第12想 幽霊少女の序曲
前回までのあらすじ
魔法執行部の助っ人となった燈也は、最近学園で噂になっている“幽霊騒動”の調査に駆り出される。
夜の校舎、怪しく揺れる影、正体不明の魔力反応――。
怜花や執行部の仲間達と共に、燈也は不穏な現象の裏に潜む真実へと迫っていく。
それはただの怪談か、それとも新たな事件の始まりか。
学園の闇に踏み込む、幽霊調査が開始される。
C班メンバー:高天原帝亜、工藤英明、セフィリア
探索場所:1階 魔法薬学室
夜の校舎一階。
静かすぎる廊下を、C班の三人が足音を忍ばせて進んでいく。
照明は最低限しか点いておらず、廊下は暗いグレーの闇に沈んでいた。
「幽霊なんて本当に存在してるの?」
セフィリアが小さく呟く。その声は、静寂の廊下ではやけに響いた。
横を歩く英明は懐中魔灯を前方に向けたまま、素っ気なく答える。
「さあな……俺も信じていないが、噂がある以上、何かあるかもしれん」
その“何か”という曖昧な言葉が、逆に帝亜の恐怖を煽ったらしい。
ふと気づけば彼女の足がまた遅くなっていた。
「帝亜、遅いぞ」
英明が無表情で促すと、帝亜は慌てて小走りになる。
「ちょっ……待ってよ~!」
彼女の腰にぶら下がった護身具の数々がジャラジャラと鳴り、廊下の沈黙を破った。
英明が振り返り、呆れた声で尋ねる。
「というか……その装備は何なんだよ?」
帝亜は胸を張り――張った拍子に更に鈴がちりんと鳴る。
「こ、こここれは……用心のためよ!」
そう言って、帽子、護符、鈴、塩袋などの“フル装備”をみせた。
彼女自身は真剣なのだろうが、どう見ても滑稽だ。
「何かあったら大変だからね。安心して。私の仲間には指一本触れさせないわ」
左手にはめた黒いグローブを見せて自信たっぷりに言う帝亜に、英明は半眼でため息をつく。
「ああ、まあ……期待してるぞ。
……あとそれは邪魔だから外せ」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!これが心の支えなの!!」
セフィリアは、ドアの横についているプレートを指差した。
「目的地、ここだね。魔法薬学室」
「……あぁ、みたいだな」
「そもそもなんでこんなに暗いのよ……!」
帝亜が周囲を見回しながら小声で言う。
英明は懐中魔灯を持ち上げて帝亜の顔を照らし、冷静に返す。
「……お前が言ったんだろ。明るいと幽霊が逃げるかもって」
「――っ! あれはノリで言っただけで!!」
帝亜が慌てて否定したそのとき、
扉の向こうから、微かな“カサ”という音がした。
三人の動きがぴたりと止まる。
英明は表情を変えずに、静かに扉へ手を伸ばした。
セフィリアはその後ろで、音がした方向をじっと見据える。
帝亜は……英明の袖を思い切り掴んで震えていた。
「……入るぞ」
英明が扉を押し開けた瞬間、わずかな風が廊下に吹き出し、
薬草と古びた机の匂いが鼻を掠めた。
魔法薬学室の内部は、廊下よりさらに暗かった。
棚に並ぶ瓶の中で、透明な液体が光を受けて揺らめいている。
帝亜は足を踏み入れた途端、肩をビクッと震わせた。
「ひぃ……本当に、なんか出そう……」
「出ないように祈っておけ。ほら、手分けして調べるぞ」
B班メンバー:日向雄介、如月愛紗、立花セレナ
探索場所:2階 魔法薬学室
階段を上がった二階の廊下は、夜の静けさが一段と濃かった。
美術室前に続く廊下は特に薄暗く、廊下の端に飾られた石膏像の影が長く床に伸びている。
その不気味さに、愛紗は肩をぎゅっとすぼめた。
