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お姫様と密猟者の密会

 深夜十二時。

 僕はシャルロット様と時計塔までやってきた。【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】と約束したとシャルロット様に伝えた時刻だ。


「……いないじゃない」シャルロット様は時計塔の一番上で息を切らしながら、言った。「呼び出しておいて遅れるなんて、どういうつもりかしら」

「違いますよ、シャルロット様」


 僕は床を指さし、見えないインクに触れた。魔術を使い、可視化する。シャルロット様は怪訝そうな顔をしていた。


「なにこれ」

「彼のよく使う魔術インクです」

「この魔法陣は? 何の魔術が書いてあるの、これ。読めないけど」

「転移魔術と聞いています。暗号化しているようですね」

「暗号化……?」


 シャルロット様は魔法陣を黙ってみつめている。

 パチパチと天使の視線も感じる。身を乗り出して、僕たちを見つめているのがわかる。天使がどの程度見えるのかわからないので、念のために暗号化しておいた。

 シャルロット様はあきらめたように肩をすくめた。解読できなかったようだ。


「今日は会わないでおきますか?」

「……魔法陣を起動させればいいのよね?」


 シャルロット様は少し震える声で言った。一歩、魔法陣の真ん中に足を踏み入れる。

 そうか、あくまで会うのか。

 僕はうなずいた。


「はい。魔力を注いで起動させれば転移魔術が発動します」

「これが読めるの?」

「そう指示されています。転移魔法陣をおいておくから、魔力を注いで飛んで来いと」

「わかったわ」


 シャルロット様は覚悟を決めたようにうなずき、魔力の燃焼を開始した。ゆっくりと重い歯車を回すように魔法陣に魔力を注いでいく。やがて、転移用の回路は満たされ、魔法陣は発光した。いつでも転移魔術が発動できる。


「いくわよ、クリム」

「いつでもどうぞ」


 シャルロット様は転移魔術を発動した。



 ***



 転移は極めて高度な魔術だ。何百年か前の天才魔術師が作った魔術だ。高次元空間的に最短距離となる経路を仮想物体イマジナリーで作り、ウォータースライダーのように駆けぬける魔術だ。移動距離と移動時間はおおよそ消費した魔力に比例し、途中で行き先を変更することはできない。「山を迂回せずにトンネル掘ってショートカットする」ようなものだ。


 僕はこの転移魔術の魔法陣にいくつか細工をしておいた。

 一つ目は魔力の補充。シャルロット様が注いだ魔力のエネルギーを利用して【弾倉カートリッジ】を補充させてもらった。これで魔力の枯渇問題は解決する。


 二つ目は消費魔力の偽装。一つ目の副作用として、消費した魔力量が大幅に変わる。これで転移魔術の移動距離を偽装できたはずだ。天使からすれば王都を出て、近隣の町や村のどこかに転移するくらいの魔力が消費されたように錯覚するはずだ。だから僕たちの姿が消えれば、王都の外に目をむけるはず。たぶん、会合中に見つかることはないだろう。少なくとも、転移直後に天使の目は無い。


 三つめは経路の偽装。僕とシャルロット様の経路を分けた。これで僕の方が十秒早く到着できる。


 行き先は、ギルドの依頼で代理予約しておいた宿の部屋だ。


 経路を抜けて、僕は床に着地した。一緒に転移してきた【弾倉】を三つキャッチする。すでに起動済みの【支援妖精アルテミス】に命令し、早着替えの魔術を実行する。インベントリから本と燭台を取り出す。燭台をテーブルに設置して明かりをともし、本を開き、ソファに腰掛け、足を組んだところでシャルロット様が姿を見せた。【代理音声オルタナティブ】と【冷静沈着マインドチューニング】を実行する。


