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Himeyuri ―魔法嫌いの元学園最強と、幼馴染の約束から始まる魔法学園譚ー  作者: 小鳥遊 千夜
第一章 幽霊少女編

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第14想 動き出す夜想曲

前回までのあらすじ


夜の音楽室で出会った白い怪異――その正体は、幽霊でも魔物でもなく、記憶も帰る場所も失った謎の少女・ななだった。

自分が誰なのか、なぜ学校にいたのかさえ分からないまま、ただ不安そうに燈也を見つめるなな。


放っておけないと判断した燈也は、家族に相談し、ななを漣家でしばらく居候させることに。

こうして始まった、正体不明の少女との奇妙な共同生活。


彼女はいったい何者なのか。

そして、ななが抱える“欠けた記憶”の先に待つものとは――。

 



「起きるのだあああ!!」


 朝の静寂(せいじゃく)を切り裂く叫び声とともに、燈也の布団に“とんでもない衝撃(しょうげき)”が落ちてきた。


「ぐはっ!?」


 鈍い音を立てて布団ごとベッドが沈む。

 跳び蹴りの主は、小さな体で全力ドロップを決めた少女――ななだった。


「にゃはは…っ あれ?」


 勝ち誇ったように胸を張ったななは、ようやく燈也が苦悶(くもん)しているのに気づく。


「あっ……」


「てめぇ俺を殺す気か!!」


「失礼な奴なのだ! ななが折角起こしてやったのに!」


 騒ぎを聞きつけ、台所からエプロン姿の漣清水(さざなみ きよみ)が顔を出した。


「二人とも何やってんだい? さっさと支度しな。」


「全く世話が焼けるんだから……」


 そう言って清水が四人を送り出す。




「もう…いつまで喧嘩してるのよ」

 流水が(あき)れた様子で機嫌が直らない燈也とななを注意する。


「そうですよ、仲良くしましょう。」

 争いごとを好まない癒水も優しく二人を(さと)す。

 燈也はため息を吐き、髪をかきあげた。


「はぁ…分かったよ。っていうか、お前も学校行くんだな?」


「当然なのだ!」


「まぁその方が都合が良いか……」


 家を出て歩き始めてすぐ、ななが燈也の袖を引っ張った。


「おい、不知火燈也(しらぬいともや)。あれを見てみるのだ。お前の変態仲間がいるのだ。」


「誰がヘンタイだ!! 変なあだ名つけんな!」


「細かいことはいいのだ。それより、ほら向こうなのだ!」


 視線の先では――

 金髪を風に(なび)かせ、今日も懲りずにナンパに精を出す郷夜がいた。


「風間か……またやってんな。」


 燈也はこめかみを押さえて眉をひそめる。


「あのバカ! 今日も痛い目みないとダメかしらね。」


 妹の漣癒水(さざなみゆみ)が慌てて袖を掴む。


「お姉ちゃん! ちょっと待って!」


 そんな姉妹の制止など聞こえない郷夜は、今日のターゲットに声をかけていた。


「へい彼女! 今日も可愛いね~!」


「きゃあ! やめて下さい!」


 少女が逃げようとすると、郷夜はにこやかに手を伸ばす。


「ちょっと触るだけだよ~!」


「朝から騒がしいな……」


 燈也はため息をつきながら歩み寄る。


 だが、それよりも早く――

 地を踏み鳴らすような足音が響いた。



「嫌がっている子を無理やり誘うのは感心しないな。」


 凛とした声とともに現れたのは、銀白の髪をなびかせた長身の少女。

 青龍魔術学園・風紀委員長――白金凛(しろがねりん)