「ふえぇぇ……夜の学校は怖いですね〜……」
その情けない声に、隣の雄介は額をかきながらも苦笑した。
「ああ……雰囲気あるな。
普段見慣れてる場所なのに、なんか別物に感じる……」
廊下の先に並ぶ美術作品――静物画や、人の顔だけが描かれた練習用のデッサンが、夜の闇の中で微かに浮かぶ。
ちょっとした影でも人が立っているように見えて心臓に悪い。
そこへセレナが、ひょいと雄介の背中を軽く叩きながら笑った。
「もし幽霊が出たら頼りにしてるからね、日向君」
「いや……俺なんかより、先生のほうが強いんですから……
そもそも守る必要なんてないと思うんですが……」
雄介が現実的なツッコミを入れると、セレナは口を尖らせた。
「あらら、残念……」
その小さく落胆した声が、子供みたいで愛らしい。
が、すぐに彼女はニコッと笑い、くるりと愛紗のほうへ向き直った。
「じゃあ愛紗ちゃんに守ってもらおうーっと」
「はわわわわわっ!? わ、私ですかぁ!?」
愛紗の耳まで真っ赤になり、両手を胸の前でわたわたと振る。
「え、えっと……が、頑張りますっ!」
「ふふふっ……頼りにしてるね」
セレナの言葉に愛紗はますます顔を赤らめ、挙動不審になりながらもこくこく頷いた。
「い、いいのか……? ……それ」
雄介がぽつりと呟く。
セレナは肩をすくめてウインクした。
「だって〜、愛紗ちゃん可愛いし。守ってもらえたら嬉しいじゃない?」
「理由が雑すぎる……」
そんなやり取りをしながら、美術室の扉が視界に入る。
古びた木の扉の向こうから、かすかに絵の具の匂いが漏れている。
雄介は深呼吸し、取っ手に手を伸ばした。
「……よし、入るぞ」
扉を引くと、夜の冷たい空気と共に、
うっすらと漂う油絵の具の甘い香りが三人を包む。
室内は、廊下よりさらに静かだった。
月明かりがカーテンの隙間から入り、石膏像たちの影が不気味に揺れている。
「ひっ……っ」
愛紗が小さく悲鳴を漏らして雄介の袖を掴む。
セレナは「わぁ、雰囲気あるねぇ」と呑気に絵を眺めている。
油絵のキャンバスが並び、
壁には数十枚の人物画の“目”が横一列に並んでいるせいで……
誰かに見られているような錯覚すら覚える。
雄介は懐中灯を構えつつ、奥へ一歩踏み込んだ。
「……とりあえず、手分けして調べよう。
変な気配があったらすぐ声を出せよ」
「りょ、了解ですっ!」
「はいはーい。じゃ、張り切って行こっか!」
三人はそれぞれ別方向へ散り手掛かりを探す
A班メンバー:、不知火燈也、加ヶ瀬怜花、風間郷夜、リエラ
探索場所:3階 大図書室
三階にある大図書室は、夜になるとまるで誰もいない別世界のように静まり返っていた。
棚の間に伸びる細い通路は暗がりが多く、その薄闇の中を、燈也たちは懐中魔灯の光を頼りに進んでいた。
「しかし……高校生にもなって、お化け探しとはなぁ……」
しみじみとぼやく燈也に、リエラがクスッと笑う。
「いいじゃない。宝探しみたいで、私は結構楽しいと思うわよ?」
「宝探しって……あのなぁ……」
燈也は肩を落とすが、リエラはまるで遠足に来たかのように軽やかな足取りだ。(正確には浮いているが……)
怜花もきょろきょろと棚の上を見上げながら、少し楽しそうに微笑む。
「でも……ちょっとわくわくしますよね。私は上の方を探してみます」
「おい、あんまり遠くに行くなよ」
燈也が声をかけるが、怜花はにこっと笑って頷いた。
すると、すかさず郷夜が前に躍り出る。
「大丈夫さ! 怜花ちゃんは、この白馬の王子様であるオレ様が守るからね!」
