詰めた。
教師――しかも試練担当。
しかも、纏っている魔力の質が明らかに別格だ。
――エリス・セラフィン。
青龍魔術学園教師。魔法ランクGS。
風属性を司るエルフであり、長い時を生きる存在。
教師になる前は医療現場に立ち、現在は養護教諭も兼任。
お洒落好きでスタイルも抜群、明るく大胆で、どこか掴みどころのない人物――。
「うひょー!お美しい!!」
沈黙を破ったのは郷夜だった。
目を輝かせ、テンション高く叫ぶ。
「キャハハハ!ありがと~」
エリスは悪びれる様子もなく笑い、ウインクを一つ。
「でもね~、試験は甘くしないから覚悟してね♡」
その言葉に、全員の背筋が自然と伸びた。
「課題はこれよ」
エリスは軽く指を鳴らし、洞窟の奥を指し示す。
「あの子を対処して、その先にある宝箱からフラッグを手に入れてみなさい」
視線の先には、巨大な蔓をうねらせる異形の植物――
鋭い牙のような花弁を開閉させる、人喰い草の姿があった。
「あれって……人喰い草って言われてる奴じゃないか?」
郷夜が思わず声を裏返す。
「大丈夫よ~」
エリスはのんびりと答える。
「試験用に作られた子だから。命までは取らないわ」
「……まじかよ」
燈也は露骨に顔をしかめた。
「もし怪我しても、お姉さんがちゃんと診てあげるから心配いらないわ」
そう言って、エリスはにっこりと微笑む。
「ぐへへへ……エリス先生に診てもらえるなら、ちょっと嬉しいかも……」
郷夜がだらしなく笑った、その瞬間――
「ほら!鼻の下伸ばしてないで行くわよ!!」
流水が郷夜の襟を掴み、ずるずると引きずり出す。
「いでででっ!分かったから引っ張るなって!」
情けない悲鳴を上げる郷夜をよそに、
燈也たちは巨大な人喰い草へと視線を向ける。
『さあ、不知火チームの前に立ちはだかるのは――第一の試練、レインボーディオネアだ!
既に何人ものチームをリタイアへと追い込んでいる難敵だぞ!』
魔導放送を通じて、十文字吉良の張りのある声が洞窟内に反響する。
『レインボーディオネアはウツボカズラ科に属する危険植物。
通称――食人植物。捕食用の蔓と驚異的な再生能力を併せ持つ厄介な相手です』
如月愛紗の冷静な解説が続き、状況の深刻さを際立たせる。
巨大な蔓が地を這い、虹色に光る花弁の奥で“本体”が脈動する。
まるでこちらを値踏みするかのように、植物とは思えぬ不気味な気配を放っていた。
『果たして、この強敵をどう攻略するのか――!』
「さて……どうするか……」
燈也は視線を逸らさず、瞬時に全体を観察する。
不用意に近づけば、次の瞬間には捕らえられるだろう。
「燃やせばいいんじゃねえの? 草だし……」
郷夜が軽い調子で言うが、その声には僅かな緊張も混じっている。
「リエラ、お願い出来るか?」
「任せて!!」
リエラは一歩前に出ると、両手を掲げ詠唱に入る。
『偽りの焔に真実を宿せ。
見えざる業火よ、姿を現せ――』
≪幻炎の猛火≫
炎が迸り、レインボーディオネアの蔓と花弁を包み込む。
焼け焦げる音と共に、植物は一瞬動きを止めた――
しかし。
「……っ!?」
焦げたはずの蔓が、ぐにゃりと蠢き、再び伸び始める。
焼け跡を覆うように新たな細胞が増殖し、元の形へと戻っていく。
「駄目だわ……直ぐに再生してる……」
リエラの声に焦りが滲む。
「炎がダメなら、直接斬るか! やるぞ、風間!!」
「へへ! オレ様の出番ってわけだな!」
郷夜は一歩踏み出し、風を纏う。
『春を告げる青き風よ、その旋律で道を切り拓け。
踊れ――』
≪青き春風のワルツ≫
渦を巻く風刃が踊るように放たれ、蔓を次々と切断する。
断面が宙を舞い、洞窟の床に落ちた――
「ひええっ!! 斬っても斬っても、直ぐに増えやがる!!」
切り落とされた先から、新たな蔓が生え、数を増していく。
「くっ……なら、これはどうだ!!」
燈也が踏み込み、魔力を刃へと集中させる。
≪魔断≫
鋭い一撃が蔓の隙間を縫い、本体へ迫る――
だが、その瞬間。
無数の触手が壁のように立ちはだかり、攻撃を阻んだ。
「ダメだ! 触手に阻まれて本体に攻撃が届かない!」
切り裂かれた触手は、まるで嘲笑うかのように再生し、さらに太く、長く伸びていく。
洞窟内に、じわじわと追い詰められる空気が満ちていった。
「一体……どうしたら……」
「攻撃が来るわ!!」
リエラの鋭い叫びに、全員が一斉に身構える。
次の瞬間――
地面を叩き割るような音と共に、レインボーディオネアの触手がうねりを上げて迫ってきた。
赤、青、緑――色とりどりの蔓が、獲物を絡め取ろうと牙を剥く。
「っ……!」
流水が一歩前へ踏み出す。
『沈め。砕け。深海の連撃――』
≪オーシャンアーツ弐の技・黒鯱≫
鋭く、重い。
まるで海中を駆ける鯱の突進のような連続蹴りが炸裂し、触手をまとめて吹き飛ばす。
衝撃で洞窟の空気が震え、断ち切られた蔓が地面に叩き落とされた。