 その背筋は美しく伸び、制服の腕章が朝日に輝いている。


 郷夜は一瞬だけ固まったが、すぐに笑って肩をすくめた。


「おっと誤解(ごかい)しないでくれたまえ。これはオレ様の使命であり探求でもあるのさ」


 凛の眉がぴくりと動く。


 だが郷夜はお構いなしに彼女へ笑顔を向けた。


「そんなことよりキミも素敵だね。もしよければオレ様とデートでも――」


「助けて下さい! この人スカートめくろうとしてくるんです!!」


 少女の叫びに、凛の瞳が冷たく光った。


「なるほど……少しお(きゅう)()えねばならないな」


「へっ……お、落ち着けって」


「問答無用!」


 凛の足が弾けた。


白金流(しろがねりゅう)格闘術(かくとうじゅつ)――《崩山(ほうざん)》!」


 郷夜の体が“岩にめり込んだか”と思うほどの衝撃で吹き飛ぶ。


「ぐへぇええええええっ!!!」


 派手に宙を舞い、地面に転がる郷夜。


 凛は涼しい顔で制服の乱れを直し、少女に礼を言われる。


「ありがとうございました。」


「当然のことをしたまでだ。」


 周囲の生徒は拍手を送り、郷夜は地面に突っ伏したまま(もだ)えていた。



「悪かったな、悪友が迷惑かけちまって……」


 肩をすくめながら声を掛ける燈也の隣では、癒水だけが心配そうに郷夜を見ている。


 相手の少女は、真っ白な髪を艶やかに揺らしながら燈也へ視線を向ける。

 銀糸(ぎんし)のように光る髪、整った顔立ち、背筋の伸びた立ち姿――まさに“絵に描いたような優等生”。


「キミ達は?」


 凛とした声音が朝の空気を震わせた。


 (うなが)され、燈也たちは順に自己紹介をする。

 聞き終えた少女は、丁寧に会釈(えしゃく)した。


「ふむ、私は白金凛。風紀委員長をしている。困ったことがあればいつでも言ってくれ。」


 その所作(しょさ)はまるで舞踏会(ぶとうかい)の騎士のように優雅だった。


 と、その凛を前に、なながぱぁぁっと顔を輝かせた。


「さっきの魔法すごいな! なな、感動したのだー!」


 まるで花が咲くような笑顔。

 小動物みたいに跳ねるサイドテール。

 凛は一瞬驚き、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。


「ふふ、ありがとう。小さなお嬢さん。」



 ()でるような優しい声。

 ななはさらに目をキラキラさせ、凛のコートをつまみながら身を乗り出す。


「ななもあんな魔法を使ってみたいのだ! 教えてほしいのだ!」


 まっすぐすぎる憧れ。

 凛は少しだけ考えるように顎へ手を添えた。


「そうだな……基本技なら習得可能だと思うが──私の修行は厳しいぞ?」


 その声音(ねいろ)には、ほんの(わず)かな挑発の色が混じる。


 だが、ななは迷わなかった。


「望むところなのだ!」


 胸に手を当てて宣言(せんげん)する姿は、ちんまりしているのになぜか頼もしい。


 凛は満足そうに目を細めた。


「良い返事だ。ならば今度、空いている時にでも教えよう。」


「わーい! よろしくお願いしますなのだー!」


 サイドテールが跳ね、ななが本気で飛び跳ねて喜ぶ。

 そのあまりのテンションに、凛の口元までつい和らぐ。


「よかったわね、ななちゃん。」


 癒水が優しく微笑むと、


「うん!」


 ななは満面の笑みで答えた。

 通学路に、朝の日差しのように明るい笑い声が響く。


 校門を抜けると、朝の喧騒(けんそう)は徐々に学園特有の落ち着きへと変わっていった。

 廊下には魔法式のランプが規則正しく浮かび、天井には魔術紋(まじゅつもん)が淡く輝く。

 “魔法が日常”である世界の学園らしい光景だ。


 そんな中、流水が振り返りながら言った。


「それじゃあ私たちは職員室に用があるから、またあとでね。」


