第12想 詠唱なき最上級魔法──月帝は瞬く
「ちょ、ちょっと燈也くん!!」
リエラの静止は、もう届かない。
帝亜は指にはめた指輪へそっと口づける。
「――決まりね」
その瞬間、視界が白く弾けた。
気付けば、全員が広大な草原のど真ん中に立っていた。
天と地が繋がっているような異空間――転移魔法のようだ。
「場所が……変わった!? 転移魔法かよ……」
燈也や帝亜だけではなく、部室にいた全員を一度に転移させる。
その時点で帝亜の実力は明白だった。
「ここなら思いっきり戦えるでしょ?」
風にポニーテールを靡かせ、帝亜は軽く笑う。
「ルールは簡単。
キミが“戦闘不能かギブアップ”するまでに私に一撃でも与えられればキミの勝ち。どう?」
「……ハンデのつもりか? 舐めてんのか」
「あら? 怖気づいたの?」
不敵に微笑む帝亜。圧倒的に不利な条件なのに、全く隙が感じられない。
「んなわけあるか! すぐに終わらせてやるよ……後悔すんなよ!」
「ふふふっ……」
紫の瞳が妖しく輝く。
「このバトル……どう思う?」
少し離れた場所で観戦していた英明が、組手でも見ているかのような落ち着いた声で呟く。
「部長さんが負けるとは思いませんけど……」
愛紗が不安げに手を胸に当てる。
「うーん……俺もそう思うけどよ。
でも、いくら部長でも相手はSランク。無傷ってのは……どうだろな」
雄介も先程の敗北が尾を引いているのか、自信なさげに答えた。
チームとして勝ちはしたが、三対一だ。それで勝ったところで同列とは言えない。
英明は腕を組みながら、低く呟く。
「……気になるのは、アイツの魔法だ。
さっきの戦闘では、ほとんど魔法を使っていなかった。全力なら――」
言葉の先を言わないまま、眉をひそめた。
もし燈也が“本来の力”を見せた場合の話を、誰も口に出そうとしない。
そんなシリアスな空気に、棘のある声が飛ぶ。
「フン。帝亜があんなやつに負けるはずないでしょ」
「ちょっと、あんなのって何よ!! 勝つのは燈也くんなんだから!」
帝亜の使い魔・セフィリアの冷淡な一言に、リエラが即座に嚙みつく。
互いに睨み合う様子は、似た者同士の喧嘩のようでどこか微笑ましいと、周囲は思っていた。
「燈也さん、ファイトです!」
「ふたりとも頑張れ〜!」
怜花とななみだけが、緊張と殺伐とした空気をものともせず明るく声援を送る。
帝亜はそんなギャラリーたちに手を振り、ノリよく宣言した。
「それじゃあ、バトル開始♪
ギャラリーもたくさんいることだし、張り切っていくわよ〜」
「舐めやがって……一瞬で終わらせてやる!」
燈也が地を蹴ると同時に、帝亜は左手を天に掲げる。
『――轟け、雷鳴。天空に――』
詠唱が始まった。
大技特有の圧倒的魔力が空気を震わせる。
だが、
「仲間もいないのに、そんな大技が間に合うかよ!」
燈也の言い分は正しい。
どれほど強力な魔法でも“発動前に倒せば”意味はない。
詠唱中は隙だらけ、それが魔法使いの常識。
シングル戦なら懐に飛び込んだ瞬間に勝敗が決まる。
≪補助魔法 加速強化!!≫
燈也の脚に光が走り、一気に加速した。風を裂くように距離を詰める。
「終わりだッ!!」
そして跳躍、一気に間合いへ――
だが。
「……それはどうかな?以下省略」
帝亜の口元が、にやりと吊り上がる。
次の瞬間、詠唱の続きもないまま左手から魔力が解き放たれた。
≪最上級魔法 黒月雷砲≫
轟音とともに、黒い巨大な雷撃が帝亜の腕からレールガンのように放たれる。
闇と雷が混ざった禁呪級の魔力が、空気を引き裂き燈也に迫る!
「なっ……バカな!?」
咄嗟に身体を捻ったことで直撃はなんとか避けたが――
雷撃が腕を掠め、焼けるような痛みが走る。
「ぐっ……!」
煙を上げる自分の腕を見て、燈也は一度大きく後ろへ跳び退いた。
「……どうなってる? 詠唱……してなかった、よな?」
距離を取りながら状況を整理しようとする――
だが、目の前の帝亜は至って楽しそうに笑っていた。
「くっ……ばかな?」
燈也は奥歯を噛みしめながら、改めて帝亜の魔法を見極めようと視線を向ける。
(最上級魔法を、あの短さで…いや、ほぼノータイムで撃つなんて……普通ありえない)
次回 『第13想 詠唱破棄――AAランクの絶対領域』
Sランクの固有能力《詠唱破棄》。
最上級を自在に操る帝亜の前に、燈也は力尽きた――
誰もがそう思った、その瞬間。
倒れ伏したはずの少年の指先が、わずかに地を掴む。
「まだ……終わってねえ」
揺らぐのは炎か、心か。
過去に縛られたままでは届かない。
だが、もし“何か”を踏み越えたなら――?
勝敗は決したはずの身体に、
もう一度だけ、魔力が脈打つ。
敗北宣言の、その先へ。