「真面目にやれよ。不審者とかいるかもしれないんだろ?」
燈也が呆れた声を上げると、風間は両手を上げて降参ポーズ。
「ヘイヘイ……分かってますよ〜」
しばらく四人は各々の担当区域を調べ始めた。
ページの擦れる音も、人の気配もない静寂の中。
懐中魔灯の光だけが、古い本の背表紙に淡く反射する。
「うーん……別に変わった所はないなー。」
燈也は少し離れた場所で棚の間を覗き込みながら、怜花に声をかけた。
「おーい、怜花。そっちはどうだ?」
「こっちも特には何も…。わわっ──!」
そして、次の瞬間。
「きゃー!!」
小さな車輪付きの踏み台がわずかに傾き、
上に乗っていた怜花の身体がぐらりと揺れた。
本棚の上に手を伸ばしたまま、バランスを完全に失ったその体は──
「危ない!!!!!」
燈也がすかさず駆け寄り、反射的に彼女の腰に手を回して抱き止めた。
その勢いのまま二人は床に倒れ込み──
燈也が上、怜花が下。
至近距離で見つめ合う形になってしまった。
「いっ……痛てて……大丈夫か?」
燈也が呻くと、怜花は真っ赤になりながらも困ったように微笑む。
「だ、だいじょうぶです……ただ……この態勢はちょっと……」
燈也の脳が一瞬フリーズする。
「えっ……あ、ああああーーーっ!?!?」
慌てて怜花から手を離し、バッと距離をとる燈也。
「すまん!!! わざとじゃないんだ!!」
「あはは……大丈夫ですよ。私の不注意が原因ですし」
怜花は胸元を押さえながら、恥ずかしそうに笑う。
「ほんっっっとうに悪かった……怪我はないか?」
「はい、ありがとうございます」
そこへ、反対側の棚から郷夜が顔を出した。
「おい!今すごい音がしたけど、大丈夫か?」
燈也と怜花は揃って跳ねた。
「なっ……なんでもねーよ!!」
「そっ……そうです! なんでもないです!!」
郷夜は怪訝な顔をしたが、あえて深追いはしなかった。
「お、おう……? そうか」
郷夜が肩をすくめた、そのとき。
「みんな来てっ!!!!」
図書室の入り口側から、リエラの緊迫した声が響く。
「今の……リエラか!? 行くぞ!」
燈也はすぐさま走り出し、三人も続く。
リエラは廊下を指差したまま固まっていた。
「リエラ、どうした?」
「い、今……白い人影が……廊下の向こうを横切ったの……」
怜花が息を呑む。
「まさか……本当に幽霊が……?」
郷夜は拳を握りしめ、目を輝かせた。
「よっしゃ! 怪しいヤツなら追いかけようぜ!!」
「行くぞ!」
燈也は懐中魔灯を手に、廊下の闇へと走り出した。
薄暗い校舎に、靴音だけが反響した。
放課後の静けさとは違う――まるで校舎そのものが息を潜めて様子を伺っているような、張り詰めた空気が広がる。
「リエラ、案内を頼む。風間と怜花は反対側から向かってくれ、挟み撃ちにするぞ」
「分かったぜ!」「任せてください。」
リエラが先導しながら、燈也の前を飛ぶ。
「燈也くん、こっちよ!」
不知火燈也は懐中魔灯を握りしめながら、通信機のボタンを押す。
「こちらA班。B班、C班聞こえるか?」
すぐにノイズ混じりの応答が返ってきた。
『何かあった?』
「ああ、リエラが怪しい人影が廊下を走っていくのを見つけた。現在追跡中だ。」
『了解よ。私達もすぐに向かうわ。A班はそのまま追跡を続けてちょうだい』
「分かった」
リエラが廊下の角を指し、ひそやかに告げる。
「燈也くん。人影はあっち側に行ったわ」
「よし、風間達も向かっている筈だ。このまま追い詰めてやろう」
その時だった。
