第20想 二人の共鳴曲
前回までのあらすじ
幽霊少女・ななの願いを叶えるため、主人公たちはバンドを結成した。
日々の練習を重ねる中で、彼らの想いと音は少しずつ形になっていく。
そのひたむきな姿勢は周囲の心を動かし、やがて理解者や協力者も増えていった。
ななの願いを胸に、バンドは確かな一歩を刻み続ける。
夕暮れの旧校舎──
薄暗い廊下を抜けた先の空き教室に、古びたアンプと白い埃の匂い。そして練習中の楽器の音が響いていた。
「ゴーヤー何やってるのだ!! この下手くそ!」
曲の途中、なながバンッと机を叩きながら叫ぶ。
「んだとコラァ!? あとオレサマは郷夜だって言ってんだろうが!!
そもそもオレサマの超絶ドラムのどこが下手だって言うんだ!」
郷夜が噛みつくように反論する。
「全部なのだ!!」
ななは即答。容赦ゼロ。
「そうよ。しかもアンタだけリズムずれてるし」
流水が腕を組んで冷ややかに言い放つ。
「はぁ? そっちが合わせられないだけだろ?」
郷夜が逆ギレ気味に言えば──
「なんですって!?」
流水の額に青筋が浮かぶ。
「まぁまぁ皆さん落ち着いてください」
穏やかな声で癒水が二人の間に割って入る。
「そうですよ。せっかくみんなでやってるんですから、仲良くいきましょう?」
怜花も微笑みながら肩に手を置くと、場の空気がようやく和らいだ。
「ちっ……しょうがねぇ……。分かったよ」
郷夜が不満げに視線を逸らしつつも折れる。
「よし、それじゃあもう一回最初からいくぞ!」
燈也が声を上げ、メンバーの気持ちを切り替える。
旧校舎の空気が再び音で満たされていく──。
***
練習を終え、疲れを抱えながら廊下に出ると、ひんやりした空気が体を包んだ。
「……まだやってるのね」
聞き慣れた声。振り向くと、魔法執行部部長の帝亜が壁にもたれ、こちらを見ていた。
「アンタか……部長」
燈也は思わず身構える。練習疲れが一瞬で吹き飛んだ。
「何の用なのだ?」
ななも前に出て警戒の色を見せる。
しかし帝亜は、いつもの挑発的な目つきではなく、どこか澄んだ瞳で言った。
「……あなた達には負けたわ」
「え?」
燈也が思わず声を漏らす。
「ライブ活動を──認めてあげる」
その言葉は、旧校舎の静寂に吸い込まれるように響いた。
「えっ……」
燈也は驚きのまま固まる。
「ありがとうなのだ!」
ななが花が咲くような笑顔で頭を下げた。
帝亜はくるりと背を向け、夕日の逆光に紫色の髪を揺らす。
「フン……せいぜい頑張りなさい」
その横顔には、ほんの少しだけ優しい微笑みが灯っていた。
***
「ななちゃん、良かったな」
燈也はそっとななの頭を撫でる。ななは嬉しそうに目を細め──
「うん!」
力強く頷き、笑顔を弾ませた。
旧校舎の窓から差し込む夕日が、二人の未来を祝福するように照らしていた。
旧校舎から続く静かな廊下。
窓の外から差し込む橙色の光が、磨かれた床に細長い影を落としていた。
「……どういう風の吹き回し?」
ふいに、影の中からしなやかな声が響いた。
セレナ先生が、腕を組みながら柱にもたれかかっていた。
帝亜は、驚いた風もなく横目だけを向ける。
「相変わらず、見ているんですね。先生は」
「教師だからね。それに──あなたのことなら、特にね」
セレナは軽く笑いながらも、視線だけは鋭い。
帝亜の背後まで見透かすような、そんな目だ。
「あなたには、この先どうなるか分かっているはずでしょう?