「皆、大丈夫!?」
「は、はい……ありがとうございます!」
怜花が胸を押さえながらも、しっかりと礼を言う。
「助かったぜ……」
郷夜も安堵の息を吐いた、その時――
「あっ……見て下さい!」
癒水が、地面に落ちた触手を指差す。
「今の攻撃で……青い触手が、枯れています!」
確かに。
他の蔓が蠢いて再生を始める中、水流を受けた青色の触手だけが色を失い、干からびるように崩れていた。
「水属性に……弱いのかも!」
「なら、話が早いわね!」
流水は即座に気持ちを切り替え、再び構えを取る。
『海はすべてを覆い尽くす。
逃げ場なき波となれ!』
≪オーシャンアーツ参の技・白鯨≫
クジラのように大きく身を捻り、重力を乗せた踵落とし。
衝撃と同時に、波のような魔力が地面を走り、広範囲に叩きつけられる。
洞窟内に、轟音が響いた。
「これで……どう?」
しかし――
「駄目です! 本体には……効いていません!」
癒水の声が、焦りを帯びる。
触手の一部は砕けたが、中心にある花弁はなお健在。
むしろ、別の色の蔓がさらに勢いを増して伸びてくる。
「もう……どうなってるのよ!?」
流水が歯噛みする。
(……水が弱点じゃない? いや……待て)
燈也は冷静に、先ほどの光景を思い返す。
青い触手だけが枯れた事実。
そして、他の色は健在だったこと。
(もしや……)
「おい、風間」
燈也は郷夜を振り返る。
「あの緑の触手に向かって、もう一度魔法を使ってくれないか?」
「別にいいけどよ……」
郷夜は肩をすくめる。
「効かなくても文句言うなよ?」
それでも、構えは迷いなく取られた。
『春を告げる青き風よ、その旋律で道を切り拓け。
踊れ――』
≪青き春風のワルツ≫
風の刃が緑の触手を切り裂く。
――次の瞬間。
「……あれ?」
郷夜が目を見開く。
切断された緑の触手は、再生することなく、萎れるように崩れ落ちた。
「……やはりな」
燈也は小さく頷く。
「これは……一体どういうことですか?」
怜花が困惑した表情で尋ねる。
「おそらく、あの触手は色ごとに弱点属性が違う」
燈也は敵から視線を逸らさず、続ける。
「青は水。赤は炎。緑は風……そんな仕組みだろうな」
「なるほどね……」
流水が納得したように息を整える。
「そうと分かれば――さっさと攻略するわよ!」
流水の声に、全員の意識が一つに集まる。
「俺が本体を叩く。皆は援護を頼む!」
燈也の短い号令に、
「任せろ!」
「分かりました!」
「分かったわ!」
それぞれが即座に応える。
無駄な言葉はもう必要ない。役割は明確だった。
流水が一気に距離を詰める。
『蒼海を駆ける一撃!!』
≪オーシャンアーツ壱の技・藍鯆≫
軽やかで鋭い蹴りが、青い魔力をまとって叩き込まれる。
水流が迸り、レインボーディオネアの一部が大きく軋んだ。
「やったわ!」
確かな手応えに、流水は拳を握りしめる。
――しかし、反撃はすぐに来た。
「緑の触手が来てます!」
怜花の叫びと同時に、風を切る音。
緑色の蔓が、蛇のようにうねりながら迫る。
「へへ、オレ様の出番だな!!」
郷夜が一歩前に出る。
『情熱は赤く、風は速く!瞬速でぶち抜け!』
≪赤き瞬風の風弾≫
圧縮された風の塊が撃ち出され、緑の触手を正確に貫く。
「よっしゃあ!!」
切り裂かれた蔓は再生せず、そのまま地面へと崩れ落ちた。
「今度は赤ね」
リエラが即座に状況を見極める。
『偽りの焔に真実を宿せ。
見えざる業火よ、姿を現せ――』
≪幻炎の猛火≫
揺らめく炎が赤い触手を包み込み、幻のように形を歪ませながら焼き尽くす。
再生の兆しは――ない。
「チャンスよ! 燈也くん!!」
「――ああ、これで終わりだ!!!」
燈也は一気に間合いを詰め、魔力を刃に集中させる。
≪魔断!!≫
鋭い一閃。
核を貫かれたレインボーディオネアは、悲鳴のような音を立てて崩れ落ち、完全に沈黙した。
「よっしゃあ……第一の試練、クリアだな!」
燈也は奥に残された宝箱を開き、中から試験用のフラッグを掴み取る。
『これは凄い! 不知火チーム、第一の試練を突破しました!!』
『タイムもかなり早いです! 優勝も狙えるかもしれませんよ! この調子で頑張って下さいね!』
実況と解説の声が、洞窟内に響き渡る。
「へぇ~、やるじゃない~☆ おめでと~」
エリスが楽しそうに拍手しながら、回復薬を差し出す。
「次の試練はもっと大変だろうけど、頑張ってね~☆」
いたずらっぽく微笑む。
「頑張ってね~☆」
――第一の壁は越えた。
だが、魔法試験はまだ始まったばかりだ。
次回予告 『第32想 第二の関門――魔法教師キララ!』
第一の試練を突破した不知火チーム。
だが、安堵する暇はない。
彼らを待ち受けるのは第二の試練を司る魔法教師――キララ・ラズベリー。
不知火達は試練を乗り越えられるのか――。