 癒水も優しく微笑む。


「ななちゃんのことよろしくお願いしますね、義兄(にい)さん。」


「ああ、またな。」


 二人が歩き去るのを見送り、燈也は軽く息を吐いた。




「これからどこに行くのだ?」


 横でななが首をかしげている。

 小さな影が朝の光に揺れる。


「……そうだな。その前に――」


 燈也が答えかけたところで、柔らかな声が後ろから聞こえた。


「燈也さん。」


 振り返ると、怜花が小さく息を弾ませながら駆け寄ってくる。

 (あお)い髪が光を受けてふわりと揺れ、ほんのり汗ばんだ(ほほ)がどこか可憐だった。


「お前のことを調べようと思ってな。まずは図書室にでも行ってみよう。」


 燈也がななへ言い、怜花がその横に並ぶ。


「悪いな……付き合わせちまって。」


 少し気まずそうに言うと、怜花はにこっと柔らかく笑った。


「いえ、私もななちゃんのために何かしてあげたいですし……」


「お人好しだな。」


 (つぶや)く燈也へ、怜花はくすりと微笑む。


「燈也さんと同じですね。」


「はあ? 俺は別に! ……ほ、ほら着いたぞ。」


 照れをごまかすように、燈也はやや早足(はやあし)で階段を上る。

 視線(しせん)の先には、古い石造(いしずく)りの扉と「図書館」と刻まれたプレート。


 図書館に入ると、空気がひんやりと変わった。

 大きなステンドグラスから差し込む光が床に七色の模様を描いている。

 背の高い本棚が森のように並び、ところどころ魔術書が淡い光を放っていた。


「……広いな。」


 つい()れる燈也の声。


「燈也さん、何か見つかりました?」


 少し先の(たな)で怜花が振り返る。

 髪を耳にかけながら、真剣な眼差しが彼に向けられていた。


「いや……全然ダメだな。ななの方はどうだ?」


「こっちもないのだ〜……」


 ななは大きな本に埋もれながら、両腕をばたばたさせている。





 燈也、怜花、ななの三人が資料を探していると――

 ふわり、と香のような気配が近づく。


「ほう? 珍しく勉強熱心じゃの?」


 柔らかい声とともに現れたのは、金の狐耳と四本の尻尾を揺らす天狐の魔法主任――神奈(かんな)

 黒地(くろじ)稲穂模様(いなほもよう)の和服が似合いすぎており、年齢不詳(ねんれいふしょう)の落ち着いた眼が印象的だ。



「神奈先生か…最近起きた事件とか、心霊関係が載ってる本はあるか?」


 燈也が訊ねると、神奈は細い目をさらに細め、楽しげに頷く。


「ふむ、それなら向こうの棚に記事のスクラップや魔導書があるはずじゃ。オカルト関連も、その辺りにまとめてあるぞ」


「そうか、助かる。ありがとうよ」


 礼を言う燈也に、神奈はたっぷりとした尻尾を揺らしながら続けた。


「しかし、何故そんなものを調べておるのじゃ?」


「……別にいいだろ、そのくらい」


「まぁ、確かに。言いたくなければ構わんさ」


 そこで神奈はふと眉を上げた。自分の尻尾を触っている小さな手に気づいたのだ。


「――おや? 何をしておるのじゃ?」


「わ、わわっ……ごめんなさいなのだ!」


 慌てて手を離す少女。小柄で、見慣れぬ顔だ。


「構わぬよ。」

 神奈はクスクスと笑ったあと、少女を見つめる。

「しかしおぬし、見かけぬ顔じゃな。そなたの名は?」


 人見知り気味に、少女は小さく名乗った。


「なな……です、なのだ」


「カカカッ! 良い名じゃ」

 神奈は愉快そうに喉を鳴らす。

「わっちは神奈。青龍魔術学園魔法主任で、歴史を教えておる。

 大体はこの図書館におるゆえ、困ったことがあれば声をかけると良い。」


「ありがとうなのだ」


 ぺこりと頭を下げるなな。その仕草を見て、神奈は興味深そうに目を細める。


(ふむ……なるほど。なかなか面白そうな子じゃの)