あの子達のライブを許すなんて……何があなたを変えたのかな?」
声色は柔らかい。
けれど、その表情はほんの少しだけ心配を含んでいた。
帝亜はすぐには答えなかった。
廊下に沈黙が落ち、外の風の音だけが聞こえる。
(……変わった、か)
心のどこかに引っかかった言葉。
だがそれを認める気はない。
「……別に、何も変わっていませんよ」
やがて帝亜は、くるりと背を向けたまま淡々と告げる。
「私は魔法執行部の部長として、生徒の要望に応えただけです」
務めを果たしただけ。
それ以上でも以下でもない──と、言い聞かせるように。
しかしその背中には、かすかに揺れる感情が滲んでいた。
セレナはそれを見逃さない。
「……本当にそれだけ?」
優しい問いかけ。
けれど帝亜は振り返らない。
数秒の沈黙を破ったのは、帝亜の小さな吐息だった。
「それに……」
ほんの少しだけ声が柔らかくなる。
「夢を見るのは、魔法使いの本分ですよ」
その言葉を残し、帝亜はゆっくりと歩き出した。
夕日の廊下に小さなヒールの音が響く。
セレナはその背中を見送るだけだった。
止めることも、追うこともしない。
「……そう」
小さく呟き、視線を床へ落とす。
(あの子を変えた、不思議な子……)
教師としては羨ましくもあり、危うくもある光。
だが同時に、セレナは思う。
(でも……現実は物語のようにはいかないものよ)
夕日が水平線へ沈んでゆく。
長い影が細く伸び、廊下は静けさを深めていく。
***
旧校舎を出ると、空はすっかり藍色に染まりきっていた。
音楽室で鳴り響いたドラムやギターの余韻がまだ耳の奥に残っている。呼吸をすると、夜の冷気が胸にひんやりと落ちてきた。
「すっかり日が暮れちまったな……」
燈也は小さく伸びをしながら言った。街灯の光に照らされた横顔はどこか充実していて、どこか疲れてもいた。
「でも練習も順調だし、このままなら本番も上手くいきそうだ。本番まで一週間を切った。もうひと頑張りだな」
「ですね……」
怜花は微笑みを返すが、どこか表情に影が差している。制服のスカートが夜風に揺れ、その手は胸の前でぎゅっと握られていた。
燈也が首を傾げる。
「どういう意味だ?」
「最近……考えてしまうんです」
怜花は足を止め、燈也の顔をまっすぐ見上げた。
その瞳は揺れていて、何を言うべきか迷っているようにも見える。
「私達がやろうとしていることは、本当に正しいのでしょうか?」
「……それは」
燈也は言葉を探し、視線を宙にさまよわせた。
怜花の問いは、彼自身も胸の奥で感じたことのある不安だった。
「私は……この楽しい日々が、永遠に続いてほしいって思うんです」
怜花は夕闇の中で小さくつぶやいた。
その声は震え、切なさが滲んでいた。
燈也は苦笑し、空を仰ぐ。
「……永遠なんてねぇよ」
「え……?」
「どんな夢もいつか覚めるように、永遠に変わらないものはないのさ」
夜風が髪を揺らし、ふたりの間をすり抜けていった。
怜花は俯く。
「……ごめんなさい。わかっています、そんなこと」
自分の弱さを責めているのが伝わってきた。
そこで燈也は歩み寄り、怜花の肩に軽く触れた。
その手は温かい。
「たださ。楽しい時間が長く続くように努力することは……出来ると思うぜ?」
「……燈也さん」
怜花の瞳がゆっくりと上がり、その表情に光が戻る。
「それに、俺達二人だけじゃない。応援してくれる奴らだってたくさんいる。心配いらねぇよ」
その言葉は、怜花の胸に沈んでいた不安をひとつひとつ溶かすようだった。
「……そ、そうですよね」
怜花の声から迷いが少しずつ消えていく。
「ななちゃんのためにも、私が立ち止まっている場合じゃありませんよね」
「おう。俺達で最高のライブにしてやろうぜ。
――それが、ななの願いなんだからな」
燈也が笑う。
怜花もその笑みに釣られるように、力強く頷いた。
「――はい!」
夜の校門へと続く道に、二人の足音と決意が重なって響いていく。
***
夕焼けが紫へと溶けていく次の日の放課後。
校門へ続く道を、燈也・怜花・ななの三人は談笑しながら歩いていた。
しかし、その空気を断ち切るように――
「上手くいってるみたいね」
石畳の影から、唐突に女の声が響いた。
「タチバナ先生……!」
先に反応したのは怜花だった。
いつの間にか、セレナが三人の帰り道をふさぐように立っていた。
夕暮れの光が桃色と紫のツートンの髪を照らし、妖しい光を帯びている。
「あんたは……。俺達になんの用だ?」
燈也が一歩前に出る。
ななを庇うように、肩で風を切る気迫をまとって。
「まあ……ちょっと聞きたいことがあってね」
セレナはわざとらしく肩をすくめた。
その目は笑っているが、奥に冷たい光が潜んでいる。
「二人はどうして、会ったばかりのその子のためにそんな一生懸命なの?
何のメリットもないと思うけど……」
声は柔らかく、しかし刃のような鋭さがあった。
ななはびくりと肩を震わせ、燈也の袖をそっと掴む。
「別に……損得だけがすべてじゃねぇだろ?」
燈也は動じず、きっぱりと言い返した。
「そうです! それに友達を助けるのに理由なんて必要ないと思います!」
怜花もななの前へ出て、強く宣言する。
その姿はいつになく勇ましい。
「ふふ……泣かせてくれる話ね」
セレナは唇に指を当て、まるで予想通りと言わんばかりに笑う。
けれど次の瞬間、その笑みは影を帯びた。
「――だが、厄介事に首を突っ込むのは程々にしておいた方がいいと思うな」
低い声に、空気が一変する。
さっきまでの柔らかさが嘘のように、周囲の温度さえ下がる気がした。
「余計なお世話だ。俺達は自分のやりたいようにやる」
燈也はその威圧を跳ね返すように、真っ直ぐ睨み返す。
「……後悔することになるとしても?」
セレナの瞳が細められる。
まるで、未来のどこかをすでに見てきた者のような、底の見えない視線。
「そんなのやってみないとわからないだろ!
