副将戦〜黒炎の巨人(スルト)vs暴虐邪龍(アジ・ダハーカ)〜
「くそっ……負けたか……」
舞台の上で神装が解けたネイルは涙目になりながらそう呟いた。
負けたくなかった――相手が自分と同じ、ネイルにとって忌むべき血が流れる者であるからよりその悔しさは増す。
だが相手の方が一枚上手だった。
「私とてギリギリだったさ。二度も同じ手は通じぬだろうしな。それ程優秀でありながらも追放……いや、血を分けた子を簡単に追放する父はやはり愚かなのだろう」
「……」
無言で倒れたままのネイルにキールは手を差し伸べる。試合中の冷静な表情とはまた別の笑顔で。
「お前は私を……私達を嫌っているのだろうが私はお前のことは弟だと思っているさ。だが……我が家には関わらない方が良いだろうな」
「ああ……」
「分かっているさ、あの家族の異常さはな。私とて血の縛りがなければあの様な者達を兄弟や親だとは思いたくもない。己の地位に甘えた者達などいずれ――」
キールの言葉を遮るようにネイルはキールの手を取り立ち上がった。
「……とりあえず手を貸してもらうよ。よいしょっと」
「ネイル……」
「君が僕を利用したいのか本当に家族と思いたいのかなんてわからないよ。だけどこれだけは言える。僕はもう鳥籠の中に閉じ込められたままじゃないんだ。僕の道は僕が決める……だから今度機会があれば食事でもしようよ兄さん」
キールは大きく目を見開いてネイルを見た。
そして微かに笑みを浮かべたのだった。
「ああ……そうだな」
会話はそこで終わりお互い背を向けて自分達のクラスの待機所に戻っていった。
「ごめんよ……負けてしまって。追い詰められちゃったね」
Eクラスはネイルが敗北してしまった為に一勝二敗と後がない。
次の副将戦で負けてしまえばその時点でEクラスの敗北は決まってしまうのだから。
「気にすんなよ! オレが勝てばいいんだからよ」
「頼んだよシュウ、勝ってくれ」
「任せやがれ!」
プレッシャーなどものともせずにストレッチを終えた副将であるシュウが舞台の上に向かっていく。
そしてもう一人黒い肌の筋肉質の大男、Sクラスの副将が反対側から登ってきた。
そちらもプレッシャーなど感じさせないどころか、非常に怠そうにしているのを隠そうともしていなかった。そんな男が離れているシュウに話しかけてきた。
「なぁそこの赤髪、この試合棄権してくれねぇか?」
「あぁん!? テメェいきなりなに言ってやがる?なんでオレ様が棄権なんぞしなくちゃならねぇんだよ」
「いや、どう考えても俺の勝ちだからよ。……いちいち試合するなんて面倒だろ?俺も動くの嫌だしよ。な?お前も痛い目見たくないだろ?」
「舐めてんじゃねぇぞコラ?上等だブッ殺す!」
「はぁ……ったくこれだからキャンキャン吠える犬は嫌いなんだよ」
「オレもテメェみてぇな野郎は大嫌いなんだよ!」
ヒートアップした二人……いや、怒りを露わにしているのはシュウだけだが、言葉の応酬が始まり、まさに一触即発、お互いの位置も次第に縮まる。
そんな二人の言い争いを見かねたのか間に審判が割って入ってくる。
「双方私語は慎め!全く……。では副将戦、始め!」
時間も予定より押している為に両者が中央にいた為にすぐ試合開始となった。
「ったく怒られちまったじゃねぇか。とにかくよぉ、舐めたこと言ってる奴はブッ飛ばす!神装光臨!!」
「仕方ねぇな……恨むなよ赤髪。神装光臨……」
シュウが纏う烈火の如き赤い神装に対し、ランドの纏う神装は頭と両肩に三つ首の漆黒の龍を思わせるような意匠の入った鎧である。そして巨大な翼を広げる姿は神々しさとは正反対な闇を纏っているかの様だ。
「全てを燃やし尽くす!黒炎の巨人のシュウだ!」
「……」
「おい!?テメェ名乗りぐらい上げやがれ!本当やる気無い野郎だな」
「んな面倒臭えこといいだろうが……ったく……暴虐邪龍のランド……これで満足か?」
「ったく盛り上がりに欠ける野郎だな。まぁいい、行くぞコラッ!」