「遅かったな」僕は素知らぬ顔でページをめくった。「日がのぼるかと思ったぞ」

「クリムは?」シャルロット様は部屋を見回して言った。「クリムはどこですか」

「奴はいない。別の場所に飛ばした」

「どうして?」

「俺と奴の関係を探られたくない」僕は本を閉じた。「会話一つでわかるものもあるだろう」

「ずいぶん警戒するのですね。クリムはなんと言ってあなたを呼び出したのですか」

「お前が礼を言いたがっているとだけ」僕は口の端を吊り上げた。「怪しさ満点だ。二対一でなど会うものか」

「……」


 シャルロット様は僕を無表情で見つめながら、対面のソファにゆっくり腰かけた。


「お友達ではないのですか?」

「ノーコメントだ」

「ひょっとして恋人ですか?」

「そうだ」

「本当ですか!?」シャルロット様は飛び上がって驚いた。

「……」


 僕はため息をついた。まさか真に受けるとは。


「嘘だ」

「ああ、びっくりしました。悪い冗談ですね」シャルロット様は胸をなでおろしている。

「こんな話がしたかったのか? くだらないぜ。早く用件を言ってくれ」

「すみません。では、あらためまして……」


 シャルロット様は居住まいを正した。





「ご趣味は?」

「……は?」





 趣味?

 趣味を聞かれたのか、今。

 は? なんで?


「あの、どうかしましたか?」シャルロット様は僕をじっとにらんだまま、髪をいじっている。「なぜ黙っていらっしゃるんです?」

『趣味というのは……、隠語かなにかか?』

「ただの質問ですよ!」

『そ、そうか……?』


 どうも意図が読めない。シャルロット様にかぎって、ただの質問なわけがない。どういうつもりなんだろうか……。

 しかし、とりあえず返事をしよう。

 趣味か。できれば嘘はつきたくないが……。


『……美しいものの鑑賞、だな』


 あなたを見るのが趣味です、とはさすがに言うわけにはいかない。


「美術に興味がおありなのですか? 私も鑑賞は大好きなんです!」


 シャルロット様が目を輝かせた。あまりのまぶしさに目がつぶれるかと思った。【冷静沈着】は機能しているはずなのに。


「美術はいいです。本もいいですが、言葉では表せない作者の心がこめられているように感じます」

『……そうだな』


 好きな絵画や彫刻をおもいうかべて恍惚とした表情をうかべているシャルロット様の横顔をみて、僕はしみじみと言った。たしかに心が表れている。


「自慢ではないのですが、王都中の絵画、壁画、天井画、建築、彫刻、それ以外にもあるのですが……、私、おおよそのところは把握している自信があるのです」

『王都中の? それはすごいな……』


 本当にすごい。


「ふふふ、あなたにそう言っていただけると、照れますね。ところで、お住まいはどちらですか? お近くにあるお勧めの美術品をお見せしたいのですが」

『俺が住んでいるところは、東区の……』


 返事を【支援妖精アルテミス】にさせかけて、あわててキャンセルした。普通に、幽霊屋敷の住所をいうところだった。あぶねえ。

 シャルロット様とこんな風に二人きりで会話することなんてなかったから舞い上がっていたようだ。【冷静沈着】を過信しすぎてはいけない。冷静に、道を踏み外していた。

 それにしても恐ろしい。こんな自然に【沈黙の密猟者(サイレントポーチャー)】に探りを入れてくるなんて。あやうくボロを出すところだった。


『ごほごほ! そ、その手には乗らないぞ!』

「なにがでしょう?」


 シャルロット様はきょとんとした表情で小首をかしげている。かわいい。

 ……じゃない、ちくしょう!

 まずい。思ったより【冷静沈着】が効いていない。これはまずい。とにかくまずい。迷宮主ボスが精神攻撃をだしていたことに気づいた、それくらいまずい。気づいた時には劣勢だった。致命的に。

 流れを変えなければならない。わざとらしかろうが、なんだろうが、このままではいけない。最悪の場合、この会談自体を終わらせることもやむなしだ。

 ……しかし、シャルロット様の笑顔を肉眼で確認できる機会をみすみす逃すのもなあ。そのために命を懸ける価値はある……。


「あの、お住まいは……?」

『悪いが、その、秘密だ。密猟者が住まいを明かすわけには、いくまい』

「あっ、そ、そうですね。失礼しました。王都には、お住まいなんですね?」

『まあ……』


 ……なんだ、この会話?


