負けられない 〜雷神(ゼウス)vs戦闘神(ニヌルタ)〜
「でもよ、どうやって協力してもらうんだ?大体ルナちゃんは今は敵だぞ?もしかしたら……」
「いや、それは無いよ。高潔な彼女がそんな暴挙を許す筈がない。恐らくこれはウォードの独断だ。そして伝えるの目で訴えるしかない」
「いやいやいや、そいつは無理だろ。口を大きくして伝えりゃいいだろ」
「それをしたらウォードが何をするかわからない。だからここは僕に任せてくれ。その為にもわざわざ手を痛めたんだから」
先程椅子を叩いた手をぷらぷらさせて痛さをアピールするネイル。少しだがその手は赤く腫れているが彼はわざと注意を惹く為に椅子をわざわざ叩いたのだ。
但しその怒りは本物だ。
そして先程からこちらを覗いているルナとネイルの視線が合い、神力が込められた魔眼を使う。
「伝わってくれ……頼む」
ネイルの持つバロールの魔眼は本来は見ただけで相手を死に至らしめるものであるらしいが、ネイルの持つ力では未だにその領域まで達していない。
そもそもこの魔眼は相手の網膜を通して精神に神力を媒介に干渉するものであり、それがより強大な力になることで精神を消滅させ実質的な死を与えるものである。
ネイルが今やっていることは魔眼を使いルナに情報を伝達するということであるのだがこれを使うだけでもネイルには多大な負担がかかるのだ。
「っ!」
ネイルが暫くルナを凝視した後ルナは立ち上がり、ルミナスを両手に込め始めた。
(ぶっつけ本番だったけどどうやら伝わったようだね。頼んだよルナ……。そしてもう一つ保険を……彼等なら大丈夫かな?意外とお人好しそうだ)
ルナの手には神器であるアルテミスの弓矢が握られている。
それを見たキールは溜息を吐きながら口を開く。
「ルナ君いいのかい?僕はウォードが何をしているかは分からない。だが彼の性格上何かをすることは予想していた。汚いことだが勝利の為だ。
だけど今僕はそれを否定はしない。だから……その弓を引けば君はこのクラスの勝利を裏切ることになる」
しかしルナが見つめるのはただ一点、キールに見向きもしない。
「アタシにだって勝利にかける執念はわかる。でもねアタシは……アタシの意思に従うだけよ」
「そうか。ならそれは彼を勝たせたい為かい?」
「愚問ね。負けるのはそれは弱いせいでしょ。勝負は非情だもの。でもね……アタシの将来の義妹になるかもしれない子に手を出して許せる訳がないでしょうがぁ!
見えない矢に貫かれろ!月光舞踏・幻想」
「はぁ……やれやれ。敵に塩を送るなんて先生に怒られそうだよ」
射手であるルナは魔眼の効力で繭達の姿を捉えることができた。そんな彼女が放った透明な一本の矢は一目散に繭を拉致している連中に目掛けて放たれた。そして着弾する寸前に分裂しその連中全てに刺さりその場に倒れ、その隙に繭は走って逃げ出した。
「まったく……女の子はか弱いものなのよ」
「それを君が言うのかい」
「何か言ったかしら!?」
「いいや、まったく。ところであの子まだ追われてる様だけど大丈夫かい?」
「なんですって!?……あ、大丈夫みたい」
繭を追う男三人は少し離れた場所にいたウォードの隷属者であり、逃げ出した繭を再度捕らえようとしていたが突然現れた容姿が似通った二人組の男達に阻止された。
「なんだか気に食わねぇなことがいきなり視界に映ったと思ったら雷音の妹ちゃんじゃねぇか」
「確か……いきなりお兄ちゃんのご飯食べに来た双子の人?」
「実際は三姉弟だけどな。ってかどんな状況なんだ?」
繭の前に現れたのはAクラスの狼王のルーフェと世界蛇のガトルの兄弟だ。
「トイレに行った帰りに怖い人達に捕まっちゃって……でも周りの人達は何も気付いていないというか、視界に入ってないみたいなの」
「こいつは誰かが視界を遮る能力でも使ってんのかもな。おいガトル、この子をクラスまで送ってやれ。俺は少し運動でもするわ」
「あっ、ずっけぇ! 俺にも取っといてよ! よし、妹ちゃんさっさとずらかろうじゃん。一年のとこだよな?」
「は、はい。よろしくお願いします」
ガトルは繭の手をとって急いで一年が見学している場所に移動する。軽く走れば二分程で着く場所だが、心配しているのはその往復する時間で兄が喧嘩相手を全員ボコボコにしてしまわないかということだった。
舞台の上ではウォードが一方的に雷音を殴り倒していた。周りから見れば手も足も出ない凄惨な状況であり、改めてSクラスと最下位クラスの差なのかと見ている者達もいる。
