第17想 素敵な魔法使いになって
怜花の胸がきゅっと締めつけられる。
その言葉は、あまりにも重かった。
燈也は、まるで遠くを見つめるように空を仰ぐ。
「あれは……中学生の頃だ。
当時の俺は、自分の魔法に絶対の自信があった。いや……過信してたと言った方が近いな」
怜花は言葉を挟まず、ただ静かに聞く。
「強さこそ正義だと思ってた。
悪友の連中とつるんで、気に入らねぇ奴はぶっ倒す。そんなくだらねぇことばかりしてた」
声には自嘲と、苦さが滲み出ていた。
「そんな俺を……それでも見守ってくれてる人がいた。
今の俺がこうしていられるのは……その“先輩”のおかげだ」
燈也は拳を膝の上でぎゅっと握りしめる。
「……なのに、あの頃の俺は何も分かってなかった」
沈黙――そして、ぽつりと。
「ある時、悪友の言葉に乗って……開けちゃいけねぇ“禁断の扉”を開いてしまったんだ」
怜花の表情が強張る。
「それは……世界すら滅ぼすと言われる、“絶対の力”だった。
ガキだった俺が……耐えられるはずがねぇ。抗えるはずもなかった」
拳が、骨が軋むほどに握り締められる。
「許されないことをした。
あの瞬間ほど、自分の軽率さを呪ったことはねぇ」
苦痛に滲んだ声。
怜花はそっと唇を噛み、ただ耳を傾ける。
「……けどな。先輩は……そんな俺を、それでも信じてくれたんだ」
震える声で、燈也は続ける。
「だけど……そのせいで、先輩は……」
風が吹き抜け、燈也の言葉をさらっていく。
喉が震え、声がそこで止まった。
怜花はただ黙って、彼の言葉に耳を傾ける。
――あの日。
禁断の扉の前で、天野が燈也達を見下ろしながら嘲笑う。
世界の軋む音が響き、開かれてはならない扉から溢れ出した魔力が黒い渦となり、世界を喰らうように広がっていく。
『先輩……すみません。俺のせいで……あなたまで巻き込んでしまって……』
立ち上がる事も残っていない燈也を、先輩が抱きとめた。
血に濡れた腕で、それでも優しい微笑みのまま――。
『きみのせいじゃないわ』
『俺の魔法は……誰かを傷つけることしかできない! こんな力、持たなければよかったんだッ!!』
嗚咽混じりの叫び。
握り拳で地面を殴っても、現実は変わらない。
『それは違うよ』
先輩は血を滴らせながら、震える手で燈也の頬に触れた。
その体はすでに限界を迎えているというのに、声は不思議と優しく、強かった。
『今は無理でも……キミの魔法は、いつか“誰かを護る力”になるわ』
『せんぱい……』
『それまでは、私が護ってあげる』
先輩がゆっくりと立ち上がる。
その身体を包むように、眩い光が集まり始めた。
『先輩……まさか……』
あの瞳は、優しさ以上に――強い決意を宿していた。
『……素敵な魔法使いになってね』
そう言い、先輩は魔法陣を展開する。
だがそれは、逃げるための転移魔法ではなかった。
燈也をこの崩壊から遠ざけるための、一方的な転移。
『なんでですかッ!? 先輩が犠牲になる必要なんてない! 俺なんかのために!!』
燈也の周りに転移の輝きが満ち、体が光に包まれていく。
『……ただの後輩じゃないよ』
先輩は、消える光の中で微笑んだ。
『だって私はね……キミのことが――』
その声は、魔力の奔流にかき消される。
先輩は暴走する魔力の中心へと――自ら身を投じた。
『先輩ッッッ――――!!!!』
燈也の叫びが、崩れゆく世界に響く。
直後、眩い閃光が世界を飲み込み――全てが白く溶けた。
「……先輩のおかげで、事件は終結した。先輩の命を……犠牲にしてな」
語り終えた燈也は、夕空を仰いだ。
唇は震え、夕日の影が表情を隠していた。
「それ以来だ。魔法を使うのが……怖くなっちまってな。……カッコ悪い話だろ」
喉の奥から搾り出すような声。
燈也は悔しさを隠すように、夕日を見上げ続けた。
「……やっぱ、帝亜の言った通りかもな。俺には、魔法を使う資格なんて……ないのかもしれない」
「そんなことありません」
怜花の声は、驚くほど強く、まっすぐだった。
迷いが一切ない瞳。
ただ、燈也を信じきっているという確かな光だけがそこにあった。
「私を救ってくれたように……今の燈也さんなら、きっと魔法を正しく使えます」
怜花の言葉が、先輩の言葉と重なる。
――『キミの魔法は、いつか誰かを護る力になるわ』――
「――それに、燈也さんは先輩と約束したんでしょう?
なら、その想いを……嘘にしちゃだめです」
「……けど先輩はもう……俺ひとりじゃ、何もできない」
弱音を吐く燈也の瞳は、今にも崩れてしまいそうだった。
「燈也さん……」
怜花はそっと距離を詰めた。
「……だったら、今度は私がずっと見てますから。燈也さんのそばにいます。
……それじゃ、ダメですか?」
夕日の中で微笑む怜花の姿が――
一瞬だけ、燈也には“先輩”と重なって見えた。
胸が熱くなる。
誰かに支えられる温度を、久しぶりに思い出した。
「……怜花。いや……ありがとう」
すぐに立ち直ることなどできない。
けれど――
閉ざしていた心の扉が、わずかに軋みほんの少しだが、開く音がした。
***
その頃、人気のない校舎の古びた音楽室。
夕暮れの静寂を破るように、一人の少女の歌声が風に乗って広がる。
透き通ったその声は、夕空へと吸い込まれ――
まるで何かを予兆するかのように、儚く響いた。
ふたりの未来を。
そして、新たな物語の幕開けを告げるように。
次回 『第18想 消えた女、残されたカード』
銀行強盗事件の裏で――
不知火燈也の手に残された、黒紫のカード。
そして、学校に現れたのは――
どこか見覚えのある、新任の臨時教師。
「また会ったね。」
意味深な微笑み。
そして、再びに動き出す“魔法執行部”。
運命の授業、開始。