「あの……、すみません、私、お会いできるのを本当に楽しみにしていて、すっかり忘れていました」

『?』

「迷宮では私と執事クリムの命を救っていただきありがとうございました。本当に感謝の言葉もありません」


 シャルロット様は立ち上がり、深々と頭を下げた。そういえば、お礼をいいたいと言っていたっけ。

 本当だったのか。


『頭を上げてくれ』一向に頭を上げないシャルロット様に申し訳なさが募って胸が痛かった。本当に。『俺は、クリムに頼まれていたことを果たしただけだ』

「あの、いくつかお聞きしてもいいでしょうか」

『答えるかどうかは内容によるが』

「あのとき、あなたはどちらへいらしたのですか?」

『ノーコメント』

「クリムとあなたのご関係は?」

『その質問は二度目だぞ』

「今度、私の屋敷にご招待してもよろしいでしょうか?」

『……は?』


 一瞬、頭がフリーズした。

 なんだ? どういうことだ、狙いが見えない。意図が読めない。こんな怪しい男を屋敷に連れてくるなんて、どういうつもりですか、シャルロット様?


『……遠慮させてもらう』

「そうですか……」


 シャルロット様は見るからにしゅんとしている。何が狙いだったのかはわからないが、外れてしまったらしい。ポーチャーのおもてなしをクリムがやるなんて危ない橋すぎる。申し訳ないが、その頼みを聞ける日は永遠に来ないだろう。

 いくらシャルロット様の頼みでも、これは無理だ。


「最後にもう一つ、よろしいですか?」

『ああ』

「あなたの魔術は、どのような流れをくんでいらっしゃるのですか?」


 僕はおもわず微笑んだ。裏表のない素直な質問に違いなかったからだ。生粋の魔術師であるシャルロット様には、【密猟者】のつかう魔術は珍しいどころではなかっただろう。


『流派は、無い。あれは俺の我流だ』

「我流……」

『信じられないか?』

「いえ」シャルロット様はきっぱりと首を横にふった。「むしろ合点がいきました。自慢ではないですが、私は一部の例外をのぞけばかなりの魔術の流派についての知識があります。それでも、あなたの魔術には類似する者さえ、全く該当する者がありませんでしたから」

『ルーツはあるんだがな』

「お聞きしても?」


 僕は目を細めて笑い、シャルロット様を指さした。きょとんとした顔で、僕の指を見ている。


『あんただよ』

「え?」


 そのとき、鐘を鳴らすような音が【支援妖精アルテミス】から流れた。一定時間で鳴るように設定しておいたアラームだ。僕は懐中時計をとりだして、アラームを止めた。


「それは、なんですか?」

『懐中時計だ』

「カイチュウドケイ……?」

『ああ』


 僕は懐中時計をもちあげて少しだけシャルロット様に見せた。シャルロット様は食い入るように見つめている。

 ともかく、これでシャルロット様との密談は終わりだ。名残惜しいけれど、帰らなければ。これ以上は、天使にみつかるかもしれないし。


『さて。最後の質問には答えた。今日はこれにてお開きとさせてもらう』

「そんな! どうか、もう少し……!」

『ダメだね。あまり長い時間あんたと一緒にいるのは危険なんでな』

「危険? それはどういう……」


 僕はシャルロット様の質問を無視して指を鳴らした。


『【転移魔術テレポート】の行使申請を受理しました』

「えっ?」

『じゃあな、姫様。また会おう』

「! はい! ぜひまた―――!」


 転移魔術が発動して、シャルロット様の言葉は途中で途切れた。シャルロット様の気配が完全に遠ざかったのを確認し、解呪魔術をつかって、仮面を外した。


「ふう……」


 僕はゆっくりと首を回した。疲れた。楽しかったけれど、すごく神経を消耗した。しかし、ぼんやりする時間は無い。シャルロット様は屋敷に送った。今度は僕がシャルロット様より先に戻らなければならない。猶予は十秒だ。


「はあ~……」


 僕は早着替えの魔術を実行した。

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