それに、例え後悔するとしても……やらずに後悔するよりはずっといい!」
燈也は声を荒げながらも、怯えるななに一瞬だけ優しい目を向けた。
その一瞬に、セレナの目がわずかに揺れる。
「私もそう思います!
ここで諦めるなんて……出来ませんから!」
怜花も胸に手を当て、強く強く言葉を重ねた。
セレナはそんな二人をしばらく見つめ……小さく息を吐く。
「……なるほど。
それが、キミ達の“覚悟”というわけか」
人を試すような、教師というより観察者の目。
そして――ゆっくりと、言葉を落とす。
「旧校舎の音楽室に行ってみなさい。
――運命を知る勇気があるならね」
その言葉が空気を震わせた直後、セレナの身体が淡い魔法光に溶けるように消えた。
「運命……だと……?」
セレナが消えた暗がりを見つめながら、燈也は拳を握りしめる。
ななは不安げに怜花の袖を掴み、怜花はそっとその手を握り返す。
「どういうことでしょうか……?」
怜花は眉を寄せ、不安を隠しきれず呟く。
旧校舎の音楽室――その言葉に心当たりはない。けれど、ただの好奇心ではない何かを感じていた。
「分からない」
燈也は小さく息を吐き、風を切るように前を見る。
「だが……行くしかないだろ」
決意は重くも清々しく。
答えのない闇の方へ、それでも歩みを止めない強さが滲んでいた。
「ななは……」
ふと横を見ると、ななは小さく唇をかみしめていた。
怯えと迷い――そのどちらも隠せていない。
燈也は優しく、しかし逃げ道を与えない声で言う。
「お前も来い。逃げてばかりじゃ前には進めないんだ」
「でも……」
ななが揺れる瞳で答える。
小さな肩が震えていた。
その隣に怜花がすっと立つ。
「私達が一緒にいます」
まるで光を灯すような穏やかな声だった。
「絶対に一人にはさせませんから……」
ななの瞳に映った迷いが、少しずつ溶けていく。
「……分かったのだ」
小さな声で、それでも確かな意志を込めて頷く。
風が三人の前髪をそっと揺らす。
未知の“運命”が待つ旧校舎へ――彼らは歩き始めた。
***
旧校舎の奥へ進むにつれ、空気が目に見えて変わっていく。
時間から切り離されたような静寂――その中に、かすかに混じる音。
――ポロン……ポロン……
「……これは……」
燈也が足を止め、耳を澄ませた。
「ピアノの音?」
怜花も同時に気づき、思わず声を落とす。
鍵盤を叩く澄んだ旋律。
古びた校舎には不釣り合いなほど、丁寧で、どこか懐かしい音色だった。
「でも……ここ、今は使われていないはずですが……」
怜花は不安そうに周囲を見回す。
答えは返ってこない。
ただ、音だけが彼らを奥へ、奥へと誘っていく。
「……入るぞ」
燈也は短く言い、音楽室の扉に手をかけた。
――ギィ……。
重たい音を立てて扉が開く。
埃の匂い、薄暗い室内。
月明かりに照らされる古いグランドピアノの前に、一人の少女が座っていた。
長いウェーブのかかった桃色の髪。
指先で鍵盤を撫でるように弾くその姿。
「……っ!」
ななが息を呑む。
「……お姉ちゃん!?」
その声に、燈也と怜花もはっきりと彼女の顔を認識する。
「えっ……こいつが!?」
燈也は思わず声を上げた。
――柊ななみ。
(ななみが……ななの、仲直りしたい相手だったのか……)
(だったら話は早い。ここで二人が話して、仲直りすれば……)
そう思いかけた、その瞬間。
「……あっ」
ピアノを弾いていたななみが、こちらに気づいたように顔を上げた。
そして、にこりと柔らかく笑う。
「ともくんに、れいちゃん。
集中してたから、二人が来たことに気づかなかったよ」
ピアノ椅子から立ち上がり、ゆっくりこちらへ歩いてくる。
「…………えっ……二人?」
その言葉に、燈也の背筋が凍りついた。
(待て……)
(“二人”……?)
無意識に、燈也は横を見る。
そこには、確かになながいる。
少し怯えた顔で、震える手を握りしめながら――。
だが。
ななみの視線は、一度もななを捉えていなかった。
(……どういうことだ……)
(まさか……)
燈也の胸に、嫌な予感がじわじわと広がっていく。
――ななが、見えていない。
静かな音楽室に、言葉にならない違和感だけが残されていた。
次回予告 『第21想 揺れる哀歌』
ライブ本番まで残された時間は、あとわずか。
そんな中、セレナ先生から、ななの“真実”に迫る重要なヒントが与えられる。
導かれるように辿り着いた場所で、燈也たちはななの姉と再会する。
だが――姉の瞳に、ななの姿は映っていなかった。
届かない想い、すれ違う姉妹。
残された時間の中で、彼らは奇跡を起こすことができるのか。




