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勇者レオンハルト

「彼が例の執事候補ですか?」

「ええ、あなたには彼と戦って、実力を見せてほしいのです」

「わかりました。いいでしょう」

「……え?」


 それが僕がこの屋敷に来てから発した第一声だった。

 まだ何も言わないうちから、何かとんでもないことを決められてしまった気がする。


 僕が二次試験と受けるためにシャルロット様の住む幽霊屋敷に来ると、先日と同じくベル嬢に案内された。今日は客間に通されたと思えば、そこには先客がいた。

 身長ほどもある巨大な剣を傍らに置いている。どう見ても、強そうだ。


「ええと、あの、こちらは……?」

「レオンハルト・プリエイラ様です。彼は―――」

「勇者、様ぁ!?」


 僕は思わず叫んでいた。

 危ういところで「様」を付け足す。勇者様を呼び捨てにしたなんて知られた日には、通りを堂々と歩けない。

 えっ? 僕が勇者と戦う? 今から?

 いやいやいや、ないないない、無理無理無理。

 僕の執事人生がかかってるんだぞ。

 絶っっっっっっっっ対、いやだ!


 勇者レオンハルト様は、【バッドエンドは猫も食わない】の主人公である。聖教会の神託で【勇者】として選ばれた彼は、来たる魔王の復活にそなえて魔の勢力と日夜戦っているのだ。


 僕の失われた記憶の中にも、主人公の名前は残っていた。


「勇者様をご存じなのですね」

「ええ」僕は思わず顔をしかめていた。「まあ……」

「おや、珍しい。またもや俺のことを嫌っている奴か」


 レオンハルト様はにやにやと笑みすら浮かべている。


「どうもこの屋敷にいると、俺が嫌いになるらしいな」

「屋敷にいるからではありません」ベル嬢がハッキリとした口調で言う。「私はただ純粋に、あなたを嫌っているのです」


 うわあ……。ここまでハッキリ相手に「嫌いだ」って言う人、初めて見た……。


「君のそういうハッキリしたところは、嫌いじゃない」

「私はあなたのそういうところも嫌いです。全てが嫌いです」

「取りつく島も無いな。君はどうだ? どうして俺が嫌いなんだ?」


 水をむけられてしまった。このまま話がそれてほしかったけれど。僕は肩をすくめた。


「嫌いというわけではないです。苦手なんです」

「なぜだ? 初対面だと思うが?」

「……」


 そういうグイグイ来るところが苦手……というだけじゃない。

 僕が苦手な主な原因は他にある。

【バッドエンド】のシナリオで、シャルロット様には生存ルートがない。そして、その大半でシャルロット様はプレイヤーと敵対し、戦闘の末、死亡する。つまり、シャルロット様はレオンハルト様の手にかかって死ぬパターンが最も多い。

 そして、戦闘後にシャルロット様にかける彼の言葉が、僕は好きじゃなかった。ただでさえ絶望の淵にいる彼女を追い詰めるような言葉をかけていたように思う。

 あまり細かい記憶はないが、そんな気がする。


 僕は笑顔をつくった。


「僕は少々人見知りなので。勇者様のように積極的な方には少し気おくれしてしまうのです」

「ああ、そうだったのか。それはすまないな」


 レオンハルト様は決して悪人じゃない。当然だ。そんな奴が主人公になんてなれるはずがない。ただ、彼は少々、正義にこだわりすぎるだけなのだ。


「それでは早速、試験をはじめましょう。裏庭へ、どうぞ」


 僕とレオンハルト様は、ベル嬢に連れられて裏庭へむかった。



 ***



 裏庭はさびれた場所だった。正面と違ってあまり手入れは

 されていない。花壇や調度品などはなく、草が伸び放題だった。

 そのぶん、好きに暴れてよろしい、ということなのだろう。


「君は素手なのか?」


 僕が庭をみていると、レオンハルト様に尋ねられた。

 僕が返事をする前にさらにつづける。


「なら俺も武器は使うまい」


 そう言ってレオンハルト様は剣をどすん、と地面に深々と突き刺した。まるで墓標のようだ。

 当然、異論はない。レオンハルト様が武器を使わないなら、それに越したことはない。

 僕はベル嬢に見えるように手を挙げた。


「なんですか?」ベル嬢はじろっと僕を見た。「棄権は失格です。不合格ですからね」

「いや、それはなんとなく察しました。そうじゃなくて、まさか勇者様に勝たないと合格にはならない……、なんてことはないですよね?」

「……まるで勝てると言わんばかりですね」

「そんなわけないでしょう」

「当然、あなたが勝てるとは思っていません。あくまでもあなたの実力をみるためです。合格かどうかはあなたのがんばり次第です」

「わかりました」

「へー、君は俺と戦うだけでいいのか。いいなあ」


 レオンハルト様がうらやましそうに言った。

 戦うだけでいいって……。一体、何を聞いていたんだろう?


「じゃあ、俺もなにかくれよ。欲しいもの、なにか」

「は? 何を言ってるんですか? あなたは勝つに決まってるでしょう。あげませんよ」

「そうだなあ……。俺が勝ったら、シャルロット様に次のダンジョン攻略を手伝ってもらう! これでどうだ!」

「どうだも何も、だからそんなのは―――」

「いいわよ」


 天から声が降ってきた。

 その場にいた全員が驚いて目をむける。

 僕も例外ではなかった。

 屋敷の二階の窓からシャルロット様が顔をのぞかせていた。


 僕は、今この瞬間に、自分の目で彼女を見えないことを、心の底から呪った。


「久しぶりね、クリム君」シャルロット様は細い指をくいくいと動かして手を振った。「今日は叫んでくれないのね」

「残念ながら、目が潰れていますので」

「ねえ、勇者様に勝ってみせてよ」


 シャルロット様はにやにやと笑っている。

 僕を見くびっているわけではない。心底楽しんでいるのだ。


「勝ったら何をくださいますか?」

「合格だけじゃ不満かしら?」

「勝たなくても合格だそうですから」

「二次試験はね。私が言っているのは、全部」

「うーん……」

「意外と欲張りね。じゃあ、私の秘密を一つ教えてあげる」

「それは素晴らしいですね」

「ただし、負けたら不合格。どう?

 やる? やめておく?」


 僕は微笑んだ。


「もちろんやります。必ずや、勇者様に勝ってご覧に入れましょう」

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