シュウは炎を纏った滅焔の大剣を出現させ、大振りで勢いのみでランドに向かって大剣を叩きつける。
しかしそれはランドには届かない。
「んだと!?手で受け止めた!?」
「あぁ……そんなもんか。それぐらいの実力だったらさっさと終わらせることも出来そうだな。ほら吹っ飛べ」
掴んだ大剣ごとシュウの体が宙に持ち上げられ、そのまま小石でも投げる様にシュウを投げ飛ばし、そのまま舞台を囲んでいる結界に激突してしまう。
「がっ……なんつー馬鹿力なんだよ。って、うぉ!?」
ランドの徒手空拳がシュウの顔面に迫るが間一髪反応が間に合い回避するが下から迫りくる膝蹴りは躱せず腹にモロ入ってしまう。
「んな神器なんぞに頼ってんじゃねぇよ。羨ましいにも程があるぜ。俺なんかこれしかねぇのによ」
連打、連打、連打。止まることのない拳がシュウをひたすら襲う。大剣を盾代わりにガードしても次から次へと弾幕の様な拳に防戦一方だ。
「アレはヤバイね。相手は一切小細工がない分、同じ様な攻撃タイプのシュウではそれ以上の攻撃力が無ければこの試合終わってしまうよ」
「うむ……恐るべきはあの身体能力でござる。シュウ殿の滅焔の大剣を素手で掴み取ってそのまま投げるとは炎に耐久でもあるのだろうか」
「でもシュウだってこれまで頑張ってきたんだ。なんとかしてくれるって俺は信じてる」
「そうだね」
「うむ」
雷音達の信頼を他所にシュウは押すに押されて舞台の端まで追い詰められていた。
ガードしきれなかった部分は青黒く腫れ本人も思うように身体を動かせない状態だ。
「おうおう、このまま何もしないで終わるのも辛いだろ?早くギブアップしろよ?」
「馬鹿……言ってんじゃねぇって言ってんだろう、が」
「だったらこのまま殴られたまま倒れちまいな。雑魚がよ」
「だから……馬鹿言ってんじゃねぇって言ってんだろうがぁぁ! 燃え上がれ滅焔の大剣! オラァァ!」
盾代わりにしていた滅焔の大剣から溢れ出る炎が燃え盛りランドを包むように襲いかかる。流石に拙いのかと思ったのかランドは後ろに下がり距離をとった。
「チッ……熱いじゃねぇかよ。火傷すんだろうが」
「はぁ……はぁ……舐めんなよ。テメェなんぞにやられてたまるかよ。もっと……もっとだ、もっと燃やしてやるからよ!」
遠距離から滅焔の大剣を振るうと巨大な蛇のように畝る火炎がランドに向かっていく。
「ったく……しゃあねぇな、『魔術・氷』」
ランドの掌が輝きだすと彼の目の前に五、六メートルぐらいの高さの巨大な氷柱が数本現れ火炎を全て防ぎきってしまった。
「んだとぉ!?テメェ氷使いだったのかよ!?」
「……ったく一々うるせえな。声がデケェんだよ赤髪。別に氷使いじゃねぇぞほれ『魔術・炎』」
「炎まで!?」
滅焔の大剣から発せられる炎よりは範囲や勢いは弱いが火柱が上がった。
「冥土の土産に教えてやるよ。っても死にはしねぇか。こいつは怠くなるからやりたかぁねぇんだが千の魔術って言って色んなもんが出せんだよ。ただ一応突っ込まれる前に言っとくが俺は千も使えねぇからな」
「んじゃなんでそんな名前にしたんだよ!?」
「ったくうるせえなぁ……ノリだよノリ。大体こういうもんは勝手に頭に浮かんでくるだろうよ。お前だってその剣の名前適当に付けたのか?」
「確かに……神装纏った時から頭に浮かんでた」
「ほらな。だから細かいことは気にすんな。んじゃそろそろ終わりにすんぞ。『魔術・雷魔術・雨』」
「出せるの一つじゃねぇのかよ!?」
両の掌が輝き出すと武舞台の上からはランドの周りを除いて豪雨が降り雷の柱があちこちから上がり出す。
「誰も一つなんて言ってねぇだろ。勝手に想像するんじゃねぇよ。あ、お前頭馬鹿そうだから教えといてやるけど水に濡れると電撃が通りやすくなるんだぜ。原理は知らねぇけどな」
「お前も知らねえじゃねぇか……って、ぐあぁぁっ!?」
雨で濡れた部分を伝って雷が絶えずシュウを襲っていく。避けようとしても濡れた部分では逃れられない。