「ギャハハハいいザマだなオイィィ! やっぱりテメェはサンドバッグがお似合いだよ」
「……」
「悔しくて声も出ねえってか?仕方ねぇなそろそろ串刺しといくか。いいか避けんじゃねぇぞ?避けたら……分かってんな?」
ひたすらに耐えるしか無い雷音は身体も精神も最早限界だった。少しでも気を抜けば折れてしまう、そうなればもう立ち直ることはできないだろう。
目の前には槍を構えたウォードがこちらをニタニタと除いてくる。
万事休すとしか言えない状況の中、無情にもウォードの槍は雷音を穿とうとしていた。
だがその瞬間背後から声が響く。
「雷音、もう大丈夫だ! 我慢することは無い!」
ネイルが懸命に叫び、雷音はそれに呼応する様に身体を懸命に動かす。
「お、うおおおぉぉぉおお!!」
槍をすんでのところで躱し、一気にウォードの間合いに入った雷音の手には大槌が握られていた。
「な!?テメェ人質がどうなってもいいのか!?」
「大切な俺の仲間が解決してくれたよ! 喰らえ俺の怒りを! この一撃を!」
雷音の怒りを表すように迸る雷を纏った粉砕する雷槌は、ウォードの脇腹を抉る様に打ち突け、そのままウォードは勢いよく吹き飛んだ。
「ぐばあっ!? くっ、だったらこうしてやる……な、なに!?」
ウォードが後方を向くと繭を拉致していた者達は全員倒れていて繭の姿は当然なかった。代わりにこちらにVサインをする二人組の姿があるのであった。
「なんであいつらが……?クソぉぉぉおおお!!」
「これでもう我慢するとは無い……全力でお前を叩き潰す!」
「俺様を叩き潰すだと?」
底冷えするような冷たい声に戦慄が走る。
お互いボロボロになっており、あとはどちらかが倒れるまでの闘いだと思っていた雷音は思わず動きを止めてしまった。
「テメェ如きが舐めた口聞きやがってよう……キレちまったぜオイ……全戦力で|潰してやるよ! 勇敢なる奴隷……力を全て吸い尽くしてやるぜぇぇ!」
ウォードがふらふらと起き上がると不意に合図の様に右手を掲げる。
すると会場のあちこちで苦しみながら倒れる生徒が続出し始めた。そしてその人数が増えれば増える程にウォードの神力が増大していった。
「なんだ……?ウォードの力が……!?」
対峙する雷音はウォードから増大する凄まじい神力を肌で感じ取っていた。
間違いなく先程までのウォードとは違う神力のうねりが雷音に圧力となって襲いかかる
「はぁ……感じるぜ、この圧倒的なまでの力を。遊びはもう終わりだぜ雷音ちゃんよぉ……」
ウォードが二人いる。
そう認識してしまう程の速さでウォードは雷音の前に移動していた。雷音の目には移動する前のウォードが残像の様に映り、二人いるかの様に見えていたのだろう。
「遅ぇぇんだよ! っらぁ!」
ウォードの拳が雷音の腹にめり込むように入り、雷音の身体はくの字に曲がり宙を舞った。
「がっ……はっ……速い……重い……」
「ったくよう、全力を出させるなんて罪深いぜ雷音ちゃんよぉ。奴隷共が苦しむのは忍びねぇのにさぁ。お前が悪いんだぜ、ギャハハハハハ!」
雷音の視界にも苦しむ生徒が見える。皆胸を押さえ、その場でのたうち回る姿に雷音は歯噛みする。
「ウォード……何故ここまでやるんだ?他人を苦しめてまで闘うのがお前にとっての闘いかよ?」
「何言ってんだ?こいつらは自分の意思で俺の勢力下に入ったんだぜ。
そいつらをどう使おうが俺様の勝手だろう。まぁお前がさっさと負けてくれないと全員ミイラになっちまうかも知れねぇなぁ」
「この……外道が……!」
「ハッ、褒め言葉をありがとうよ。まぁ敵前逃亡して味方殺しをした挙句、背中斬られて死んだ奴の愚息にゃあ言われたくないがなぁ」
「っ! そんなの出鱈目だ。父さんはそんな男じゃ無い。いつも優しくて……勇敢だったんだっ!」
雷音の脳裏に映る大きな背中。
もう見ることが出来なくなったその姿。
「何言ってやがる、公式な記録に残ってんだよ。ま、雷音ちゃんの親父じゃさぞ雑魚同然だったんだろうなぁ」
「黙れ……」
「ああ?黙るのはテメェだこの雑魚虫がぁ!」
ウォードは力任せに雷音を蹴り飛ばす。それも何度も何度も……以前雷音が神力が使えない時期に虐げられていた時の様に。
「昔から気に入らなかったんだよ! 良い子ちゃんぶりやがってオマケにいつも俺の上をいきやがる!
