第16想 魔法を失った理由――俺の罪
「ま、魔法を斬りやがった……!? これがアイツの、本当の力だってのかよ!?」
日向雄介の声が震える。観戦者達も一瞬静まり返った後、ざわり、と大きな波のように歓声と驚愕が広がっていく。
「くっ……!」
高天原帝亜は奥歯を噛み、即座に詠唱を重ねる。
≪吸魔の獄神壁!!≫
先ほどのものより濃く、重く、幾重にも積み重なる魔力壁が形成される。二重、いや実質三重構造の鉄壁。
だが――。
「うおおおおおおっ!」
不知火燈也が右手に宿した“魔法の刃”を再び振り下ろす。
≪夢幻の断斬!!≫
「バカな……吸収できない……!?」
帝亜の瞳が見開かれた。
吸魔の獄神壁は“魔力を吸収する最強格の防御。しかし――燈也の無効化魔法は吸収することが出来ず、壁を紙のように削り取っていく。
「す、凄い……! あのバリアが壊れていくわ!」
「もうすぐですよ、燈也さん!」
リエラと加ヶ瀬怜花の声援が響き渡る。
ついに一枚目の壁が砕け散り、最後の壁にも無数の亀裂が走る。
「まずい……っ!」
帝亜の頬を冷や汗が伝う。
――このままではやられる…!。
「終わりだあああああッッ!!!」
燈也の咆哮と共に、最後の壁が粉々に砕け散った。
刃が、帝亜の肌へ触れようとする――その刹那。
――くそ……せんぱ……お、れは……。
耳の奥で、遠く、誰かの声がした。
燈也の世界が急に揺らぎ、視界がぼやける。
「……っ!?」
体が自分のものではないようにふらつく。
次の瞬間、燈也の膝ががくりと折れ、そのまま倒れ込んだ。
「燈也さん!!」
怜花が悲鳴のような声を上げて駆け寄る。
「しっかりしてください!」
「……」
帝亜は、刃が触れかけた頬をそっと指先でなぞった。
ほんの僅かだが、震えている。
「……バトルは終わりよ。彼を部室へ運びなさい」
茫然としていた部員達が、帝亜の命令にハッと動き出す。
運ばれていく燈也を見送りながら、帝亜はそっと空を見上げた。
「……やはり私の目に狂いはなかったわ。
いいえ……彼を最初に見つけたのは、あなただったわね」
その声音は、普段の帝亜には似つかわしくないほど優しく、どこか懐かしさを含んでいた。
暗闇の中――。
燈也の視界にまた、あの光景が浮かび上がる。
何度繰り返しただろう。終わらない悪夢。忘れたくても、決して忘れられない“過ち”。
――やっぱり俺は弱い。
先輩との約束も……アイツを止めることも……何一つ、守れなかった。
結局、俺の魔法は……誰かを傷つけることしか……できない……。
「またね……燈也くん……」
優しく微笑む先輩。
けれどその横顔は、まるで別れを悟っているかのように、悲しく、切なげだった。
「待ってくれ!! 先輩!!」
伸ばした腕は空を掴むばかりで、届かない。
先輩の姿は光に溶けるように遠ざかり、そして――消えた。
「……ん……」
どこかで、声がする。
先輩? いや、この声は……。
「燈也くん!」
「燈也さん!」
ぱちり、と目を開けると、心配そうなリエラと怜花の顔が飛び込んできた。
「よかった……本当に心配したんですよ……!」
怜花が慌てて身体を支え、ゆっくりと起こしてくれる。
「ここは……部室、か?」
「目を覚ましたようね。気分はどうかしら?」
ソファにもたれた帝亜が、脚を組みながらこちらを見つめていた。
「ああ……おかげで最悪な気分だ。」
「あら残念。じゃあ勝負の続きでもしてあげましょうか?」
冗談めいた帝亜の言い方に、燈也は苦笑する余裕すらない。
「いや……戦いの最中に気絶した以上……今回は俺の負けだ。
約束には従う。もう用は済んだだろ? 二人とも、戻るぞ」
まだ足取りはおぼつかない。それでも立ち上がり、ふらつきながら部室を出ようとする。
「ま、待ってくださいっ!」
リエラと怜花が慌てて横に回り込み、倒れないよう寄り添うように支えていく。
その背中が見えなくなるまで見届けたあと――。
「……上手くやったな」
壁にもたれていた工藤英明が、ぽつりと呟く。
「まだ“ピース”が揃っただけよ。ここからが、本当の始まりよ」
帝亜は窓の外を眺め、ゆるりと微笑む。
「あの子の夢――長くて、楽しい物語。
そのページはこれからめくられていくのよ」
お気に入りの本を開くように。
期待と確信をその瞳に宿したまま、帝亜はそっと目を細めた。
ゆっくりと夕日が沈んでいく。
オレンジ色に染まる屋上で、燈也と怜花は並んで腰を下ろしていた。
吹き抜ける風に、怜花の赤みがかった髪がふわりと揺れ、その度に光を反射してきらめく。
「はは……さっきは、カッコ悪いところ見せちまったな」
燈也は夕焼けに視線を逸らしながら、どこか疲れたように笑った。
「い、いえっ!そんな、全っ然……!」
怜花が慌てて両手をぶんぶん振り、全力で否定する。
「まぁ、昨日のお前よりはマシだがな」
あえて軽口を叩く。重くなりそうな空気を、どうにか誤魔化すように。
「っ……まさか喧嘩売ってます?」
怜花の頬がぷくっと膨らんだ。
「何、冗談さ」
「もう……燈也さんって、いじわるばっかりです」
ぷいっと横を向く怜花に、燈也はわずかに苦笑する。
「……悪かったって」
そこで言葉が途切れた。
夕焼けに照らされた二人の影だけが長く伸び、寂しげな風の音が屋上を抜ける。
しばらく沈黙が続いたのち――怜花が、そっと口を開いた。
「あの……もし、良ければですけど……話してもらえませんか?
燈也さんが、悩んでること……」
夕日に染まった怜花の表情はよく見えない。
けれど、その声に宿る優しさだけは、確かに伝わってきた。
「……やっぱり気付かれちまったか」
観念したように、燈也は小さくため息をつく。
「ごめんなさい……。お節介、ですよね……」
しゅんと肩を落とす怜花。
「全くだ……でも、まぁ……いい機会かもしれない」
夕日の影が燈也の表情を深く覆い、どこか儚い気配が漂う。
「話すよ。
俺が魔法を使えなくなった理由――
俺が犯した、“罪”を」
次回予告 『第17想 素敵な魔法使いになって』
先輩の遺した言葉――
「素敵な魔法使いになって」
閉ざしていた心の扉は、わずかに開いた。
だが、それを嘲笑うかのように――新たな影が動き出す。
人気のない音楽室に響いた、あの歌声。
それは偶然か、それとも導きか。




