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最強の従者の帰還

 翌朝、ベル嬢から手紙が来た。お祖母様の病状が好転したので、これから帰るとのことだった。ポストに届いていた手紙をみせてもシャルロット様は浮かない表情のままだった。僕が何を言っても「うん」とか「ええ」とか言うばかりでろくに聞いていない。手紙も読んではいたが、おそらく頭に入ってはいないだろう。


「どうすればもっとお話しできたのかしら……」


 シャルロット様はぼそりとつぶやいた。そのつぶやきは今朝だけですでに十回は口にしている内容だった。


「ねえ、どう思う、クリム?」

「そもそもお会いになるべきではなかったのです」僕もまた十回は口にしている回答を返した。「あいつはろくでなしですよ」

「……あのときの返事が悪かったのかしら、いえ、でも……」


 聞いちゃいない。僕はため息をついて、シャルロット様に出した紅茶をさげた。もうとっくに冷めている。シャルロット様は冷めた紅茶を飲まない。そもそも、出したことに気づいてすらいないようだ。


 朝食が済んでしばらくすると、呼び鈴が鳴った。来客の予定は無かったはずだけれど、誰だろう。そう思って玄関を開けると、立っていたのはベル嬢だった。


「戻りました」ベル嬢は肩で息をしながら言った。「シャルロット様は?」

「ずいぶん早かったですね」僕は微笑んだ。「シャルロット様は居間で朝食を―――」

「シャルロット様! ただいま戻りました!」


 ベル嬢は最後まで聞かずに上がりこんだ。僕は苦笑して玄関を閉めた。居間に戻ると、ベル嬢がシャルロット様の肩を揺さぶっているところだった。


「しっかりしてください、シャルロット様! 私です、ベルです! 戻りましたよ!」

「あああ、ううん、そそそうね、ベベベル。おおおかえり、あああえて、ううう嬉しいわ」

「シャルロット様に何をしたんですか、クリム・ホワイト!」ベル嬢はシャルロット様を揺さぶるのをやめ、振り返って僕に詰めよった。「こんな無気力で、しゃべり方までおかしくなって! 何をしたんですか!」

「いえ、しゃべり方が変なのは、ベルさんが揺さぶったからですよ」



 ***



「知らないですって?」台所でニンジンを切り刻んでいる途中でベル嬢は振り返った。包丁の切っ先がのど元につきつけられる。「本当でしょうね?」

「う、嘘をついてどうするんですか」


 僕は両手をあげた。ベル嬢は無言でニンジンに向き直った。再びリズムよくニンジンを細切れにしていく。


 ベル嬢は手紙を送った後、目にもとまらぬ速さで荷物をまとめると、王都へ超特急で帰還し始めたらしい。まるで手紙と競うようにして街から街を馬を乗り継いで帰って来たのだとか。


「あなたはシャルロット様にも見抜けないほど、奇々怪々な存在です。私の想像もつかない理由で嘘をついている可能性もあります」

「もうちょっと同僚を信じてくださいよ……」

「シャルロット様は明らかに落ち込んでいます」


 ベル嬢はいつの間にか切り終えていたジャガイモを鍋に投入し、蓋をした。手をエプロンで拭いて近づいてくる。


「シャルロット様を元気づけねば」

「どうやってですか?」

「それを今から考えるのです」


 ベル嬢はうなずき、声をひそめ、顔を近づけた。


「シャルロット様は聞いていませんね?」

「ええ」僕は空間把握スペーシャルで確認した。「居間でボーッとされています」

「ケーキを、作ろうかと」

「ケーキ、ですか」

「どう思いますか?」

「うーん……」


 僕はうなった。たしかにケーキはシャルロット様の大好物だが、それで元通りの元気を取り戻すとは思えなかった。表情をみて察したらしい。ベル嬢はむっと眉を吊り上げた。


「力不足でしょうか」

「食べ物では、限界があるかと」

「ふむ……」ベル嬢は腕を組み、僕の目をみた。「あなたは私の作ったケーキを何度食べましたか?」

「両手の指で数えきれないほどいただきました。どれもおいしかったですよ」

「そのケーキと同じレベルで考えていますか?」

「ええ、まあ……。ちょっと大きくなるのかな、とは思っていますが……」

「わかりました。やはりケーキで問題ないでしょう」


 ベル嬢は決心したようにうなずいた。僕は首をかしげた。


「もしかして、いつもは完璧なものじゃなかったのですか?」

「何を言うのですか、人聞きの悪い。シャルロット様が召し上がる物に全力を尽くさないわけがないでしょう。もちろん完璧なものを作っていましたよ」

「じゃあ、一体……」

「私が今から作るケーキは……、完璧ではなく、完全なものです」

「完璧ではなく完全? そ、それは一体……?」

「簡単なことです」


 ベル嬢は微笑んだ。


「みんなで一緒にケーキを作るのです。シャルロット様と私と、クリム・ホワイト。あなたの三人で」



 ***



「鼻の頭にクリームついてるわよ、クリム?」

「ふふ、滑稽ですね、クリム・ホワイト」

「え? あ、ホントだ……」


 言われた通りに、鏡の中の自分の鼻の頭にクリームがついていた。試しに舌を伸ばすが、届かない。


「あはは! 届いてないわよ!」

「シャルロット様の前で品がないですよ、クリム・ホワイト」冷たくいい放つベル嬢だが、かすかに笑っている。「従者失格ですね」

「愛嬌があるでしょう?」僕はあきらめて手でクリームを取った。「シャルロット様が笑ってるからって妬かないでください」

「ほほう、言うじゃないですか」


 ベル嬢は生地を練る手を止めて、僕がかき混ぜていたクリームに手を伸ばし、指先にすくいとった。そのまま自分の鼻先にくっつける。さらに、サンタクロースのようにあごにクリームを塗りたくった。


「どうですか」


 ベル嬢は腰に手を当てふんぞり返って言った。そのまま僕とシャルロット様を交互に見る。


「私にも愛嬌くらいありますよ」


 僕は正直少し困惑したが、シャルロット様は吹き出した。どうもツボに入ったらしく、げらげらと笑いながら、調理台に手をついて身体を支えている。


「あはははは! なにそれ! なにそれー!」

「シャルロット様もどうですか、愛嬌が出ますよ」

「きゃはははは! やめてよ、ベル! べたべたになるじゃない! やめてやめて! あははははは!」


 シャルロット様は「もぅ~」と口では怒りながら、クリームまみれになった顔で楽しそうに笑っていた。ベル嬢も僕もクリームまみれになった顔で笑った。僕たちはサンタクロースのようになりながらケーキを作り、にやにやと笑いながらケーキを食べた。


 楽しい、本当に楽しい一日だった。

 いつのまにかシャルロット様は元気を取り戻していたし、そこから元気を失うこともなかった。


 やっぱり僕は、まだまだベル嬢には敵わないようだ。

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