目線で見える中で水がかかってない場所はただ一箇所。
「直接……攻撃しに行くしかねぇってか!うおぉぉ!」
それはランドのいる場所だった。唯一雨のかからない場所であるので当然術者はそれを知っている。そしてその本人は狙い通り、とでも言うように口角を吊り上げた。両肩パーツの龍の頭を模した部分がいつの間にか両手に移動していた。
「単純な奴すぎんだろ赤髪。動きがバレバレなんだよ」
ランドは力を込めた両拳を一気にシュウの鳩尾に撃ち込むとシュウはそのまま崩れ落ちてしまう。
「ぐ……げぇ……」
「終わりだな。雑魚の割には頑張った方かもな」
シュウはそのまま倒れ込んでしまう。
だがその瞳の力強さはまだ失われていなかった。
滅焔の大剣を杖の代わりの様にしてゆっくりと立ち上がる。
「ったく……よ、さっきから雑魚雑魚……うるせぇんだよ。自分が弱ぇことなんざわかってんだよ」
「だったら負けを認めろよ。面倒な奴だな」
「認め……られっかよ。俺は仲間の……大切なダチ共の為にも負けるわけにはいかねぇんだよ!」
「理想ばかりで……救えねえ奴だな。こいつでとどめだ暴虐の拳」
ランドの両肩の龍が再びスライドして両拳に装備された。その両拳を合わせると邪竜の顎となり、黒い全てを破壊する吐息が正面から襲いかかる。
暴乱の黒き嵐の圧力は受ける前から今のシュウには防ぎきれないことを感じさせた。
「くそぉ!一か八かだ!現れろ焔の巨人共!」
それは言葉通りだった。
訓練中一度も成功しなかった使うことができなかった眷属の召喚。最早打つ手がないシュウは叫んだ。
「なんだこれは!?ぐぉぉ?」
突如現れた炎を纏った巨人はシュウを守りつつ、ランドを手で握り拘束したのだ。そして巨人の炎の手は同時にランドを焼いていた。
「出来たぜ……土壇場で……こいつぁ熱いぜ!」
「ちぃ……本当に熱いなクソがぁ……ったくこうやって闘ってる時に成長してくるタイプは嫌いなんだよぉ! だけどこんなもん……無理矢理剥がしちまえば問題ねぇぇぇんだよぉおお!」
ランドを掴んだ巨人の手を無理矢理押し除けて引き剥がす。直ぐ様シュウにとどめを刺そうと前を見るが既にシュウの姿はない。
「何処だ?何処に消えた!?」
「慌てなさんなぁ、ここに居るぜ!」
ランドは声が聞こえた方を向く。それは上空から聞こえてきて、ランドの目には滅焔の大剣を上段に構えるシュウが落下してくる姿が映る。
「はっ、自分で位置を知らせてどうする。この拳でケリをつけてやる」
「テメーなんぞに不意打ちなんざ不要なんだよ。俺の残りの神力を全て込めてやるぜ! 限界まで燃え上がれ滅焔の大剣!!」
拳に宿る暗黒龍の顎と全てを燃やさんとする終滅の炎を纏った大剣が激突する。
「オラァァァ!」
「ぐおぉぉぉ!」
拮抗する威力だが、僅かにランドの拳が押しているようでシュウの身体が後ろに徐々に下がっていく。
「もう諦めろ。雑魚なりにお前はよくやった」
「ったくよ……その上から目線が気に入らねぇんだよ……もっと……もっと燃やし尽くすぜ! 俺がぁ……雷音に繋げるんだよ!」
「ぐっ……強くなっていくだと?」
滅焔の大剣は黒い炎を纏い、巨人が扱う業物の様に巨大化していく。
それをランドに力の限り叩きつけた。
「いいか?テメーは俺を舐めすぎた。それが敗因だって思い知れ! これが俺の必殺剣だ! 喰らえ! 終滅剣!」
ランドはそれを受け止めようとしたがその重力と熱量、シュウの全てを込めた神力を支えることは出来なかった。
「ぐ……面倒な……技だ、ぜ……」
その威力を一身に受けランドは舞台に沈んでいった。
そして滅焔の大剣が元の大きさに戻った時、シュウの目に映るのは地面に大の字で倒れているランドの姿だった。
「ちっ……俺の負けだ。もう動くのも面倒だ。審判、それでいいな」
「あ……え、えぇと勝者Eクラス!」
勝利を告げる審判の声と共に満身創痍ながらシュウは片手を上げて叫んだ。
「はぁはぁ……よっしゃあぁぁぁ!!」