 四本の金尾がざわりと揺れ、天狐の教師はどこか(たの)しげに二人を見守った。



 図書館を出た瞬間、三人の口から同時にため息がこぼれた。


「はぁ……結局、特に何も見つからなかったな……」


 燈也が背伸びをしながらぼやく。怜花も肩を落とし、


「困りましたね。知っている生徒もいませんでしたし……」


 と控えめにため息をついた。


 燈也は横を歩くななをちらりと見る。


「なぁ、何か覚えてることとかはないのか?」


 ななは少し考え込むと、ぽつりと答えた。


「家の場所なら……覚えてるのだ」


「マジかよ! 早く言えって! 場所はどこなんだ?」


 急に声が大きくなった燈也に、ななは遠慮がちに指をさす。


「この先の……海鳴り公園を下った先、なのだ……」


「だったら学校終わってから行ってみようぜ。何か分かるかもしれないからな」


 しかし、ななはそこで立ち止まり、小さく首を振った。


「ななは……遠慮しておくのだ」


 歯切れが悪く、どこか怯えたような声音だった。


「どうしてだよ?」


「帰れないのだ……」


 俯いたまま、ななはさらに小さく呟く。


「帰っても……意味がないのだ……」


 その言葉を残したまま、ななはくるりと背を向け、駆け出してしまった。


「お、おい! ……ったく、行っちまった」


 燈也は少し呆れ、少し気にしたような顔でため息をつく。


「ななちゃん……」


 怜花は心配そうにその背中を見送った。


「変なヤツだな……。しょうがねぇ、俺たちだけで行くか」


「……そうですね」


 怜花はまだ気にかけながらも頷いた。


 ――放課後。


 三人は、ななが言っていた海鳴り公園へ向かって歩いていた。といっても、今は二人だけだが。


「ヤレヤレ……最初から位置だけでも聞いておけばよかったぜ」


 燈也がぼそりとこぼすと、怜花は落ち着かない様子で指先をもじもじさせる。


「本当に……私たちだけで良かったのでしょうか? やっぱり、まずかったんじゃ……」


「考えすぎだって。きっと親と喧嘩でもして、帰りづらいとかだろ。ああいうの、どこにでもある話じゃん」


 燈也は軽く笑ってみせる。


「それに、他に手がかりがないんだ。行くしかないだろ?」


「それは……そうですけど……」


 怜花の不安は完全には晴れないままだった。


 やがて、目の前に広がる海鳴り公園の入口が見えてくる。潮風が緩やかに吹き、遠くで波の音が響いていた。


「おっ、海鳴り公園だ。ななが“この先を下った所”って言ってたな。さっさと行こうぜ」


 二人は住宅街の細い道を下り、目的の場所へ向かう。


 だが、辿り着いた先を見た瞬間——怜花が足を止めた。


「あれ……? 空き地……?」


 広がっていたのは、ぽっかりと空いた更地。雑草が風に揺れ、古い地面の跡がむき出しになっている。


「……場所はここだよな?」


「変ですね……道を間違ってしまったのでしょうか……?」


 二人が戸惑っていると、不意に後ろから声が飛んできた。


「あら? あんた達、柊さんの知り合いかい?」


 振り向くと、買い物袋を下げた近所のおばさんが立っていた。


「柊……?」


 燈也と怜花は顔を見合わせる。


「残念だけど、もういないよ。引っ越しちまったからね」


「引っ越した……?」


 怜花が一歩前に出る。


「あの……詳しく教えて頂けませんか?」


「ああ、いいよ。引っ越したのは半年ぐらい前だったかしらねぇ」


 おばさんは袋の持ち手を持ち直しながら、ため息混じりに言った。


「なんでも、事故で夫と次女を亡くしてしまったみたいでね。それはもう、大変な騒ぎだったのよ」


 怜花の顔から血の気が引いていく。


「丁度あんた達くらいの、元気で可愛い子だったんだけど……本当に残念だわ」


「え……次女……?」


「その事故のショックで、長女も入院してしまったらしいのよ。それで病院の近くに引っ越したってわけ」


 そう話し終えると、おばさんは「気をつけて帰るんだよ」とだけ言って去っていった。


 二人だけが、空き地の真ん中に取り残される。


 怜花が震える声で呟く。


「そんな……まさか……」


 燈也は拳を握りしめ、喉に引っかかった息を必死に押し出した。


 ——どういうことだ?

 まさか……いや、そんなはずがあるわけ——


 胸の奥に、嫌な予感がじわりと広がっていく。


 吹き抜けた風が、空き地の雑草を揺らした。



  

次回予告 「第15想 応援の前奏曲」


なながこの世に留まっていた理由――

それは「姉と仲直り」という、たったひとつの未練だった。


その想いを知った燈也は決意する。

彼女の夢を叶えるため、バンドをやろう、と。

歌なら素直になれない彼女でも伝えれると思った。


こうして燈也たちは、未来へ向かうための第一歩――

メンバー集めを始めることになる。


交差する想い、集まっていく仲間たち。

音楽が繋ぐ、新たな物語が今、動き出す――。


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