「――見つけたぜ!」
郷夜の叫びが響き、全員の緊張が一気に高まる。
「よし、捕まえろ!!」
「任せな。へへっ…怜花ちゃんにカッコイイ所を見せてやるぜぇ!」
郷夜が勢いよく飛び出す――が。
「ぐへっ!!!」
鈍い衝撃音と共に郷夜が後ろに吹っ飛んだ。
燈也が駆け寄る。
「大丈夫か?」
「ああ、なんとかな。アイツ只者じゃないぜ…」
怜花が心配そうに覗き込むと、郷夜は痛む腹を押さえながら眉を寄せて呟いた。
「…だが一つだけ分かったことがある…」
「本当か?」
「姿こそ暗くて見えなかったが…なんか柔らかい感触がしたぜ」
「は…??」
燈也が呆然とした表情で答える。
そこへ別班から通信が入る。
『おーい!こちらB班。例の人影は見つかったか?』
「すまん…逃した。だがまだ遠くには行ってないはずだ」
『了解だ。入り口はセレナ先生に見張りに行って、下の階へと繋がる道も全て抑えた!このまま追い詰めるぞ!』
緊張が校舎全体を包みこむ中、今度は帝亜から通信が飛び込んだ。
『こちらC班。不知火クン聞こえる?人影が現れたわ』
「場所はどこだ?」
『旧音楽室の方よ』
「分かった。俺達も向かう。」
燈也は班全体を振り返り、短く指示を飛ばす。
「皆、人影は旧音楽室の方にいるらしい。一度分かれて挟み撃ちにしよう。」
郷夜も前のめりで頷く。
「ならオレ様は階段から向かうぜ。お前たちはこのまま向かってくれ」
「分かった、絶対に正体を暴いてやる!」
再び帝亜の声が響く。
『不知火クン、人影がそっちに向かったわ』
「分かった」
その直後――
「あっ…燈也くん!いたわ!あいつよ!」
怜花が指さす先、薄闇の廊下の中央に、人のような白い影が立っていた。
「待ちやがれ!!」
燈也が走り出す。
影は怯えたように後ずさりし、別の廊下へ逃れようとした――が、そこには郷夜達が構えていた。
「へへっ……無駄だ。もう逃げれられないぞ!」
包囲が完成する。
「さぁ、観念して正体を明かしやがれ!」
だが影は静かに身構えた。戦意を露わにして。
「大人しくする気は無いみたいだな」
郷夜が前に出て拳を握りしめた。
「まて、ここはオレ様がやる!へへ……」
勢いよく飛びかかった瞬間――
「ひでぶっ!?」
逆に吹っ飛ばされ、床を転がる。
「風間っ!リエラ、怜花、援護を頼む!」
「任せて」「やってみます」
リエラの光が集束し、怜花が短く詠唱する。
≪拘束魔法≫
床から青白い鎖が立ち上がり、影の動きを捉える。
「うおおおー!!!」
影が暴れ狂うが――
≪初級結界魔法 縛光結界≫
怜花が結界を展開し、影の動きを一瞬だけ止めた。
「今です、燈也さん!」
「ああ!」
燈也のタックルが決まり、影は壁へ押しつけられた。
「捕まえたぁぁぁ!!!」
郷夜もすかさず飛びつき、腕を押さえ込む。
「コラ!暴れんじゃねぇ!」
影がもがき、声を漏らす。
「触るな!」
郷夜が振りほどかれ吹っ飛ばされる。
「くっ…」
その時――怜花が息を呑んで叫んだ。
「皆さん、あれを!」
人影を覆っていた白い布が床に落ち、影の正体が懐中魔灯に照らされる――
「こいつが噂の…幽霊!?」
次回 『第13想 出会いの円舞曲』
夜の校舎で遭遇した“白い影”――その正体は、記憶を失った一人の少女だった。
自分が誰なのか、なぜ学校にいるのかすら覚えていないという彼女は、何かを恐れるように口を閉ざす。
保護を任された燈也は、この怪しい彼女の正体と目的を暴くことを決意する。
―――これは運命の導きか、それとも新たな災厄の呼び声か。