だからテメェの家が没落した時は愉快だったぜぇ?おまけに勉強も運動も出来たお前は神力を使う事が出来ないことを知った時は笑い転げたぜ」
「くっ……」
「この学園に入ってくれて良い玩具になってくれてたのにいきなり神装を纏えるようになるなんてよぉ……テメェは俺の下で這いつくばっているのが正しいのによぉ! こんな風になぁ」
ウォードの真下で仰向けに転がっている雷音はもはや動くことは叶わなかった。
力はもうほぼ使い果たした上に、相手は周囲から力を吸い取りさらに神力が増大していく。
それでも雷音は諦めたくなかった。
大好きだった亡くなった父を罵倒し、人を人とも思わないこの男を決して許したくなかった。
(負けたくない……こんな奴に………父さん……俺は……俺は! )
「さてと、そろそろトドメといくか。でももうちょい苦しめてやりてぇなぁ。出ろ戦嵐鳥」
アレスの眷属である獅子の顔を持つ怪鳥が羽ばたきながら姿を現した。サイズ的には人の四倍程度、そして鋭利な牙と爪、その獰猛な姿は相対する者を震えさせる。
「俺様の眷属は可愛いだろ?遊んで欲しいみたいだから沢山戯れてくれよ、血に塗れてなぁ!」
戦嵐鳥が咆哮を上げると雷音に近寄り巨大な顎で身体を飲み込まんとばかりに噛み付いてくる。
転がって避ける雷音だがそれに合わせて破城槌のような巨体がのしかかり、彼の身体は舞台にめり込み動けなくなってしまう。追撃といわんばかりに鋭い爪が襲い掛かり、雷音は必死に避けようとするが無情にも胸と左腕を切り裂かれてしまう。
「ギャハハハハハハ! ああ、ざまぁねぇ、ざまぁねぇなぁ! よく覚えとけよ、この世には弱者を従える強者が一番だってことを、そしてテメェが弱者ってことをしっかり覚えてとけ!」
意識が朦朧とする中でもその言葉は雷音に届いていた。
この最悪で最低な男に勝てないのはその言葉の通りだと。
それでも抗いたい、この現実から。
だから勝ちたい、この男から。
「さて……今度こそトドメだ。息の根を止められねぇのが残念だがな。念には念を、って奴だ。出ろ滅界乃棍」
ウォードが出した棍が妖しく光ると彼は足元で転がっている雷音に狙いを定める。
「さぁて、潰してやるよグチャグチャに。コイツで四散しちまえやぁぁ!」
滅界乃棍を大きく振りかぶると雷音に目掛けて打ち下ろした。
会場にいる者が皆思っただろう。これで勝敗は決した、と。
しかし、雷音はまだ諦めていなかった。
――こんな所で……こんな奴に……俺は負けられないんだよ!
「おおぉぉああああ!!」
「な、なんだ!?コイツはもうボロボロのカス虫の筈だ!?」
滅界乃棍が振り下ろされる直前にそれは起こった。
強い決意と信念が雷音の神力に呼応して新たなる奇跡を起こす。




